女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋
ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。
福井での映画撮影を終え2週間ぶりに東京に戻ったタテルとクラゲは、忙しさに感けてカクテル俳句作りを疎かにしていた。ただ美食を志すタテルは帰京してからも予約困難店巡りに忙しい。世界ベスト50に入るレストランでのディナーの後、東京プリンスのバーでクラゲと落ち合う約束を何とか取り付けた。
食後、レストランの店員がタテルに話しかける。
「あの、バーとかご興味ございます?」
「あ、はい」
「3階に系列のバーがあるんですけど、良かったらご案内します」
「バーがある?」
「はい。当店に在籍していたスタッフが立ち上げたバーでして、当店の世界観を引き続きお楽しみいただけるかと存じます」
このレストランの料理を気に入っていたタテル。東京プリンスに行く約束がいとも簡単に揺らいでしまう。
「是非!」
この店員は偶然にも福井県の出身であり、福井での体験についてあれこれ喋ってひと盛り上がりした。そしてバーの中に入ると、殆どが常連であったり、バーの店員の知り合いで結婚式終わりの8人組がどんちゃん騒ぎしたりしていて肩身の狭い思いをする。まあ土曜の夜だし、こういう日があってもおかしくない。目くじら立てても詮無いことである。
「ごめんなクラゲ、急に場所が変わった。麻布台ヒルズに来られるか」
「了解です」
「ガーデンプラザのDだ。3階に上がってきて」
「わからなかったら電話します」
案の定道に迷うクラゲ。無理はない、一口に麻布台ヒルズと言っても主だった建物が7棟はあって、クラゲは日本一高いビルであるメインタワーに向かってしまった。マップを見て何とか軌道修正し、タテルの入店から30分くらいしてクラゲがやってきた。
「迷った?」
「はい。相変わらずビルが多すぎます」
「ヒルズってそういうとこあるからな」
「東京に戻ってきたんだなあって、痛感しますね」

イノヴェーティヴ寄りのフレンチが手がけるバーとあって、独創性の光るオリジナルカクテル・モクテルが揃っている。たとえばMizu Yokanというカクテルには、小豆とヨーグルトというどう考えても合わない両者が同居している。
「でも気になりますね」
「ちょうど福井の水羊羹に触れたことだし。それに福井出身の店員さんに導かれて来たんだ」
「運命感じますね」

サントリーのクラフトウォッカ「白」をベースに、ライスモルト(米麹?)や桜リキュール、小豆、ヨーグルト、卵白を合わせたカクテル。味わいはまさしく水羊羹であり、福井で食べたあの口溶けを思い出す。一方で米由来の凛とした感覚もある。
「洗練された1杯ですよね。東京らしい」
「ほっそい脚に浅いボウル。都会の洒落方だな」
「でも水羊羹の味を思い出せる。対比ですねこれは」
SODDEN FROGにて
東京の夜景とえがわの水ようかん
自解:東京で成功してタワマンに住むようになっても、ふるさと福井の味である水ようかんが沁みる。
「ふむふむ、えがわの水ようかんが故郷のアイコンという訳か。東京と福井を並べて、いつまでも故郷への想いを忘れない姿勢を描く。クラゲにしかできない業だ」
「その通りです」
「ただ『と』が気になる。これってただの並列なんだよね」
「そうですね。確かに並べているだけだ」
「流石に読者に委ねすぎかな。厳しい言い方すると無責任」
「もう少し両者の関係性を示してあげるには……」
SODDEN FROGにて
東京の夜景にえがわの水ようかん
「『に』にすることによって、夜景の前に水ようかんを差し出す画が浮かびます」
「いいね。俺は夜景にようかんの箱を翳してインスタ用の写真撮ってる画が浮かんだ」
「助詞ひとつでこんなに立体感が生まれる。俳句って奥深いですよね」

続いて選択したカクテルは「うめちこ」。麦焼酎いいちこに白胡麻を漬け、梅と煎り酒でひたすら旨味を足す。焼酎のドライなコンテクストに梅昆布茶のような味わい。後味には白胡麻の香ばしさが残る。

