連続百名店小説『友に綱を』七番相撲(鳥さわ/亀戸)

綱友部屋所属の大相撲力士・足立丸。初切を一緒にやっていた力士・亀侍は髄膜炎でこの世を去った。亀侍にはかつて「溜席の妖精」と呼ばれた恋人・高田いちのえ(通称「ノエ」)がいて、足立丸は亀侍が行きつけだった喫茶店で偶然ノエに遭遇し、そのまま交際に発展した。

  

大関にもなると年収は3000万を超える。日々の暮らしに全く困らない位置まで上り詰めた。今までなら行けなかった高級店にも躊躇なく訪れることができるようになった。亀戸で一番の高級店といえば、高級焼鳥のトップランナー・鳥さわである。予約困難と巷では言われるが、平日の17:30スタートであれば席に余裕がある。親方とノエを連れ3人で亀戸のラスボスに食いかかる。

  

「そういえばノエさん、よく何度も溜席のあの位置取れましたね。何の伝手もなかったんでしょう?」ぬか漬けを食べながら問いかける親方。
「そうです。ただ相撲が好きなだけでした」
「溜席っていくらくらいするんだろう?」お金事情が気になる足立丸。
「2万円くらいだったかな」
「2万円⁈」
「知らなかったのか、丸」少し呆れる親方。
「そんないただいてるとは。こりゃ一層精進しないとですね」

  

早速串が始まった。まずはかしわ。身が柔らかくて、皮目が臭みの出る一歩手前まで焼かれている。初めて食べる達人技の焼鳥に驚愕する3人。
「お、美味しい…」
「国技館の焼鳥とは全然違いますね」
「俺が現役の頃じゃ考えられないよな、1本1本じっくり味わう焼鳥なんて」
「親方は現役時代1食で何本くらい焼鳥食べたんですか?」
「そうだな、100本くらいかな。博多の鶏皮串なんかだと店にある分全て食い尽くした」
「すごいっすね…」

  

続いてハツモト。食感はプリプリしていて旨味も抜群、クセもないし味付けも強すぎない。

  

うずらの卵は汚れのない黄身がとろけ出す。
大関になって1年経つが、横綱になるチャンスは掴めないでいた。関脇時代の勢いは大関になった途端落ちるもので、優勝争いに加わるどころか、勝ち越しすら怪しくなってしまうものである。世間は大関に対し横綱に匹敵する強さを期待しており、10勝くらいでは褒められず、9勝以下なら失望される。大関という地位は損でしかないのだ。
「10勝、8勝、7勝、8勝、13勝、6勝…大関らしくないっすよね」
「そうだよな。どの3つをとっても30勝にすら届かない。1年前の勢いはどうしたものか」
「わからないですよ…」

  

かける言葉が見つからないまま、続いては砂肝。こちらもクリーンな味わいがクセになる。

  

続いては串ではなく小皿料理の焼き茄子。皮がバリッと固く仕上がっている。身は穏やかな味で、薬味の方が目立つ。
「まあ大関とはそういう身分だ。焦らないことが大事さ」最高位関脇の親方が言う。
「そうよ丸ちゃん。あなたは強いし、一生懸命なところ見てるから」
「でも結果が伴わない…」
「ネガティブにならないでよ丸ちゃん!」
「一番一番を丁寧にとりなさい。何勝とか優勝とか考えるな」

  

つくねが焼き上がった。身だけだと重くなりそうなところに軟骨の食感とシソの香りが入り、風通しの良い1本に仕上がっていた。

  

続いてはふりそでという部位。素人が焼けばパサつきそうなものを、熟練の焼きで上手い具合にしてくれている。脂が身を包み、カリッとしたところもある。塩加減も程よい。
「ふりそでなんて部位聞いたことない」昔の人間である親方が呟く。
「牛肉も元々はあんな分かれていませんでしたからね。誰かが勝手にシャトーブリアンとかザブトンとか作り出したんです」今どきのグルメ足立丸が解説する。

  

次は比較的馴染みのあるせせり。身の甘さが抜群で、脂身の溌剌とした食感に感銘を受けた3人。

  

お次も高名な部位、ぼんじり。力士垂涎脂たっぷりの部位であるが、ここでは脂感はかなり抑えられている。品数が多いのでこれくらいの脂がちょうど良いのだろう。
「1本1本丁寧に焼かれた焼鳥、一番一番真剣にとる相撲。通じるものがありますね」
しみじみと焼鳥を味わいつつ、自らの相撲を反省する足立丸。押し相撲を武器にする力士は好調と不調の波が激しく大成しにくい。そこで思い返したのは、小兵のテクニシャン亀侍の取り口である。
「器用に動き回って相手を翻弄する。珍しい決まり手で勝つ。これができればお客さんにも楽しんでもらえる」
「丸、それはちょっと理想が過ぎないか。今の体型じゃ無理だろ」
「そうね。やるんだったら減量しないと」
「200kg近い体重を50kgくらい落とせばいけるかな」
「急な減量は体が追いつかない。やるならゆっくりやれ。ノエさん、食事管理できるかい?」
「任せてください。私、栄養士の資格持ってますので」
「『ひらり』に憧れて?」
「その通り。再放送ずっと観てたから」

