女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・タマはおちゃらけヘタレキャラのイメージが定着していたが、大人っぽい趣味を欲するようになっていた。TO-NAプロデューサーのタテルから助言を受け、2人でアド街出演を目指して街歩きをやってみることにした。
初回の舞台は秋葉原。電気街やオタク文化で発展し、タマがアイドルに、タテルがアイドル好きになるきっかけを与えたAKB48の本拠地を、歴史の移り変わりを噛み締めながら歩いてみる。
タマは高校卒業と同時にTO-NAの前身・DIVerseに加入した。案の定忙しい日々が始まり、メンバーはとても仲良しで休日も一緒に過ごすのが当たり前となっているから、1人で劇場に行くなんてことはそうそうできない状況であった。いつの間にかAKB48のメンバーは入れ替わり、古参メンバーも次々と卒業して知らない人ばかりの集団になっていた。新たに知ろうにも労力を割けず、自然と興味は薄れていったのである。
「末永く続ける、末永く愛する。口では言うけど難しいものだよね」
「何ででしょうね。あの頃は本当に熱中していたのに」
「時の流れとはそういうもの。秋葉原から家電屋やコミック店、さらには万世のビルまで消えるなんて、誰が思ったか」
とはいえ2人は全くAKBに興味を失った訳ではない。推していた当時に思いを馳せるうちに、AKBの現在地を確認してみたくなったのである。そこで2人は公演チケットに応募してみる。タマは当時と同じく女性枠を使わず、タテルと共に一般枠での応募である。
結果、タマだけが当籤した。全盛期と比べれば人気は下火になったものの、キャパ250人の劇場公演は未だ数十倍の当籤倍率となっているらしい。タマが当たっただけでも運が良かったと言えよう。

公演は土曜日の夕方に開演するが、タテルもそれまで同行して街探検をすることにした。まずは日比谷線秋葉原駅から地上に出て昭和通りを歩いてみる。
「全然秋葉原って感じしないですね」
「この通りは国道4号線。日本橋を起点に、昭和通り、日光街道と続いていく大動脈だ」
「車のための道なんですね」
「だな。チェーン店が集まる一方、個性のある店は立ち並びにくい」
そんな無個性に思える昭和通りのロードサイドにて気を吐くカレー店を訪れてみる。カレーは飲み物だと宣う別のカレー店の先に小さな入口があって、階段を上って2階にスパイスパレットがある。休日の昭和通り沿いということもあってか、5割程度の客入りであった。
基本メニューはチキンカレーと合い挽きキーマカレー、およびその両方を盛ったもの。2人とも欲張りであるため両方盛りを注文した。

注文して間も無く出てくるスープ。クリーミーなトマトスープだが、フェンネルシード等のスパイスが入っている。
「うーん……」
「顔歪めるなよ」
「だって独特なお味なんですもん」
「タマには早かったか。甘くて独特な味ってそうそう無いからな」
「この味わかんなくても大人にはなれますよね?」
「なれるさ。俺のオカンは未だに春菊食えない」
「私も春菊苦手です。安心しますね!」
「安心するな。嫌いの感情は誇るもんじゃない」

カレーがやってきた。キーマカレーは挽肉の旨味が兎に角感じられる。青唐辛子やカルダモン、クミンも入っているが、全体としては素材に忠実な味わいで良い。
チキンカレーは個性的な味。ピーカンナッツ等を想起させる円やかな入りだが、後からスパイスの辛さが沸き立つ。チキンは軟骨みたいな部分もあって食べ応えがあった。
副菜も3種類載っていて、混ぜ合わせて食べるよう言われる。カトラリーはスプーンのみの用意なので、たしかに単体で掬おうとすると難しいし、そのままだとストレートに辛い。カレーライスに混ぜ込むことによって味の面でも運用面でも良い塩梅となるものである。
「カレーを混ぜ混ぜすると混沌になる。その混沌が今の秋葉原という街であり、今のAKBに世間が抱くイメージである。そこに何かを見出すには力が必要だ。ただ力を出して何かを見出せた暁には、見識を深め自己の成長を自覚できることだろう」
場所を例のフルーツパーラーに移して公演まで時間を潰す。5回目の来店ではさくらんぼのパフェを食べるつもりであったが残り1個であったため、公演に当たらなかったタテルが貰うこととした。

