暑さが増してきたある春の夜。タテルは去年TO-NAに入った新メンバーからアリアとバンビを夕食に誘い出した。ビッグマウスと寡黙という正反対の性格を持った2人のために用意した店は、TO-NAハウスから程近い浅草にある四川料理店である。
「アリアのキャラクターに合わせてとびきりスパイシーなジャンルを用意したぞ」
「はあ⁈アタイ辛いの苦手なんですけど!」
「意外だな。ナポリタンにタバスコどばどばかけてるイメージなのに」
「誤解もいいとこですよ。私だって繊細な味好きですから!」
「わ、私は……辛いの好きです」
「嘘でしょバンビ、アンタ辛いの食うのかよ」
「激辛の家庭で育ったからね」
「マジかよ想像つかね」
「人は見かけによらないもの」

外は暑かったのだが、あくまでも春であったからか、冷房が弱めの店内。タテルは白酒で高貴な乾杯をしたいところであったが、冷えた炭酸以外喉が受け付けない状態のためマルス信州のハイボールを注文した。こう見えて酒の飲めないアリアはレモンスカッシュを、拘りのあるバンビは多種ある中国茶から特級烏龍茶を選択した。

飲み物と同じタイミングで前菜盛り合わせが登場する。複雑な仕立てのものを店主がさらさらと説明するため、全ての情報を聞き取るのは至難の業である。手前には満足感のある豚肉の醤油炒め。右奥にはスペアリブとメンマの黒酢炒め、焼肉屋のぜんまいナムルみたいな味わいに肉の旨みが滲む。左手前のきんとんには確かキウイとルバーブのジャムが載り、左奥には青山椒で炒め酢と醤油に漬けたとか云う胡瓜。一方で最奥には素朴な仕上がりの南瓜があり、中央のミニトマトピクルスも馴染み深い味わい。
「なんだ、四川料理のイメージと全然違うじゃん」
「確かに。赤くて辛いものかと思ってました」
「四川料理にも色々あるんだろうな。俺らの知らないものが」
「何でもかんでも辛かったら、流石の四川の人でも疲れちゃいますもんね」
女将は黙々とサーヴィスを執り行い、店主も研究者気質で調理に勤しむ。世間話を仕掛けてくる雰囲気は無く、インターバルは仲間内での会話に集中できる。
「タテルさん、もっとアタイが目立つ機会欲しいんだけど」
「はいはい。与えられた状況でどう目立つか考えなさい」
「あんな後ろでどうやればいいんですか!」
「ならアカリさんを紹介するよ。俺の学生時代を支えてくれた推しだ。ほれ」
「知らね」
「可愛いですね。笑顔がステキです」
「流石だなバンビ。アカリさんはな、ステージの後ろの端でも全力で踊って、満面の笑みで観る者に働きかけた。その結果センターも務める人気メンバーになり、アイドルを卒業した今も活躍している。学ぶことは多いんじゃないかな」
「……そんなに言うなら、見てやってもいいけど」

続いてはこの店でしか味わえない、時代と四川省内各都市を超越した棒棒鶏4種食べ比べ。棒棒鶏と聞くと胡麻ダレのものを思い浮かべるが、実際は四川らしく辛い料理である。

まずは左上、楽山における1930年発祥当時のもの。辛そうで辛くないスパイス使いが面白い。
右上は1960年合州。馴染みのある胡麻ダレ。少し生姜も効いているようである。鶏肉が美白で角立ちも良く、しっかりタレを吸収していて美味い。
左下は1980年重慶。棒棒鶏というよりよだれ鶏。これに関しては辛い。とにかく辛い。
右下は1993年成都。辣油と出汁みたいなものが入って程良い辛さ。鶏肉の旨味が濃くてこちらも美味。
「鶏肉の質が良いね。食べ応えもあるし」
「辛いんですけど」
「食べてあげようか、アリアちゃん?」
「食え食え。ったく、辛いもん好きの感覚は理解しがてぇ」
水と油のような真反対な性格だが、実は超絶仲良しの2人。能力の高いアリアは口こそ悪いがなんだかんだ面倒見は良く、バンビも控えめな自分の懐にグイグイ入り引っ張ってくれるアリアに信頼を寄せている。ユニットを組み楽曲を与えたら面白いことになるだろうとタテルは踏んでいた。
「とびっきり良い曲用意してくださいよ。かっこいい系の」
「言われなくもかっこいい系にするさ。ただな、アリア自身が作るという手もあるんだぞ」
「アタイには無理っす。歌やダンスは負けないけど作詞作曲はしたことねぇ」
「なら誰かに教わりなさい」
「プライドというものが…」
「そういうプライドは捨てなさい。何でも自力でやろうとするもんじゃない。頼ること覚えろ」
「あの……私、楽譜ならちょっと書けるよ」
「バンビ……何で今まで隠してたんだよ」
「それは……アリアちゃんがすごいから」
「遠慮するなって。アタイに楽譜のこと教えてくれ」
「私で良ければ」
「アンタしかいねぇから。仕方ねぇな」

