連続百名店小説『愛媛フェスプロジェクト』第三句: 伊予灘の涼風注ぐ汽車の窓(蜜柑ジュース飲み比べ/松山市大街道→下灘)

TO-NAが地方創生を目論み始めた大規模イベント「ふるさとフェス」。第2弾は愛媛県で開催することになった。観光のメインストリームから外れ、アイドル不毛地帯である四国を松山から盛り上げるべく、TO-NAプロデューサーのタテルとメンバーのミクが視察する。タテルの友人で俳人のまぐ拓郎が2人をガイドする。

  

知られざる愛媛県の魅力発掘をテーマにする一方で、やはり定番ネタもフェスに盛り込みたいということで、会場内には蜜柑ジュースの出る蛇口が至る所に設置された。ただそれぞれ違う品種の蜜柑ジュースが出てくるようになっており、どこにどの品種が割り当てられているかは行ってみてのお楽しみ。上にあるQRコードを読み取ると、その蛇口に割り当てられた品種の情報がわかるようになっている。

  

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みしまで散々フルーツを食べた後だが、蜜柑ジュースを飲みたくなったタテルとミク。拓郎は松山城へ向かう道の途中にある蜜柑ジュース専門店に2人を案内する。

  

そこには蛇口が20口ばかり並んでいた。まるで学校の手洗い場のようである。勿論ここから出てくるものも蜜柑ジュースであり、それぞれ違う品種が充てられている。

  

「こんなに種類があると迷っちゃいます」
「だな。まあ俺は既に2つ決めているが」
「せとかと果試28号だろ」
「おい、何でわかるんだい」
「舌が肥えているから。その2つは特に高級品だ」
「バレバレなんですよタテルさん」
「ミステリアスの称号が廃るぜ」

  

蛇口の上にあるカップにジュースを満たし、穴の空いた板にセッティング。各々3種類を選択して会計に向かった。蛇口の並びもそうだがこの店は学校をモチーフとしており、机と椅子も教室に置いてあるそれである。

  

まずは大本命の愛媛果試第28号(400円)。いわゆる紅まどんなであり、高級蜜柑として昨今注目を浴びているブランドである。雑味のないクリアな甘みで、蜜のようにするっと入る。
せとか(320円)もまた、「柑橘の大トロ」と形容されるだけあってものすごい濃い味。甘みも濃いし酸味のアタックも強い。
少しは手頃な品種のものも学んでおきたいということで、たまみ(250円)。これが穏やかでバランスの取れた果実味であり、特別感は無くとも飲み応えのある品種である。

  

「なんか習字飾ってありますね」
「名前がちびまる子ちゃんのクラスメイトだ。でも知らん奴もいるな」
「メンバー全員の習字でも飾ってみます?」
「いいね。お題は『新しい蜜柑の品種が誕生。その名前は?』で」
「大喜利させる気ですか?」
「ご自由に。あ、そろそろホテルに行かないと」

  

2人はこの後少しばかり遠出をする。大きな荷物を下ろして身軽な状態で向かいたいが、本数が非常に少ないため逃す訳にはいかない。大街道アーケードを南進し曲がり角に辿り着くと、そこにはいかにも人気そうなジューススタンドがあった。数百m歩いただけで汗ばんでしまうふくよかなタテルと拓郎は再びジュースを欲する。
「時間ないですからね。飲みながら行きますよ」
「わかってる。よし、清見タンゴールのジュースにしよう」

  

蜜柑とオレンジを掛け合わせたタンゴールの代表格。蜜柑の穏やかな甘さとオレンジの力強さを良いとこどり。優しくて雑味の無い甘みが暑い夏の喉には最適である。ちなみに先程登場したせとかは清見にアンコールとマーコットを掛け合わせたものである。
「タテルさんは甘い柑橘が好きなんですね」
「柚子や文旦とかも好きだけどね。蜜柑と聞くとじゅくじゅくした果肉のプリっとした甘みが最上に思える」
「贅沢やな。ほなじゃ俺はこの辺で」
「え?もう帰っちゃうんですか⁈」
「俳人仲間とスシロー宴会、からのコンビニ飯パーティーがあってな。どうせ君たちは高い飯食うんやろ」
「まあな」
「羨ましい。奢ってくれてもいいのに」
「まあ明日は奢りますから」
「頼んだ」

  

拓郎と別れ、荷物を置いて少し休憩するタテルとミク。30分もしないうちに再集合して大街道の停留所まで歩いていく。松山市駅を経由せずJR松山駅に向かう電車に乗り込んだ。先程乗った車両とは違い現代的な内装。先頭のこじんまりとした席に座って行く先の景色を眺めた。

  

松山駅の周りは、市代表駅とは思えないくらい寂しい。路面電車乗り場からJR構内までは地味に遠く、歩くだけで暑くなって駅ビルに逃げ込んでしまう。

  

遠出の目的地は下灘駅。予讃線の、向井原から分岐する通称「愛ある伊予灘線」にあるフォトジェニックな駅であるが、そこへ向かう列車は1日10本も無い。そして交通系ICが使えないため、慣れない券売機で切符を買おうとするが、正しく購入する自信が湧かない。
「窓口で買いません?」
「そうだな。そっちの方が確実だ」

  

窓口にて無事に乗車券を購入。ワイドで大きい乗車券に安心感を覚える。そしてホームに上がると、年季の入った気動車がこじんまりと待ち構えている。
「こんな電車初めてですよ」
「だろうな。これ『電車』じゃないから」
「え⁈どういうことですか?」
「電気を使わないから。下灘の辺りは電化されてないからね」
「そう考えると特別感湧いてきますね。都心じゃ絶対に味わえない」

