広島市に暮らす佐々木日菜。彼女の周りには2人の平和主義者が居る。祖母のチヨは1945年8月6日の原爆投下を経験し、母と妹のチエを亡くした。現在は服飾系の企業の社長として、齢92ながらバリバリ働いている。そして婚約者の建はYUSHI海外活動隊の隊員として紛争地帯で援助活動を行っている。危険地帯であるボマダンでの3ヶ月の任務を終えた後、日菜と結婚式を挙げることになっている。
*戦争の説明や描写がありセンシティヴな展開となっておりますが、実際の店舗とは全くの無関係です。
ある土曜日の日菜。仕事で大きなミスをして落ち込んでいた。担当者が卵アレルギーであることを失念して手土産にバターカステラを渡そうとしてしまい大目玉を喰らったのである。上司は自分が注意喚起し損ねた落ち度を認め慰めてくれたのだが、人を怒らすということが日菜にはどうも堪えるようで引き摺ってしまう。見かねた同僚が日菜を飲みに連れ出す。大好きな唐揚げを、瀬戸田レモンをたっぷりかけて10個(拳骨サイズ)貪った。
さらに2軒目も行きたい、と言い出して人生初のバーを訪れることになった。21時過ぎであったため未だ混んでおらず、先客は高齢の男性1名と韓国からの留学生2人組のみであった。一番奥のカウンター席に案内される。Googleマップでは上から目線すぎるバーテンダーがいた、という口コミが上にあって目につくが、2人についたバーテンダーはとにかく人当たりの良い青年であり、不快になるような場面は一切無かった。
「初めてなんだけど、何頼めばいいかな?」
「フルーツカクテルにしてもらえば?日菜好きだもんねフルーツ」
「そうだね」
「バーテンダーさんに訊いてみるといいよ」

様々な旬の果物が提示される中、日菜は八朔を選択した。さっぱりとしたウォッカによく合う果実味で、暑い日であったから炭酸が身に沁みる。
韓国からの留学生は日本文学を学びに来日しているそうで、太宰治の『人間失格』についてバーテンダーと議論していた。日菜は文学部を出ておきながらこの有名作をろくに読めていない。駄目人間に次々と降り掛かる災難、底無し沼を只管堕ちていく生涯。暗くて救いの無い展開に、心優しき日菜は耐えられないのである。
「主人公の葉蔵は人間の感情が理解できず、道化を演じることで何とか人と向き合いました。しかし本心とのギャップが彼を苦しめ、女性トラブルを起こし酒や薬に溺れ、最終的に心身を病み人間失格を悟ります」
「ああダメだ、ただでさえ落ち込んでいるのに……」
「この物語では最後まで救いを提示しません。綺麗事を一切書いていないのです。それが逆に現実世界を体現したものだと私は思います」
「現実世界を体現、ですか……」
「葉蔵は確かに悪い行いばかりしましたが、元はといえば人間が苦手、という努力ではどうにもならない性が枷となっていました。自分を律して生きていこうとしても限界があります」
「それはありますね」
平和を訴えかける行いと重ねてみる日菜。世界各地で起きている紛争の中には、どちらも正義を訴えていて善悪を決めつけにくい構図のものも多い。ボマダンにおけるポンピンとベラックも、元はそれぞれの土地で衝突することなく暮らしていたのに、欧州列強が勝手に国境線を引いたからおかしくなっただけであり、どちらかが悪いとは言えない。勿論武器を持つ、街や遺跡を破壊する、地元民を巻き込む等は断じて許されない行動であるが、それに至ってしまう事情には酌むべき点もある。どうバランスを取って秩序を取り戻すか。人類は何年経っても答えに辿り着けないでいる。
「次のカクテル、好みのイメージ伝えてみたら?ここのバーテンダーさん何でもリクエスト応えてくれるのよ」

