不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』三春「スプリングデイズ」「ジンフィズ」 仲春「ラストワード」(オードヴィー/ハイアットリージェンシー東京)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

タテルはやきもきしていた。17時になっても終わらないTO-NA冠番組の収録。早くしないとあのバーのハッピーアワーが終わってしまう。しかしMCであるお笑いコンビ・いちごすうぃーつは収録を長引かせる名手であり、おふざけ大好きなTO-NAとの親和性が高くて延長に拍車がかかってしまう。

  

着替えを済ませクラゲが楽屋が出てきたのは18時であった。バーは新宿のハイアットリージェンシーにあるのだが、ここは砧。祖師ヶ谷大蔵駅までタクシーで駆けつける。
「バーに行くのにこんな急いてる人いないですよ」
「だろうな。でも1杯でもお安く飲んでおきたいじゃん。ホテルのバーだし」
「収録が押すことくらい見越してください。タテルさんいつも余裕ないですよね」
「癖なんだ。止まらない」

  

夕方だというのに混雑する小田急線に乗車。18:45に新宿駅に着いたが、都庁までは嫌な距離がある。
「えーっと、都庁方面は……違う、こっちは丸ノ内線だ」
「うわっ!人が多くて危ないですよ」
「工事中だから見通しが悪くてわからん。こっちか。ふぅ、やっと見つかったぞ動く歩道」
動く歩道を歩くのは当たり前の2人。決して褒められることではない。

  

地上に出るとそこは高層ビル群。上京して3年半のクラゲは何が何だかわからずにいるが、ビルの配置を熟知したタテルについていけば安心である。19時5分前にホテルに入館、エレベーターに乗ってバーのある3階へと上がった。
「タテルさん、汗だくじゃないですか!」
「やばいな。これじゃ格好悪い。クラゲ先入ってて。1杯目はスプリングデイズだ」

  

受付のスタッフに案内してもらい、カウンターの2席に案内された。ハッピーアワーにギリギリ間に合ったため、対象であるスプリングデイズを注文した。通常2,500円するものが1,700円で飲めるためかなりお得である。

  

「ふぅ、さっぱりした。おっかしいな、気温そんな高くないはずなのに」
「歩くのが速すぎるんですよ」
「そう?普通に歩いてるけど」
「タテルさんの普通は普通じゃないです。ついていくの必死なんですよ」
「なら今度から俳句考えながら歩こう。それなら少し穏やかな歩調になる」
「それ良いですね。風流です」

  

この店のオリジナルカクテル・スプリングデイズの組成は、ローズのジンに桜リキュール、マラスキーノチェリーリキュール、クランベリージュース、和三盆。ローズの香りを纏ったジンが凛としていて、チェリーによりさっぱりとした飲み口に。口の中がローズの気品に満たされる。
「ラグジュアリーホテルでこういうカクテル飲むと、インペリアルなアイデアがヒットするセオリーだ」
「都知事並みにカタカナ語使ってますね」

  

ハイアットリージェンシー東京オードヴィーにて
スプリングデイズ宮殿の夜の赤い花

自解:晩餐会が終わって庭に繰り出してみたら、夜の暗闇の中でも赤の色が判るくらい花が立派に咲いている。宮殿で咲く花は何と凛々しいことだろう。

  

「どうだろう?安易かな、王家と結びつける発想」
「いや、良いと思いますよ。贅沢な1杯ですもんね」
「ロブションの赤いインテリアが思い浮かんだ。贅を尽くした赤は何よりもヴィヴィッド」
「気になる点としては、この『赤い花』が宮殿の中と外どっちにあるかがわかりにくいんですよね」
「そうだ。俺は外、庭のつもりで書いたけど、宮殿内の花瓶に生けている、とも読めてしまうな」

  

ハイアットリージェンシー東京オードヴィーにて
スプリングデイズ宮殿の庭の花紅し

「『夜』は諦めた。昼の風景だとしても成立はするから」
「でもやっぱり夜の宮殿の方が良いですよ」
「『夜』は残すか。こうすればどうだ」

  

ハイアットリージェンシー東京オードヴィーにて
スプリングデイズ宮殿の夜の花紅し

  

「花が内外どちらにあるか、最終的なジャッジは読み手に任せる。中にあるのなら、窓に映る夜闇と花の紅のコントラストが映える。外にあるのなら、暗闇の中でも視認できるくらい紅が強い花の力強さをみる。どちらでとっても高貴で凛々しい花に焦点が絞られ、季語スプリングデイズと重なるはずだ」
「綺麗な句ができましたね」

  

タテルはここで季の美ジンを使ってカクテルを拵えてもらいたい欲求を覚えた。バーテンダーに訊ねてみるとジンフィズを薦められた。

  

ドライな空気の中、米由来のふくよかな拡がりがある。そして口の中がジュニパー・柚子・生姜等のボタニカルに溢れる。
「ジンって兎に角ボタニカルだよね。ボタニカルという言葉しか出ない」
「同じボタニカルでも、季の美は日本らしい植物を含んでいますよね。私の故郷を描いてみたくなりました」

