丸ビルの36階にて、丸の内のビル群を写す大きな窓を眺めながら立つジャケット姿のタテル。そこへヒールをコツコツと響かせながら歩いてくる、TO-NAのメンバー・ナナとレジェ。どちらも身長165cmを超える、長い黒髪とキリッとした目が映える美人である。

3人がランチをする店は、ミラノの3つ星リストランテの姉妹店。早い時期から予約を入れていたため、八重洲の風景を一望できる窓際席に座ることが叶った。
早速乾杯酒を注文する。シャンパーニュやこの店自慢のイタリア産スパークリングワインは高価であるため今回は回避。若い女性にはワインカクテルもお薦め、と人気グルメブロガーが言っていたことを思い出し、全員でミモザを注文した。

この店ではスプマンテをブラッドオレンジ果汁で割ったシチリア風のミモザを提供している。通常のオレンジに比べ濃い甘みであり、酸味はスプマンテの味と合わさって良い塩梅となる。果実の粒々も残っていて満足である。


一口前菜として縞鯵のマリネ。脂がのって甘みを感じる身に、香味野菜の空気がおしゃれに纏わりつく。
ディナーとなれば男性はジャケット着用が必須という少々厳格なドレスコードがあるため、タテルは老舗メーカー「ナグローカ」のスーツを、そしてナナとレジェはそれぞれ黒と白を主体としたスタイリッシュな服を着用していた。
「この後プラダを着た悪魔観に行くんですよ」
「ああ、続編か。それでそんなアン・ハサウェイを意識した服装を」
「してません!」
「いやいやナナちゃん、してないことはないでしょ。出歩く時いつもジャージなのに」
「いつもじゃないって」
「ハハハ。確かにナナはズボラなイメージだな」
しかし今日は大事なことを伝えるために2人をミラノ料理店に呼び出していた。ナナもズボラでは居られなくなるような発表である。

その前に次の料理を戴く。穏やかな甘みが美味しい新玉ねぎのフランに桜の塩気。名前が長くて覚えられないイタリア野菜の苦みもアクセントとなる。

パンは柔らかめのものが2種類であり、バゲットと違ってどんどん口にしたくなるものである。オリーブオイルは含めば含むほど体に良いことしている気分になり、日頃の不摂生を無かったことと捉える。
「ここはミラノ料理店だよな。つまりミラノだ」
「もしかして、オリンピック目指すんですか私達?」
「何の競技やりたい?」
「やっぱりフィギュアスケート!坂本花織選手、可愛いかった〜!」
「私はあの何でしたっけ、凸凹の雪道降りるの」
「モーグル?」
「そうですモグール!」
「モグールじゃなくてモーグルな。阿呆出ちゃってる」
「恥ずかしい……」
「オリンピックの話じゃない。2人にはミラノコレクションを目指してもらうんだ」


岩手サーモン(厳密には鱒らしい)のコンフィ。密度が高くどろっととろける仕上がり。そのままで食べた方が鱒の味わいが解る。臭みもあまり無いから食べやすい。ここにリコッタチーズやドライフルーツを合わせて食べるのがイタリアンならではである。
タテルは予々、ナナとレジェにモデル業をやってもらいたいと思っていた。しかしDIVerse時代から、女性アイドルが雑誌の専属モデルを務める流れに載せてもらうことができなかった。TGC等のランウェイを歩くことも叶わず、TO-NAになりFプロデューサーの後ろ盾を失うとさらにその夢は遠のいた。
ここで冷静になって考え直すと、2人は日本の雑誌の専属モデルに収まらない規格であった。国際的なスーパーモデルと共通するキリッとした顔立ち。「かわいい」とは違う部類であり、万人が好きな顔ではないのかもしれない。しかしモデルとして世界を股にかけて活躍する画は易々と想像できるのである。
「ミラノコレクション……遠い世界に思えます」
「私なんてミラノがイタリアにあることすら知らなくて」
「しっかりしろナナ。サイゼにあるだろミラノ風ドリア」
「そうでしたね」
「まあ俺も、ミラノが冬のオリンピックが開けるくらい北にあることを知らなかった。今日は本格的なミラネーゼを味わって、少しでもミラノを身近に感じよう」


