連続百名店小説『世界中が平和でありますように。』 終篇: そして復興の芽が(ムッシムパネン/銀山町)

広島市に暮らす佐々木日菜。彼女の周りには2人の平和主義者が居る。祖母のチヨは1945年8月6日の原爆投下を経験し、母と妹のチエを亡くした。現在は服飾系の企業の社長として、齢92ながらバリバリ働いている。そして婚約者の建はYUSHI海外活動隊の隊員として紛争地帯で援助活動を行っている。危険地帯であるボマダンでの3ヶ月の任務を終えた後、日菜と結婚式を挙げることになっていたが、帰りの空港で自爆テロに遭い帰らぬ人となった。
*戦争の説明や描写がありセンシティヴな展開となっておりますが、実際の店舗とは全くの無関係です。

  

 テレビのニュースでは、あの山田教授が生出演して建の話をしていた。毎回質問に来てくれて色々議論も交わして熱意のある学生だった、優しくてこれからの世界を背負って立つ人材がこんな形で失われるなんて、と沈痛な面持ちで語っていた。
 日菜はその番組を直視せず、クッションに顔を埋めていた。結婚式場のキャンセル連絡をしたきり何もする気がおこらない。チヨにも建が亡くなった事実を報告できずにいた。

  

「もしもし、日菜。元気?」
「おばあちゃん。まあ元気でやってるよ」
「…… 何か隠しとるじゃろ。爆破テロの件なら知っとるわよ。うちだってぶちショックじゃった。なんであがいな危ないところに行ってしもうたんじゃろう思う」
「ごめんねおばあちゃん、辛い思いさせちゃって」
「ええんよ。日菜の方が何千倍も辛いじゃろ」
 戦争そして原爆で家族を失ったチヨには、婚約者を亡くした日菜の気持ちがよく解るようであった。

  

 3日後、失意の日菜の元へ荷物が届いた。フランス語で書かれていて内容は読み取れないのだが、差出人が建であることは理解できた。箱を開けてみると、そこには布や衣類が数多詰め込まれていた。和物にはないエネルギッシュな色合いと柄。所謂アフリカ布である。箱の底には建がしたためた説明書が入っていた。

 ボマダンにはすっかり戦乱のイメージがついてしまった。砂漠の壮大な景色や希少生物の保護区といった魅力を抱えておきながら、テレビで報じられるのは銃撃戦、逃げ惑う国民、難民キャンプの様子ばかり。でも一方で、戦乱に怯える中でも力強く日常を送る人々も数多居ることを知ってほしい。
 僕は伝統的な民族衣装を作る職人に出逢った。紛争なんかに負けず、ボマダンの伝統や土地柄を発信していきたいと言う。その想いに共感して、日菜への土産にアフリカ布のドレスを買うことにした。オーダーメイドだよ。日菜の透明感の中に光る確かな芯を表現したくて、水色の地に柱のようなデザインの繰り返しを入れてもらった。結婚式のお色直しで着るのはどうだろう。ちょっと派手かな?もちろん日菜に決断は委ねるけど、着ている姿を想像するだけでワクワクするよ。もうすぐ帰るから、それまで待っていてね。

「建くんの嘘つき!帰ってくるって言ったのに、帰ってこなかったじゃん!悲しい!悲しいよ……」

  

 エネルギッシュなアフリカ布は、エネルギーを持て余すようにクローゼットの隅へと追いやられた。建を思い出して悲しくなってしまうからである。
 そこへ今度はボマダンのホテルから小包が届いた。どうやら建が日記を部屋に忘れたとのことで送ってきたらしい。海外のホテルにしては随分と親切なサーヴィスである。人の日記を覗くのは良くない行為であるが、建が亡くなる直前何を思っていたのかだけでも知りたくなり、最後のページだけ読むことにした。

