連続百名店小説『世界中が平和でありますように。』 あとがき(料理屋そうびき/西条)

『世界中が平和でありますように。』の撮影がオールアップした。日菜と幼少期チヨを演じたTO-NAメンバーのヒナ、チエときらりを演じた同じくTO-NAメンバーのキラ、現代のチヨを演じたTO-NA公式おばあちゃんのスミヨがTO-NAプロデューサーのタテルと共に打ち上げを行う。建役の俳優は第2話分以降別地での撮影となったため不参加である。

  

 タテルが選んだ店は、西条の酒蔵群から少し南に下った街中にある日本料理店。カラオケまねきねこの隣にある地味なビルの3階という、とても名店の無さそうな場所に構えている。この日の昼の席は一行以外に客がおらず、大将と若い女性店員の2人で回しているが奥に引っ込んでいる時間も多く、実質カウンター席を個室のように贅沢使いする格好となった。

  

 日本酒の街であるが、暑いので乾杯はビールとする。一流レストランだけが置けることでお馴染みのロココビール。この店では製造元拘りのグラスも用意されていて、非常に薄く作られた飲み口が、バナナやトロピカルフルーツのような味わいを引き立てる。

  

「タテルさん、広島は初めてなんですよね?」
「まあTO-NAの公演で行ってはいるけど、じっくり愉しむのは初めてだね」
 キラはグループ唯一の広島県民であるが、県東部福山の出身であり広島市内のことについては不案内である。今作における店選びはすべてタテルが主導で行い、キラは「お好みと一緒にコウネを頼むと良い」「ちからといううどんチェーンが誇り」「路面電車が風情あって良い」くらいしか情報をくれない。

  

 幕開けの品は赤雲丹とワカメ、その下に烏賊。赤雲丹は臭みのない瑞々しい旨味でさすが高級品。ワカメはまるで陸の野菜のようなシャキシャキ食感である。
「福山はだいぶ岡山寄りだもんな。西部の方はわからないものなのか」
「そうですね。福山や尾道のことならわかるんですけど」
「帝釈峡とか備後落合行きたいよね」
「どこですかそれ」
「知らないのかキラ」

  

 鉄道好きであるタテルは芸備線を乗り通すのが夢である。広島駅から三次、備後庄原、備後落合、東城と経由して岡山県の新見へと続く路線だが、人口の非常に少ない中国山地を走るため普段使いの乗客は僅か。全線を通す列車は無く、三次・備後落合で乗り継ぎが生じる。三次〜備後落合は1日5本(三次行)または4本(落合行)、備後落合〜新見は1日3往復しかない全国屈指の閑散路線であり、乗客の大半は鉄オタや秘境駅マニアのようである。
 また、帝釈峡は確かに県東部の名所のひとつではあるが、車でのアクセスが前提となっており、公共交通を使うのであれば原則東城駅からタクシーを使うしかない。
「そんな秘境に何故行きたいんですか」
「秘境だからこそ行ってみたい。本当はね、8月6日パートを『人影のない駅で』撮りたくて、内名とか道後山とか行こうと思っていたけど許可が出なかった」
「もし使えていたらどうなってたんでしょうね」
「緑を映して、ひたすら語らうだけの画になっただろうね。マジで何もない場所だから」
「静かな場所で原爆の犠牲者を悼む。穏やかで美しい演出になっただろうね」スミヨも興味を示す。
「できることなら実現させたいですね」

  

 続いては椀物。どんと構える鮑、その下には夏蕪。上にはオクラのたたきと柚子皮を載せている。昆布出汁の穏やかなうまさを先ず愉しむ。全体としてはとにかく食べ応えのある鮑が最も印象的。非常に贅沢な一品である。

  

 地元民は地元の魅力をよく知らないきらいがある。ヒナは下関の出身であるが実家の半径500mくらいしか詳しくなく、スミヨも埼玉県上尾市の出身だがアド街の取材でお薦めを訊かれても「何も無い」としか答えられなかった。こういった土地土地の魅力を見つけるのは決まって地元の外にいる人である。
 この店もまた、地元民は殆ど訪れず関東からの客が大半を占めると云う。地のものを有り難るのは県外の人であり、地元民は食材にしろ日本酒にしろ県外のものを期待するらしい。
「食べログで見つけて来られる方が多いですねうちは」
「やっぱりそうなんですね」
「○○さんの紹介で来ました、ってよく言われるんですけど、ハンドルネームだから誰が誰なのかわからないんですよね」
「ハハハ、何ですかそれ」
「自意識過剰なユーザーが多いんだよ。口コミが日記と化していて、朝は何時に起きたとかばったり友人と会ったとか、昔話やら自慢話やらして肝心のレビューがなかなか始まらない小生さんとかな」
「小生さん?」
「文豪気取りがかっこつけて使う一人称だ。こういうのがいるから食べログは嫌われる」
「……まあタテルさんも似たようなとこありますけど」
「おい!」

