連続百名店小説『東京街歴史探検部〜秋葉原〜』Knowledge 4「おたくはいつからオタクなの?」(鳥つね自然洞/末広町)

女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・タマはおちゃらけヘタレキャラのイメージが定着していたが、大人っぽい趣味を欲するようになっていた。TO-NAプロデューサーのタテルから助言を受け、2人でアド街出演を目指して街歩きをやってみることにした。
初回の舞台は秋葉原。電気街やオタク文化で発展し、タマがアイドルに、タテルがアイドル好きになるきっかけを与えたAKB48の本拠地を、歴史の移り変わりを噛み締めながら歩いてみる。

  

この日の秋葉原探索は末広町駅からスタートする。そもそもアキバというエリアは秋葉原駅だけのものではなく、昔から末広町駅は電気街への最寄駅の1つとして周知されていた。昭和通りに追いやられた日比谷線秋葉原駅よりも、中央通りに構える銀座線末広町駅の方が、皆の想像するアキバの賑わいの近くにある。
「タテルさんって電車お詳しいですよね」
「それほどでもないよ」
「乗換検索使わなくてもすぐルート導き出すじゃないですか。羨ましいですその能力」
「まあ小学生の頃、ゲームでのハンドルネームで『でんしゃおとこ』名乗ってたくらいには鉄道好きだな」
「ドラマですよね」
「そうだよ。よりによって鉄道好きのためのゲームで『でんしゃおとこ』名乗っちゃってさ」
「自分でハードル上げてますよね」
「爆笑問題みたいなやり口。大した鉄オタじゃないよ俺」

  

タテルも思わず名乗りに使ってしまったくらい、『電車男』という作品は世間に強烈な印象を残した。他人と話すことが苦手な童貞の主人公がひょんなことからエリート美人と近づき、インターネットの掲示板に張り付く住人達が2人の交際を応援するというストーリー。この主人公は所謂アキバ系オタクであり、電車男は「秋葉原=オタクの街」というイメージを確固たるものにした作品と言えるだろう。

  

「俺はオタクじゃないから、中心には行かないでちょっと御徒町寄りに行きます」
「立派なオタクですよタテルさんは。レストランオタクです」
「サブカル以外にオタクは使わない」
「そうですか?」
「元々はアニメとか漫画とかの愛好者を指す言葉のはずだ。何でもかんでもオタクと呼ぶのは雑すぎる、マニアとかで良いだろ」

  

レストランマニアのタテルがタマを連れて訪れた店は、親子丼の名店「鳥つね自然洞」。行列店のイメージがあるが、木曜日の11:40で席には余裕があり、12時を回っても待たずに入れるくらい空いていた。2人は1階カウンター席に並んで座る。
「ここは12年ぶりだな。高校生の時にオトンと来て以来」
「高校生が来る店じゃなさそうですけど」
「そん時は上親子丼食べた。特上を食べてみたかったのだが」
「贅沢ですよ。私は普通の親子丼で大丈夫です」
「えらく控えめだな。いつものタマならキュルキュルの眼で特上くれとか言い出しそうなものを」
「タテルさんの前ではできないです」
「じゃあ俺は期待通り特上を頼むとしよう」

  

限定20食の特上親子丼。その場ではタテル含め3人が注文していた模様である。口コミによると13時以降の来店では確実に売り切れ、12時台のピーク前に訪れるのが安全、のようである。

  

「タマはいつAKBのファンになった?」
「3歳の時です」
「待って。2004年生まれだろ、それで3歳だから2007年……全然無名の頃じゃん」
「あれ、違うかもしれない。『10年桜』聞いて好きになったから…」
「2009年だ。5歳が正しい」
「ごめんなさい、また変な早とちりを」
「それでもだいぶ出会うの早いな。俺なんてヘビロテが出た頃、流行りに乗っかって好きになっただけ。タマの方が全然オタだ」
「やっと認めてもらえた」
「悔しいが認めざるを得ない」

  

親子丼の提供までは10分かからないくらいである。上親子丼までは黒いプラッチック製の丼だが、特上は陶器の丼に盛られる。わかりやすすぎる格差社会である。卵は赤玉で、黄身は通常の鶏肉よりも赤みが濃く、血合いも丁寧に除去されていた。黄身の味がとても円やかであり、鶏の出汁と相まって、控えめな姿勢の中にも甘みが確と感じられる。
「卵だけでも飯が進むね」
「そうですね……卵かけご飯ってご存じです?」
「俺そういうの食わないから。普通の生卵とご飯が醤油で纏まると思うか?こういう黄身の濃い卵はお出汁を合わせて初めて飯として成立する」
「また屁理屈を」

  

鶏肉は濃い赤みの箇所や白い箇所等が混在している。正直なところ、鶏肉にしては少しクセがある。ただその分味が詰まっていて、活発に生きていたんだろうな、だからこの命は一層有り難く頂戴しよう、という気持ちにさせてくれる。しっとり柔らかく仕立ててあるのがやはり熟練の技である。

  

鶏出汁スープも余計な調味がなくさっぱりと旨い。
「そういえばタマってアニメも好きだよな」
「大好きです。涼宮ハルヒの頃から」
「アニオタでもありドルオタでもあり」

  

多摩地方住みであったが、秋葉原で放課後遊びたいという理由だけで台東区内の高校に進学したタマ。飲食店でバイトして稼いだ金でアニメのグッズを買いAKBの推し活にも勤しんだ。行きつけのアニメショップでは名物客として店主と顔馴染みになり、AKBの劇場公演には3年間で50回も通った。
「ガチオタじゃないか。俺なんて劇場は1回だけ」
「行っただけでも十分立派ですよ」
「タマには敵わんな。よし、ここからはタマに引っ張ってもらおう!」
「えっ⁈私が⁈」
「そうだ。地理は俺の領域だけど、サブカルはタマにおまかせ」
「できるかな……」

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