TO-NAが地方創生を目論み始めた大規模イベント「ふるさとフェス」。第2弾は愛媛県で開催することになった。観光のメインストリームから外れ、アイドル不毛地帯である四国を松山から盛り上げるべく、TO-NAプロデューサーのタテルとメンバーのミクが視察する。タテルの友人で俳人のまぐ拓郎が2人をガイドする。
野球拳大会から少し遡って、ミク発案のアイドル発掘プロジェクトによるステージも盛況であった。アイドルになりたい、でもきっかけが掴めないとか自信が無いという四国出身の女性8名のグループが登場し、TO-NAの楽曲『追い込まれた私達は強い』を全力で披露した。芸能関係者もそれを鑑賞し素質を見極める。
パフォーマンス終了後、グループのメンバーは口々に「愛媛、四国を背負って活躍したい」という趣旨の発言をした。
———
松山視察2日目。タテルは9時までゆっくり寝て朝食バイキングをサボり、ミクは早起きして山盛りを完食した。そして10時半に拓郎と合流する。
「おいタテル、昨晩のLINE連投ウザかったぞ」
「悪かったな」
「感動したのは十分伝わったから控えろ。俺はお前と違ってくるますしに行く金銭的余裕が無い。奢ってもらいたかったものだ」
「事前に言っといてください。席押さえていたのに」
「あのな、前々から俺がガイドすることは伝えていた。俺の予定が合う合わない関係なく取り敢えず3席…」
「早く行きましょう。無くなっちゃいますよアレ」
3人の最初の目当ては、愛媛を代表する銘菓・霧の森大福。四国中央市に本拠地を構える、新宮茶を扱う店である。霧の森大福は主力商品であり、早めに行かないと売り切れてしまう可能性がある。くだらない諍いは慎んで、松山城へ続く道を歩いていく。右手に霧の森菓子工房が現れた。
行列ができるとの噂であったが並ぶ先客はいなかった。ショウケースには様々なお茶スイーツが並ぶが、霧の森大福のバラ売りは3個しかない。
「これで全部ですか?」
「そうですね」
「ギリギリ!危なかった……」
しかし後ろの母娘2人組の目が気になる。明らかに大福を欲しがっていて、ここで3個買い占めると子供がギャン泣きしかねない。
「譲ってやんなさい。2つ」
「1個だと誰が食べることになるのか」
「俺はいつでも買いに来られるから要らない」
「私もお譲りしますよ。ちょっとバイキング食べ過ぎちゃったので」
「いいのかミク」
「フェスの時に頂きます」
という訳でタテルだけが霧の森大福を食べることになった。イートインスペースは利用客がおらずのびのび使えた上、パストリーゼの消毒液とペーパータオルを完備してくれていてありがたい。

タテルは抹茶クリーム大福を想像していたが、実際の霧の森大福の中身はあんこと生クリームであり、餅の周りに抹茶を塗したものである。よってクリーム大福としての美味さが主体である。あんことクリームは悪魔的な組み合わせである。そこへ抹茶の香りがあくまでも縁取りとしてある格好。勿論これはこれで美味いのだが、先入観が邪魔をしてしまったようである。
ちなみに冷凍物の8個入りの箱は売り切れの心配があまり無い。自然解凍のため、少し持ち歩く程度であればそっちを買っても良いと思う。

霧の森大福を逃した拓郎とミクは新宮茶ソフトクリームを頼んだ。タテルもミクから垂れてしまった天辺をお裾分けしてもらったのだが、抹茶ソフトらしい茶の確とした香りがある一方で不思議とさっぱりした後味。そういえば昨晩のくるますしでの水出し煎茶も同じ茶葉を使っていて、そこでも主張控えめな茶という印象だった。この淑やかさが新宮茶の特徴であるとタテルは認識した。
「じゃあこの足で松山城行きましょうか」
「松山城?まあ行くか……」
気分の乗らない拓郎。ここまでタテル一行をガイドしてきたが、内心では松山に誇れる場所など無いと思っていた。紹介する店もテキトーにネットやら食べログやら使って調べたものであり思い入れは無かったと云う。
「松山城訪れるのめっちゃ楽しみにしてました。山の上にあるのが印象的で、12個しかない現存天守の一つだし」
「だから何って感じ。当たり前にありすぎて行こうとすら思わない」
「そんなつれないこと言わないでくださいよ」

松山城へは先ずロープウェイまたはリフトで山を登る。ロープウェイで登るイメージが強かったためここではロープウェイを選択。いかにも俳句を詠みたくなるような新緑の山肌をぐんぐん上っていく。
タテルの想定ではロープウェイを降りれば目の前に城が構えているはずだったが、実際はさらに坂を歩いて登らなければならない。暑くて汗が溢れるタテルと拓郎は売店でいよかんソフトを購入し一休みする。
「まったく、お二人ともスタミナ足りてませんよ。ちゃんと朝ご飯食べてください」
「限界まで寝てたいんだもん」
「お腹がびっくりしちゃう」
「ミクさん、もしかして素足のまま城に入る気?」
「あそうか、靴脱ぐんでしたっけ」
「当たり前だ。足汚したくなければ靴下は必須」
「ミクさんの美しい御御足、汚れる訳にはいかない」
「……履いときます」