  

 続いては全粒粉で作られた素麺にたっぷり唐墨を纏わして。唐墨の味わいが濃く、素麺のあっさりした味わいによく馴染む。全粒粉入りだから弾力もあって食べ応え満点である。
「私ももっと広島仕事したいんですけどね。ゆめタウンの歌うたうとか」
「イケボちゃんがやってたやつか」
「神連チャンして有名になった子ですよね」
「ああ、あの子か!」
「皆さんご存じじゃないですか……私もそうなりたいものです」
「キラはあまりにも地元を知らなさすぎる。俺なんて東京っ子だけどめっちゃ東京誇ってるからな」
「江戸っ子じゃもんねタテル君」
「そうです。東京出身の人が東京に愛着持つのは珍しいって、大学の教授に言われたんですよ。ちなみに今回登場した山田教授は、その教授をモチーフにしています」
「あったんですねモチーフ」
「可愛がってもらったんだよ。Taylor Swiftの話は実話。息子さんとTaylorのお面持って鑑賞してたらしい」
「だからタテルさんが教授役やったんですね」
 今までTO-NAメンバーがヒロインを演じる映像作品においてはタテルが相手役(○○建)を務めていた。しかし恰幅の良いタテルには似つかわしくないキャラクターも当然多く、今回から建役は気鋭の若手俳優を登用することにした。タテルはプロデュースに専念したが、山田教授やクマ飼育員役といった端役(クレジットあり)を担当した。
「水でお腹壊すような場所に行く勇気が俺にはない。インドとか」
「タイもダメですか?」
「ダメかもね、タイ料理は好きだけど。日本国内でさえ衛生面気にしすぎる。SASIKO第9回大会第二砦の山田GATSBYさん並みに気にしすぎる」
「……わからないです」

  

 日本の海が誇る安心安全の生魚。広島のオコゼと山口の鯛。オコゼはトロッとした美しい身の口当たりで散り酢との相性が良い。鯛はしっかり甘みがある。

 そしてここからは広島の日本酒を合わせてもらうことにした。まずはここ西条から、亀齢の超辛口一六八いぶき。広島県のオリジナル酒米「萌えいぶき」を使用している。まろやかな要素が溶け込んでいるが辛口のキレ。魚の旨味をさらに引き立てる。
 それにしても広島県内の水事情は不思議である。1話で登場した日本料理店では、広島の水は日本の中でも特に軟らかいと言われた。桜尾・戸河内も確かに柔らかい口当たりのウイスキーだし、広島は軟水の土地なんだな、と思っていたら西条の日本酒に使われる水は寧ろ硬水に近いと云う。さらに芸備線の紀行番組で紹介された東城の日本酒「菊文明」は、帝釈カルスト台地の硬水で仕込まれていて相当ドライらしい。
「そもそも水に硬い軟らかいがあるなんて知りませんでしたよ。何が違うんですか?」
「ミネラルが多いイコール硬い、って感じ。日本は全体的に軟らかくてヨーロッパは硬い。パスタをアルデンテに仕上げる時はやっぱり硬水だね。一方で紅茶は適度なミネラルを含む軟水が適していて、日本の水道水が一番紅茶を美味しく作れる」
「だから紅茶ばっか飲んでるんですねタテルさん」
「だから、ってことはないけど。コーヒーも軟水だとマイルドで多彩な味わいに仕上がる。硬水だと苦味が出るからヨーロッパではエスプレッソが主流」
「日本の水は優秀なんじゃのう」

  

 鰻の白焼きが登場した。脂がたっぷりで、皮目と共に食べると旨味が増す。少し小骨が太めであったためスミヨに注意喚起したタテル。

 途中で日本酒が無くなったため次のものを持ってきてもらう。西条から少し離れるが同じ東広島市内にある賀茂金秀より、爽やかなラベルが目を引く夏純。辛口だがさっぱりとした芳香があり夏にぴったりのものである。
「水が合わなくても、アフリカには行ってみたいと思うんだ」
「かなり上級者向けなイメージですけどね」
「袋に入ったミネラルウォーターを持って街を歩くんだ」

