連続百名店小説『東京街歴史探検部〜秋葉原〜』Knowledge 9「愛しのAKIBAは……」(眠庵/岩本町)

女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・タマはおちゃらけヘタレキャラのイメージが定着していたが、大人っぽい趣味を欲するようになっていた。TO-NAプロデューサーのタテルから助言を受け、2人でアド街出演を目指して街歩きをやってみることにした。
初回の舞台は秋葉原。電気街やオタク文化で発展し、タマがアイドルに、タテルがアイドル好きになるきっかけを与えたAKB48の本拠地を、歴史の移り変わりを噛み締めながら歩いてみる。

  

メイドカフェ帰りのタマと待ち合わせて、タテルは須田町の蕎麦屋に向かう。今日の今日だから予約取れないだろうな、とダメ元で電話したら奇跡的に予約が取れたのだと云う。
「楽しかったですメイドカフェ!可愛くてお話も上手で」
「だろ。女性客多かっただろ」
「半分以上女性でしたね。全然想像と違いました」
「俺も色々通ってみようかな。クラシックなキュアメイド、レジェンドのいるあっとほぉ〜む」
「アキバなら異世界メイドがお給仕したって問題ないよねっ!っていうのもあります」
「なろう系だな」

  

アキバの喧騒から離れ、どう考えても民家への入口としか思えない径へ入っていく。引き戸をがらがらと開け、靴を脱いで上がる。
「ん?なんか臭う。タマ、ちゃんと足洗ってる?」
「何言ってるんですか。私の足はフルーティな香り!」
「ご冗談を」
「やめてください。しかも今日は新品の靴下履いて来てるんです。臭うわけがないですよ」
「じゃあ俺の足が臭いんだな」
「……はい」
「おかしいな、ちゃんとフットブラシで洗ってるのに」

  

これから食事をする人とは思えないような会話をしながら席につく。蕎麦前に色々摘みを注文するのだが、この店の名物は豆腐である。
「すみません、豆腐は売り切れなんですよ」
「オーマイガー。楽しみにしてたのに」

  

それでも気になる摘みは沢山あるため、色々注文して期待を高めた。暑かったのでクラフトビールで乾杯する。お通しはおから煮。健康食品というイメージを超越して、豆の旨味がかなり濃くて心地良く、豆腐への期待も高まるものであった。まさかの売り切れが悔やまれる。

  

甘えび味噌も切り替わりの時期で蟹味噌になった。ビールは臭みを際立たせてしまうので放置して、日本酒と合わせて食べる。
「AKB劇場もメイドカフェも楽しかった。この歳になってまたアキバを堪能するとは夢にも思いませんでした」
「良い街探検になったな」
「劇場はなかなか行けないですけど、メイドカフェにはメンバー連れて行こうかなと思います」
「良い心がけだ。世界観の作り方、パフォーマンススキル、話術。どれをとってもTO-NAの活動に役立つと思う」
「オタ芸も極めたいですね」
「あれだけは止めろ。首とかいわしそうで怖い」
「大丈夫ですよ。準備運動してからやるので」
「何の役に立つんだ。どっかでゲリラ的に披露して、その一回は盛り上がっても後が続かない」
「恒例行事に仕上げてみせます。私はオタクなので!」
「はいはい」

  

牛肉と大根のバーボン煮。牛肉は硬めだがパサつかない程度に煮込まれており、バーボン煮にしたことにより大根の旨味が詰まっている。少し明るめな柚子胡椒のアクセントも素晴らしい。

  

タマはとある曲の歌い出しを口遊む。
「愛しのAKIBAは石丸・ソフマップ……」
「ああ、アキバとAKBの紹介ソング的な」
「そうです。でも石丸は無いですもんね」
この曲が制作されたのは2007年。秋葉原の名所の名前が数多歌詞に盛り込まれているが、2026年現在では半数近くが閉店している。歌い出しだけでも石丸、ロケット、サトームセンは閉店しているしソフマップはビックカメラ傘下に入った。秋葉原らしさを誇っていたニッチな店は、大手量販店の進出と通販サイトの普及により続々と姿を消していったのである。

  

さて、タテルはビールを完飲し日本酒を追加した。静岡県の地酒を揃えているのだが、ワンオペで忙しく動く店主は静岡の人ではないらしい。

  

