TO-NAが地方創生を目論み始めた大規模イベント「ふるさとフェス」。第2弾は愛媛県で開催することになった。観光のメインストリームから外れ、アイドル不毛地帯である四国を松山から盛り上げるべく、TO-NAプロデューサーのタテルとメンバーのミクが視察する。タテルの友人で俳人のまぐ拓郎が2人をガイドする。
2日目のライヴも始球式から始まった。投手は済美高校野球部出身の芸人・ビッグポジティブ(BP)氏。その球を受けようと果敢に挑むはTO-NAの精鋭バッター・リオ。しかし豪速球を前にバットを振ることさえできずその場に崩れ落ちる。いつも強気なリオの負け姿、そして前向きすぎる大声でリオを励ますBPという構図に、TO-NA贔屓を源とした笑いの渦が巻き起こった。
盛り上げ曲、ユニット曲、時にバラード曲を挟みながらライヴは進行。そして2日目のメインイベント『1万人の俳句グランプリ』が始まる。まずはTO-NAメンバーと氷田、フトーフロら愛媛出身ゲストらが出来を競うセレブリティパートを実施。査定を行うのは、現代の俳句ブームを牽引するあの俳人であった。
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松山城から大街道アーケードに戻る途中のカフェに俳句ポストを見つけたタテル。備え付けの用紙に俳句と個人情報を書いて投函すると、松山の著名俳人が査定してくれて上位の俳句が市のサイトやポスター等に掲載される。タテルも早速1句ひねってポストに投函した。
一方でミクは凡人らしい句しか綴れず提出を躊躇っていた。
「字は綺麗だよねミクさん」
「硬筆大国埼玉の子ですからね、美文字には定評ありますよ」
「でも句は凡人だな。あまりにも散文すぎる。これは出せないね」
「いいんじゃないですか、凡人でも」
タテルが飄々とした態度で述べる。俳人拓郎は苦い顔をした。
「あの番組なら確かに出来を求めてくる。でもこれは街中のポストだ。それも市内至るところにある。松山城にだってあったし」
「確かにありましたね」
「下手でも良いから出してみたらどうだ。松山を愉しんでいることさえ伝われば、賞関係無く喜んでもらえるんじゃないかな」
「いや、やっぱ詩としては成立させてほしい」
「最初のうちは散文でも良いじゃないですか。あまりああだこうだ言ったら俳句と距離を置いてしまう」
「いやあ、いくら何でも俳句とは認められない」
「玄人からしたらそう言いたくなります。でも最初から誰もが上手くできる訳じゃない。初心者の瑞々しい感性を一度受け止めて、時間をかけて形にしましょうよ」
タテルはこう見えて受容したい人である。食べ歩きにおいては、愉しむ意志を確と持って目の前の料理と相対し、その良さが理解できなくても批判せず原因を自分に探す。俳句においても同様に、凡庸な発想でも受け止め、調べが乱れていたり下手な比喩や省略をして意味が通らないような駄句には指摘しつつも作者の想いを何とか表現する方法を考えてあげたい。
「えひめフェスで絶対にやりたいことがある。観客を巻き込んだ俳句大会だ」
「それは面白そうだな。で、誰が審査するんだ」
「それはもう、あの人しかいないでしょ」
「あの人」とは、平成後期に某テレビ番組の俳句企画に審査員として現れ、舌鋒鋭い批評で多くの人々を唸らせてきた愛媛の俳人である。番組外でも俳句投稿サイトを複数運営し、兼題に沿った(特定の季語を使う、特定の写真で一句、等)投稿俳句には全て目を通した上で優秀句を選定する。骨の折れる作業であろうが、俳句の普及に役立つことであれば何でもやるらしい。
とはいえ大忙しであることに間違いはないその俳人。企画案を詰めた上でオファーをしなければ断られてもおかしくない。一行が大街道アーケードを歩き切るまでに決まったのは、『1万人の俳句グランプリ』というシンプルな企画名のみであった。

拓郎が食べログで見つけた、ラザーニャが名物の店でランチとする。予約をしないと長時間の待ちが発生し、諦めて帰る人もちらほらいる人気店である。ちなみに本当は美食家タテルのために高級イタリアンを予約したかったが、回らない寿司屋にすら行ったことの無い拓郎は予約する勇気が出なかったらしい。
「ラザーニャと一緒にぜひライスも……」
「いやいや、食いしん坊の私でもその組み合わせは遠慮します」
「でも県内のコシヒカリだってよ。これは食べておきたい。美味かったらフェスでおにぎりとか出してもらって」
「貪欲だなタテルは」