タテルは紹興酒を追加した。メニュー表には5種類、加えて黒板メニューにて限定ものの案内もあるが、グラス単位で頼めるのは甕出しのみである。

次もここでしか食べられない独特な料理が登場。おこげのように揚げられたパラパラの米。

その中には海老が隠れている。海老自体は身が締まっていて旨みも抜群であるが、この米の量に対して1尾のみというのは些か物足りない。大量に残った米をどこまで食べれば良いのかもわからず戸惑う一同。結局半分くらい残して下げてもらった。海老を口に含んだ後、箸ではなくレンゲで掬って後追いさせれば余らすこともなかったと思われる。
「難しいぜこの店」
「他の四川料理屋とは毛色が違いますね」
「伝統的な四川料理に拘っている店だからな。トリッキーすぎた?」
「別に。辛いもんばかりだと思ってたからかえって助かった」
「辛いものばっかだと疲れちゃいますもんね。食べたことない料理の連続で面白いです」


白身魚も、唐辛子と一緒に炒められているがそこまで辛くなく、餡掛けやニンニクでコクのある仕上がりに。花椒の痺れがアクセントとなる美味いやつである。

「よし、そろそろ2人に大きな案件の提案をしよう」
TO-NAの元に舞い込んできたのは、とあるキー局のラジオ番組『PoPPing Park』(通称:P4)のオファーであった。伝統ある音楽番組の新アシスタントにガールズグループのメンバーを採用したいとのことで、複数のグループにオーディションの報せがいっていた。
なるべく歴の浅い新人を求めているとのことで、アリアら新人達から選抜する。ポップスを扱う番組のため、流行音楽に造詣が深いメンバーを選ぶのが普通である。しかしアリアはダンスミュージック以外への興味が全く無く、バンビは抑圧的な暮らしの中でクラシック音楽にしか触れてこなかった。
「エリカちゃんやフワリちゃんの方が、流行りの音楽に詳しいと思います……」
「ポップスなんて邪道だと思って生きてきたアタイが、採用してもらえると思ってます?」
「俺は敢えて2人を選んだ。この番組にはな、変化球が求められているとみたからだ」

変化球というワードが飛び出したところにフカヒレの姿煮が登場する。見た目は素直にご馳走としてのフカヒレであるが、豚や鶏で出汁を取る上湯ソースが王道なところ鰹出汁も含めている。元来フカヒレとは魚介類なので、磯のニュアンスが一致する。これはこれでアリな食べ方である。
P4は20年に渡って多くのリスナーに愛されてきた、権威のあるラジオ番組である。ポップスを愛する者達が代々パーソナリティやアシスタントを務めてきたのだが、これをもっと長く続けさせるために、敢えてポップスに馴染みのない人を投入したらどうだろう。初心者の目線、外からの視点を取り入れることにより、ポップスの新たな一面を垣間見たり、あまりポップス詳しくない人でも興味を持つきっかけになったりするのではないか。そうタテルは考えて、ポップスを勉強中のバンビと、ポップスに懐疑的なアリアを敢えて選出した。
「バンビは一生懸命学んでるもんな。良いステップアップになると思う」
「緊張しますけど、やってみたい気持ちもありますね」
「アリアだって、今はポップスに批判的だけどやっていくうちに夢中になるだろうね」
「絶対ならない。ポップスなんてダサい」
「どうかな?いざ触れてみたら気持ち変わるかもよ」
「ねぇな。でも引き受けてやるよ。ポップスのどこがダサいのか、正直に言ってやるぜ」

コースには含まれないが麻婆豆腐を追加する。こちらも1920年版と1970年版の2種類があり、後者は一味唐辛子に花椒入りでとても辛い。アリアを気遣い前者を選択した。

肉は豚挽肉、辛み要素は豆板醤のみの無化調麻婆豆腐。肉ははっきりした食感、アブラの旨みはトマトのようであり、辛さも程良くてとても美味しいものである。
「でもアリアちゃん、斜めからあれこれ言うと批判されちゃうんじゃ……」
「アタイは構わねぇよ。文句なら言われ慣れてる」
「でも叩かれるのは嫌!」
「大丈夫つってんだろ!」
「大声出さない。バンビ、アリアの意思を尊重しなさい。世の中には罵詈雑言浴びてすぐ萎える人もいればどこ吹く風の人もいる」
「タテルさんは前者だよね。やわすぎて笑える」
「言うなよそれ。いいかアリア、P4は君が関わってきた物事の中で一番と言って良いくらいファン層が厚い。流石の肝っ玉でも耐えられない批判があってもおかしくない。余計なお世話かもしれないがエゴサはするな」
「エゴサ?……」
アリアはエゴサを欠かさないタイプである。こういう態度なのでそこそこ文句を言われるのだが、沸いた怒りはエナジーに換えるから寧ろ有難いものだと云う。
「絶対やめない。しょげねぇからやらせろ」
「好きにしなさい。ただな、どうしても耐えられない時は相談するんだぞ。強がって良いことなんてひとつも無いから」
「心配は無用だぜ」
「俺でも良いしバンビでも良いから。抱え込むことだけは絶対にすんな」
「わかったから。しつこい!」