続いてはパスタ。ジュゼッペ・コッコのスパゲッティーニを使用し、生ハム・玉ねぎ・ケッパー・オリーブ・オレンジを絡めイベリコ豚のサラミ・ペコリーノロマーノチーズを載せる。要素がとても多いのだが、生ハムやイベリコのコク、ケッパーとオリーブのアクセントが味の要であり、オレンジの香りが唯一無二の味わいを演出するキーとなっている。
「いやあびっくりだな、どうやったらこんな組み合わせ思いつくのか」
「カルボナーラとかペペロンチーノとか、名前のあるパスタが出てくるのかと思ってました」
「コースで出てくるパスタはオイル系が多いんだよね。重たいのだと後が食えなくなるから」
「私は食べられますけどね」
「レジェは大食いだからな」
「モデル目指すとなると、節制しなきゃいけないのかな……」
確かにモデルといえば細身である。痩せれば痩せるほど良い、少しでも太くなれば悪だ、という風潮が根付いている世界である。しかし痩せすぎは肥満よりも質の悪いもので、免疫力や筋力の低下を招く。心筋の衰えやカリウム欠乏により心臓が止まり命に関わる可能性も高まる。そういう傾向もあってか、痩せすぎのモデルにランウェイを歩かせない決まりが欧州では制定されている。
「変に節制することはないんじゃないかな。大食いした次の日は食事量抑えているし、深夜の辛ラーメンもライヴのあった日だけだろ?」
「そうですね。頻繁にはしないです」
「歌う踊るでかなりの運動量を賄っているから、多少食べ過ぎても構わない。寧ろここで節制しようものなら倒れてしまう。やりすぎることはない。レジェはしっかり自己管理できてるし、今よりもう少し気にかけるくらいで十分だ」


2人がステインを気にして遠慮したため、タテル独りが赤ワインを追加する。イタリア北東部フリウリのLa Bellanotte。白ワインの銘醸地ではあるが今回はカベルネフランの赤。重みがありつつも甘みがあって、和牛によく合うものである。


肉料理は和牛のロースト。このローストの香りがとても芳しい。一流店でないと出会えない芳しさである。和牛ではあるが脂のくどさは無く、塩が味を引き立てる。体型を維持したい人であっても喜んで食べられるおいしい肉である。そしてワインとチーズのソースが肉と張り合って良い味変となる。
「ナナもモデルとして仕上がっているとは思う。ただなぁ、もう少し普段から粧してほしい。ファッションに無頓着な訳じゃないでしょ」
「そうですね。でも行った先で衣裳に着替えるなら、スウェットでいいじゃんってなります」
「気持ちは解るが、今後はその考え捨てよう」
スーパーモデルたるもの、普段から美を意識して当たり前。ジャージにつっかけ、しかもすっぴんで街を歩くナナの姿はそれに反するものである。洋服自体は好きであるのだが、その場にポイと脱ぎ捨てる等、ぞんざいな扱いをしていると云う。
「一流のモデルであれば服には最大限気をつかうものだ。うっかりドレスの裾をヒールで踏んで、3年間ミラコレから遠ざかったモデルもいる」
「怖っ!」
「命をかけて作った服、汚されたり皺つけられたりしたら堪ったもんじゃない。ナナは今のところそういうことしそうだ。ドレスの裾踏み顔だ」
「バカにしてます⁈」
「今踏んでるじゃないか。ほら!」
「あっ!……最悪!せっかく奮発して買ったのに!」
「泣かないでナナちゃん」
「悔しいだろ。その悔しさ忘れるな。服を汚すことがどれだけ悲しいことか、よく学んだはずだ」
「はい。服は大事にします……」


デザートは紅茶プリンの上に蜜柑(せとか?)。シンプルに見えるが、蜜柑の味を活かす優しい甘さのプリンに仕上がっている。上に刺さった薄いものはバタースコッチのようであり、童心にかえる甘みである。

最後までお洒落に、ハーブティーを輪郭のあるマドレーヌと尖りの無い甘さのパートドフリュイと共に。ここだけ切り取るとフランスっぽい風景であるが、ミラコレはパリコレの前の週に行われる、という関係性を理由に許すことにする。スタッフは気が利くし懇切丁寧な応対をしてくれる。総じて格式高い店であり、粧した甲斐があった3人であった。
ナナとレジェはその後『プラダを着た悪魔2』を山盛りのポップコーンと共に鑑賞した。そして翌日からは早速、スーパーモデルの壇みかによるレッスンが始まった。
「TO-NAでは仲良しこよしかもしれないけど、ここでは2人はライバル。ミラノに推薦できるのはどちらか1人だけです」
「おお……」
「2人とも素質はありますね。でもその服装、メイクでは、ミラノに行ってもどこのブランドに拾ってもらうことはできません」
「……」
「プラダを着た悪魔観て、何となく繕ってみただけという印象を受けます」
「バレてしまいました……」
「プロの目を誤魔化すことはできません。目的意識を持って服を合わせる。もっと服と対話してください。これから1年近く、厳しいレッスンが続きます。沢山の勉強と努力をしてください。その約束ができるのであれば、私は全力で貴女達をサポートします」
厳しい言葉をかけつつも、凛々しく温かみのある表情で2人を鼓舞する壇。鞭と飴のレッスンが今始まる。