連続百名店小説スピンオフ『個人面談』カオリ&エリカ編(酒亭湯澤/馬喰横山)

 9月のある晩。TO-NAプロデューサーのタテルは、メンバーのカオリとエリカを馬喰横山に呼び出していた。馬喰横山とはたいそう渋い場所であるが、カオリにとっては北海道から上京して真っ先に覚えた駅名であり、好きな文字を入れられる木札キーホルダーにもその4文字を彫ってもらうくらいお気に入りの街である。

 しかしそんな街でなかなか行けないと云うのが焼き鳥の名店。TO-NAのお膝元にも程近い墨田区鐘ヶ淵にこれまた予約困難の焼き鳥屋があり、そこから独立した店であるためやはり予約が難しくなっている。タテルは3ヶ月以上前に向こう見ずで予約を入れ、NATIONAL MUSICの生放送がある金曜日を押さえてしまった。まあオファーは無かったので事なきを得たのだが。

 20時からの席であったため、早く着いても1回転目の客が捌けていない可能性があると踏みマイペースに動くタテル。20時ギリギリに店に到着すると、既にメンバー2人は着席してビールを嗜んでいた。
「遅いです、タテルさん!」
「間に合ってはいるじゃないか。我ながらナイス調節だと思う」
「早め早めに行動しましょう、って仰っているじゃないですか」
「こういう2回転する和食系の店はな、延長はよくあるし待つスペースも少ないから早く着いても居場所が無い。褒められることではないが、待合室が無いことを確認したら遅刻気味で行くことにしている」

  

 最初の皿が仕上がった。赤ワイン漬けの手羽先は、鶏肉の旨みがよく立っており、全体としては引き締まった味。とうもろこしの天ぷらは粒立ちが良くて瑞々しい、一流店に相応しいものである。
 この店で使用される鶏肉は、師匠の店に倣って主に熊野鶏。しかし流通量が少なく争奪戦になるため、足りない分は京赤地どりで補っている。

 最初の串はねぎま。肉質は程よくさっぱり程よくジューシー、皮の香ばしさも光る。

 タテルは内臓系を恐れている。嫌いではない(寧ろ好きな方)のだが、腹を壊すことへの不安が常に付き纏っており慎重になってしまう。ここでもレバーをよく焼きにしてもらった。鉄分を奥に閉じ込め、臭みはあまり立たないようになっている。火をしっかり入れても尚とろっとした舌触りそして旨みがある。山椒のアクセントも芳しい。

 串のみならず一品料理も様々提供される。内臓系の低温調理が出てきた。名古屋コーチンまたは京都赤鶏の砂肝、ハツ、白レバー。砂肝は程良く柔らかくてクセも無い。ハツはシャリシャリとした食感が面白い。白レバーは鶏肉らしいさっぱりとした旨味とレバーらしい濃厚さが魅力である。
「カオリさんは馬喰横山に縁があるからわかるんですけど、なぜ私をお誘いいただけたのでしょう」
「よくぞ訊いてくれた。実は2人に挑んでほしいことがあってさ」

  

 カオリとエリカは、TO-NAの中でも特に歌に定評がある。しかしそれは村内での評判に留まっており、大物歌手とのコラボが売りの大型歌特番ではコラボ要員に選抜されず、某音楽解説番組における「業界人が選ぶ歌うまアイドル」企画でも選外、多くの人々に歌声をアピールできる『神連チャン』にも(プロデューサーのタテルは何故か2度も出ているのに)出場できていない。伸び代がある、と言えば聞こえは良いが機会を作らなければ2人の美声は埋もれたままである。

 椀物で一旦胃を落ち着ける。粕汁ではない。白味噌の白きコクと鶏白湯の円やかな旨みが共鳴する心温まる作品である。

  

「カヴァーアルバムを作ろう」タテルが呟く。
「カバーって、えっ⁈」飲み込めない2人。
「有名な歌を拝借させていただいて、君達の歌声を外の世界に届ける。評判になれば名作詞家作曲家がオリジナル曲を提供してくれるだろうし、自作の歌だって聴いてもらえるかもしれない」
「そうなったら嬉しいですけどね」
「だから一生懸命作ろう」

