不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』仲夏「モヒート」「森のカクテル」初夏「メロン」(ベンフィディック/新宿)

女性アイドルグループ「TO-NA」のプロデューサーを務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

 今夏の吟行を締め括る店は新宿西口の混沌とした雑居ビル群にある。9階に降りるとそこは非常階段の踊り場であった。左手に異空間への入口が見える。
 中は薄暗いようだが暖色系の灯に照らされている。アンティークのアイテムが多数並んでおり、バーというよりは洞窟内のような雰囲気である。テーブル席の客は全員が外国人であり、タテルの隣にもアジア系の女性2人組が座っていた。さすが世界に誇る予約困難のバーである。

  

 この店は薬草を使ったカクテルが有名と聞き、まずはモヒートで一句詠むことにした。すると通常のものとサトウキビを使ったものの2種類のモヒートが提示され、珍しいからと後者を選択した。

 サトウキビはその場で圧搾される。サイズ感とは裏腹に汁は思ったより出て来ず、贅沢に2本分抽出された。少し汁を味見すると、鼈甲飴みの強い甘さであり2人の好むフルーティな味とは違う領域にある。

 ここに自家農園にて栽培し前日に摘んだばかりのニホンハッカ(飴などで馴染みのあるハッカと同じものである)をハーブとして使用しモヒートに仕上げる。

 サトウキビの味は地味なため専らハッカの味。これが強烈なハーブであり、時間差で胃を刺激してくる。後で確認したところによると1杯3600円となかなかのお値段であった。
「前回のモヒートは俺が詠んだから、今日はクラゲがお詠みなさい」
「かしこまりました。しかし独特ですよね、サトウキビとハッカのモヒートとは」
「この2つの素材がいたことを明示する、または仄めかす格好にしたいね」

  

鼈甲に霞みて薄荷のモヒート
自解:緑色のイメージが強いモヒートが黄みを帯びる不思議。サトウキビの存在を「鼈甲」で表現。

  

「綺麗な表現だ。確かに鼈甲飴みたいな色だもんな」
「懐かしいですね鼈甲飴。自由研究で作りました」
「自由研究でやるんだ?」
「はい。おたまに砂糖水と重曹を入れて…」
「それカルメ焼きだろ」
「はっ⁈間違えましたすみません!」
「おいおいしっかりしろよ」
「理科が全然解らなくて」
「大丈夫、俺もわかんないから」
 情けない発言をする東大理学部卒のタテル。彼の示した懸念は、「鼈甲」という言葉が単に海亀の甲羅を原料にした高級品をイメージさせることであった。あくまでも「鼈甲みたいな色」と言いたいので次のように直す。
鼈甲色に霞みて薄荷のモヒート
「うーむ、『霞む』という言葉のチョイスは適切なのだろうか」
「モヒートって透明なものなので、それに少し色がつく意外性を表現しました」
「ちょっとネガティヴな印象を受けるんだ。霞む、という言葉には『相対的に印象が薄くなる』という意味合いがあるだろ?それに今回は薄荷の方がサトウキビより強く感じる。違う言葉にした方が良いと思った」
鼈甲色の淡きや薄荷のモヒート
「言葉選びは良い。ただ文法ミスをやらかしている」
「あれ?『淡き』じゃなくて『淡し』でしたっけ?」
「そうだ」
 詠嘆の助詞「や」は終止形に接続する。現代語のイメージだと「き」を終止形と思いたくなるが、文語の形容詞の終止形は「し」が正しい活用語尾である。
「調べも違和感あるな。上五字余りは良いが、その後を無理矢理12音にしなくてもいいのかな」

  

鼈甲色の淡きや薄荷モヒート

  

「そうそう、『薄荷モヒート』とすれば中弛みが無くなってスッと脳に入ってくる。全体としても18音だし丁度良い分量。これで行こう」

  

 タテルは果物に目をつける。この夏は桃に夢中になっていてあまりメロンを顧みなかったとしみじみ思う。メロンのカクテルを所望すると、なんとジャパニーズウイスキー白州との組み合わせを提案された。

 NVとはいえそう簡単に手に入るものではない白州をカクテルに使ってしまう贅沢。2,400円と、先ほどのモヒートと比較すれば案外お手頃である。白州のフルーティさが果実と馴染み酒としての重さも担う。メロンは爽やかな甘味と少し瓜くさい一面が引き出される。お互いの持ち味が確と活かされた1杯である。一句閃いたタテル。

  

白州の郷にメロン植うる翁
自解:白州蒸溜所のある山梨県はフルーツ大国として有名だが、メロンは意外にも殆ど栽培されていないらしい。そんな場所で敢えてメロンを栽培するお爺さんがいて、山梨県産メロンを広めようとしている。

