連続百名店小説『みっちゃん』第六話(バードランド/三国神社(福井))

 福井県出身の五木光子。東京で大好きなテレビ番組のADとして働いているが、過酷な労働についていけず怒られてばかり。気力体力を消耗し出世も見込めない中、やっと1週間の休みを取得できて初めての帰省。有名番組のADをしている娘を誇りに思う両親に、自分の置かれた状況を打ち明けることができずにいたが、仕事が辛いという本音を漸く打ち明けることができた。ただ、変質者Aに付きまとわれていることは打ち明けられずにいた。そして父と妹の長きにわたる確執もまた気がかりである。

  

 翌朝。スマホの電源を入れると不在着信が幾つも入っていた。発信元には心当たりがある。私は恐怖心に苛まれた。聞く勇気が無いので無視するが、最悪の事態が迫っていることは実感していた。
 私はとある男Aに付き纏われていた。あれから何度もクラブに足を運び、そのうち正さんが忙しくなって夜遊びを止めるようになると私1人で通うようになった。そんなある日、私はAに足を踏まれた。Aはすぐさま謝罪し、靴代に加え食事に誘って奢ってくれた。なんて誠実な人なんだろう、とその時は思っていたのだが、何回か一緒に踊っているとAは調子づいてしまい、不同意のボディタッチを何度もされた。
 正さんの教えで喧嘩をしてはならないとあったから、声を上げるのも躊躇われた。それをいいことにAは益々過激な接触をやり出すようになり、遂には首根っこを掴まれ強制的にキスをされた。怖くなってクラブ通いを止めるも、Aは私の帰る先を知っていて付き纏いを始めた。
 ある日家に帰るとAが下で待ち構えていて、恐怖のあまり警察に通報したが取り合ってもらえなかった。その後同僚の家に転がり込むことでAから逃れるも、あまりの恐怖心から本気で田舎に帰ることを考え出す。そして今回の帰郷に至った訳である。

  

「明日はもう高速バスの中。帰りたくないなぁ」
「わかるよその気持ち。でも帰らんとね、また楽しい番組作ってさ」
「せやなぁ」
「今日はどこ行くかい?」
「ここまで来たら東尋坊やろな。あと途中にあるピザ屋さんも!」

  

 ピザ屋もまた私のノスタルジーである。祖母の家から国道305号を東尋坊方面へ進み、越前蟹の名店・川㐂の交差点を右折すると現れる名店。予め電話で席を押さえてから訪問する。

  

 ガラス越しに窯の見える特等席に通された。1人の職人が黙々とピッツァを焼く姿をまじまじと観察するのが私のルーティンである。
 店員にいつも勧められるのは酒粕ピッツァ。小さめサイズでサラダ・ドリンクつきのセットとなっている。これを1人1セット頼み、追加で1枚ピッツァを頼むのが我々の楽しみ方である。
*筆者は1人で訪れたため、紹介できるピッツァは1種類のみです。ご了承下さい。

  

 辛口ジンジャエールと共にベビーリーフサラダ。苦味のある野菜を濃い酸味のバルサミコ酢ドレッシングで食べる楽しみは大人になって漸く解るものである。

  

「建は元気にしとるか?」
「うん。少し物腰柔らかくなった」
「ホンマか。あの子全然私んとこ来へんねん。そんなに漁が忙しいんか」
「全然ばあちゃんとこ来てへんのか。それは寂しいなぁ」
「昔気質で困るやろ。自分だけ高いもの食うとか」
「ホンマそう。今思うと腹立つ!」
「愛ちゃんの気持ちはよう解る。そりゃ口ききたくなくなるわな」
 祖母がこの確執に言及するのは、私が知る限りでは初めてである。触れづらかったのか、触れたくもなかったのか。いずれにせよ、祖母が間に入ってくれれば雪解けへ一歩前進するかもしれない。
「でも偶にはお話ししてほしいな。悪い人やあらへんし。これでも小さい頃は泣き虫やったんよ」
「えっ?全然想像つかへん」
「優しい子やったで。友達付き合いは苦手やったけど、嫌いな人はおらんかった」
「まあ筋は通っとるか」
愛は一切口を開かない。祖母が忠告したところで、そう簡単に父を許すことはできないようである。

  

 ピッツァが来たため気を取り直す。私が選んだのはへしこの酒粕ピッツァ。福井の銘酒・黒龍の酒粕を生地に練り込んだことにより、食感はフワフワとモチモチが際立ち、黒龍らしい華やかさも表現されている。耳を単体で食べてこんなに美味いピッツァはそうそう無い。
 チーズベースに載ったへしこは濃い味だが、鯖の臭みとか塩気の尖りとか無く、鯖節のように綺麗な旨味の塊である。フレッシュさの残るトマトと合わさってクセが出ないか心配になるがそんなことは無く、チーズも存在感強めでとても美味しい。後がけの鰹節もあるのだが、そこまで劇的に味変する訳ではないためいつも持て余す。

  

 和解の機運はあまり高まらなかったが、いつもの美味しいピッツァを堪能して安らぎを得た。故郷でのんびり過ごす時間はかけがえの無いものである。Aの鬼電すら無ければもっとリラックスできるところであるが、身から出た錆でもあると思うので仕方ない。

  

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「あれ、今日は光子ちゃんいないんだ」
「休暇中なんですよ。なんかちょっと疲れたって、1週間田舎に帰ってるらしいです」
「そうなんだ」
「さすがですね正さん、スタッフ皆のこと覚えてくださって」
「いえいえ、当たり前のことですよ……」

  

 正にはちょっとした不安があった。実を言うと、正はAのことを認知していた。クラブの運営会社の社長が彼と幼馴染であり、Aはその息子である。そして社長を通じて、正はAに光子のことを紹介していたのである。Aが一度、女性トラブルを起こして逮捕されたことを知っていたにも関わらず。

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