  

小皿でやってきたのは食道のポン酢和え。ポン酢の味が強くずっと噛んでいたい。

  

そしてこの店でも一番人気と言われるちょうちんを一口で。濃い味の黄身が身を包みこむ。
「横綱が休場がちになってから、皆が皆星の潰し合いをしている。絶対王者のいない最近の相撲界、ノエはどう思う?」
「色々な力士の活躍が見られるので面白いと思いますよ」
「寂しくない?このままだと20年は横綱出ないよ。横綱の誕生が見たいって横審に入った紺野美沙子さんが可哀想だよ」
「だからこそあなたが横綱なるんでしょ。他人事みたいに言わないでよ」
「…」

  

続いて手羽先。脂身と赤身がはっきり分かれている。控えめな味つけだが、食べやすさも相まってやはりクセになる。山椒と合わせるとなお良い。

  

脂身の旨さが最高潮となっていたのは、高級焼鳥の象徴であるふすま。熱々なので慎重に食べよう。

  

満腹になったノエと親方はここでストップ。独りシャリっとした食感から入りホクホク、臭みもない銀杏を食べていた足立丸は悪い癖を再燃させる。
「俺が横綱になれないのは宿命なんだ。日本に生まれた以上」
「おい、何で日本のせいにするんだ!」
「だって今の日本人は仲良しこよしじゃないですか。徒競走なんてみんなで一列になって手を取り合ってゴールするんですよね?最近の大相撲なんてまさしくそれじゃないですか」
「どこをどう取ったらそういう思想になる⁈」親方は呆れ返っていた。
「日本人である以上大関が限界です。これからは、祖国に帰れない覚悟を決めハングリー精神を持って強くなったモンゴル出身力士に任せますよ」
「国籍なんて関係ないでしょ!」
そう言ってノエは足立丸をビンタした。
「わかるよ、私の親がそういう考え方してたから。でも、今どきのスー女としては、どの力士も魅力的でどの力士も頑張ってる。どこの国から来たとかどうでもいい!日本の文化を愛して発展させてくれる海外の人たちに、むしろ感謝の思いしかないよ!」
「そうだぞ丸。日本人だから勝てない、なんて失礼な言い訳止めろ!」
「…」

  

何も言い返せないまま血肝の登場。大ぶりでも全く臭みのないレバー。トロッとして美味しい。

  

久しぶりにクリーンな皿、膝軟骨。コリコリしつつ身の甘みもあって大満足。

合鴨は赤身主体だが、所々現れる脂身が合わさると強さを発揮する。

  

夏野菜のズッキーニ。2つめが特にホクホクだと感じた。焦げが目立つように見えて、野菜本来の良さを立たせる焼き加減である。

  

少しゼラチン質が強すぎる手羽皮を食べた時、ようやく足立丸は反省の弁を述べた。
「食べながらでしたが、僕の心の中の亀侍と語り合いました。俺どうしたらいいんだろうって問いました。そしたら肩を叩いて一言、『楽しくやりなよ』って言われました。俺、楽しむことを忘れていたみたいです。責任や重圧を気にしすぎて、相撲を志していた頃抱いていた楽しさを忘れていました」
「それが一番大事だ。入門した時のお前にあった目の輝き、今取り戻せ」

  

心臓の高鳴りを取り戻したタイミングで供された、もろ心臓の形をしたマルハツ。血管の張り付いた部分に脂の旨味が溜まっている。

  

引き続き小皿から厚揚げが登場。薬味を乗せたら美味しいことは既に知っていたが、こちらは厚揚げ自体に甘さやカリッと感がありレベルが高い。

  

半生のささみ、辛すぎないししとうを食べ切り、足立丸はコースを完走した。

  

〆には鶏そぼろご飯の卵黄載せ。鶏肉の旨味はもちろんのこと、シソのアクセントが効いている。

デザートもしっかり食べたい足立丸は、退店のタイムリミットである20時が迫る中アイスクリームを注文。ただのバニラアイスかと思ったらカタラーナが登場。シャリシャリしつつもカスタードが濃厚で、スシローなど幕下レベルである。

  

鳳凰美田や賀茂金秀など甘さの優美な日本酒、鶏肉に合わせ軽めの赤ワインなど酒もたっぷり飲んだため、会計は足立丸1人だけで20000円を超えてしまった。完走せず酒も抑えれば1万円と少しで済むだろう。
「力士さんでもコースを完走されるのは珍しい。よくお食べになりますね」
「はい、とても美味しかったので。でも大食いは今日でお終い。明日からは減量だ」
亀侍との約束を果たすため前を向き出した足立丸。1年かけ体重を40kgほど落とすと、何がきっかけかわからないが急に2場所連続優勝を果たし、文句無しで横綱に昇進した。

  

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