連続百名店小説『世界中が平和でありますように。』 第八篇:生ル實ハ皆ニ分ケ與ヘヨ(お好み焼き 八昌/銀山町(広島))

広島市に暮らす佐々木日菜。彼女の周りには2人の平和主義者が居る。祖母のチヨは1945年8月6日の原爆投下を経験し、母と妹のチエを亡くした。現在は服飾系の企業の社長として、齢92ながらバリバリ働いている。そして婚約者の建はYUSHI海外活動隊の隊員として紛争地帯で援助活動を行っている。危険地帯であるボマダンでの3ヶ月の任務を終えた後、日菜と結婚式を挙げることになっている。
*戦争の説明や描写がありセンシティヴな展開となっておりますが、実際の店舗とは全くの無関係です。

  

 梅雨が明け広島にも厳しい暑さが到来した。こんな暑い中でも日菜とチヨはお好み屋の行列に並ぶ。日菜お気に入りのお好み屋は有名店であり、チヨは観光客向けだと言い張って訪れないでいたのだが、日菜と約束した手前行かない訳にはいかなかった。
 早めに行けばそこまで混んでいないだろうと11:25頃に到着したが30人弱の並びである。しかも2組前の女性は1人客かと思いきや後から3人合流してきた。お母ちゃんだけ行列に耐えさせて父親と子供2人は入店ギリギリまで自由行動とは何事だ、とチヨは憤る。

  

 一方、ポノに向かう建のチームも南部赤道地帯の湿った暑さを鬱陶しく思っていた。国土の広いボマダン国内の移動は兎角時間がかかり、途中の街ベドゥラで1泊してからポノに向かう。しかしベドゥラに着いて翌朝のことだった。
「ダメだ。今日はポノに向かえない」
「また武装勢力の影響ですか?」
「そうだ。ポノ行きの道とは違うが、近くで外国人が誘拐された」
 南部ボマダンには広大な熱帯雨林が広がり、域内に5箇所ある国立公園はどれも希少生物が多く棲息していて世界遺産に登録されている。また鉱山も多数あってレアメタルが採れる。これだけ聞くと資源が豊富で観光客も多い豊かな地域、という印象を受けるが実際は断続的に発生する南ボマダン内戦により情勢がきわめて不安定である。ベラメイのような過激派はいないものの中小規模の武装勢力が乱立していて、外国人を見かければ誘拐しにかかる。隣国の内戦の影響で難民が入ってきていることも治安悪化に拍車をかけている。
 そういう事情もあって少し早めに南部ボマダンの最大都市であるベドゥラに入市し、道中に武装勢力が現れなさそうなタイミングでポノに移動する必要がある。結果としてベドゥラでの待機期間は3日に及んだ。
 農村ポノに到着。高地にあるため程良い気温であり空気が澄んでいる。そこに暮らす子供達は無邪気な笑顔を浮かべながら農業に勤しむ。心なしか腹が膨らんでいるように見えた。これは飽食によるものではない。貧しさ故の出っ張りである。
 主に栽培されているのは珈琲木である。その実の種を然るべき方法で加工すれば美味しい珈琲豆となる。欧米や日本の市場に出回ってもおかしくない品質に仕上がるらしいが、生産地で紛争が頻発し、アクセス手段が武装勢力が潜んでいるかもしれない悪路のみ、となると外からのビジネスの参入は難しい。そこで建らのチームが珈琲豆の製造、そして同じくポテンシャルのある養蜂などを指導して、村人自らが一級品を生産し収入を得られるように支援することにした。
 村人は女性ばかりである。拠点となるキャンプに行くまであちこち歩き回ったが、男性とは十人くらいしか出会わなかった。それもそのはず、男性の多くは武装勢力に徴兵されている。子供であっても例外ではない。森の中のどこかで戦闘を強要されている。ポノでは2つの武装組織が対立しており、厄介なことに村の少年らは両軍に分かれて引き取られた。今まで友達だった相手を撃たなければならない惨さは筆舌に尽くし難い。
 命辛々逃げ出しても前途は多難である。村に帰っても仕事が無く、街に出るのは遠い。居場所が見つからず結局組織に戻ってしまうことは日常茶飯事である。そういう人達が手に職をつけられるような支援を行うのも建らに託された任務である。
 コーヒーについては大学生時代から愛飲し一家言のある建が主導する。コーヒーの元となる果実(コーヒーチェリー)を、ここでは先ず果実ごと乾燥させる。この後種の部分のみを回収して麻袋に詰めるのだが、残った果肉や皮も有効活用するのが建のやり方。肥料として使うだけでなく、さらに乾燥させて紅茶にする方法を伝授した。これも立派な売り物となり得るものである。
 こうして作られた商品は村民の手で街まで運搬して市場に流通させる。完成した商品の第一陣をベドゥラまで運び輸出業者に手渡す。得たお金が村まで持ち帰られたのを確認して建チームの任務は完了となる。その間に養蜂指導や教育機会の創出、マラリア等感染症予防の啓蒙活動、さらには溶接や大工、車の修理や洋裁といった職業訓練なども実施する。約1ヶ月半の想定だが上手く行くかはわからない。村民同士の衝突が発生して収められなければ却って治安を悪化させて帰ることになるし、武装勢力がどこからともなく襲ってくる可能性は常に排除できない。命懸けの任務が今始まる。

