不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』初夏「日向夏」晩夏「ラム・オールドファッションド」仲夏「トミーズ・マルガリータ」(Bar Tiare/赤坂見附)

女性アイドルグループ「TO-NA」のプロデューサーを務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

 TO-NAハウスの共用冷蔵庫を眺めていたクラゲ。くっつける貼り紙などそんな多くないのに、扉はマグネットでびっしりと埋まっていた。そこへタテルが通りかかる。
「あらあら、随分とマグネットが。ついこの間までは『マリモ&ニコ世界の旅』の土産以外無かったはずなのに」
「この前イッテQでマグネット仮面出てきてたから、ですかね。みんな帰省先やら旅行先やらでマグネット爆買いしたようです」
「すぐ影響される。困ったもんだ」
「えーっと、世界の旅最新作はメキシコだから……」
 マリモとニコはメキシコシティとハリスコ州の世界遺産を巡った。テキーラ村(村自体がまた世界遺産である)にて手に入れた竜舌蘭を模したマグネットをなんとか見つけ出した。
「土産のテキーラ美味かったな。特にアネホのやつ。生の胡椒の果実を齧ったような青さとスパイシーさが堪らなく美しい」
「テキーラなんてヤンチャなお方が呷るもの、だと思っていましたけど全然違いますね」
「そりゃそうさ。立派なカクテルのベースにもなっているんだから。よし、今日はテキーラベースを中心にカクテル俳句を詠むとしよう」

  

 その晩、赤坂見附にやってきた2人。レアチーズケーキでお馴染みしろたえに列をなす人々もいなくなり、不埒な飲み会をする業界人が集まりそうな雰囲気に変わっていた。勿論そういう輩とは距離を置く一行は、食べログ百名店に入っているきちんとしたバーを訪れる。エレベーターを降りるとデタラメな雑居ビルらしいフロアが広がるが、目当てのバーはカウンターもテーブルもある大人しい空間である。この日は土曜日とあって客が多く、バーテンダー達は忙しくしていた。

  

 カウンターに座りメニューを眺める。クラシックカクテルでも材料の記載があり、初心者にも優しい仕様である。テキーラベースで果物を使ったものを探してみると、静岡県産ニューサマーオレンジなるものを見つけた。
「なんだ、日向夏か」
「色々呼び名あるんですね」
「日向夏を主の季語として、小夏とニューサマーオレンジを子季語としよう」

 ここではゴールドテキーラと混ぜてマグカップに注がれる。テキーラサンライズに似ているがオレンジ果汁ではなく日向夏を使っているので別物と判断する。テキーラの味わいがかなり強く、果実はさっぱりとした甘みを表現するのに一役買っている。
「静岡といえばお茶。抹茶のようにテキーラカクテルを飲む不思議な感覚。和とメキシカンの融合といえばあの日の撮影……」

  

素麺のメキシコ風や日向夏
自解:ドラマ『SUPER TUTOR』の撮影でメキシコ料理を食べに行ったのだが、〆の素麺にメキシコの青唐辛子のペーストが忍ばせてあって見事な味変を生み出した。素麺の新たな可能性をみた夏の夜を、日向夏とぶつけて演出。
「私気になってたんですその店。今度行こうかな、って思ってまして」
「すぐ予約取れるから行きなよ。メキシカンにハマっちゃえ」
「メキシコ料理って何が有名でしたっけ?」
「タコス。これもまた色々な具材があって面白いんだ」
「テキーラと共に楽しみたいですね」
 素麺は夏のイメージが強いが単体では季語にならず(冷素麺なら三夏の季語)、日向夏との季重なりは発生していない。推敲のポイントとしては「メキシコ風」が説明的であり、具体的な食材の名前などを入れ込むとより良い句になるのではないかと考える。
素麺に青唐入れし日向夏
「いや待てよ、青唐(辛子)は季語……だよな」
「そうですね。晩夏の季語、と出てきました」
「変えないと駄目だな。青唐辛子は日本のもの。メキシコの唐辛子ならメキシコっぽいワードを合わせよう」
素麺にハラペーニョ入れ日向夏
「まあ悪くはないですけど、ハラペーニョと日向夏が繋がっています。本当はカット入れたいんですよね?」
「そうだね。ハラペーニョがどうも長いワードで扱いづらい」
 改めて食べた物のメモを復習うタテル。そこには「ハラペーニョで作られたサルサ・クルーダ」という記載があった。これを見てタテルは良いことを思いつく。

  

素麺の下にサルサや日向夏

  

「サルサはメキシコ料理の要。まあサルサには色々あって辛いものとも限らないのだが、メキシコの要素を3音で表せるコスパの良い単語だ」
「サルサといえばメキシコ。素麺に異国情緒が加わって個性的な画が見えてきますね」
「家で真似できるかな。この際素麺料理を色々試してみよう」
「タテルさんって素麺食べるイメージ無いですよね」
「夏でもしっかり腹減るから、がっつり食べちゃう。素麺だけだと貧相すぎて。あ、高級素麺なら別ね」
「贅沢な」

  