  

 今作に登場したボマダンは架空の国だが、実在の国を要素をミックスしている。建の前半の活動場所である砂漠地帯はサハラの南部地域に相当し、市場のシーンはマリのトンブクトゥ、朝日を見に訪れた場所はニジェールのテネレをイメージしている。後半の熱帯雨林地帯はコンゴ民主共和国の北東部がモチーフとなっている。2話で登場した希少生物ビゴー保護区も同じくコンゴ民主共和国のオカピ野生生物保護区が元ネタである。
 そして首都バラスは中央アフリカという国のイメージ。作品のハイライトとなったアフリカ布の件はそこに実在するブランド「Ndara」を思い浮かべて書いた。2013年のクーデター以降情勢が不安定で戦が絶えない一方、力強く日常を送る人々もいる。アフリカ布を通して中央アフリカの希望や喜びを伝えたい、というブランドの熱意に共感したタテルは真っ先に脚本に取り入れていた。
「どこで見つけてきたんですか」
「アフリカ54ヶ国を全部訪れた方のブログ」
「……すごいですね。馴染みのないアフリカの国々をコンプするなんて」
「だよね。中央アフリカの旅行記なんて探しても2件くらいしか出てこない」
「そのうちの1件なんですね」
「そういうことだ。中央アフリカは全土退避勧告の出ている危険地帯だけど、首都だけなら意外と治安が保たれているらしい。だからそこもバラスの描写に反映させた」
「じゃあ私達でも行けるんですね」
「それは違う。他の国色々巡って最低限の用心を学習しないといけない。ニジェールでパスポート奪われた話とか読んでみるといいよ。災難ではあるけど面白すぎて何度も読み返している」

  

 箸休めのもずく酢にはフルーツトマトが入っていた。海藻とトマトは喧嘩をしやすい間柄だが、酢の甘みがトマトとマッチしてさらさらと食べられる。

 夏らしく鱧と賀茂茄子の揚げ浸し。鱧は少し弾力があるような、でも火の入った魚らしい柔な解れ方。素材以上に印象に残ったのは衣の油の香ばしさであった。

  

 作品に盛り込めなかったこぼれ話をひとつ。出番の少ないタテルは撮影中しばしば、平和記念公園内の祈念館を訪れていた。資料館とは違い入場は無料で、企画展示室では建物疎開の作業中に被曝した第一県女の女学生を題材とした話が2027年2月まで上映されている。閲覧室では原爆や当時の広島に纏わる資料が収蔵されている他、パソコン端末では膨大な数の被爆体験記を閲覧できる。タテルはそれを只管読み漁り、脚本への足しとした。

 しかしこの施設の大きな目玉はその下のフロアにある。時計の針と逆に進むイメージで作られた螺旋状のスロープを進む。この時点ですでに幻想的な何かを感じ取る。

 下った先に広がる静謐の空間。平和祈念・死没者追悼空間である。爆心地である島病院付近から見た被爆後の街並を壁面(円周55m)に描き、その下には当時の町の名前を全て記している。空間の中心には8時15分を示す時計の針を模したモニュメントを、被爆者が必死に求めた水を流して配置してある。撮影外ではあるがキャスト全員でここを訪れ、静かに佇んで哀悼の意を示した。
「犠牲者のお名前と顔写真も出ていましたね」
「あったな。ちょうどハ行の辺りだったか」
「よく憶えてますね」
「キラもなんか調べてたよな」
「はい。原爆で亡くなった親戚がいて検索してたんです」
「そうだったのか。ちょっと声かけづらかったから」
「すみません気を遣わせてしまって」
「いいんだ。見つかったのか」
「見つかりました。あまり接点の無い親戚ですけど、他人事とは思えなくて。しんみりとしましたね」
「良かったな、向き合うことができて」
「はい。このような機会いただけたこと嬉しく思います」
「ただ一点。しんみり、とは軽い言い方だな。キラはもう少し言葉とも向き合いなさい」
「気をつけます」

  

 次の日本酒は呉から寶劔。純米酒だが淑やかな丸みの余韻。吟醸酒っぽい純米酒のように感じられた。

 肉料理は鳥取県産万葉牛とワイルドクレソン。肉は赤身主体であっさりしており、肉汁も程よくあるから味わい深い。ワイルドクレソンは従来のクレソンよりフレッシュさが強く、肉とのメリハリが利いている。

