不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』三春「苺」晩春「ブロンクステラス」(“Bar,C/門前仲町)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

サンルーカルバーに向かう1回目のチャンスはとある日曜のことであった。1週間前に電話で14時での予約を取りたいところであったが、生憎ソラマチでのミニライヴと重なり出遅れてしまった。当日に空いてそうなタイミングを狙って電話し席を確保してもらう作戦に切り替える。

  

タテルは17時にイベント『ワタナベクエストⅤ』を控えていたため、15時を狙い目とした。神楽坂を散歩しながら良い頃合いを見極め電話をかけたが、見事に満席であり退店しそうな客もいないとのことであった。1回目のアタックは失敗に終わった。

  

しかしバーに行く気分が出来上がっていたタテルは、クエスト終わりに近くのバーでカクテル俳句を詠むプランを策定した。舞台である門前仲町で一番有名であり、カクテル歳時記作りで何度もお世話になっている「OPA」は日曜定休であったため、もう1軒名の通っていそうなバーに向かうこととした。タテルはクラゲを一旦TO-NAハウスに帰らせ、クエストが終わりそうなタイミングで呼び戻すことにした。
「タテルさん、今日は何クエストしたんですか?」
「仔鹿。鹿といえば北海道のイメージが強いけど、本州でも獲れるんだな」
「へぇ、食べたことないですね」
「俺も骨付きの部位を食ったのは初めてだ。ワタナベクエストでしか味わえない経験だ」

  

そのクエストの舞台から2分くらい歩いた場所にバーがある。OPAと比べると照明は暗くインテリアも荘厳。会話の声以外聞こえない静謐な空間が広がっている。
「久しぶりに旬のフレッシュフルーツカクテル、いってみる?」
「そうですね。確かに久方頼んでいなかった」

  

秋葉原で3種の苺パフェを食べたり焼津のフレンチで桃のような香りの苺と出会うなど、苺がマイブームとなっていたタテル。苺をラムと合わせたカクテルを拵えてもらった。苺のフレッシュな味わいをラムの甘みがリッチにする。

  

さて、季語は「苺」なのだが、俳句においてそれは夏の季語である。温室栽培が普及した現代日本においては春の定番フルーツであり、直感との食い違いが発生している。ただカクテル歳時記は現代に始まった営みであるから、従来の歳時記と毎度毎度足並みを揃える必要は無く、2人は三春の季語に分類した。

  

暗闇に艶光らせる苺かな
自解:バーでは旬のフルーツをカウンターにディスプレイすることもあって、その中でも苺は艶が段違い。お洒落な空間に鎮座する苺は、日常では見せない官能的な一面を見せている。

  

「確かに洒落た情景ですよね」
「盛岡のバーで見かけたんだ。こんな良い苺を酒にする、なんて贅沢な」
「でも『暗闇』が漠然としているんですよね。バーの暗さのつもりで述べたのだと思いますが、例えば夜の苺農園とか、皆が寝静まった家の台所とか仏壇とかに置いてあるパックの苺とか」
「バーであることは言った方がいいな」

  

バーの闇に艶光らせる苺かな
「やっぱり『闇』が引っかかるんですよね」
「そうだな。ちょっと大袈裟な気がする。シンプルに『暗い』と言ってしまおう」
「あと中七下五が冗長な気がします。短く纏めて情報を足した方が良いと思います」
「苺の艶光る……」

  

バーカウンター暗し苺の艶光る

  

「苺がディスプレイされている場所を明確にした」
「これなら情景が思い浮かびますね。十九音で字余りなんですけど調べは悪くないと感じます」
「上五を余らせて中七で句またがりとみても、バーカウンターと苺の2フレーズを衝突させた格好とみても自然だな」
「暗い中に苺の艶という明るいポイントがある。カクテル俳句の世界観に寄り添った美しい句ですね」

  

次はクラシックカクテルの句を詠むこととする。クエストで腹一杯食べてきたタテルはバーテンダーに、ジンベースのドライなカクテルでマニアックなものをリクエストした。

  

出てきたのはブロンクステラス。ブロンクスからスイートベルモットやオレンジジュースといった甘さ要素を抜き、ライムジュースの酸味を追加。ドライベルモットとジンによるさっぱりとした緑色の味が五臓六腑を癒してくれる。

