TO-NAが地方創生を目論み始めた大規模イベント「ふるさとフェス」。第2弾は愛媛県で開催することになった。観光のメインストリームから外れ、アイドル不毛地帯である四国を松山から盛り上げるべく、TO-NAプロデューサーのタテルとメンバーのミクが視察する。タテルの友人で俳人のまぐ拓郎が2人をガイドする。
夕方になると出店から人がパタリと消える。坊っちゃんスタジアムのゲートが開き、愈愈TO-NAのライヴが始まる。序曲が流れた後、球場らしくウグイス嬢のアナウンスが響き渡る。
TO-NA高校のピッチャーはパル君。ピッチャー、パル君。背番号52番。
ピッチングに定評のあるメンバーのパルが始球式に臨む。この日のために相当な球数投げ込み肩を鍛えた。目標は球速100km/hでストライク。まさかの球界の大物がそれを打ち取らんとする。
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くるますしでの極上四国ガストロノームを堪能した足で向かったのは、これまた愛媛が誇るバーのル・クラブ。タテルがドラマ撮影で広島を訪れた際、立ち飲み屋で隣にいた兄ちゃんから「日本一のバー」と紹介され目星をつけていた。地下の店内は少し広めで、既に22時半過ぎであったが、2人が着席してカウンターは満席となった。
メニューブックを眺めてみると、クラシックカクテルも勿論あるのだが、あまりにも危なっかしいラインナップである。オリジナルカクテルは多彩で名前もしばしば洒落ているし、どういう訳かグリーンカレー味やらシーフードヌードル味のジントニックがあり、極め付きは大麻ブランデー、コカリキュールといった薬物系(合法の酒らしいが怖い)、情事のしたくなってしまう酒も平気で掲載されている。
「いやぁ、流石に勇気出ないな。沽券に関わる」
「堂々と書いてあるということは、大丈夫なんだと思いますけど」
「じゃあミクがいってよ」
「……怖いです」
結局2人は安全なオリジナルカクテルを選択した。愛媛松山コスモポリタン。クランベリージュースではなくポンジュースでウォッカを割る。

そしてマスターがグラスの上にバブルを作る。これは自然に割れて、芳しいスモークが空中に霧散する。女子も喜ぶ洒落た演出である。味も良くて、ウォッカによりオレンジの味わいにメリハリがつき、スモークの残り香も華やかである。
「エンタメ性のあるバーなんだね。オーセンティックとはまた違うのかな」
「私に訊かれてもわからないです」
「雰囲気が良い。デートにもってこいだな。ミクも嬉しいだろ、こういうとこ連れてきてもらえたら」
「否定はできないですね」
ヨーロッパの古城をイメージした雰囲気の中で、ライヴのプランについて考えを巡らす。先ずはオープニングセレモニーから。昨年の秋田ではメンバー全員で西馬音内盆踊りを披露したので、今回も祭の踊りを実施しようと思っていた。
「野球拳おどりか……野球拳は別立てで開催しようと思っていてな」
「野球拳ってもしかして、服脱ぐんですか私達⁈」
「こらっ。野球拳はな、立派な郷土芸能なんだよ」
1924年10月、伊予鉄の野球チームが宴会芸として披露し、ウケが良かったことから恒例行事として定着。それはやがて外へも広まり、戦後には数多の歌手が野球拳の歌をレコードでリリースした。この時点では脱衣の要素は全く無く、ただ歌と三味線に合わせて踊りじゃんけんをする遊びであった。
しかし1969年、コント55号の番組やハクション大魔王が脱衣野球拳を放送。これにより、じゃんけんに負けたら服を脱ぐというお色気遊戯のイメージが定着してしまった。それを良くは思わない人も当然多くいる訳で、俳人の富田狸通氏が家元を創設、現在まで4代に渡って続いている。
1970年からは、愛媛を代表する祭「松山まつり」に本来の野球拳が導入された。その祭は2022年には「松山野球拳おどり」に改称し、県内では新居浜太鼓祭りと肩を並べる代表的な祭事となっている。
「全然知らなかったです」
「勝手に卑猥な遊びにしやがって。服脱がせて何が楽しいんだ」
「タテルさん好きそうですけどねそういうの」
「昭和のどスケベ親父じゃあるまいし。令和の今こそ、清純派のTO-NAが元来の野球拳を発信する」

一方で次の1杯には艶かしい名前のものを選ぶタテル。ジンと自家製シャンパン(どんなものか話を聞いたような気がするが忘れた)にピーチ、ジャスミン、スミレといった華やかなフレーヴァーを混ぜた『小悪魔ベリーニ』である。通常の桃だけのベリーニと比べて多彩でフローラルな、でも決して下品ではない甘みが素晴らしい。
野球拳は平たく言えばじゃんけん大会である。ということは観客を巻き込むことができるかもしれない。ありがちだがメンバー1人と一斉にじゃんけんをして勝った人が残るシステムが思い浮かぶ。
「メンバー全員に勝てば商品GETとかどうです?」
「それかなりハードだぜ。3分の1を27回だろ、エグいデカいぜ分母」
計算した結果、確率は凡そ7.6兆分の1。1万人の観客を以てしても現実的ではない。よって、これまたありきたりだが、残りが4,5人くらいになったらその人達で決戦してもらうか。
「そもそも野球拳は3人1組で戦うものらしい。負けた人はチームの次の人に交代して、相手を全滅させた方の勝ち、というね」
「それでしたら、勝ち残った観客代表3人とメンバーの3対3をステージ上でやりましょう」
「マーヴェラス。メンバーと近距離でじゃんけん、なんて悦だ」