 せせり。ジュワッと溢れ出す肉汁の奥には旨みがたっぷり整然と詰まっていて、まさに美しい味と書いて美味。

  

 ポケットモンスター赤・緑のように、カオリとエリカが対となるアルバムを制作する。収録曲は10曲、2人の性格を考慮し、タテルも交えた合議制で内容を決める。女性ヴォーカルの曲が大半だが2,3曲は男性ヴォーカルにしたい。年代は昭和から令和まで、ジャンルはシンガーソングライターものにバンドもの、アイドルソングと手広く入れたい。リード曲は何にしよう。焼鳥を味わうことを主目的としつつ、議論を深めていきたい。

  

 次は再び一品料理。やま幸から仕入れた気仙沼の鮪である。赤身はさらっと旨みが蕩け出し、余韻は鉄分の香りが強い。これを氷温熟成した赤磐雄町の酒で流すのが乙なものである。一方でトロとの境目の部分は鉄分控えめで素直に旨みたっぷり。最後は手巻き寿司として食べる。海苔と米が混ざれば磯辺餅の雰囲気。そこに程良く顔を出す鮪の旨み。
「まずはエリカから。これだけは歌いたい、って希望あるか」
「やっぱりSuperflyさんは歌いたいですね。あとはmiletさん」
「いいじゃん。似合いそう」
 タテルもmiletの曲を想定していた。劣悪な家庭環境に苦しみ水商売に逃げた過去を持つエリカは、TO-NAに入ってから失った過去を取り戻すかのように熱心に日々を歩む。ありふれた日常さえ愛おしく思う彼女にぴったりな曲は『Ordinary days』である。
「わ!めっちゃ好きですその曲!ドラマも観てましたし」
「あれ面白かったよね」
「観てないからわからないけど評判良かったみたいね」
 しかしこの曲は歌いこなすのが難しい。決して遅くはないテンポの中で音程の上下が激しく、ラスサビ前には女性にとっても高すぎるhiG#という音階が存在する。
「でもエリカなら朝飯前だろ」
「そんなことないです。音程外しすぎずに自分なりの表現しないとですし」
「時間かけていいから。質を高めていこう」

 京都の豆乳で拵えた豆腐には、葱、茗荷、搾菜、生姜そぼろを添えてある。豆乳らしい濃さを感じる豆腐。明らかに混ぜ合わせてほしげな薬味の配置だったため、汁なし担々麺の要領で混ぜて食べる。唐辛子や葱など主張の強い具材は無いため鶏そぼろの穏やかな美味さがわかる。

 瑞々しいズッキーニ。さりげなくかかった塩がさりげなくズッキーニの味わいを引き出す。
 2曲目にはSuperflyからBeautifulを選曲。こちらもまたエリカお気に入り曲である。親に虐げられ水商売の客に虐げられ自傷行為に明け暮れていた日々。TO-NAに入ったことにより自分を肯定することを覚え、自分らしく生きていこうという誓いを込めてこの歌を歌う。
 他にも中森明菜の格好良い曲やや玉置浩二の前向きな曲などをリストアップしたエリカ。その中で1曲だけ異彩を放つチョイスが見受けられた。
「工藤静香さんの『慟哭』はどうして選んだ?」
「あーそれは、ちょっと弱みを見せた方が良いと思いまして」
「確かにそうか。ずっと強い曲だとくどく感じる」
「TO-NAに入って前向きになれたとはいえ、やっぱり落ち込む場面も多くあって。まだ踊りは苦手だし、歌だって満足いかない出来のことも多いです」
「そうか。向上心持っていて素晴らしい」

 バゲットに白レバームースをたっぷり塗った定番の一品。臭みは無く濃厚で、少し焦げたくらいのバゲットによく合う。

 続いての串は、きんかんとつくねとチーズ。きんかんは燻製醤油味なのだろうか、特有のクセが燻されて酒の摘みにぴったりな味わいへと変化している。つくねも軟骨のコリコリを楽しめる。

  

