人気女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダーを務めるタテルは生粋の江戸っ子で、雪景色に憧れを抱いていた。そこでメンバー唯一の道産子・カホリンを連れ函館を旅することにした。肉襦袢を纏うタテルは寒さに強い一方、カホリンは寒さを大の苦手としており、無茶をするタテルに連れ回されたカホリンはとうとう熱を出してしまった。
一旦自分の部屋に戻ったタテルは、恋人の京子に電話をかける。
「もしもし京子」
「どうした?やっぱり寒いんじゃないの?」
「俺は大丈夫。だけどカホリンが熱出しちゃって」
「えっ⁈それは大変だ」
「たぶん感染症とかではないと思うんだ。寒い中連れ回しすぎたかな…」
「タテルくんいっつも無茶なスケジュール立てるよね。ついて行くの大変なんだから」
「反省してるから。どうしてあげれば良いかな…」
「とにかく暖かくして寝かせてあげな。タテルくんだって疲れてるだろうし、早く休んだら?」
「休むのか…これからお酒飲んでラーメンで〆ようと思ったけど」
「好きにすれば。でもちゃんとカホリンちゃんのことは気にかけてね」
「それは勿論」
タテルはカホリンにLINEを送る。温かい飲み物や保温アイテムは欲しいか、と訊ねると、部屋にポットと粉末緑茶があるから大丈夫、と言われた。でもカホリンの手を煩わせる訳にはいかないから、タテルは部屋を訪ねてお茶を拵える。
「一時的な熱だと思うから、今日は暖かくして寝ておきなさい。俺は暫く起きてるから、何かあったらLINEなり電話なりして」
「ありがとうございます。おやすみなさい…」
懲りないタテルは函館のバーを見繕う。日曜夜のため定休日のバーも多いが、ラビスタ上階のバーとホテル近くのラム酒がウリのバーに目星をつける。ラム酒なら地元北千住にも有名店があるという理由で、先ずは前者のバーに営業状況を問い合わせし、空席ありとのことだったので市電に乗り急行する。

魚市場通の停留所から店に向かう途中、怪しげな光の数々が目の前に浮かんでいた。もしかしてあれはUFOか、高校生の時、夕暮れ間近、郵便局の近くでUFOを見かけて以来の遭遇か、なんて興奮していたが、その正体は行きそびれた函館山山頂にある建物の航空障害灯である。冷静になって考えてみると気恥ずかしくなるタテルであった。
ラビスタ函館に入館しエレベーターに乗り込むと、途中階で見たことある格好の宿泊客が多数乗ってきた。このホテルはドーミーインと同じ共立グループに属しており、名物の大浴場に向かう人が多数いる。その大浴場は最上階にあり、タテルが向かわんとするバーはその1つ下の階にある。タテルは少し申し訳無さそうに降りていった。

バーに入ると、夜景の見えるややオーセンティックな空間を若い男性が1人で回していた。窓際のカウンターに座りメニューを眺めると、ウイスキーの類は東京の一流店よりもお手頃価格である。カクテルは一流のバーテンダーに作ってもらった方が良いと考え、ここではウイスキーを中心に楽しむこととした。

まずは別メニューでお勧めされていた北海道のオレンジワイン「旅路」。ボディはありつつも果実味が若々しく、日本産らしいしっかり者のオレンジワインである。
摘みはミックスナッツ、そしてティラミスチョコが2ヶである。近所のOKでもあまり安売りしていないチョコなので出会えてラッキーである。
1人になり漸く己の振る舞いを反省するタテル。路面電車による細かい移動の繰り返し、雪の降る屋外でのクレープ、極めつけは吹雪の中の五稜郭で我を忘れ佇んだこと。タテルは初めての北海道で浮かれていて、寒がるカホリンのことを全く顧みていなかった。歴史がああだこうだなんて、詳しくもないくせに勝手に感傷に浸ってた。そもそもカホリンはすき焼きとカレーを食べることが本望だったのか。クレープを食べる時間があれば谷地頭温泉にだって行けた。市電に乗って居酒屋行くよりも、ホテルの近くで塩ラーメンを食べた方が良かったのかもしれない。ホテルだって、ここラビスタの方が温泉もあって羽根を伸ばせたと思う。自分の都合を優先しすぎてカホリンに辛い思いをさせてしまったと、自責の念に駆られながらワインを呷る。

ここからはウイスキーに切り替える。まずはせっかく北海道に来たので余市を選択。日本ウイスキーらしく、厚みはないものの心の深淵に刺してくる穏やかな木の味わい。

前に映る夜景を眺めてみると、赤レンガの倉庫群があった。横浜にあるものしか知らなかったが、実際には函館や敦賀にもあるらしい。そういえば桑田佳祐氏の『白い恋人達』に登場する「赤レンガの停車場」はここがモチーフになっているとかいないとか。神奈川を代表するアーティストだからてっきり横浜のことかと思っていたが、よく考えたら南関東の平地に雪が積もることは稀である。なんて食べログのポエマーが書くようなことを考えていたらあっという間にグラスが空いた。

続いてダルモア12年。深くコクに包まれて、アルコール感のつんざきも無く、打ち上げ花火のようにスーッと揚がり香りが弾ける。
さすがに未成年のカホリンをここに連れてくるべきではなかったのだろうが、彼女はきっと夜景を楽しみたかったはずだ。札幌には無い歴史的風景の中のクリスマスツリー、見せてあげたかった。函館山から観る、渡島半島の付け根と勘違いしてしまいそうなあのくびれも見渡したかっただろう。肝心な箇所をなあなあにする己の計画力の無さを痛感し、今まで共に旅をしたメンバー達へも申し訳なさが募る。

カクテルよりウイスキー、をテーマにしてはいたが、甘めのものが欲しくなり注文したのは雪国。ライムの味わいが辛口のウォッカに映え、甘みはありつつもキリッと締まるものである。

22時になりイルミネーションが消灯すると、再び吹雪が始まった。思えばこのバーに居る間、雪が降ったり止んだりしていた。酒を味わう時は楽しいのに、ふと自らの行いを振り返ると落ち込んでしまう。そんな心の移り変わりを象徴するような天気であった。

会計を済ませホテルに戻る道の途中、カホリンからの電話を受けたタテル。
「タテルさん、暑くて起きてしまいました。眠れないです…」
「わかった。冷えピタ要る?」
「ありがたいです!」
コンビニで冷えピタを調達しカホリンの部屋に向かう。
「つめた〜い。少し楽になりました」
「良かった。眠れないとつらいもんね。あ、寝る時は靴下脱いだ方が良いよ」
「足が冷えちゃう」
「熱が籠るから安眠の妨げになる。足裏から熱を逃がしてあげて。その代わり暖房の設定温度、上げておくね」
「はい!」
「明日はカホリンのペースに合わせるから安心して。無理な行軍させてしまってごめん、ゆっくり休んでね…ってもう寝てる」
カホリンを起こさないように、タテルは静かに部屋を出ていった。
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