超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第6章:働いて休んで働いて休んで休もう 7話

フランス帰りのカケルは、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
第6章あらすじ
有名企業「サンクスインターナショナル株式会社」(通称:TI社)で若手女性社員・黒澤ユウカの過労自殺事件が発生した。社長の真黒は謝罪するどころか黒澤を甘ったれと批判し大炎上。さらに、あけぼの大学法学部教授の石竹が真黒の考えを全面的に支持し黒澤を中傷する投稿をしてこれまた大炎上していた。
カケルはTI社に対し「働いて5班」を、あけぼの大学に対し「休んで4班」を結成、真黒と石竹にじわじわと迫り罪を与える作戦を開始した。

*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

翌日の午前11時。カケルが働いて5班の居室に向かうと、班員の殆どがモニターから目を逸らし議論を交わしていた。
「カケルさん聞いてください、遂に白石さんがバックれました」
「外回りとかでもなく?」
「だと思います。あれだけ部長にイヤミ言われたら、戻りたくなくなりますよね」
「昨日は木曜日。例のアレか」

  

今回の木曜会議はいつも以上に過酷なものとなった。白石の営業成績は10ヶ月連続で最下位であり部長の怒りは頂点に達していた。
「今から2時間だけ帰っていいぞ。ただその代わり、社に来る時は洗面道具を持ってこい。最低2日は帰らせないからな」
「それって、会社に泊まり込み…」
「当たりめぇだろ。家帰ってまた会社に来る時間さえお前には無駄だ。案件を勝ち取るやり方、この俺が徹底的に叩き込んでやる。ついでに夜通しそのひん曲がった根性を治してやるよ」
「……」
「お前のためにマンツーマンでやってやるんだ、感謝してもらわないとね」
パワハラに加えセクハラの気もある脅迫に、言い返す気力を削がれた白石。ただただ無言でその場を去ることが精一杯の抵抗であった。

  

その日の夜、平日夜しか営業していない蕎麦居酒屋を予約していたカケル。Écluneメンバーのnjkを連れてカウンター席に座る。
この店は少し風変わりであって、sakeを必ず1人2合飲まなければならない。そのsakeは殆どが燗である。流行りのsakeは基本冷酒であり、温度の高い酒はアルコールが尖って飲みにくい、とカケルは考えていたが、こういう店であればきっと良い塩梅で仕立ててくれるのだろう、と期待を込めて入店する。

  

1合目は義侠から。成程、熱することにより米の甘い香りが漂う。これは期待を抱く他ない。

  

熱燗と雖も人肌より少し温かいくらいであり、米の甘みが程良い強さのアルコールに溶け出す。余韻として残る米の野生味がまた良い。家ではできない芸当である。

  

食事はコースで提供され、その他追加で一品料理を頼むことができる。まずは牛蒡の茶碗蒸しと卯の花から。卯の花は特段美味しいと感じるような料理にはならないものだが、牛蒡の茶碗蒸しは素材の味が感じられて流石一流の業である。

  

次の料理を待っていると、通信アプリに白石からのメッセージが着信する。

  

丸一日、死んだように眠り続けていました。ああ、これで私はもう戻れなくなりました。でも楽になったかも。夢だった業種だから逃げちゃダメだ、なんて自分に言い聞かせていたのがバカみたいです。

  

白石が長時間労働から解放された。これでÉclune運営への引き抜きに一歩前進である。
「新入り候補、結構可愛い。メンバーに居てもおかしくないくらいだ」
「じゃあメンバーとしても…」
「いや、ダンスも歌もできないらしい。有名企業でOLしてた実績あるから営業とか広報とかで輝ける人財だ」

  

水晶鶏に林檎のみぞれ掛け。水晶という名の通りさっぱりとした味の鶏肉である。それでもしっとり柔らかく仕立ててあるから食べやすいし旨みも感じる。林檎の繊維質の味が鶏肉に馴染んで面白い。

  

「どこで見つけてきたんですか?」
「スタッフの小池さんがさ、電車乗ってたら隣の座席にいて。居眠りしててもたれてきたらしい」
「あるあるですけど」
「HAYATE時代のグッズ持っててさ、思わず訊いちゃったんだって、ファンなんですかって。そしたらすごい熱量で語ってくれて」
「嬉しいですね」
「でも今は仕事が忙しくて推し活ができていないらしい。ブラック企業で業務量多くて余裕がないとか」
「大変ですねそれ。推し活の余裕が無いくらい忙しいのは耐えられないです」
「だから連絡先渡したんだって。もしÉclune運営に興味あったら連絡しろ、って」

  

出汁巻き玉子はなんと白い。こめたまという、餌として米を食べている鶏の卵を使用している。通常の玉子よりさっぱりとして綺麗な口当たりだが旨みが確とある不思議な感覚。

  

逃げていい。寧ろ逃げなきゃ駄目だ。TI社の輩は労働力を搾取したいだけ。貴女の夢に真剣に向き合ってくれる職場は沢山ある。次の職場探し、微力ながらお手伝いします。TI社には三行半を突きつけましょう。

  

「俺がめっちゃ腹立つのは、『最近の若者は我慢が足りない』とか言っちゃう上司」
「確かに嫌ですよね。頑張ってる人は頑張ってるのに」
「忍耐力ある人は良いのよ。だけど嫌な人は嫌じゃん。俺だって結構打たれ弱いし」
「え、それは嘘ですよ。カケルさん上の方々に対しガツガツいってるじゃないですか」
「必要な場面では鎧を着る。でもずっと着てたら重いじゃん。鎧を脱いでいられる時間も欲しいもの」