  

故郷の棚田をジンフィズに詰めて
自解:季の美のベースにある米から、私の故郷である福井の棚田に発想を飛ばした。田圃の周りの植物も含めて、穏やかな空気感をジンフィズに込めてみました。

  

「『棚田』という僅か3音で拡がりのある映像が描ける。田圃だけでなく周りの木々の茂りも巻き込んでカクテルに閉じ込める」
「綺麗ですよね。スノードームみたいで」
「ただ俳句において『故郷』は凡人ワード。作者の思い浮かべる映像が見えてこないからな」
「やってしまいました……ちゃんと地名を述べて、自分の故郷をアピールします」

  

日引の棚田をジンフィズに詰めて
「字足らずになりました……」
「元の句が、句またがりと見ても調べがギクシャクしてる。語順変えたら?」

  

ジンフィズに詰めて日引の棚田の香

  

「五七五に嵌りました!」
「しかも香りの情報まで入れ込めた。季語と棚田のパワーバランスも釣り合っている」
「故郷を題材にしてこんな綺麗な俳句が詠めた。何と喜ばしいことでしょう」

  

タテルは少し玄人向けのショートカクテルを検索する。あまりマニアックすぎてバーテンダーの知らないものを頼んでしまうと気まずい雰囲気になるため、程良い知名度と思われるラストワードを選択した。

  

シャルトリューズの薬草香、ジンのボタニカル、チェリーやライムの多彩な甘み。春の庭を想像する洒落たカクテルである。
「また庭園のイメージになってしまった」
「それがジンの持つ世界観ですもんね」
ラストワードはアメリカ禁酒法時代に作られ、一度埋もれていたが21世紀になって再発見されたもの。海外でもポピュラーなカクテルである。

  

アルザスのマダムの庭やラストワード
自解:フランスのアルザスに、コンフィチュール(ジャム)の妖精と称されるマダムがいる。彼女の庭にはアルザスの穏やかな自然に育まれた果実が沢山なっていて、それを至高のコンフィチュールに仕上げる。そんなアルザスを去る時はすごく名残惜しかった。またアルザスの地を踏みたいな。

  

「行ったことあるんですか?」
「ない」
「ないんですか」
「マダムと親交のある、楠田枝里子さんの気持ちになってみた」
「存じ上げないです」
「無理はない」
「うーむ、これだと食べ物が一切出てこないじゃないですか。コンフィチュールが美味しい、ということが全く伝わらないと思います」
「まったくその通りだ。そもそもマダムの『庭』ではなかったかもしれない」

  

アルザスのジャム餞にラストワード
「これだとアルザスに行ってなくても成立しますよね」
「ああそうだあ。欲張りすぎたかな、17音に入らんかも」

  

ここで水入りならぬ水割りを挟むことにする。かつて新宿にあった淀橋浄水場の煉瓦を壁に使用しているこのバーでは、水に対する拘りも大したもの。この日は山崎(たぶんNV)を、山梨のミネラルウォーターで丁寧に割る。アルコールの角が取れ口当たり柔らか、山崎のバニラっぽい芳香が綺麗な水に浮かぶ。
「水割りは立派なカクテルの名前としてWikipediaに記載がある」
「じゃあカクテル歳時記にも載りますね」
「載る。本当はウイスキー以外でも水割りはあるけど、水割りといえば大体ウイスキーだから秋の季語として採択しよう」

  

アルザスの母のジャム○○ラストワード
「少し話をデフォルメした。クラゲと同じく望郷の句にしつつも、『母』が実の母ではなく心の拠り所を示す格好に読み取ることもできる」
「東京のお母さん、みたいな感じですね」
「2音で何か言いたいな。甘いとか美味しいとか」
「それは難しそうですね」
「ならこうしてみるか」

  

アルザスの母のジャム瓶ラストワード

  

「瓶に焦点を当ててみた。空っぽの可能性がある。また買いに行きたいな、という気持ちを想像してもらえば」
「素敵ですね」
「まあ伊勢丹に行けば買えるんだけどね」
「買えるんかい!」
「しまった、あのジャム開封してから2ヶ月以上経ってる……」
「ちょっと長いですね」
「一人暮らしだと使いきれんよな。ああ、京子がいたらなぁ!」

  

たっぷり飲んだため会計とする。トワイライトアワーに間に合ったスプリングデイズが1,700円、その他カクテルは全て2,000円。カバーチャージは無く、税や(ホテルならではの重い)サービス料も込みでこの値段である。合計7,700円は、ホテルのバーどころか、市井のバーとしてもリーズナブルな部類に入ることだろう。

  

「サンルーカルバー、いつ行こうか」
「この後結構予定詰まってますもんね」
「14時から酒飲める日なんてそうそう無いよな」
「暑くなる前にバー行くチャンスはあと2回ですね」
「絶対行って、マティーニ俳句詠んでやる」

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