  

 結局1時間弱並んで漸く入店した日菜とチヨ。一枚板の鉄板が広がるカウンター席に座った。

チヨはビールで乾杯する。大きなジョッキを年季の入った手で逞しく握りぐびぐびと喉に運ぶ。

 お好みの提供まで時間があるためすじポン酢で繋ぐ。脳内お花畑ガールがコラーゲンだ明日お肌プルプルなんてほざくようなゼラチン質の塊であり、弾力が強くて糸ようじのように歯間に入ってくる。単体ではポン酢の味が支配的だが、この後出てくるお好み焼きと一緒に食べれば肉の味が少し出てくる。
「観たよYouTube。言葉は緩いけど骨があってええ子じゃった」
「でしょ?ああいう女性に私もなりたいな」
「日菜もそうじゃ思うよ。ちゃんと芯があって物事をよう考えとる」
「建さんのお陰だと思うよ」
 少し照れ臭くなった日菜はもう1つお薦めのチャンネルを紹介した。こちらは正真正銘のジャーナリスト団体であるが、アフリカを拠点にしていてボマダンを取材した動画も多数出している。
「うーん、見出しっていうんじゃろうか?ちいとおどろおどろしそうで気が引けるのう」
「YouTubeってそういうものよ。みんなに観てもらいたい、知ってもらいたいからこそこういう見出しつけるの」
「あまり感心はせんけどのぉ。まあでも鉱山の話は気になるな」

  

 建の活動範囲外ではあるが、ボマダン南部の鉱山では数々の金属が採掘される。金銀やレアメタル、スマートフォンなど電子機器の部品に使われる金属などが獲れるため、さぞかしこの地域は潤っているのだろう、と思うかもしれないが実情は違う。この鉱山もまた武装勢力に支配されており、採掘で得たマネーの殆どは武器の購入に消える。採掘に携わる者達は不衛生な環境で過酷な労働を強制されながら恐ろしいほどの薄給。鉱山崩落や土砂崩れ等で大勢が命を落とした事例も多い。それでも貧しい人々にとっては、こんな釣り合わない労働であっても従事したいのだと云う。
「なんと歪な構造。電子機器買うのが申し訳のう思うわ」
「ボマダンの金属が使われているか知る術は無い。あまり気負いしなくて大丈夫よ」
「でもね、汗流して働く人の給料が戦争に加担する勢力に取られるなぁ許せんものよ」
「それはそう。難しい問題だよね」
 不買運動をすれば武装勢力に金は行かない、と言うのは簡単だが、それでは労働者の給料も無くなる。それに商流がかなり複雑であり、不買運動が効果的とは思えない。とどのつまり、戦争を無して武装勢力を消滅させることを考えるのが先決ではないか。

  

 さてお好みが焼き上がった。生地もそうだがそれ以上に蕎麦が硬めのため、しっかり力を入れて切り分けたい。手元にはおたふくソースとマヨネーズがあるが、かけずにそのままいただくのが日菜の食べ方。

 キャベツは食感が残っており軽やかな甘さ。麺は少し太めで、中心側に行くに連れ凝縮され堅焼きとなっている。グニグニした食感が面白く噛むと味を感じる。そして程良くかかった節や胡椒がとても美味い。全ての要素が完璧であり、ソースをかけなくても最後まで美味しく食べられる。チヨは今まで避けていたことを後悔した。

 ちなみに断酒中の日菜は瓶のコーラを飲んでいた。お好みという濃い食べ物にはキンキンに冷えたコーラがよく合うものである。
「おばあちゃんもコーラにしたら?」
「酒飲みがコーラなんて飲まんよ」
「騙されたと思って。ほら」
「……美味いのう。こりゃあゴクゴク飲めてしまう」
「でしょ?お好みにはビールのちコーラ。今度試してみてね」

  

 現代の紛争においては、味方と敵の間に、武器を売って金を稼ぐ組織がある。戦争が続くことを望み、市民の犠牲を厭わない厄介な存在である。それを排除するには、需要の原因たる戦争を無くすことがやはり重要となる。建はその第一歩として、戦争の前線の村に雇用を創出し、敵味方が手を取り合って仕事に取り組む環境作りに挑んでいる訳である。
「日本だって他人事じゃないよね。コタツ記事とも似たような構図よ」
「コタツ記事?」
「ネットに転がる揚げ足取りのコメント拾って、実在するかもわからない関係者の解説書いて記事にする。ネット世界には共感する人が多いから閲覧数稼げてお金になるの」
「心が苦しゅうなるのう」
「捻くれた嫌味を多数派意見のように取り上げて、何がしたいのかな」
「人間のすることとは思えないね。金稼ぎは資本主義の原則だけど、人としての思いやりを忘れるのは以ての外よ」

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