連続百名店小説『世界中が平和でありますように。』 第五篇:朝日ハ何處デ觀テモ美シ(広島アンデルセン/本通(広島))

広島市に暮らす佐々木日菜。彼女の周りには2人の平和主義者が居る。祖母のチヨは1945年8月6日の原爆投下を経験し、母と妹のチエを亡くした。現在は服飾系の企業の社長として、齢92ながらバリバリ働いている。そして婚約者の建はYUSHI海外活動隊の隊員として紛争地帯で援助活動を行っている。危険地帯であるボマダンでの3ヶ月の任務を終えた後、日菜と結婚式を挙げることになっている。
*戦争の説明や描写がありセンシティヴな展開となっておりますが、実際の店舗とは全くの無関係です。

  

 日曜日の朝、日菜にはルーティンがある。休日だからといって遅くまで寝ることはせず、いつも通りの時間に起きて身支度を整えるとアーケード街に繰り出す。そして広島を代表するベーカリーの2階にてモーニングを戴く。プレートを1品頼むとドリンクが1杯、そしてパンの食べ放題がついてくる。この食べ放題が地元民の定番だそうで絶えず客が訪れる。フロア自体は地域交流プラザのように綺麗で広く、満席になることは少ないようである。


 パン食べ放題のラインナップはブレッドやカンパーニュのようなものが中心で、ヴィエノワズリーの類は無い。ここはサンマルクではないことに留意しよう。ビュッフェ台にはトースターが設置されていてパンのリヒートができる。ジャムやオリーブオイル、個包装のバターも用意されている辺りが洒落ている。

 日菜はプレーン、黒胡麻、白葡萄レーズン入りという3種のブレッドを盛り付けた。バターや林檎ジャムを塗りながら食むと何とも乙なものである。

 プレートはオムレツにした。バターが利いているリッチなオムレツとは異なるが、ホテルの朝食バイキングのような安心感である。ベーコン、サラダ、スープ、カットフルーツにヨーグルトとグラノーラ。量は控えめだが品数たっぷりで満足行く朝食である。毎日これくらいしっかりした朝食を摂りたいところであるが、仕事の日は起きてから色々準備していると朝食を用意する余裕が無くていつもカロリーメイトで済ませてしまう。お陰で出勤しても体が重くて起きている心地がしない。だからたまの休日にこうしてモーニングを愉しみ朝の訪れというものを体感すると、1日を生きる活力が湧いてくるのだと云う。

 カンパーニュ系のパンを追加してバターとジャムを使い切る。本当は全種類食べる余裕もあるのだが、この後チヨとランチの予定があるため抑えた。

  

 1階に降りて明日のパンを見繕う。ヴィエノワズリーは勿論のこと、ケーキや惣菜、ワイン、シャルキュトリー、チョコレート(ジャン=ポール・エヴァン)まで取り揃えるブーランジュリーである。晩酌にワインを嗜む日菜はスパークリングのボトルを1本買い、摘みとしてソーセージを続々と手に取った。さらに夜食べるケーキと明朝のパンも購入し、両手に袋をぶら下げて一旦帰宅した。
 チヨとは原爆ドームの前で待ち合わせ。路面電車に揺られて向かうのだが、その車内で建からまた美しい写真が着信した。砂漠のど真ん中で撮影された朝日の写真である。何も無い荒涼とした砂漠も、朝日に照らされると砂の波や大地の起伏が顕になって観る者に気付きを与える。この土地でしか出逢えない侘び寂びの絶景に日菜は胸を打たれた。

  

 これを撮影した場所はタヌボ村から見て西の方にあるのだが、直接繋がる道は無く、最寄りの街に行きそこから方角を北西に変えて計6時間の道のりである。ここはかつて南北の往来に利用されていた道であり、現在は世界遺産登録を目指して国が自然保護区に設定している区域である。未だ情勢が多少落ち着いていた頃には観光客も少なくなかったのだが、ベラメイの勢力が拡大すると容易に行ける場所ではなくなった。
 それでもタヌボ村の人々が、ここまで来たのなら一度行くべきだと言うのでナイトハイクすることにした。比較的安全な地点を何箇所か教えてもらい、その中でもなるべく奥地を目指してみることにした。四輪駆動の車を以てしても大きく揺さぶられる悪路であるが、慣れた建は平気で眠る。日没までに到達できたのは提示された中で3番目に奥の地点であったが十分砂漠を感じられる場所である。テントを張って満天の星を眺めながら何もしない贅沢を堪能する。
 漆黒の空が青みがかってきたタイミングで起床する。足下さえ見えない暗闇の中を慎重に歩いていく。やがて朝日が水平線から光を放つと、風景に色がつき始める。人間の足跡やタイヤの轍とは無縁な手付かずの砂漠が正体をあらわした。朝日は(極夜や白夜の土地を除けば)世界中で平等に昇る。大都会にも荒野にも戦地にも、瓦礫の山にも野戦病院にも難民キャンプにも顔を出して1日の幕開けを伝える。何も無い闇を抜け出し、朝(あした)を迎える喜びは万国共通のものであろう、いや、あってほしい。

  

「涙が出るくらい綺麗な朝日。私も観に行きたいな」日菜が打ち込む。
「そうだね。次来る時は、治安の心配が要らない純粋な観光だといいな」街に戻っていた建がすぐ返信した。

  

 路面電車が原爆ドーム前停留所に到着した。チヨはおりづるタワーの1回でレモネードを飲みながら待っていた。
「おばあちゃんごめん、待たせちゃった?」
「いや。うちが早う着きすぎてしもうたわ」
「そうなんだ。見て、建さんからの写真。砂漠の朝日、綺麗でしょ」
「こりゃあ驚いた。すごい所行っとるんじゃのぉ建さん」
「場所は違えど同じ朝日を眺めていた、なんて考えると感慨深くてさ。朝が来るって」
「来てほしゅうない朝も、あるものだけどのぉ」

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