〽︎I want you! I need you! I love you! 頭の中……
女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・タマは、TO-NAハウスのカラオケルームにてAKB48の曲を歌い踊っていた。あまりにもハイテンションで歌うものだから廊下にまで声が響き渡る。
「ねぇタマ!いくらなんでも声デカすぎ!」
「うそ、そんな大きかった⁈」
「頭の中ガンガン響くんだけど。もっと抑えてよ」
「ごめんなさい……」
タマは一転すっかり落ち込んでしまい、カラオケルームを後にした。そこへタテルが通りかかる。
「おいタマ、元気なさげだな。どうした」
「また調子乗って怒られた……」
タマはお調子者である。元来お転婆娘であり、学校では授業中や集会中でもお構いなしに私語をして先生に叱られる。家に帰れば宿題をサボって友達とオンラインゲームに没頭するから親に叱られる。TO-NA(加入当時はDIVerse)に入ってからも、仲間に悪戯やダル絡みをしかけて嫌がられることが多い。
勿論それはそれで面白くて憎めない性格ではあるから、メンバーやスタッフからは十分愛されている。
「落ち込むなよ。それがタマらしさなんだから」
「私らしさ……」
タテルは励ましたつもりであったが、タマは複雑な気持ちであった。20歳を過ぎて、いい加減大人の女性としての落ち着きを欲していたのである。部屋で1人になると、これからの人生について考え込み、時に涙を流してしまうのだと云う。
「大人っぽい趣味が欲しいんです」
「大人っぽい趣味か。そうだな……この前ブログで『散歩が好き』って言ってたよね」
「好きです。なんか街を歩くのが良いんですよね」
「わかるよ。お洒落なカフェあるとすぐ入るんだからタマは」
「いいじゃないですか別に」
「ならさ、街歩きなんていうのはどう?特定の街を隅から隅まで歩いて、その街のことに詳しくなるんだ」
「できますかね私に?」
「目標はアド街出演だ。その街に精通した人だけが出ることを許される番組だ。タマはどの街に精通してみたい?」
「そうですね……」
その時ふと浮かんだのが秋葉原であった。タマは幼少期からAKB48に興味を持ち始め、親に駄々をこねて秋葉原の劇場に何度も連れていってもらった。その頃から自然とアイドルを目指すようになり、最終的にDIVerseに加入、現在はTO-NAのメンバーとして活躍している。
そしてタテルにとっても秋葉原は馴染み深い。中学1年の時にAKB48にハマり、高校が近くであったため放課後よくAKBカフェに赴きコースターを集めていた。おまけに父親の職場も近かったことから、午前授業の日は一緒にランチを食べに行っていたと云う。
「タテルさんって、やっぱ変わってますよね。お父さんの昼ごはんに同行するなんて考えられない」
「いいじゃん別に。馬鹿みたいにデカい声でヘビロテ歌う人に言われたくない」
「結局怒られた。もう最悪……」
「冗談だよ。秋葉原なら探究のし甲斐がある。AKBだけではない色々な歴史を孕んでいるからね」
「どんな歴史なんだろう」
「ならば歩いてみよう」
こうして、東京街歴史探検部という部員2名の企画が始まった。早速3日後の昼間、秋葉原駅に降り立ってみる。2人は早速、外国人の多さに圧倒される。近年の秋葉原は外国人観光客が何となく歩くだけの街になってしまったようであり、電気街やらオタクやらアニメやらのイメージを描いていたタマは寂しげであった。
タテルはタマを末広町の方面に連れて行った。中央通りの交差点を妻恋坂方面へ行けば多少は外国人も減る。ここに辿り着くのは大半が目当ての店を持つ者である。特に人が集まり行列が絶えないのは家系ラーメンの店であるが、タテルはその奥に見えるカレー屋を捉えていた。
「良かった、やってるよ。なんか気紛れで営業してる印象あったから」
「有名なんですね」
「めっちゃ有名。俺が通ってた時からあったんだけどね、入るのは今日が初めて」
タテルの印象は強ち間違いではなく、ライス切れで早仕舞いしたり店主の都合による臨時休業があり、それをSNSやサイトで確認する術も無いのが難しい店である。入店できた幸運を噛み締めながら、牛すじカレーにするか牛すじブラウンソース(ハヤシ風)にするか考える。
「私は……ココナッツミルクチキンカレーにします」
「えっ、そんなのあるんだ」
「右下にありますよ」
「本当だ。いかにもタマみたいな女子が選びそうな」
「バカにしてます?」
「ここ来たら先ずは牛すじだろ、って思っただけ」