 明日いよいよボマダンを去る。僕は今まで世界中の困っている人達のために働いてきた。行け行けどんどんで危険な場所にも飛び込んでいった。ウクライナでは目の前に爆弾が落ちたし、タイ・カンボジア国境では特殊詐欺グループに追われた。スーダンだってイエメンだって内戦中のシリアだって、今までの僕なら全然怖くなかった。でもボマダンはなんか違った。武装勢力に襲われるのは慣れているはずなのに、初めて恐怖を覚えた。村の人には再会を約束したが、正直二度と訪れたくない。
 なぜなんだろう。歳をとったからなのか?たしかにそれもある。でも今までと違うこととして、僕には新たに守るべき人ができた。妻となる日菜である。
 日菜と交際を始めると物の見方が変わった。僕は小学生の頃からひたすら国際ニュースや海外安全情報の画面に張り付くオタクみたいな人間で、アニメにもドラマにも心を奪われなかった。でも日菜と出逢ってから、綾瀬はるか主演の映画に感動したり、有吉の壁で爆笑したり、感情というものの存在を自覚するようになった。何気ない日常が楽しく思えたのもこの頃からだった。
 日菜は普段ほんわかとしているが強い人である。自分の考えを持っているし、仕事が大変な時も僕の前では文句ひとつ言わない。ご飯も美味しい。言動ひとつひとつが愛おしい。最高のパートナーである。だから日菜が倒れそうな時は俺が支える。これまで数々のピンチを乗り越えた俺だもん、必ず日菜を救ってみせる。
 今回を以てYUSHIの最前線から身を引くこととする。これは決してネガティヴなことではない。俺は漸く大人になった、人生の次のフェーズに入った、それだけである。今後は講演活動をして回ろうか。そして家では日菜に尽くそう。これまで生き急いだ分、長く永く日菜に尽くそう。穏やかな日々を2人で歩みながら、平和になった未来のボマダンに旅行で来よう。

 おろおろと涙に咽ぶ日菜。建の、そして自分の果たされぬ未来を想像して、紛争への憎悪の念が一段と強まる。これほど悲しくて辛い経験を、現地の人もしているのだろうか。しているのだとしたら、やはり紛争を無くしてやりたい。

  

 建が亡くなって2週間後の土曜日、チヨは日菜をパティスリーに呼び出した。稲荷町と銀山町の間の京橋川沿いにある店で、訪れた時は席は空いていたが待機列ができていた。店員があまり慣れておらずイートインの捌きがスムーズでない模様である。ショーケースになんとかピントが合い、ケーキを品定めしながら待つ。
 建の置き土産であるアフリカ布を持参していた日菜。視界から消していたが流石に勿体無いと思い、ならばチヨの店で使ってもらい商品にしてもらうのはどうだろう、と相談してみる。
「こんな布なんだけど」
「…… なんと溌剌としたデザインだこと。うちに扱うなぁやねこいわ」
 チヨの仕立てる服は淑やかなデザインが多い。それが好評でパリコレに何度も出展している。一方でアフリカ布のようなデザインの扱いには慣れておらず、世界的デザイナーの肩書きを以てしても使いこなせないらしい。

「考えとくよ」
 後ろ向きな姿勢を暗示する言葉を放ったチヨは、無難なプリンを選択した。卵のコクがしっかりあるがさらさらと飲むように食べられるのが魅力である。
 一方で日菜は何のケーキにしようか迷いに迷っていた。
「爆弾でも食やあ」
「ば、爆弾⁈」
「ああそうじゃ。食うちゃって、この世から爆弾を消しちゃりなさい」

 チヨの言う爆弾とは、パイナップル・ボムというケーキである。ナッツとチョコスポンジ、ガナッシュが囲う中にはパイナップルのムースと小さく切ったパイナップルの果実。パイナップルの官能的な甘さをチョコがしっかり受け止め、ナッツが入ることによりチョコによる甘さのアタックを制御する。
 日菜は子供の頃沖縄で買ってもらったパイナップルチョコを思い出した。爆弾を咀嚼した跡には、パイナップルとチョコレートが手を取り合う楽園を見出せる。
「ボマダンってパイナップルも名産だったんだよね。でも紛争で生産者が減って廃れてしまったらしい」
「残念じゃのう。ボマダンのパイナップルいうもの、食べてみたいもんじゃ」
「輸出すれば国の経済も潤うのに、勿体無いよね」

  

