女性アイドルグループ「TO-NA」のプロデューサーを務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋
ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。
土曜日の16時、タテルはGINZA SIXにてやきもきしながらクラゲの到着を待っていた。裏路地にあるバーがこの時間から営業していて、18時までは席料がかからないとのことであるが、18時までに入れば良いのか、出ないと駄目なのか不明なため早く入りたかった。
「遅いぞクラゲ。30分待った」
「ごめんなさい、本読んでいたらこんな時間に」
「仕方ないな。早く行くぞ」
GINZA SIXの華やかさとは反対の雰囲気の雑居ビル。目当てのバーはその地下にあるのだが、「会員制」との張り紙。これは無視して入って良い(恐らく良からぬ客を寄せ付けないための御守りみたいなものである)のだが、怖いマスターがいるのではないかという不安に攫われる。
勿論そんなことは無くて、物腰の柔らかいマスターが常連客と気さくに会話していた。既に3組先客がいて、2人が入店したところで満席となった。
今回より夏の句を詠み始める。夏が始まる合図に選ばれたのはテコニック。キンキンに冷やした1800テキーラをトニックで割った。正式名称はテキーラトニックであるが、英語の略語由来でテコニックとも呼称され、俳句に使うのであれば5音であるこちらの方が使い勝手は良いだろう。

テキーラの旨味がライムの甘みに溶け出し、優しく広がりのある味わいとなっている。
「美味しいですね。こんなコク深い甘さなんだ」
「でしょ。テキーラの原料であるアガヴェはこーんなに大きい植物なんだ」
「誇張してません?」
「してないよ。メキシコの特定の地域でしか栽培されない珍しい植物だ。チャームのサルサにも合うね」

セカオワのライヴ終わりやテコニック
自解:大きな植物がステージの上に造成されていたセカオワのライヴ『Tarkus』。それを観に行った帰り、余韻に浸りながら一杯ひっかける様子を描いた。
「たしかにセカオワってそういうイメージありますね」
「バンドでは珍しいファンタジー路線。自然との共生も謳っていて」
「気になる点としては、『ライヴ終わり』という言葉が少し無機質かと思います」
「まあな。『や』で詠嘆する言葉としては素っ気ないか」
「大きな植物の存在は明示した方が良いと思います」
セカオワのライヴの大樹テコニック
「ああなるほど、これならTarkusを知らない人でも情景思い浮かぶ」
「植物が描かれることによって、テコニックの緑っぽい味わいも強調されますね」
「自分の中では当たり前でも、言わないと伝わらないことって多いですよね」
「俺なんか特にその癖ある。言わなきゃわからないことを言わない父親の習性を受け継いでしまった」
「良くないですよ他責思考は」

次はクラゲがカクテルを選び一句詠むターンである。カクテルブックで予習していた面白い季語を繰り出したいということで、ラム・コアントロー・レモン果汁を合わせたXYZ。
「柑橘を丸齧りする感覚」
「不思議なものですね」
「柑橘王国の瀬戸内に思いを馳せたくなるね。えひめフェスはどうなることか」
「あ、えひめフェスで俳句大会やるんですよね」
「やるよ。クラゲは優勝候補だ」
「プレッシャーですって」
「優勝候補の俳人が作るカクテル俳句、どうぞ!」
「はあぁ……」
帰京の前はヨーロッパ軒XYZ
自解:お盆休みで故郷の福井に帰省したら、最後の食事はヨーロッパ軒でソースカツ丼を食べたい。他のどの店よりも美味しくて完成されているヨーロッパ軒のソースカツ丼を食べて、次の帰省にまた思いを馳せる。
「XYZって、これ以上のものは無い究極のカクテル、最後に飲むカクテル、という意味なんですってね」
「そうだな。すごく意味の強い季語。君のヨーロッパ軒に対する愛が伝わってくる」
「本当に美味しいんですもん。毎日食べてもいいくらい」
「飽きるから止めなさい。確かに肉もソースも米もパン粉も拘っている。究極であり最後でもあるということはこの季語が暗示してくれるから、『帰京の前』と言わず違う言葉で状況描けないかな」
発車30分前のヨーロッパ軒やXYZ
「上五が重くなりました」
「具体的な情報は入ったが、いくら上五字余りが許されているとはいえ12音はやりすぎかも。なるべく軽くすることは考えてみよう」