  

 さて、ヒナは間も無くTO-NAを卒業することとなっている。このドラマはヒナの卒業制作を兼ねている。ヒナはDIVerse第2世代としてアイドルデビュー。天然な発言をしたり独特の世界観を繰り広げる等ふわふわした一面が目立つが、今作のヒロイン日菜と同様熱意を持って日々を生きる芯のしっかりした人物である。
 ヒナはロケハンにも同行し、原爆資料館で学んだこと感じたことを自分の言葉で語った。劇中の核廃絶や平和実現への想いは全てヒナの思うところである。こうして主体的に作品に参加したことにより、ヒナの中でこの先の指針が固まったようである。
「私、ユニセフの活動に力を注ぎたいと思います」
「マジか。本当に支援活動やりたくなった?」
「はい。一応女優としてこの世界には残るんですけど、メインは慈善活動になると思います」
「じゃああまり会えなくなるんですか?」
「わからない。でも基本は海外にいると思ってほしいな」
「寂しいです……」

  

 〆の飯は、広島のシラスと万願寺とうがらしの炊き込みご飯。少し前まではかの有名な大島の漁師・藤本氏のシラスがあったらしいが、このシラスも味がしっかりとあって箸が進む進む。食の良いタテルはあっという間に土鍋1つ分平らげた。

  

「なるほど、オードリー・ヘップバーンのイメージか」
「どちら様ですか……」
「知らないのか?『ローマの休日』はわかるだろ?」
「聞いたことあります」
「その主演女優だ」
 ローマの休日、ティファニーで朝食を、等で一躍トップ女優となったヘップバーン。エミー・グラミー・アカデミー・トニーの4賞を受賞したたった19人のセレブリティの1人であるが、40歳手前になると途端に表舞台から姿を消し、ユニセフの活動に余生を捧げた。晩年のしわくちゃになったヘップバーンを見て驚いた者も多かったとか多くなかったとか。
「じゃあもしかしたら、次ヒナと会う時は老け込んでいる…」
「変なこと言わないでください。でもメイクとかはサボっちゃうかもしれないです」
「それでいいじゃん。ヒナらしいな、って思ってくれるよ皆。いかにも優しい性格のヒナが選んだ道だなと、胸が温かくなること間違い無し」

  

 柔らかな蕨餅でコースを締めくくる。飲み物代も含めて1人29,700円。平和な空間の中で、平和な国ならではの食を堪能した。
「じゃあこの後は新幹線の時間まで酒蔵見学だな」
「お好みも食べたいですね」
「暫く食えなくなるだろうからな、心ゆくまで食っておけ。今度は冬に広島来よう。キラは今度一緒に庄原の一柿で里山料理とジビエだ」
「考えさせてください。遠すぎるんですよ庄原」
「高速バスで寝てりゃ着くから安心しろ」

  

 1ヶ月滞在した思い出たっぷりの広島を後にした一行。日本武道館でのライヴを以てヒナはTO-NAを卒業した。
 そして宣言通りヒナは慈善活動のため日本を飛び発つ。奇遇にも初任地はヒロイン日菜と同じベトナムであった。羽田空港まで見送りに行くタテルとTO-NAメンバー達。
「思い残すことは無いか」
「大丈夫です。日本食いっぱい食べたので」
「ヒナらしいな」
「最後にこれを。熊野筆の洗顔ブラシです」
「めっちゃ良いやつじゃん。嬉しい」
「お肌ツヤツヤになりますよきっと。メンバーのみんなには化粧筆を」
「ありがとうございます!」
「なでしこジャパンみたいだな。国民栄誉賞の時の」
「ありましたね確かに」
「じゃあ行ってきます。私のこと、忘れないでくださいね」
「忘れる訳が無い。な、みんな」
「勿論ですとも!」
「バイバイ!」
 最後は無邪気に手を振って、ヒナは保安検査場へと姿を消した。

  

 ドラマは2ヶ月後に放映された。視聴率はそこそこながらTVerでの再生回数が高い水準を保っている。安佐動物園のマルミミゾウ、アフリカ布、お好み焼きにおける「ビールのちコーラ運動」は流行となりヒット商品番付にも入った。
 建が目標を果たせぬまま任地を去りテロに命を奪われるという綺麗事無しの展開は、争い止まぬ世界の現状を突きつけ、視聴者が平和について考える良いきっかけとなったようだ。早速この作品を平和学習に用いる動きが教育現場で興っていると云う。

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