日菜の口から咄嗟に「世界平和」というワードが飛び出す。流石に無茶振りのようにも思えたが、バーテンダーはポーラー・ショート・カットというマニアックなカクテルを選択した。1957年、スカンジナビア航空がコペンハーゲン〜東京の北極回り航路を開設した記念のカクテルコンテストで優勝したカクテルである。ダークラム、ホワイトキュラソー、ドライベルモット、チェリーブランデーを等量冷えたミキシンググラスで混合した、色も味も重厚なカクテル。不思議なのは、これだけ濃いキャラクターが勢揃いしながら、ラム・柑橘・チェリーの味わいが全て感じ取れ、甘みの塩梅も良い。まさに個性の光る平和な世界である。
「正義と正義がぶつかって、それが却って互いの正義を高め合う結果になれば良いのにな」
「素晴らしい考えです。違う宗教が融合して新しい文化が生まれたら、これ面白いと思います」
「外面の奥にある本音はきっと、戦争を望んでいないはず。揉め事の解決は対話でしかなし得ない……」
そう言ってもなお、日菜の考えは理想論の域を出ない。対話で解決できるのならとっくにこの世界から紛争は淘汰されている。でも実際は至る所で衝突が発生し民間人も巻き込まれている。秩序を守らない反政府組織が国を支配しているケースだって少なくない。金になるから戦争する、という国家元首もいる。良かれと思った対応策はとどのつまり綺麗事である。綺麗事を説得力あるものにするにはどうすればいいか。その答えは一朝一夕で出るものではない。
「ウイスキーでも飲もうかな。日菜はどうする?」
「私も飲んでみようかな。どんなものなのか1回」
「せっかくだから広島のウイスキー飲もうか。えーっと、桜尾と戸河内は何がありますか」

全国的にも有名なサクラオブルワリーのウイスキーだが、このバーでは一歩ハイクラスの物を厳選して取り揃えていた。まずは海辺に貯蔵された桜尾から2種。SPANISH OAK STILLMAN’S SELECTIONはシェリーカスク熟成でありはっきりとしたベリーの味わいを感じる。ウイスキークルー向けにボトリングされた方は、ソーテルヌカスクフィニッシュらしい高貴な果実味がこれまたはっきりと感じられる。どちらもフルーティーさが強く感じられ度数の割に飲みやすい。日菜のような初心者であっても魅力を掴みやすいものである。
スマホを取り出してみると、飲み食べに夢中になっていて気づいていなかったのだが、久しぶりに建からLINEが来ていた。通信設備のある街中に繰り出して買い出しをしているとの報せであった。というのもこの日はボマダン独立記念日、通称「勝利祭」であり、普段は貧しい暮らしをする国民も街で食材を買い込んで、夜になると炎と肉を囲んで祈りを捧げる。何より嬉しいのは、この日ばかりはポンピンとベラックの争いが止むことである。普段は対立する両者も、独立の喜びは共通認識なのである。
2週間ぶりに街に出た建と村の首長は真っ先に市場に向かった。小規模の街とはいえ人が密集する場所であり、いつもならテロのリスクが高いから回避するのだが、ベラメイだって祖国の記念日を血で塗るようなことはしない、というベラック教の教えを守って休むので安心して訪れることができる。トマトや南瓜、この日は砂漠地帯では珍しい葉物野菜まであった。主食も普段は雑穀を練り上げたものを食すのだが今夜は純粋に米を食らう。そしてメインは大きな塊の仔羊肉。これを火で焼いた後トマトソースをかけ米と共に食べるのが、タヌボ村民年に1回の贅沢である。
村に戻る道もいつもより穏やかで、旅情さえ感じるものであった。相変わらず砂まみれの未舗装路で車体はガタガタと揺れるが、外部の人が誰も行かないような秘境を突き進む貴重な体験を純粋に愉しめた。
村に戻ると、枯れ草や枝、石などを集めていた子供達が笑顔で出迎えてくれる。大きな羊肉は何回見ても息を呑むものだと彼ら彼女らは云う。この後も夕暮れまで祭典の準備や踊りの練習にのめり込む。
さて日菜はというと、すっかりウイスキーにハマったようで、続いて戸河内を注文した。同じサクラオでも安芸太田の山地にて貯蔵したものが戸河内である。