ここでタテルがウイスキーをリクエストする。目の前に並べられたボトル達がどれも見慣れないものであり気になっていた。その中からボトラーズ(The Single Malts of Scotland)のレダイグを選択した。アイランズの部類に入り、海辺の焚き火のようなスモーキーさ軽やかな甘みが合わさってみたらし団子のような感覚である。
帰る前にヨーロッパ軒やXYZ
「随分と軽くしたな」
「最初の句にだいぶ戻っちゃいました」
「『帰京』という言葉よりかは軽やかで、ふらっと食べに行く感じが読み取れる。ただこうすると単に地元民が家に帰る前に寄る、という読みもできてしまうなぁ」
「じゃあやっぱり『帰京』使いますかね。帰る場所明確にするために」
帰京前のヨーロッパ軒やXYZ
「登場人物が福井の人でも東京からの旅行者でも成立すると思うんです。タテルさんも共感しますよね」
「急に振ってきたな。まあするけど」
「結局変わったのは助詞の組み合わせ方だけでしたね」
「それも推敲の面白みだと思うけどね。一旦方向性を確かめた上で戻った、そういうのもアリだと思う」
「俳句って面白いですね。XYZは様々な事柄と相性良さそうだから詠み甲斐がありそうです」

時刻は17時半。18時までにもう1杯飲めると判断したため、テキーラベースでさっぱりした物をリクエストしてみる。マスターが得意だと云うテキーラギムレットが提供された。通常はジンベースであるが、テキーラを代わりに用いることにより甘みも感じられてライムの緑も引き立てるから味わい深い。
細長い脚のついた通常のカクテルグラスではなく、ショットグラスを拡大したようなグラスに注がれている。テキーラを飲む時は大体ショットグラスだから、そのイメージを維持したとのこと。グラスは九十九里のスガハラガラス製である。
「フーディーたる者、器にも拘りたいものだ」
「ただ美味しいだけじゃ駄目なんですね」
「美味しい、にも関わってくるファクターだからな。ガラスの縁が薄いか厚いかだけでも口当たりが大きく変わってくる。今回のグラスは曇りがあってちょっと摩擦があるけど、全体的にはやはり均質であるから綺麗に口の中へ入る」
「わからないですねその違い」
「俺もわかってないよ。何となく言ってみただけ」
「なーんだ」
「これから学びたいな、って話。目の前の食べ物だけにがっつくことは猿でもできる。器に価値を見出してこそ、お値段以上の経験となる」
曇りガラスを滑るテキーラギムレット
自解:ガラスの質感、液の揺蕩い、口当たりを詳らかに想像させる一句。グラスに注目する機会を得た今だからこそ詠める。
「カクテル俳句らしい素材ではありますけど、散文的ですよねこれ」
「だな。ただ目の前の情景を実況しただけ。上五が重いのもネックだな」
すりガラスするりとテキーラギムレット
「オノマトペを入れてみた。おまけに『曇りガラス』を『すりガラス』と言い換えて、『するり』と韻を踏む形にした」
「これなら散文から脱却した上、語感もスラスラとしていて良いと思います」
「声に出して読みたい日本語。江戸切子のグラス買おうかな」
「TO-NAハウスの近所にありますよねきっと」
「墨田区だもんな。よっしゃ、みんなの分買ってやる。金は俺が出す」
「太っ腹!」
「ただしスポーツスタッキングの3-6-3を、森川葵より速くこなせた人だけが獲得できる」
「……無茶ですよ。ワイルドスピードに勝てる訳ない!」
18時を少し過ぎたためチェックとする。チャージの件については結局よくわからないが、楽しい滞在だったのでどうでもいい。マスターが親戚の結婚式ついでに買ってきた高松のかまどパイを1枚ずつ貰った。雑多な土産物とは違い、バターの香りが確とあって生地も空気が入りさくっとほろっと割れる、立派なお茶菓子である。
「この後一丁目辺りのバーに行くんですけど、近くで良い飯屋ありますかね。カレーとか好きなんですけど」
「タテルさん!私の好みも聞いてください」
「カレーの気分だから。抗えないよこれは」
「……想像したら食べたくなりました」
「カレーならグルガオンなんてどうでしょう?ラム肉キーマがお薦めです」
「美味しそう。行ってみます」
地上に出て電波を受信できたところでタテルはグルガオンの場所を調べる。そしてその位置情報をとあるTO-NAメンバーに送った。