 次は一旦ラムベースのカクテルに切り替える。通常はウイスキーベースであるオールドファッションドを、代わりにダークラムで仕立てたラム・オールドファッションド。Wikipediaの項目「オールドファッションド」の「バリエーション」内、およびバカルディ公式サイトに記載があるため、オリジナルではなく共通の部に入れて問題無いとみる。

 このバーではダークラム(ロンサカパ)と養命酒を使用し、仕上げにコルコルアグリコール(南大東島のラム)を吹きかける。ウイスキーで作るものと比べると余韻は薄く、その代わり砂糖を舐めるようなニュアンスがラムに重なる。挿してあるドライバナナを浸して摘みとして食べる。
「ダークラムベースは茶色で重さもあるから晩夏に分類される」
「ウイスキーやブランデーと同系色ですもんね」
「本当はあのバーでハバナ・マティーニを飲みたいところだったが、どうやら行く暇が無いようだ。残念だが来年の楽しみにとっておこう」
「しょうがないですね。それだけ私達忙しくなりましたし」
「そのバーは普通のマティーニが伝説となっているらしい。春だな、先ず行くのは」
 ラムオールドファッションドに向き合うタテル。ダークラムは晩夏の夕暮れと馴染む。それはつまり、夏が終わることで生じる別れを取り合わせると良い、ということでもある。
「さとうきび畑、沖縄のラム……」

ラムオールドファッションド甘蔗畑に誰のこえ
自解:さとうきび畑と聞くと真っ先にざわわが思い浮かぶ。あれは父の死んだ歌だ。併せて、あれはひまわり畑だけど、筒井真理子氏のお兄様が逝った句も思い浮かべた。一種類の植物がずらりと咲く畑には、天にいる誰かの声が風となって吹くものなのだろう。
「THE BOOMの『島唄』だって、ウージ、つまりさとうきびの畑の下で絶命した歌だ。この時期になるとやはり戦死者への追悼をしたくなる」
「去年はタテルさん詠めませんでしたもんね、追悼句」
「あの時は自由を奪われたからな。『世界中が平和でありますように。』の制作もしていたからもう詠みたくて仕方ない」
 クラゲは一点、下五に引っかかりがあった。「こえ」というひらがな表記を採用した狙いを訊ねる。
「『声』と漢字にしなかったのは、実際には風の音であるから、正真正銘の『声』ではないという理由でひらがなにした」
「ひらがなにするとそういう曖昧さを表現できるんですね」
「そう。文字種ひとつでも雰囲気が変わる、これが俺にとっては俳句の一番面白い推敲ポイントなんだ」
 しかし「こえ」と書いてしまうと、単に甘蔗畑の中にいる人物が発声しているだけに読めてしまう。ここはしっかり風であることを示した方が良いとタテルは考える。

  

ラムオールドファッションド甘蔗畑に誰の風

  

「ここでいう『風』は実際に吹いている風だから漢字で書いた。風は人力で起こせないから、さっきみたいな懸念も払拭できたと思う」
「そうですね。この『誰』に自分の大切な故人を入れて句を味わってほしい」

  

 再びテキーラベースのカクテルをメニューから見繕う。有名どころはマルガリータだが、トミーズマルガリータなるものを見つける。テキーラはアガヴェ100%の物を使用し、ホワイトキュラソーの代わりにアガヴェシロップを加えるのでとにかくアガヴェの味が濃い。
 クラゲが真正面からアガヴェの描写を試みる。タテルは以前にアガヴェの巨大さをセカオワの舞台演出に準えたが、クラゲは何十年もかけて花を咲かせるという特徴を題材にしてみる。

  

トミーズマルガリータせめて一花咲かせ死なん
自解:竜舌蘭は花が咲くまでが長く、50年かかることもある。そして一度花を咲かせたら枯れてしまう。日の目を見ない人生でも、最後くらいは何か事を成し遂げて絶頂の中で死にたいものだ。
「一代記みたいなものか。これは重みのある一句だな」
「私達もまだ名を上げられた感覚はありません。トップアイドル、そしてトップアーティストになるまで、私達は未だ蕾です」
「良いこと言うな。TO-NAはぐんぐんぐんぐん成長していくことだろう」
 推敲のポイントは勿論中七下五。もう少し短くして違う要素を埋め込むことも考えたい。
「削る候補は『せめて』か『一花』だろうな」
「『一花咲かす』は解り易い表現なんですよね。アガヴェも花を咲かせるものですし」
「だな。あと『せめて』も、現在は目標が夢物語であることを暗示している。外さなくても良いか」
 結局のところ要素はそのままにし、下五「咲かせ死なん」を字余りにする是非を議論する。「死ぬ」と整えれば自然な形で字余りを解消できるが、助動詞「ん」には意志を表す役割がある。
「どうだろう、『せめて』の中に意志を感じないか」
「ああ確かに。だったら終止形で止めるべきですね」

  

トミーズマルガリータせめて一花咲かせ死ぬ

  

「かっこいい。言い切る、というのも力強さが出るものですね」
「結論は早く出たけど、文法が全てではない、というのがわかる議論だった」

  

 最後にウイスキーを1ショット呷り会計とした。フードも充実しており次回は食事も合わせて楽しもうと思う。
「ハバナマティーニは逃したけど、なかなか訪れることのできないバーなら予約が取れた。どうやら世界を股にかけて活躍するバーテンダーの店らしい」

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