 そこへ1人の女性が通りかかり、チヨが声をかけた。どうやらチヨの部下らしい。
「紹介するわ。従業員、というより期待の弟子。きらりちゃんよ」
「はじめまして、山根きらりです」
「チヨの孫の佐々木日菜です」
「きらりちゃんね、どことのうチエの俤があるの。写真無いけぇわからんかもしれんけど、顔立ちがそっくりなんじゃ」
「そうなんだ……」
 チヨはきらりにアフリカ布の活用法を訊ねた。齢90を超えてもなお勉強する姿勢を崩さないチヨは積極的に若者の瑞々しい見識を取り入れる。
「あら素敵な布!これはジャケットが適していると思います。シンメトリーをきっちりやって、肩のラインはくっきりと、首長効果も意識します」
「インナーやらパンツはどうする?」
「無地が良いですかね。白シャツと青系のパンツで」
 またある布は裾の長いドレスに仕立てる。ダイナミックに広がる裾が柄の快活さをさらに引き立てる。着る人の肌の色に合わせて柄を選ぶのもきらりとチヨの拘りである。
「きらりちゃんがおって助かったわ。1人じゃと持て余すところじゃった」
「いえいえ。日菜さんありがとうございます、こんな良い布を提供いただいて」
「こちらこそ嬉しいです。亡くなった恋人の贈り物なので……」

  

 途端に言葉を失うきらり。急に重圧を背負うことになり顔が白くなる。
「そんな大事なものをどうして……」
「家に置いとくと、恋人の建さんを思い出して辛くなってしまうんです。建さんはボマダンという国で支援活動をしていました。紛争の絶えない地域で、彼は帰りの空港でテロに巻き込まれ命を落としました」

 でも戦禍の中でも逞しく生活を送る地元民は沢山いる。このアフリカ布も、戦乱だけでないボマダンの伝統や文化、国民の情熱といったイメージを世界に発信したいという熱意を持って作られた物なんです。建さんもその想いに賛同して日本に持ち帰ってくれた。
 どうやってそれを世界に発信するか考えた時、真っ先におばあちゃんが思い浮かんだ。太平洋戦争の中、レイテ沖海戦で父を、原爆で母と妹を亡くす辛い経験を乗り越え服飾デザイナーとして大成した。平和への想いを胸に、エナジィを燃やしながら服を仕立てる。両者の熱意が織りなす服は、世界平和を願う力に満ちたものとなることだろう。建さんもそれを望んでいると思うんです。

 目に涙を溜めるチヨときらり。
「想い、確と受け止めました」
「どんどんアイデアが浮かんでくる。きらりちゃん、この後アトリエ来てもろうてもええ?」
「はい、勿論です!」

  

 季節は巡り1月のパリ。チヨときらりが共同制作したアフリカ布のドレスとジャケットがパリ・オートクチュール・コレクションのランウェイに登場した。
 全世界の情熱家たちが、思い思いに情熱を注げる世界を願って。
 会場は熱狂の渦に包まれた。斬新な素材を見事に使いこなしメッセージ性まで込めた作品は世界中のデザイナーから称賛を集めることとなった。

  

 ショー終幕後のアフターパーティーには日菜も招待されていた。建が日菜のためにオーダーメイドを頼んだあの水色のドレスを着て会場入りする。他の招待客達は、何故これをランウェイで披露しなかったのか、と驚きの声を上げる。チヨがドレスについて、そして建の抱く想いを紹介したところ、スタンディングオベーションが巻き起こる。
「そのアフリカ布のブランドを紹介してくれ」
「ぜひ取引したい。俺らもボマダンを盛り上げるぜ」
「これからもアフリカ布の洋服を作ってくれ」
 齢93にして、弟子と共に新境地を拓いたチヨ。アフリカ布のオートクチュールでボマダンを救う人として、世界を変えるスーパーシニア100人に日本から唯一選出された。

  

 そして82年目の8月。日菜はスーツケースと共に広島空港にいた。チヨ、そして友人となったきらりが見送りに来ている。日菜はYUSHI海外活動隊に入隊していた。初任地はベトナムである。経験を重ねていずれはボマダンに渡航し、建の温もり残るタヌボとポノで支援活動の続きを行いたいと云う。
「つまらん、やっぱり身内を送り出すなぁ不安で仕方ねぇ」
「大丈夫よ。先輩隊員さんの言うこと聴いて、無茶はしないようにする」
「そうは言うてもね……」
「世界の平和のためよ。おばあちゃんが願っている平和のために。そして建さんも天から願っている」
「信じましょうよ。日菜さんならやり遂げます」
「じゃな。気ぃつけていってかえりんさい」
「行ってきます」

  

 建の遺志を継いだ日菜。持ち前の凛とした優しさで、今日も世界を平和にするため尽力する。

  

—完—

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です