野球拳の導入案が固まったところで続いては道後温泉ミュール。こちらは本家モスコーミュールのライムを檜に代えたくらいのおとなしいアレンジである。檜の香りに癒されながら、するすると飲めてしまう安心感。
勿論ただのじゃんけん大会ではない。野球拳おどりは松山まつりのメインイベントであり、若者達が大街道等を踊りながら練り歩くものである。よってTO-NAメンバーには踊りをマスターしてもらう。また、歌詞がついているので歌う人も必要である。
「野球するならなんとかかんとかなんとかね、アウト、セーフ、よよいのよい…」
「そんな短くないぞ。間にもちゃんと歌詞がある」
脱衣野球拳では「野球するなら〜」のフレーズの直後に「アウト、セーフ」が来るのだが、正式な野球拳ではその間に、投げたらこう打って、打ったならこう受けて、という風に野球のやり方を示す歌詞や振りがある。
「テレビ的なこと考えて略されてしまった」
「恥ずかしくなってきました。自分の無知さに」
「仕方ないよ。それを正すための企画だから」
伝統的な民謡調以外にも、ロックアレンジされた曲も色々ある野球拳。さらに最近では、野球拳の振りを一部流用した野球サンバなるものも存在する。脱衣はいけない方向とみるが、若者が気軽に参加できるよう現代の文化にも歩み寄る姿勢を見せる。だから野球拳は今日に至るまで松山市民に愛される祭事となったのである。
「皆には伝統的な野球拳踊りをしてもらおうかな。ロック調もやりたい?」
「やりたいです。私ドラムかじってますし」
「そうだったな。野球拳は宗家と初代家元の作詞を組み合わせると4番まで。5戦目からロック調に変えるのなら自然な流れだ」

まだまだカクテルを愉しむ。デザートカクテルを飲みたくなって選んだのはチョコレートマティーニ。カカオの芳香と酒の美麗なるキレが噛み合った美味いカクテルである。
野球拳は本編で行うため、オープニングでは別の催しを行う必要がある。野球関連のことを考えていたから、自然と始球式が思い浮かぶ。TO-NAには強肩投手のパルがいるから投げさせて、後は愛媛が誇る野球選手が来てくれると嬉しい。
「愛媛といえば済美高校。でも思いつかないな、芸人のビッグポジティヴさんしか」
「ビッグポジティヴさんにも来てほしいですね。プロ顔負けの豪速球見たいです」
「当然呼ぼう。あとは誰かいないかな……あ、この人ならきっと!」
さらに欲しい人員といえばウグイス嬢。これはもう、愛媛出身の人気女性タレント・フトーフロが最適任である。TO-NAとは浅からぬ交流があるため、スケジュールさえ合えば呼びやすい。
「これが実現すれば完璧な始球式になる。正岡子規パイセンも喜んでくれること間違いなし」
最後に御当地のウイスキーを、と思ったが四国ではウイスキーが殆ど作られていない。やっと徳島の阿波乃蒸溜所がウイスキーを売り出すか、というタイミングであり、四国のウイスキーとして出せるものは無いとのことである。

代わりに提供されたのは内子町の天神村醸造所が製造するボタニカルラム。黒糖と清酒酵母をベースに、愛媛自慢の柑橘やミント等をボタニカルとして入れ込んでいる。ライチのような芳香のある味わいが印象的。
「もしウイスキーお好きでしたら、アーケードに良い店ありますよ。すごい数の種類蒐集していて、角打ちもやっているので良かったら」
「それは気になりますね」
「夏になると外でハイボール出すこともありますね。アランとかマッカランとか」
「それは素晴らしい。TO-NAフェスにも来てもらいたいです」
「話通しておきますよ。暑い屋外でハイボールも乙なものです」
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ハイボール屋台はライヴ開催1時間前に出現。ラグジュアリーホテルでいうカクテルタイムのイメージで企画した。水や蜜柑ジュースを同時提供して、脱水症状対策も万全である。
そしてライヴ初日の始球式、ウグイス嬢フトーフロのアナウンスでバッターボックスに立ったのは、ゴールデングラブ賞を獲得しWBCで2度優勝を経験したあの野球選手。パルは球速103km/hのストレートを投げたが打たれてしまった。それでも女子選手顔負けの投球に観衆の多くが目を見張った。
—夏衣締めたり野球拳踊り—
MCや特殊演出を挟みながら、ライヴの13/18を消化したところでストレッチ代わりの野球拳大会である。
「アウト、セーフ、よよいのよい。こちら『最初はグー』に相当します。なので皆さん必ずグーを出してください。その直後に『じゃんけんぽん』と言いますのでその後出したい手を出してください」
観客は特訓したメンバー達の舞を鑑賞しつつ、一斉にメンバー1人とじゃんけん。勝ち以外はへぼのけへぼのけされ、4戦目で小休止。ロック調に変わってさらに3戦したところで丁度3人の観客が残り、ステージ上でメンバーと熱い決勝戦を繰り広げた。