  

松山駅を出発。先頭のスペースを陣取り車窓を眺める。次の駅は、フェス会場である松山中央公園がある市坪。そして向井原の分岐を過ぎるといよいよ伊予灘へ近づいていく。

  

下灘の1つ手前である伊予上灘では地元民らしき人が大量に下車した。その際やたらと芳しい燻の香を感じたのだが、その正体はお隣高知の名産・鰹の藁焼きであった。後で調べてみると、伊予市は花かつおはじめ削り節の生産量が1位とのことである。

  

松山から1時間弱、漸く下灘に到着。案の定乗客の殆どが下車し、ホームにも既に多くの観光客が待ち構えていた。

  

線路の縁石の先には何も挟まず海が広がる。正確には間に国道378号線を挟んでいるが死角になっているため、駅と海が地続きのように見える美しい風景が出来上がっている。ちなみに波打ち際の方へ降りていくには遠回りする必要があり、僅か30分の滞在時間では困難である。

  

すっかり有名観光地となってしまい、国内外から多くの人が訪れオーバーツーリズムとなっている。そのためJRから委託された職員が全校朝礼の校長のように注意喚起を行っている。お陰で線路に無断侵入するような人は見られない。

  

ミクは自慢のカメラで写真撮影に勤しむ。人が多いため思うようには撮れず、辛抱強く好機を窺う。一方で人の多さに辟易したタテルはそそくさと店屋に向かいたい。

  

「古民家カフェみたいなとこがある。ここで落ち着いて景色眺めたい」
そう言い残して駅を後にするタテル。細道を少し進むと現れる古民家では土産物と蜜柑ジュースを扱っている。やっぱり暑いタテルははるかとなつみのジュースを注文した。本日3度目の蜜柑ジュースである。

  

古民家の2階へは靴を脱ぎ、急な階段をジュースを溢さぬよう気をつけて上る。穴場らしく他に客はいなかった。正しく民家の和室であり寛ぎたいところであったが、冷房が点いていなかったため暑い。窓に張り付いて風を求める。

  

目の前には大きく民家が立ちはだかっているが、奥には確と麗しの伊予灘が広がっており悪くない景色である。

  

時間がないためジュースを飲む。日向夏から派生した黄色い蜜柑のはるか。甘味の輪郭を捉えるがグレープフルーツのような苦味ががつんとくる。後味は酸っぱいというよりスパイシーである。
なつみはカラマンダリンとポンカンを掛け合わせたものであり、王道の濃い蜜柑ジュース。しかしポンカン由来か、こちらも後味はスパイシーである。それだけ果実をふんだんに使っている証である。

  

ミクが撮影を終えてやってきた。何とも古民家に似合うワンピース姿であり、SNSで被写体モデルの写真を見ることが趣味のタテルはグラビアの撮影をしたくなる。
「カメラ持ってくれば良かったな」
「持ってないですよねタテルさん」
「バレたか」
「いつも仰ってますよね、カメラも手帳も時計も要らない」
「全部スマホで賄えるから」
「その考え方、些か寂しいです。スマホじゃ出ないですよこの写真の質感は」
「わからん。なぁ、スマホで夜景を撮ると街灯の光が反射して緑の邪魔な玉みたいなの出るじゃん」
「わかりますよ、ゴーストですね」
「あれってデジカメだと入らないものなの?」
「ん〜、まあスマホよりかは抑えられますね」
「そうなんだ。まあ1台くらいなら、持っておくか」

  

駅に戻ると相変わらず多くの観光客がベンチ待ちの列をなしていたが、2人もそれに接続する。タテルはミクのカメラを借りて、ベンチに座るミクの写真を撮る。しかし後ろからの圧を勝手に感じてしまい、短時間で済ませよう済ませようとだけ考えてしまう。決して会心の出来ではなかった。
「難しいな。もっと集中して撮りたいのに」
「シャッターチャンスは一瞬です。呑気なこと言ってたらアウトですよ」

  

松山行きの列車が到着した。夕焼けを見ずに去るのは後ろ髪を引かれる思いだが、極上の夕餉が松山で待ち構えているため前を向く。

  

「ん?この景色、画になるぞ!」
ミクの後ろの窓が少し空いていた。伊予灘は相変わらず間近にあり、涼しい風に癒されるミクの座り姿がまた美しい。タテルは堪らずカメラを構え、一瞬を逃さぬよう全集中してシャッターを切った。
「美しい!タテルさん素晴らしいですよ初めてでこんな写真撮れるの」
「マジか。夢中になってたから何も覚えてない」
「これどこかで使いたいですね」
「ならえひめフェスのポスターにしよう」
「良いですね。ちょっと恥ずかしいですけど」

  

そしてタテルは写真に添える俳句を考える。ミクのことを盛り込むことも考えたが、あまり欲張ると十七音に収まらないため、伊予灘と列車の描写に専念する。

  

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伊予灘の涼風注ぐ汽車の窓

  

愛媛県各地の至る所にポスターが掲げられた。麗しの伊予灘とミクの横に、タテル渾身の一句が添えられた。フェス当日も、会場入口にでかでかと掲げられ、記念撮影をしようと多くの来場者が列をなした。青春18きっぷのポスターに採択してほしい、との声も多数寄せられ、実際にJR四国の内部でも検討されている……かどうかは知らない。

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