しかしここでタテルは重大なミスに気付く。このカクテルのベースは焼酎であるが、焼酎は夏の季語である。おまけに実としての梅(青梅)は仲夏、梅干や梅酒は晩夏の季語である。つまりどう考えてもこれは夏のカクテルである。
何とかしてこれを冬、せめて初春のカクテルにできないか。頭の中で議論を重ねるが納得いく理由付けはできない。夏のカクテル俳句を冬に詠むのはタブーである。
メニューをさらって他に冬のカクテルは無いか探してみたが、どうも冬に分類できるものがない。今冬最後のカクテル俳句作りは僅か1句のみで終了となってしまった。
「こうなったら仕方ない。俺も水羊羹で1句詠もう。理系らしい句ができそうなんだ」
SODDEN FROGにて
米がある水羊羹の組成式
自解:水羊羹の再構築ともいうべきこのカクテル。水羊羹の味を分子単位で解析してみると、実は米と似た構造があるのでは。
「分子レベルでの再構築はイノヴェーティヴの醍醐味のひとつ。まあこの店は分子ガストロノミーを標榜していないが、構造解析をしたい衝動には駆られた」
「化学には全く明るくないのでわからないのですが、めっちゃポエティックであることは伝わります」
「それは良かった」
「でも『米がある』という表現が果たして的確か、とは思います。『米に似た構造がある』と言いたいところ、省略したんですよね?」
「そうだね。圧縮した結果言葉足らずになったか」
「『米に似た』とするのは駄目ですか?」
「全部が似ている訳じゃないからな」
「難儀ですね……」
ここでウイスキーを挟むことにする。ジャパニーズウイスキーの品揃えが良い、とも言われていたので確認すると、イチローズモルトや嘉之介など有名どころもあるが、久住や許田というニッチなボトルもあって気になる。

大分の久住、sora2025。しっかりしたボディをベースに、ピートの効いたウイスキーである。ピートの奥に蜜のような味わいを覚える厚岸とはまた違った芸風である。
「綺麗に五七五に収めたかったけど限界があるな。上五字余りを発動させるか」
SODDEN FROGにて
水羊羹の構造式に米二片
「音数の都合で『組成式』としていたが、これはただ各原子の個数を記しただけ。各原子がどう配置されているかまで示しているのが構造式なんだ」
「六角形みたいなものありますよね」
「ベンゼン環だね。そうやって形を読者に想像させられる言葉が『構造式』。まるっと中七に組み込んで、下五を磨きたい」
「これだと単に米粒が2粒紛れたものだと受け取られそうですね」
「米に似た構造が2箇所ある、とはならないか。一回余らせてみよう」
SODDEN FROGにて
水羊羹の構造式に米の片鱗
「勿論これでは字余りも字余りで調べが悪い」
「『片鱗』をもう少し短く言いたいんですね。米っぽさを感じる。米の影がある…」
「そうか、これならどうだ」
SODDEN FROGにて
水羊羹の構造式に米の気配
「構造式を見たら、『あれ?これって米の一部?じゃあ米由来の材料用いて水羊羹を再構築できるんじゃない?』となったんだろうな」
「想像つきますね。字余りではあるけど母音で終わるからか気にならないですし」
「イノヴェーティヴの物語性も反映させた1句として、掲載に値する形になった」
気になるカクテルは他にも色々あり、カクテル4杯のコースも存在する。さらには世界的レストランの系列とあって食事メニューにも惹かれる。カクテルの創作性は強いが価格はバーにしては手頃であり、何度も足を運んでみたくなる。
「今冬はオリジナルカクテルばかりになってしまったな。スクリュードライバーや雪国とか、ウォッカベースのカクテルも色々あるのに」
「ホットカクテルもあるんですよね」
「暑がりには厳しいからクラゲにおまかせするよ。ああ、暫く映画の話もしなくなるんだな」
「続編書きたいですけどね」
「確かに。光子ちゃんと正さんの今後とか気になるね」
「幸せになってくれるのが一番だけど、試練も課さないと深みが出ないですし……」
「続編考えるのも楽しいけど、まずは撮った作品をPRして興行を成功させなければならない」
「そうですね。ヒットあってこその続編ですもんね」
「良い作品が撮れた手応えはある。全力で売り出すぞ」