城を登る準備が整ったところでいざ坂を登る。相変わらず暑いが、たまに吹く風に少しだけ癒される。

松山の街を一望できる地点まで登ってきた。この日は雲ひとつ無い青空であり、遠くには確と瀬戸内海とそれに浮かぶ島の緑が見える。城に登る前から景色への期待値が高まるが、拓郎は相変わらず退屈そうである。

山を登りきっても、城の入口までは地味に距離がある。初夏の暑さだからまだ我慢できるが、フェスの行われる真夏に訪れるのは危険が伴う。やっぱり松山観光のハイシーズンは冬と春なのかもしれない。

それでもせっかく来たので城の中へ。靴を脱いで、任意でスリッパを履く。学校の来賓用スリッパみたいに連ねて置かれているため汚い気もするが、城の中に濡れ場は無いのでマシであろう。

城という建物の性質上階段は急で狭く、反対からも人がやってくるのですれ違いが怖い。上手く譲り合いながら登っていく。また現存天守とあってか床が結構軋むのも恐怖ポイントである。まあ松本城よりかは人が少なくて登りやすい。

天守閣に到着。四方から松山市街や遠くの海・山を、遮る物無く見渡せる貴重な場所である。そして熱った体を癒してくれる風が注ぎ込む。顔を窓から出して全力で受け止めようとする。俳句でよく使われる季語「薫風」をタテルは人生で初めて実感した。


「はあ涼しい。城からの眺めって格別だよな」
「楽しそうだな」
「当たり前じゃん。瀬戸内海に浮かぶ山、屋根瓦との競演、反対側には急峻な四国山地かな?これが愛媛ならではの景色、絶対に東京じゃ味わえない」
「いやあ、東京の景色の方が新鮮で羨ましい」
「何で地元を誇らないんですか」
「……だって、東京には美味いもんが沢山あるから。松山なんて何も無い」
「そんなことないですよ。な、ミク」
「そうですよ。お寿司なんて概念変わるくらい美味しかったです」
「松山に来てまで寿司を食うのか。東京に美味い寿司屋は沢山あるだろうに」
「そりゃあるよ。でもな、何でも東京がNo.1だとは思わない」
東京は確かに日本の最大都市であり、飲食店の観点においても数多の一流店が集まっていることに相違は無い。ではその店で扱われる食材はどこからやってくるのか。殆どは地方のものである。その良さに触れた時、推しが生まれ育った場所を巡礼したくなるように、その食材の源を訪ねたくなる。そこでは産地ならではの新鮮さを楽しめたり、地産の食材を集結させたコース料理でその土地を堪能したりと、東京では味わえない体験ができるものである。
「地方の人が都会に憧れるように、東京の人は自然に憧れる。関西の551、静岡のさわやかといったローカルチェーンは全国的に有名だけど東京には進出しない。東京にだって欠落しているものは沢山だ」
「贅沢なこと言うね」
「愛媛の大島には世界が注目する漁師がいる。その人の魚を昨晩くるますしで食べた。確かに味が違う。魚嫌いで有名な俺のオカンも美味しいと言うだろうね」
「なら相当感動したんだな。お前の母ちゃんの話はアホほど聞いてるから」
「お互い相手の地元を羨む。羨むということはその対象が魅力的であるということ。外からの視点を通して地元の魅力を知ってもらう。そのためのふるさとフェスなんだ。俺らの働きぶりを見て、地元愛媛の魅力を再発見してほしい」
「うーん……」
麓への下り、タテルとミクはリフトを選択した。暑さを含んだ風を切りながら、新緑の山肌や木々、犬を抱えてリフトに乗るマダム等様々な俳句の種とすれ違う。
独りロープウェイで降りていった拓郎と合流したところでタテルは一句贈る。
不覚にも望郷天守に薫る風
「……ちょっと説明臭いな。その割には具体性が無い」
「『松山城』って入れたかったけど溢れちゃいまして」
「十七音の分量に収まっていないようだな。俺に贈る句ならもう少し上手くやってくれ」
———
愛媛、さらに四国全体を背負って活躍したいと願うアイドルの卵たちであったが、ステージに立つまでは自分の至らぬ点ばかり目につく日々であった。それは歌やダンス、表情管理といった基本的なスキルだけではなく、背負うはずの地元のことをよく知らない、という恥ずかしさでもあった。タテルが集めた出店、TO-NAメンバーの旅動画、フォトコンテストに出品された写真には彼女達にとって未知の地元ネタが多く転がっていて己の無知を痛感した。
今回ステージに立つために、様々なスキルを叩き込んでもらいました。ですがそれだけでは足りません。地元を背負うなら地元のことをお勉強してください。そのためには外からの視点が不可欠です。地元民でない人に地元の魅力を再発見してもらう。自身も一度都会に出れば、当たり前だった故郷の良さに気付くはずです。それを地元に持って帰ってきてください。そして地元を盛り上げてください。故郷を背負うとはそういうことだと僕は考えます。
タテルは東京っ子なりのエールをアイドルの卵に送った。ちょっと長かった、相変わらず説明臭かったと裏では反省していたが、ふるさとフェスの理念をその場にいる全員に周知できた気がして満足げであった。