ラザーニャとライス、そしてビールを頼んだ腕白タテル。イタリアの、少しバナナっぽいような酸味のあるビール。この後の料理に合いそうだが時間がかかる見込みなので改めて企画内容を詰める。
句を提出できるのは2日目のライヴのチケットを持つ者に絞る。デジタルチケットに投句用サイトを紐付ければ管理がしやすいだろう。
「1人1句で…」
「それは良くないんだミク。俳句というのは数を打つのも大事。沢山詠んで沢山捨てる、その営みの中で力をつけるものだ」
「だが無制限では選者の負担が大きい。3句くらいに制限したらどうだ」
「それが良いですね」
次に決めたいのは兼題の方向性である。これまた1つに絞るか複数からの選択制にするか、複数にした場合それぞれの兼題で優勝を決めるか全兼題通じて最優秀句を選ぶか。
「上手くばらければ良いですけど、1つの兼題に投句が集中する可能性がありますよね」
「人気の無い兼題で優勝しても張り合い無いよな」
「3句出せるなら兼題も3つにする。心理的に大半の人が1兼題1句出してきそう」
「でもそれだとさっき言った多作多捨の考えに反する」
「ああそうか。それ考えたら兼題は統一すべきか」
題材は愛媛に纏わるものは確定として、TO-NAらしさも少し入れたい。しかしシンプルすぎると創作の手がかりが掴みにくいし、ピンポイントすぎると創作の範囲が狭まる。丁度良い題材選びには時間がかかりそうである。

15分ほどしてまずサラダが提供された。シンプルなドレッシングで野菜本来の味が判る。

そしてラザーニャ(フルサイズ)も登場した。大きなボウル形の器になみなみと入り、焼きチーズが縁を越えて溢れんとしている。

中にはミートソースとホワイトソース。タテルはきしめんみたいな麺が入っているものだと勘違いしていたが、実際は1枚の生地である。ミートソースは肉より野菜の旨みが主のように感じる。そしてたっぷり載ったチーズとその焦げが、全体における力強さを織り成す。

鬼北町のコシヒカリは少し硬めだが艶のある仕上がり。確かにラザーニャのミートソースと合うものである。しかし流石に重すぎた。チーズかしっかりしていてホワイトソースの重厚感もあり、サイズも大きい。並の胃袋であればハーフサイズを頼むのが賢明な判断である。
「ひとつ懸念がありまして……」
「どうしたミク」
「さあ俳句を詠んでください、と言われても皆尻込みしちゃいそうです」
「それはあるね。日本人って消極的だからあり得る」
「国民性とかじゃなくてですね…」
「わかってる。ちゃんと作り方伝えよう」
Wikipediaによると、水原秋桜子が俳句作りの心得を提示している。
・心がけたいこと
①詩因(詠みたい題材・気持ちを確かめる)
②分量(十七音に入らない内容を無理矢理詰め込んで意味不明な句になる失敗例が多い)
③省略(無くても伝わる言葉は省く)
④配合(語順ひとつでも印象が変わる)
⑤伝わる用語(変な造語をしない)
⑥丁寧さ
「たとえば『観覧車』とあるのに『回る』と書く必要はない」
「回らない観覧車があるなら持ってこい、ってやつや」
「どうしてもその動作を強調、念押しする必要がなければ音数の無駄だから省く」
「その通りだ。あとなタテル、マニアックな言葉を使いすぎだ」
「東大卒で知識豊富な俺の悪い癖〜」
「腹立つなそれ」
「悪いですかね?あまりにもマイナーな言葉はアレだけど、知らない言葉は調べてくれよ、って話です」
「一理あるな。ただもっと馴染みある言葉に換えられるのなら換えろ。知識自慢はイタすぎる」
・避けたいこと
①無季(自由律なら良いが……)
②季重なり(初心者には扱えない高等テク。思わぬ語が季語なこともあるので注意)
③空想
④や・かなの併用(どちらも強い切れ字)
⑤字余り(やるなら上五で)
⑥感動の露出(感想を直接書くと詩情がなくなる)
⑦感動の誇張(大袈裟な句は共感してもらえない)
⑧模倣(自分の感性を信じよう)
「俺カクテル俳句とかで空想の句詠みがちだけど」
「一概に空想が悪な訳では無いけど、陳腐になり易い傾向にはある」
「あくまでも写生に拘るのが大事。感想も、読者が持つものだから作者が語ることはない」
「感想は言いたくなりますよね」
「その気持ちをグッと堪えて、五感や5W1Hを意識した描写に徹する」
「でも『なぜ』は勘弁ね。因果関係もまた短詩には馴染まない。説明臭くなる」
「そうだった。俳句は詩であって散文ではない。ただ文を綴るのではなく、単語やフレーズを衝突させたりとか」
「衝突?」
解らないミクのために2人が練習台を用意した。先ず12音で目の前のラザーニャを描写して、下五を『美味しいな』で〆る。
ラザーニャのチーズぐつぐつ美味しいな
この『美味しいな』を好きな季語に置換すれば立派な俳句になる。Web歳時記から探すのだが、この際前のフレーズと付かず離れずの距離感、即ち容易に関連性が見えたり全く無関係すぎたりしないよう選ぶと綺麗な衝突となる。
ラザーニャのチーズぐつぐつ夕立雲
「うん、良い距離感だ」
色々ルールは述べるが、あくまでも気軽に詠んでもらう。辛口添削でならした俳人が査定するとなると怖気付くが、駄目な句を吊し上げることはせず安心して作句できるようにした。
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ここから企画案をしっかり練り上げ、見事俳人を口説き落とすことに成功。兼題はタテルが撮影した「松山城からの風景」に決定した。TO-NAの溌剌さを体現する快晴の空の下に海と山の景色。果たしてどんな句が集まるのか。