 ここで〆を除きひと通りコースは終了である。余程の少食でなければこれでは物足りないと感じることであろう。そう頻繁に訪れることもできないから、ここは追加の串を注文する。エリカが大人しく1本に抑えるのを横目に、食いしん坊のカオリは6本も追加した。タテルはソリレス、胸、ふりそでという如何にも正肉好きのチョイスをした。とっておきの日本酒である作を片手に待ち構える。

 ソリレスは赤身が強いが解れやすい。ここに皮の少し厚いゼラチン質が溶け出して良い塩梅となる。

  

 カオリの曲を考える。エリカとは違いゆるふわガールの歌自慢であり、マイペースでよく眠る小動物みたいな習性をセットリストに反映させたい。
「やっぱり道産子なので、Whiteberryさんの『夏祭り』歌いたいです!」
「似合うじゃん。俺はJITTERIN’JINN派だけど」
「ジスタージンさん?」
「何でジャスコくんと同じ間違いするのよ。まあでもWhiteberryの雰囲気の方がカオリには似合うな。良き良き、やってみなさい」

 パサつきやすい胸肉はギリギリまで火入れして溢れる肉汁を護ってあった。赤柚子胡椒のアクセント。
「あとゆったりした曲だと『歩いて帰ろう』とか『アジアの純真』とか良いかもです」
「またよく合いそうな。伸び伸び歌えばいいと思うよ」
 一方で絶唱系からは『つつみ込むように…』や『紅蓮華』などの難曲に挑戦。『年下の男の子』『裸足の季節』といった昭和アイドルの曲、『青のすみか』『絶対零度』等の令和ヒットソングを選択した。

 ふりそでの赤身はさらにかっちりとしているがやはり皮が溌剌としていて咀嚼しやすい。似たような見た目でも味わいの異なる正肉3本であった。
「あとはアレ歌いたいですね。絶対最後に入れてください」

焼酎

 DIVerse時代のとある音楽特番にて、カオリ含む歌自慢メンバーで披露した『さくらんぼ』は極めて不評であった。練習時間が取れなかったといえばそれまでだが、あまりにもピッチが外れ声色も素人のカラオケのそれであった。とても地上波で見せる訳にはいかない出来であり、DIVerseの人気低迷そして独立騒動の遠因となった。
 その晩のブログでカオリは明確に悔しさを綴り、いつかリベンジをすると誓っていた。ゆるふわでマイペースに見えるカオリも、内には確とした情熱の芯を秘めている。その芯をこのアルバムで爆発させるつもりである。
「あからさまな高音が無いし喋り口調に近いし、これが一番難しいんだよね。譜面通り歌っても物足りないし少しでも油断すれば下手くそに聴こえるし」
「歌い上げる系の曲よりも工夫の仕方を考えないと、ですね」
「時間かけて追求していこう」

  

 〆は鶏そば(白湯・醤油)も選べるが今回は親子丼にした。白身のふるふると赤みを帯びた黄身のマーブルが美しい丼。酒を飲んだ後だから貪るように食う。

 デザートのプリンまでしっかり頼む甘辛主義のタテルとスイパラギャルのカオリ。ビール、グラスの日本酒2杯、焼酎と楽しんで1.5万円であった。次回の予約を取る客が多かったので便乗するが次回の予約は半年以上先であり如何にこの店が人気かを痛感する。

  

 翌日から早速歌の練習を始めるカオリとエリカ。自分なりの表現を探し、2日後のヴォイストレーナーすがちゃんによるレッスンに向けレコーディングを進めた。

  

「あのね君たち、カヴァーするということがどういうことかわかっていないの。人様の歌を歌わせていただくのにリスペクトがなさすぎよ。確かにうちは自分なりの工夫が大事と言った、でも原曲の雰囲気を壊しすぎなのよ。もっと原曲を聴き込みなさい。作詞家さん作曲家さん歌い手さんが何を思って歌っているのか鑑賞してから自分なりのアレンジを加えるの」
 相変わらずオネエ口調で厳しい物言いのすがちゃん。レッスンを行わず、曲を聴くだけの時間が流れた。最後に所感を書いて提出し、漸く次回からレッスン開始となった。先はまだまだ長いらしい。春先の完成を目指して来る日も来る日も練習を重ねる。

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