  

「よくよく考えてみたらマティーニと似てるじゃん」
「そうですね。ベルモットの分量が多いのとライムジュースが入る点以外は一緒です」
「マティーニよりも緑を感じる」
「緑の街……」
「小田和正さんの曲じゃん」
「いや、知らないですけど何となく思いついて」
「忘れられない人がいる どうしても会いたくて……」
「素敵そう!調べてみますね」

  

別れた人に会いに行けとブロンクステラス
自解:小田和正の楽曲『緑の街』から着想。緑の風は来る夏からの報せ。別れた恋人に会いに行け、という報せ。
「まずはストレートに散文を書きました」
「大事な作業だ。自分の思っていることを整理できるから」
「ここからどう詩にするか、ですね」

  

果てし恋探さんブロンクステラス
「終わった恋をまた始めるべく、元恋人を探す旅に出ようとしている様子を述べました」
「なるほど。とりあえず伝わる形にはなった。だが調べがぎこちない」
「難しいですよね、季語が8文字というのは」
「そうなんだよな。語順を変えたらどうだろう?」
ブロンクステラス果てし恋探さん
「ああ、確かに調べが良いです」
「先に季語の塊を持ってきた方が整うんだよね。上五字余りに持ち込むこともできるし」
「そうなると、助詞を補った方が良いかもしれない」

  

ブロンクステラス果てし恋を探さん
「これでどうでしょう」
「いやぁ、もうちょっとやれるだろうな。ブロンクステラスと終わった恋の足跡を辿ることの関係性があまりにも見えてこない」

  

ここでタテルは次の酒を挟む。バーカウンターには立派なテキーラのボトルが立ち並んでいるが、それは飾りでありテキーラの品揃え自体は普通らしい。

  

それでもパトロンのレポサド(2ヶ月以上1年未満樽熟成)を得た。アガベらしさを感じつつ、蜂蜜のような熟成香を覚える。

  

「さっき『風』って言っていたの、どこへ消えた?」
「そうだ、風の報せであること言わないとダメでしたね」

  

ブロンクステラス果てし恋は風となる
「ほうほう。緑の街要素が反映されて詩情も増えた」
「良くなった実感があります」
「さっきから『果てし』が引っかかるんだよな。文語文法上間違いではないんだけど、現代人の感覚ではどうしても『ブロンクステラスが果てた』ように捉えられてしまう」
「となると……」

  

ブロンクステラス終りし恋は風となる
「送り仮名は『わり』が正式ですが、長くなるので『わ』は略しました」
「まあ『終り』であれば誤読の心配は薄まるだろうな」
「音数ネックも考えなくてよくなりますよね。上五字余りに持ち込めたので」
「上手いこといったな。あとは、やっぱりこの句を作った人に風を届けさせなければならない。今のままだと他人事に聞こえてしまうから」

  

ブロンクステラス終りし恋の風が吹く

  

「ああでもダメだ、風は吹くものだから『吹く』は要らないですよね」
「いや、ちゃんと役割ある。登場人物が確かにその風を受け止めている証になる。風を感じているから『吹く』というワードが出てくる訳」
「なるほど。無駄じゃないんですね」
「捨て石のような役割、と言えば良いかな。少し高等なテクニックだけど、いつでも『○○しない××があるなら持ってこい』が成立する訳ではないことを意識しよう」

  

3杯であったが会計は1人9,200円と少しお高めである。他の口コミを見ても2杯で6,000円を超えたりしており、ホテル並の価格帯のバーであるといえる。

  

「いやあ、クラゲの句は身に沁みるねぇ。京子と別れてから1年経つのかぁ」
「全然会ってないんですか?」
「会ってない。なんか忙しくしてそうだから連絡しないようにしてて」
「したら良いじゃないですか。美味しいラーメン屋さん2人で行って」
「してみるか」

  

口ではそう言うものの、連絡を取るつもりは毛頭ないタテル。考えることは今春残り1回しかないサンルーカルバーへのアタックについてであった。
「平日だよな。ワンチャン今日と同じく当日に空き状況たずねて行けば良さそうな気がする」
「大丈夫なんですかそれ?」
「大丈夫。俺の直感がそう言っている。信じてくれ」
「……まあタテルさんの直感なら、委ねてみますよ」

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