  

吟醸酒を追加。吟醸を燗にすると甘い香りが詰まってまた違った良さが出るものである。

  

この世で最も美味しい食べ物のひとつ・海老芋。ここでは山椒味噌を塗って焼いている。とろっと溶ける海老芋に味噌の濃さと山椒の香り。何とも乙な組み合わせである。
「山椒は偶にピリッと香るから良い訳で。普段から精神論やら根性論やらで殴ってこられたら本質がぼやけてしまう」
「上司の歓心を買うために仕事を頑張るなんて、自分を殺すようなものですよね」
「そうだ。各人が意見を持ってそれを表明できる社風が理想。表面上では『考えて行動しろ』と説教しておいて、自分なりの考えで行動したら『勝手なことすんな』と怒鳴られる」
「萎縮しちゃいますよね」
「失敗するからこそ人は成長する訳で。間違いは正すべきで、それに多少の威圧は伴っても良いが上回るのはアウト」
「匙加減難しそうですけどね」
「悩みどころだな。最低限の負荷や叱責でも逃げる若者がいるのは事実だし。優しくしすぎたら今度はホワイトハラスメントとか言われるし」

  

そこへ蓮根饅頭の椀がやってきた。蓮根のささやかな甘みを、ふわふわした団子に落とし込む。
「だったら我らがTSUNAYOSHI先生は理想の塩梅していると思います」

  

Écluneの振付師・TSUNAYOSHIは、あのマイケル・ジャクソンとも競演した世界的ダンサー。技術は確かなものであるが人格も優れていて、叱るというよりかは圧倒的熱量で教え子達の心を奮い立たせ成長を促している。
「わからないところはちゃんと教えてくださるし、こちらとしても色々訊き易くて有難いです」
「自主性を育む土壌ができている。それが理想だよな。ただ叩くだけじゃなく、包容力のある上司が率いる組織は強い」
「時に厳しく時に優しく。この関係性を大事にしたいですね」

  

媛っこ地鶏とつくね。これもシンプルな塩焼きであり、身の引き締まりと柔らかさを兼ね備えた気持ちの良い鶏肉である。

  

しごでき学校って知ってます?TI社では課長クラスになると皆連行されるんです。そこでは理論の欠片も無い根性論を叩き込まれ、フルマラソン走らされたり集団行動させられたり。終わった頃にはパワハラ製造機の完成。優しく接してくれた先輩も、帰ってくると怖い上司に変貌します。私は仕事ができないのでまだ派遣の見込みはないのですが、黒澤先輩は行くことが決まってから憂鬱だったらしく、入校日の3日前に自殺したのです。

  

「嘘だろ……」
「どうかしましたか?」
「あ、いや。ちょっとしごでき学校の話思い出してさ」
「観たことあります。怖いですよね」
「そう。あれは解りやすいパワハラだね。あんなに火を通しすぎたらボソボソになるよ」
「ですよね。あのノリ持ち込まれたら息苦しいです」
「丁度良い火加減にしてくれれば、この鶏肉のように立派な身になる」

  

ノルマはクリアしたが3合目を注文していた。たしか山廃だったか。鼈甲みのあるSAKEは燗にすると味が凝縮されてハイカラな気分となる。

  

追加で鶏皮おろしポン酢を注文した。鶏皮は一転ばっちり焼かれていてかなり萎縮している。香ばしい脂が滲み出て辛味大根おろしと融合するが、少しポン酢が強く感じるため、皮の柔らかさをもう少し残しても良いのではないかと思う。

  

「みんな個性を見失っている。仕事に追われ、何のために生きているのかわからなくなってる」
「『自分は自分』の歌詞ですね」
「個性を潰されて堪るか。自分らしさを発揮する余裕が欲しい。休みたければ休む、仕事したければ仕事する、別の自己実現したければそれをする。そうやって皆が自由に生きられる社会にしたい」

  

〆の蕎麦は二色盛りにした。細い方は蕎麦の香りが心地良い。酒を沢山飲んでも口の中がもさもさせず、逆に水っぽいこともなく、綺麗な蕎麦である。田舎蕎麦は蕎麦の香りと粉のモチモチが半々のウェイトで、〆に出ると嬉しい炭水化物の顔をしている。

  

久しぶりにHAYATEの『自分は自分』聴きました。涙が止まりません。私、やっぱりHAYATEが大好きなんだな。実は偶然にもÉcluneのスタッフさんから誘いを受けていて、今度お話し聴きに行こうかな、って考えています。

  

良いんじゃない?自分の思いの丈をぶつけてきなさい。TI社にいるよりも素晴らしい未来が、貴女に待っていると思います。

  

しかしこのカケルの返信を、白石は読んでいない。返信を見ようとしていた時、可愛がっていた後輩社員・赤井が白石宅のインターホンを鳴らしていた。
「白石先輩!差し入れ持ってきました!先輩の大好きなビールと大盛りミートソースパスタ、一緒に食べましょー!」

  

これは罠であった。赤井が部屋に上がり込もうとしたところを追随してきたのは営業部長である。
「おい、白石テメェ。よくも逃げやがったな。こっち来い。赤井もだ」
「やめてくだ……!」
赤井は泣き出しそうな顔で白石の口を押さえた。部長は力づくで白石の体を引っ張り車の中に押し込んだ。

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