かく言うタテルも、王道の牛すじカレーにオムチーズをトッピングする腕白な注文をしていた。カレーはスパイスの辛みがありつつも、円やかで優しい味。そして牛すじにコクがあるのが素晴らしい。
ほのかに甘みのある玉子、主張しすぎず隠れすぎずのチーズ。スパイスの華やぎとも相性の良い、存在感のあるオムチーズである。
「楽しいですねあきばはら」
「ん?今なんて言った?」
「楽しいですねあきばはら」
「あきはばら、でしょ。まったく、タマはすぐこんがらがるんだから。そんなんじゃアド街出れない」
「耳が痛いよぉ」
「ただ気持ちはわからんでもない」
秋葉原の読み方がブレやすい原因は地名の発祥に遡る。秋葉神社ができたことにより、「秋葉の原」「秋葉が原」「秋葉っ原」などと呼ばれるようになったが、この「秋葉」を「あきば」と読むか「あきは」と読むかが定まっていなかった。だから縮めて読むと、「あきば」なら「あきばはら」、「あきは」なら連濁して「あきはばら」の方が発音しやすいか。最終的に読み方が「あきはばら」になったのは、駅名が「あきはばら」に定まったタイミングである。
「と思ったら現代になってみんな『アキバ』と略すもんだから『あきばはら』とも言いたくなる」
「じゃあ私は間違えていな…」
「調子が良すぎるぞ。公的には『あきはばら』だ。ネットの揚げ足取りはうっせぇからな、常に正確でないと」
「ちぇっ。街を語るのって難しい」
店を出て妻恋坂方面を目指すつもりであったが、腹に余裕のあったタテルはすぐ先のカレー屋に吸い込まれる。カウンター4席に4人がけテーブルと2人がけテーブルが2卓ずつ、1人用テーブル1卓のみの狭い店であるが丁度テーブルが空いていて座ることができた。
「お腹いっぱいなんですけど」
「秋葉原来たらカレーはハシゴしないと。ここは神田カレーグランプリ優勝店だからな」
「秋葉原なのに神田なんですね」
「秋葉原も広く捉えれば神田だ。その証拠にこの店の住所、『秋葉原』ではなく『外神田』だ」

神田の示す範囲はかなり広い。神田駅周辺のみならず、神保町、小川町、淡路町、岩本町、御茶ノ水等も住所に神田が含まれる。そして外神田まで含めたらここ秋葉原や末広町等も含まれる。ちなみに住所としての「秋葉原」は台東区、練塀公園と昭和通りに挟まれた一画にしか存在しない。
「そもそもここが何区かわかってる?」
「えーっと、台東区ですか?」
「だめだこりゃ。神田と名のつく場所は千代田区だ。街マスターに向けて先が思いやられるよ」
「わかんないですよもう」
「もっと山田五郎さんの話を聴きなさい」
「どちら様ですか?」
「アド街のレギュラーだろうが。そんなんでアド街出ようなんて思ってたのか」
「名前しか知らないんですよ。中身観たことなくて」
「なら観なさい。土曜よる9時、アラーム設定しろ」

タテルが注文したのは、2食目にしては豪勢すぎるトッピングてんこ盛りカレー。ココナッツカレーとインドカレーのあいがけである。

ココナッツカレーにはチキンがたっぷり入っていて良い。味は何だか給食のようである。貝柱の欠片や出汁がそうさせているのかもしれない。タテル的には肉と魚介など滅多に掛け合わせるでない、チキンだけで勝負した方が良い、とのことらしい。
インドカレーは真っ直ぐスパイスを利かせた王道のカレー。ヒリヒリしたりエグみが出たりということは無く綺麗に纏めている。
そこに鶏の竜田揚げ、チーズ、茄子、フライドポテト、うずらの卵を盛る腕白さ。これらがカレーに載るだけで、人は何となく満足してしまうものである。
「よし、これで大満腹だ」
「2つも食べるのおかしいですからね」
「何がおかしい。カレーはおかわりするもんだろ」
「屁理屈ですって」
「カレー屋見つけたら必ず入って食う、ってゲームやろうか?この先角にもカレー屋があるし、左に曲がればすぐインネパが現れる」
「嫌です!」
「冗談に決まってるじゃないか」