フランス帰りのカケルは、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
第6章あらすじ
有名企業「サンクスインターナショナル株式会社」(通称:TI社)で若手女性社員・黒澤ユウカの過労自殺事件が発生した。社長の真黒は謝罪するどころか黒澤を甘ったれと批判し大炎上。さらに、あけぼの大学法学部教授の石竹が真黒の考えを全面的に支持し黒澤を中傷する投稿をしてこれまた大炎上していた。
カケルはTI社に対し「働いて5班」を、あけぼの大学に対し「休んで4班」を結成、真黒と石竹にじわじわと迫り罪を与える作戦を開始した。
*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。
しごでき学校は潔かった。証拠を突きつけられた以上、無用な抵抗はただ世間の人々を嫌な気持ちにさせるだけである。当然TI社の太いパイプは断たれ、世間からの印象も地に堕ちて、しごでき学校の経営は沈んでしまう。どうせ沈むなら清く沈む。最後は確と理念を全うして、しごでき育成学校は腹を切った。
一方でTI社の真黒社長は逮捕となったがなお容疑を認めず、役員らも社長への忠誠を誓い不祥事を揉み消す姿勢を見せる。取引先には続々と契約を打ち切られ、TI社は存続危機に瀕した。
思い通りの結果を概ね得られたカケルはÉcluneの楽曲制作に注力する。勿論スタジオに缶詰となっていては心身に良くないからと、食事や喫茶の機会も大事にする。八割方完成したある日の昼食ではセンターのdraととんかつを食べに行く。平日しかやっていない店であり、ピークになる前に行こうと思って11時半に着いたら外に1人。しかし中には二郎よろしく客の後ろに列が延びていた。決して広い通路ではないため、出入りがあると窮屈な思いをする。
客が多数いる場所のため口には出さないが、カケルは釈放された白石のことを気にかけていた。TI社からは解雇され、相手が悪いとはいえ暴力を振るうイメージがついてしまったため社会的に瀕死の状態である。カケルとしては白石をÉclune運営に招き入れたいのだが、メンバーやスタッフは納得するのだろうか。ファンは反発しないだろうか。慎重に言葉を選んで、白石を救う計画を組み立てる。
漸く席につき注文。かつ煮やかつカレー、焼き味噌と共に食べるかつ等も気になるが、オーソドックスな定食を2人は選択した。
「これで少しは減るかな、長時間労働」
「良い問題提起にはなりましたね。あとは歌の力で後押しです」
「週休3日。土日以外に任意の曜日で休めるようにする」
「平日休みは贅沢ですよね。こういう平日しか行けない店にも行けますし」
「だな。賃金を維持しつつ労働時間を減らす。でも働きたい人はいくらでも働ける。そもそも長時間働かないとダメな分野もあるし」
「例えば何でしょう」
「料理人。菓子・パン職人も含む。この国の美食は長時間労働に支えられているものだ。調理は勿論、仕込みや後片付け、食材探しに試作。やることが多いからな」
「大変そう……」
「料理人はフランスでも激務だ。この国だけの話ではない。ただ、そこを目指す人であれば誰もが、長時間労働の激務であることを知っている」
「なるほど、楽な仕事じゃないことは承知なんですね」
「覚悟を決めて業界に飛び込む人を、労働時間制限で縛りつけることをしてはならない。美食というこの国の誇りを弱体化させる訳にはいかないからな」
「あの業界って、お師匠さんもちょっと怖いですよね」
「まあそれは『一瞬の過ち』を正す上では不可避だ。間違った手順を踏んだ瞬間、味が落ちたり衛生面の脅威が生じたりする。これにより店の評価が落ちたら大変。だから強い叱責が多少あっても仕方ない」
「芸術の分野でも仰っていたことですね」
「問題は客前で怒鳴ること。客を不快にさせる行為はあってならない。その配慮ができない職人、最悪TI社の奴らみたいに零落するだろうな」
「厳しい指導はするけど、そこに愛はあるんか、ということですね」
「何それ」
「そこに愛はあるんか?」
「何かの台詞?坊主とか角刈りとかする女将が言ってそうだが」
「ご存じじゃないですか」

カケルが頼んだのは上ヒレかつ膳。そのまま食べると、肉が驚くほど柔らかい。赤身の臭み等も無くすんなりと口に入っていく。衣はガリガリしていて炒った大豆っぽい香ばしさを覚えた。