食事ものは回鍋肉炒飯であった。豚肉もしっかり入っているし回鍋肉の味も確とあるが、〆にしてはどう考えても重い。町中華で出会いたい料理である。

スープはしっかりした鶏肉の入った優しい味であり口直しに良い。
「タテルさん、でもやっぱり疑問です。こんな私達が採用されるとは到底思えなくて」
「普通の人ならそう考えるだろう。ただこの番組、局はどこだっけ?」
「JBCでしたっけ」
国営放送JBCといえば、テレビ放送開始に伴う女優オーディションの面接で「親に言ったらこんなみっともない仕事をするもんじゃないと言われた」など馬鹿正直なコメントを残した、後に長年部屋を維持するご長寿タレントや、自局の番組を全く観たことが無かった上国営放送の職員としては明らかに型破りなキャラクターである、後に某局昼の顔となるアナウンサーを採用してきた事例がある。勿論これらは特殊な例なのだが、常識の逆をいく態度が却って面白がってもらえる可能性はゼロではない。
「強烈な個性のある2人なら、普通にしてもつまらないだろう。個性を最大限出して、ダメなら当たって砕けたということで」
「どうせ負けるなら、出し切って負けたいですよね」
「負けること考えんなよバンビ」
「そうだぞ。勝つための策なんだから、変に飾らずに、でも個性は全開で」
「難しいなぁ。タテルさんの言うこといつも無茶すぎる」
「その態度で良いんだよ。アタイはポップスなんて嫌いだ、P4を通してポップスの嫌いなところを発信してやる、ってな」
「……なんか嫌な奴に聞こえるんですけど」

デザートはパンナコッタのような杏仁豆腐とカシューナッツの飴炊きを、中国茶と共に。

ちなみにお手洗いには何故か、中国語で書かれたフランスの地図が貼ってある。フレンチ好きのタテルは嬉々として写真に収めて出てきた。
「謎の多い店だな。通えば通うほど魅力がわかってきそうだ」
「また来たいです」
「アタイは勘弁。よくわかんねぇし辛かったし」
「辛くないよ〜アリアちゃん、弱虫だね」
「あれ、珍しくバンビがアリアに楯突いて」
「バンビ、後でゆっくり話そうね」
白酒も追加したタテルの会計は16,940円であった。四川料理の歴史を体験した上にフカヒレの姿煮がついてこの値段なので悪くはないだろう。
そして1週間後、P4アシスタント面接に挑んだ2人。半信半疑ながらも、タテルの言う通り我を貫き通した。
「わわわわ私、クラシック音楽しか聴かせてもらえなくて……」
「ポップスは全く興味無い、ということですか」
「いえ、あのお私、えーっとえーっと、TO-NAに入ってからポップスに触れて、すごく良い音楽だなって。だから勉強しています」
「なるほどね」
「アタイ、ポップス嫌いなんすよ。あんなうるさいだけの音楽の何が良いんすか?」
「……はっ⁈」
「ポップスに対して色々物申してやりますよ。覚悟しなさい!」
「……」
面接官を面食らわせた2人だが、あろうことか揃って合格してしまった。バンビからはこれから真面目に勉強していこうという強い意志が感じられ、アリアには敢えて厳しい物言いをしてもらうことでポップスの問題点を可視化し新たな発展の可能性を探れるのではないか、と番組関係者は判断したらしい。
「良かったな2人とも」
「信じらんねぇ、喧嘩売ったつもりが採用だなんて」
「私に務まるのでしょうか……」
「選ばれたからには、ブレんじゃねぇぞ。番組に真摯に向き合いさえすれば、何言われても気にすんな」
「気にしねぇよ。な、バンビ」
「う、うん!」
そして臨んだ初回、2人は相変わらずらしさ全開であったが、寛容なMCは全てを受け止め平和な収録となった。
2人の態度に疑問を呈する者も当然いたが、今までにない刺激的な放送だった、商業的な音楽にNOを突きつけ本質を追求する意義深い番組、などという意見が現れ、マンネリ気味であった番組が再注目されるきっかけとなった。その中で2人の知名度と人気も向上。歴史に名を刻む異端なスターへの街道を歩み始めた。