  

「と書いたがあれはスイカだったな。オモウマに出てたのは」
「観ましたそれ。色々なスイカを試食させてくれるんですよね」
「そうそう。スイカの生産量は明確に山梨県が最下位だと言われた。メロン生産量も唯一山梨県だけデータ無しとなっている。きっと少ないんだろうな」
 すいかばかの翁を改めて思い起こした時、この句においては登場人物を敢えて翁と対にすると良いのではないか、と思い始める。嫗にするか。メロンを育てるイメージが湧かない。ならば年齢層の対比で若者にするか。
白州の郷にメロン植うる青年
「そもそも『郷』って必要ありますかね?」
「たしかに。ウイスキー白州の郷、と思って勢いで入れただけ。白州だけで通じる」
白州にメロンを植うる青年
「メロンの後に助詞を入れて寸詰まりを解消しつつ中七に整えた。下五にもっと情報入れ込めるかな」

  

白州にメロンを植うる二十五歳

  

「年齢入れてきましたか。しかも結構リアルなお歳頃」
「都会で就職したけど嫌なことがあって山梨に移住した、という想像ができるんじゃないかな」
「白州が地元で一度は都会に出たけどやっぱり故郷に帰って新しいことをしたい、なんていうシチュエーションもあり得ますね」
「この辺りは読者各々の想像にお任せだね。すいかばかとの対比でさらに物語を膨らませたり…」
「そこまで思いつく人はいないと思いますが」

  

 ここでさらに自家農園のハーブを堪能したいとバーテンダーに伝える。すると森のカクテルなるオリジナルカクテルが拵えられた。まずそれに使用するハーブのひとつを手渡される。
「た…べていいんですか?」
「どうぞどうぞ。食べられないものは入れませんよ〜」
「そうですよね……」
 直で食べるのは勇気がいるが故の確認であったが、実際これも苦々であり胃にきそうなものであった。

 その他多種多様なハーブと共に摺鉢に投入。

 すり潰すことにより甘みが滲み出し、ジンの旨味がそれを増強させる。
「これ春のカクテルっぽくないですか?」
「ジンベースだしな。でも『森』と謳っている以上夏の方が馴染む。これだけ緑が豊富だと夏のものと考える方が自然だろう」
「確かに、春だと緑より花のイメージですもんね」
「そうだな。よし、俺はこんな感じで詠んでみよう」

  

ベンフィディックにて
険しき道に森のカクテル甘きかな

自解:ハーブはそのままではとても苦い。でもすり潰してみるとボタニカルの甘みが顔を出す。過酷な物事でも携わっていれば面白みがわかるものである。

  

「格言みたいなものですね」
「あ、そうなるとあまりよろしくないかも。これは俳句じゃなくて貴方の人生訓だ、って関根勤さんが夏井先生に言われていたのを思い出す」
「『険しき道』が抽象的すぎますかね。ここを具体的にするだけで物語になると思うんです」
「うーむ、たった5音でどう展開を作るか……」
 予約でいっぱいのこのバーは2時間制を採っていて、この席も終わりが近づいていた。最後にテキーラベースのカクテルをリクエストしてみると、サフラン、マラスキーノ、アールグレイを混合したオリジナルカクテルが提供された。句を詠むためには名前を訊いておきたいところだが、仮に名前を考えていなかった場合バーテンダーに手間をかけさせることになると思い訊ねる勇気が湧かなかった。残りの時間、森のカクテル句と向き合うこととする。

  

ベンフィディックにて
小屋発見森のカクテル甘きかな

  

「森を彷徨い歩いていたら漸く小屋を見つけた。小屋の主が一服するよう誘ってくれて、そこで薬草を調合してカクテルを作ってくれるんだ」
「怪しそうですよね。でも疲れたから休むしかないのか」
「甘みを感じて疲れが癒される、と同時にやっぱ森の探検は楽しいよな、と再認識する主人公」
「それかもしかしたら本当に毒入りで…」
「こらっ。この店に失礼になる。思っても口に出すな」

  

 森のカクテルは2,600円、最後のカクテルは2,200円。会計は1人1万円を超えてしまったが、普通のバーではお目にかかれないハーブ使いや材料の組み合わせを楽しめる唯一無二の店であると言える。
「このバーは夏向きだな。来年の夏、また来よう」
「夏も終わりですね。秋はまたウイスキーとブランデーベースのカクテル俳句ですか」
「リッチな気分になるよね。秋のゴールは……水割りだな」
「水割りですか?」
「春に行ったあのバーにまた舞い戻る。同じ新宿西口の地にあるあのホテルに」

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