そして酒粕の入った豚汁で脂をまったり流す。時間が経つととんかつの肉が硬くなるため、忙しいサラリーマンの調子に合わせ早めに食べきるのが是である。
こういった気分転換も挟みつつ作り上げたÉcluneの新曲『Workin’ as I Like』は、Aメロの緊張感あるサウンドとキレのある振りから、サビの優しくまったりとした雰囲気へと映りゆくギャップが印象的な楽曲。「会議が終わったらみんなでバナナスプリットを食べよう」という歌詞を真似て、平日のオフィス街にあるカフェではパフェが飛ぶように売れ、大手コンビニやファミレスではバナナスプリットが新発売、定番商品化も視野に入れていると云う。
「私たち、流行スイーツ生み出した?マリトッツォやドバイチョコみたく」
「そういうことになるね」
「すごいことしてる……」
「おいみんな、ひとつ意見を問いたい。実は以前話した新入りスタッフ候補者の件だが」
「ああ、ありましたね。どうなったんですか」
「あれはTI社の白石だったんだ」
「え⁈あの捕まっちゃった……」
「そうだ。釈放はされたが解雇、味噌がついた手前路頭に迷う可能性が高い。そこで俺は、彼女をÉclune運営に招き入れたいと思っている」
「……なるほど」
「利点も欠点もある。まずは欠点から。不起訴とはいえ逮捕された人間を庇うと世間から冷たい目で見られる。Écluneのイメージが下げられ、キャンセルカルチャーに発展する可能性もある」
「キャンセルカルチャー?」
「不買運動みたいなことを煽動され活動を阻害される、謂わば社会的制裁だ。白石を擁護する風潮も無くはないが、すぐ手が出る人を組織に置くなど解せない、と考えるのが常なのかもしれない」
「そうなりますよね」
「懸念せざるを得ない」
「次に利点。まずHAYATEおよびÉcluneへの愛が強い。そしてあのTI社で奮闘していた訳だ、仕事ができるに違いない」
「そういえばTI社って、私たちにも関わりありましたよね?」
「そうだな。海外公演の時、現地プロモーターとの調整をしてくれていた。でも今やTI社と関わるのは悪手だから切った。新しい調整役を探す必要があるが、白石くんは多少なりともノウハウを吸収している。役に立ってくれる可能性は高い」
「心強いですね」
「以上の欠点利点を天秤にかけて、採用可否を判断してほしい。合議制だ。3日後のミーティングで結論を出すように」
翌日、あけぼの大学の石竹が退官を発表した。しごでき学校への連行は鋼のメンタルを持った石竹にとっても堪えるものであり、本人が甘えだと断罪してきた鬱の概念を、皮肉にも身をもって知ることとなった。
そしてしごでき育成学校も土地を売却し、雑多なビルの1フロアにある事務所で細々と経営することとなった。これはカケルが特に待ち望んでいた展開である。非現代的なしごでき学校を潰して、跡地にアパーランドが司るネット民矯正施設を設置することを1つの野望としていたのである。
「しごできの過激な教育は受け継ぐぜ。電子機器を没収し思想を叩き込む伝統は継承する。ただ俺らは正義のためにそれを使う。平気で人を傷つける曲がった性格を叩き直すためにな」
合議の結果、Écluneは白石を歓迎した。文句を言う人は少なくないだろう。でもそれは無関係な人々の、小さい自分を誇示したいだけの戯言である。Écluneは純粋に白石さんを欲している。採って何が悪い。過ちを犯した人が路頭に迷ってより大きな過ちに走らぬよう、誰かが手を差し伸べる必要がある。憎まれてもいい。世界を変える者として、私たちは信念を貫くのみである。
「おっ、すっかり美人さんになって。服もお洒落だ」
「過労から解放されて、身も心もスッキリしました。私を拾ってくださって、感謝しかありません」
「こちらこそだよ。ここには長時間労働はない。無遠慮に怒鳴る人もいない。無闇にデカい声出させる朝礼もない。のびのびと働いてくれ」
「ありがとうございます。でもちょっとだけ、無理をしても良いですか?大好きなÉcluneの皆さんのために」
「良いよ。でも程々にな。追い込みすぎて再び過ちを犯すことがあれば、君をここに留めてはおけなくなる。楽しく働く、それだけは忘れるな」
「はい!」