こちらもまずはウイスキークルーから。バーボン樽で4年熟成している。青林檎のような真っ直ぐな果実味が魅力の戸河内、それがこのボトルでは特に存分に発揮されている。
「何見てたのさっき」
「建さんから写真が来てたんだ」
「ああ、どこだっけ?ボーマンダとかなんとか」
「ボマダン」
「そうだったそうだった。危ないとこなんでしょ?」
「危ないってもんじゃない。武装勢力がそこら中にいて襲ってくるのよ」
「よく行くよね」
「私もそう思った。でも建さんの送ってくる写真見たら、全然楽しそうな国なんだよね。私も行きたくなった」

戸河内の扱いはもう1種類あったが、バーテンダー曰くあまり美味しくないとのことらしい。そこで試飲として一口分サーヴィスしてくれた。こちらはブレンデッドだが、なんとサケ(日本酒)カスクでのフィニッシュである。確かに先程までのもの(そもそも定価が1桁違う)と比べるとコクや深みの点で劣るのだろうが、さらっとしていて飲みやすく、香りも十分あって悪いものではない。オフィシャルの桜尾・戸河内は手頃な価格の割に美味いのが良い、と同僚から教わる日菜であった。
22時を過ぎるといよいよ客が増え、カウンターだけでなくテーブル席も埋まってきた。バーテンダー達が忙しくなってきたためここで切り上げる。会計は7,000円。良心的な価格帯だと思われる。
「人間失格、ちゃんと読んでみようかな」
「読むの?だいぶおどろおどろしそうだけど」
「うん。私より苦しい思いしてる人は世界中にいっぱいいる。その人達の気持ちを知って、苦しみを解消する手助けを少しでもできたらな、って思った」
「優しいよね日菜」
「小さいことでくよくよしちゃダメだな、って思った。バターカステラの件ももう悩まない」
「それがいいよ。あれは課長が悪い」
「うーん、まあそうなのかな」
「良かった、元気になってくれて。寿退社しちゃう前に、また一緒に飲みに行こうね」
日菜が帰宅して寝る準備をしていた頃、日が傾きだしたタヌボ村では木の枝や枯れ草に火をおこしていた。その上に羊肉をセットしじっくり焼き上げる。
月が出ると祈りの時間である。北西に向かって正座して頭を下げる。同時刻、ベラック教徒の集落においても、南東に向かって礼拝が行われていた。祈りの方角は違くとも、ボマダン独立への感謝を神に捧げるという行いがシンクロする。示し合わせてはいないのだろうが、今日だけはお互い不干渉でいよう、とポンピンとベラックが通じ合っているようであった。
祈りが終われば続いては舞の時間である。村人達が火を囲んでマイムマイムのような踊りを繰り広げる。建らも輪に加わって見よう見まねで踊る。神聖な儀式に参加させてもらえる喜びと少しの畏れ。これもまた貴重な体験で楽しいものである。
そして晩餐が始まる。バラス2日目の夜に牛ステーキを食べて以来の肉料理は堪らなく美味い。フレッシュトマトの旨みも、日本にいればパスタ屋で当たり前に味わえるものであるがこのコンテクストにおいては感動ものである。
祭典の〆はこれまた贅沢品であるマンゴー。縦に3等分して端の果肉に格子状に切れ目を入れて浮かせると花びらみたいになって日本ではこれが定番の食べ方なんだ、と説明し実演したのだが硬くて上手くできなかった。それでも齧りつけば心地良い甘み。冷えた体は温かい紅茶で温める。
「毎日が独立記念日だったら良いのにな」
ぽつりと呟く建。
「私達もそれを祈っているのですよ。戦争なんて本当はしたくない」
村人の本心が夜空にこだまする。銃声や爆弾の音が轟くタヌボ村が、焚き火と歓声だけに包まれる夜であった。