作りたてほやほやの蕗味噌があるとのことで戴くことにした。蕗特有の苦味は確かにあるのだが、出来たての何と明るきこと。お子ちゃま舌のタマでも春の訪れの歓びを察知した。
「苦味が美味しいと解るようになった。タマもひとつ大人になったようだな」
「それは嬉しいですね」
「嬉しいこととは限らない。大人になるということは、大人しくなるということでもある。子供の頃のやんちゃは最早できない。そして秋葉原も似たようなことになっている」

  

青果市場の跡地にUDXやダイビルといった高層ビルが建ち、秋葉原にも新宿や丸の内といったオフィス街の一面が生まれた。さらに外国人観光客の増加により、どこにでもあるチェーン店や免税店、外人ウケを第一にした店が軒を連ねるようになると、マニアックでどこかアングラなアキバというイメージは年々薄まっている。

  

出汁巻き玉子。素朴に見えるが出汁がたっぷり含まれており玉子もふわふわ。とても美味である。
「こういう温かみを奪うのが再開発というものだ。林立するビル群にも趣はあるけれど、スタイリッシュすぎる店と外資系ホテルばかり入居する。開発の仕方が似たり寄ったりで個性が無いんだ」
「タテルさんの好きそうな飲食店とか、沢山入っているイメージですけどね」
「そうとも言えないな。地方の味を東京で、みたいな店なら応援するが、都内の一流店を口説き落として出店させられても俺はなるべく本丸に行くし。地域に根ざした、伝統のある店、流行りに迎合しない個人店、そういう店が重宝されてほしい」

  

クリームチーズとカマンベールの味噌漬け。これはもう、間違うことのない酒の摘みである。

  

そしていよいよ蕎麦を拵えてもらう。蕎麦を頼まない人は席料を取られてしまうが、この店を訪れておいて回避する人はまず居ないと思いたい。産地の違う二種もりに大概惹かれるものである。

  

蕎麦を茹でるタイミングになると店主の仕事量も減り、世間話を仕掛ける隙も生まれる。店主は昼間よく秋葉原を散歩するらしく、街並みの変化について問うてみる。
「外国人が本当多くなりましたよね」
「そうなんですよ。異国みたいですよね」
「街並みもだいぶ変わって。オタクの街、って感じしなくなりましたよね」
「少なくなりましたよね、専門店みたいなの」
「土産屋にチェーン店、ゲーセン、ガチャガチャ。どこにでもある店ばかりですよね」

  

最初は栃木県産の蕎麦。太くぬめりのある仕上がりで、ワシワシとした食感を楽しめる。蕎麦の香りは強い訳ではないが確かにあり、咀嚼する中で感じ取れる。

  

つゆを少し含んでみると、雑味のない真っ直ぐな魚の旨み。つゆや薬味の追加はできないが、タテルはちょいと浸すくらいにしか使わないので何の問題もない。

  

「でも秋葉原ほど、色を幾重にも変えた街って無いと思いますよ」
「確かに。原っぱから始まって電気街、オタクの街、からのインバウンド御用達街。そのOS上に青果市場やメイドカフェ、AKBといったアプリケーションも備えている」
「OSとか言われてもわからないんですけど、タテルさん」
「大体わかるだろ」
「秋葉原という街は、色々な可能性を秘めていると思うんです。今は外国人がマリオカートで走り回る街ですけど、次また何が流行るか想像してみると楽しいかと」

  

次は宮崎県産の蕎麦。こちらは蕎麦の香がより穏やかでありながら、太さと歯応えのお陰で味が解りやすい。

  

摘みと蕎麦を堪能して店を後にする。古風な雰囲気でありながらクレカ決済に対応しているのは有り難い。
「秋葉原の未来か。インバウンドの勢いはコロナ禍でもない限り衰えなさそうだな」
「外国人人気を考えると、回転寿司とかラーメン屋さんとか増えるんですかね」
「体験型施設も増えるかもね。アニメの世界観を再現したりとか」

  

色々考えながら歩いていた時、地下のワインバーから女性の集団が出てきた。その中心に居たのは、紛れもなくタマ憧れの「にゃん」であった。

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