サービスドリンクはなんだかんだでパインジュースを選択した。ジュースにすると尖った酸味が抑えられクリーミーな甘みとなる。やはりパイナップルは加工してなんぼの果実なのだろう。
知名度の高い人気メンバーの卒業が相次いだAKB48が明確に曲がり角を迎えたのは2019年頃であろうか。年明け早々NGT48で騒動が発生し、土曜のゴールデンタイムにテレビ中継され注目度の高かった総選挙が実施されなくなり、冠番組である『AKBINGO!』が終了、2020年からのコロナ禍で武器としていた握手会が廃れた。新曲をリリースしても音楽番組に呼ばれなくなり、AKB48の存在感はすっかり薄れてしまった。
それでも魅力が損なわれた訳ではないはずだ。2人はスマホで現役メンバーの一覧を眺めてみる。
「今の子たち、結構ビジュ仕上がってない?」
「思いました。みんなキュルキュルしてます」
「だよな。前々から好きなのはゆいゆい、気になってるのはえりい。シンプルに美人だし」
「私この子気になります。長友彩海ちゃん」
「俺も何となく気になってた。あとはやっぱり、いとももだよな」
「ああ、最近ちょこちょこテレビで見かけます」
「あの子はAKB復権の立役者になるかもしれない。なってほしい」

さくらんぼパフェがやってきた。3段にわたって外堀を埋め尽くすさくらんぼの実。下にも実が入っているので30粒以上摂取することになる。人生でこれほどの量のさくらんぼを一度に食うことなどそうそう無い。タマは羨ましくなって5粒程タテルから分けてもらった。
高級な印象があるが味は控えめなさくらんぼ。それでも個性を探して味わってみると、皮の野生みが面白いことに気付くものである。マクロな視点で観察すると、やはり果肉がジューシーであり、何も考えなくても贅沢な気分になるものである。外堀の果実には種が残されているため、種を入れる用の小皿を出してくれるたらありがたかった。
パフェに含まれるさくらんぼアイスは一転して甘美な味が濃ゆく表現されている。下にはヨーグルトアイスと、種が取り除かれた果実。皮は張りがあり中身は潤いを得てリッチな味わい。

一方でタマが食すのは、こちらもスタンプラリー対象の桃パフェ。外に出ている桃はシャクシャクッと解れ水分が溢れ出す。甘さはあるがすごい甘い訳ではない。
「良い桃って青さがあると思うんだよね」
「青さですか?」
「八百屋の匂いがするというか」
「わからないですね」
桃アイスは例によって果実味が濃ゆくて美味い。そして上の果実を全て食べ尽くし、下のヨーグルトアイスに浸かった方を食べてみると、タテルの主張する八百屋の青さを感じた。
「マジか。下の方がそうなってるとは」
「びっくりしました。本当に八百屋さんっぽい感じで」
「果実そのままだと水分量が多いところ、ヨーグルトが水分と馴染んで良い加減になるのかな」
「わからないですけど、タテルさんが言うならそういうことで」

開演時間が迫ってきたため、ドンキに移動する2人。


この日の劇場ロビーは観覧者のみの入場だが、1階のエスカレーター乗り口にAKBメンバーの写真が飾られている。
「20周年イヤーでレジェンドOGがステージに立ったのは盛り上がったよね」
「ヘビロテや恋チュンとか、今でも口ずさみますよね。AKBが歩んだ足跡は偉大ですよ」
「観たかったな公演」
「私が観戦してる間ってどうするんですか?」
「メイドカフェに行く」
「へっ⁈」