連続百名店小説スピンオフ『個人面談』クラゲ&ホノ編(グルガオン/銀座一丁目)

1軒目のバーでの吟行を終え、GINZA SIXから中央通りを北上するタテルとクラゲ。外国人観光客が多く歩きにくいが、目的地の定まっているタテルはクラゲの歩調を気にすることなく押しのけて進む。

  

「ホノ、待たせたな」
「お疲れ様です。あれ、クラゲちゃんは?」
「はぁ、はぁ……速すぎますよタテルさん!」
「タテルさん、歩く速度合わせてあげてください。だから京子さんと別れるんですよ」
「関係ないだろ。あ、ちょっと混んでる。急いで並ぶぞ」
「まったく……」

  

インドカレーやビリヤニの名店が数多ある銀座の中でも特に活気溢れる店である。昼間はよくあるカレーとナンのセットが人気のようだが、夜来たら絶対頼んでおきたいのが前菜セット。チーズクルチャ(チーズナン)に加え摘みが2品ついて1,280円。色々なものを食べたいタテルにうってつけのセットである。
「じゃあビールを…」
「飲むんですか⁈この後またバーに行くのに」
「当たり前だろ。ノンアル挟む理由がない」

  

暑い日に暑い地域のビールを飲む贅沢を味わう。ゴッドファーザービールが秒で提供された。透き通っているがトロピカルフルーツ様のコクもある。

  

「バーってもしかして、私も行くんですか?」
「当たり前だ。ワタナベクエスト以来だな」
「確かに。あれから全然行ってないですねバーは」
「行ってないのか。あれだけ行けと言ったのに」
「言われてないです。私そんなにお酒強くないですし」
「でも好きではある」
「……まあ否定はできません」

  

パニプーリという見慣れないものがまず供される。インドでは定番の屋台菓子であり、球状のチップスにじゃがいもか豆か何かのペーストが入っている。そこに「魔法の水」を注ぐ。それは専らミントであり、飯にしてはあまりにも清涼感がありすぎるのだがビールの円やかさはより引き立つ。
「こんなの食べたことないです」
「俺だって。ここでしか食えないんじゃない日本だと」
「本場だと水がどうなんでしょうね。水道水はお腹壊すって聞きますし」
Wikipediaを見ると、食事中に目にしたくない衛生面に関する懸念の記述があった。流石に風評被害になりかねないから現在では削除されているが、水が綺麗な日本で食べるのが安全らしい。

  

「そうだ。今日はクラゲ先生に頼み事があってな」
「何故急に先生呼ばわりなんですか」
「次回作をな、書いてほしくて。その主演にと思ってホノを連れてきた」
「嬉しい、と言いたいところなんですが……」

  

故郷福井を舞台にした映画『みっちゃん』は残念なことに興行成績が振るわなかった。恐竜博物館や東尋坊で大規模ロケを行い、高級日本料理を楽しみながらラストシーンを撮影したが、リターンは割に合わなかった。それでもタテルはクラゲの才能を信じており、自分の中にある漠然としたイメージをクラゲに具現化してもらおうと考えていた。

  

続いての摘みはタンドーリチキン2種とカリフラワー焼き。チキンがジューシーで美味いのは当然として、カリフラワーにもカレーの味がしっかり乗っかっていて味わいがある。酒に酔った身には尚更沁みる。

  

タテルは群像劇を想像していた。ホノ以外にも二人三人ばかりメインキャストをグループ内から選ぶつもりである。
「できれば桜の映像が欲しいな」
「良いですね。どこの桜を想定しています?」
「福島。三春の滝桜」

  

西日本出身のクラゲとホノにはピンと来ないため写真を見せる。樹齢1000年を超えるとされる巨大なエドヒガンであり、小さな町ではあるが多くの観光客が訪れる。
「綺麗ですね。桜の木の下から物語を始めて、主人公は4人組アイドルのメンバーとかどうだろう」
「いいね。三春は郡山に近い。郡山は音楽のまち、楽都だ」
「じゃあ音楽学校の仲間で結成した、とかも良さそう」
「どうだホノ。アイドルのプロデュースにも興味あると言ってたよな」
「はい。めちゃくちゃ面白そうです!」

  

だいぶ方向性が決まってきたところで、先ほどいたバー(酒仙堂)のマスターお薦めのマトンカレーがやってきた。マトンの空気感がルーに溶け出ており、マトンの身自体は弾力がありつつ味わいが確とある。多彩なスパイスの香りでチーズナンが進むこと限り無し。その辺のインネパのしゃばいカレーとは大違いである。
「これが銀座か」
「どうしたホノ。上京して5年くらい経つだろうに」
「だいたい家に篭っているので、街とかよくわからないです」
「少しは出歩け。クラゲなんて同じ上京組だけどすぐブックカフェ行くからな。今日も本に夢中で遅れやがって」
「やめてください。謝りますから……」

  

そんな上京組が本を書き主演するとなると、必然とそういうプロットになるものである。ここで詳しく述べるのは避けておくが、クラゲの中では既に大まかな流れが半分くらい出来上がっていると云う。それを聞いたホノとタテルは場面を想像してすっかり入り浸っていた。
「何とエモーショナルな光景」
「様々な運命が待ち受けていると思うと、嗚呼泣けてくる」
「決してハッピーではないけど、確かな絆を感じてもらえるような作品にしたいですね」

  

珍しいからということで、インドの赤ワインを追加したタテル。カリフォルニアワインのような、濃く少し甘みを感じる立派なワインである。

  

さらに腹が空いていたタテルはいつの間にか追加のカレー、そして香り高いバスマティライスまで注文していた。食事を終えた気でいたクラゲとホノはすっかり呆れつつ、一口ずつカレーとライスをお裾分けしてもらった。

  

場末のインネパではお目にかかれないようなものを、とブラックポークカラヒを選択。香りの良い黒胡麻ペーストを絡めた豚肉は食べ応えがあり優秀なおかずである。酒が入っているので尚更うまいうまいと食べてしまう。

  

「という訳でクラゲ先生、まずは一旦小説として本を書き上げてくれ。出版して、あわよくば芥川か直木か勝ち取ってくれたら」
「話が大きすぎますよ」
「いずれは獲るでしょ。良い経験になるだろうからぜひ上梓まで漕ぎつけてくれ。そのあとに映像化を考えよう」

  

あれやこれや食事を楽しんでいたらあっという間にラストオーダーの時間となっていた。今回選んだカレー以外にもピーナッツマサラや鯖カレー等気になるものが沢山あり、銀座でバー巡りする際の夕食として今後も利用していきたいと思うタテルであった。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です