連続百名店小説『忍び猫』3rd STAGE ③(Potoro/高崎)

世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借り、同じく有力女性選手・小島あやめと切磋琢磨しながら女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指し特訓を積む。

  

続いて垂直極限(Vertical Limit)のトレーニングを実施する。木の板が上から突き出ていて、下の方が1cmだけ奥へ出っ張っている。その僅か1cmの突起を下から掴んでぶら下がる、まずこれ自体が常人には困難であるが、その状態で横移動をしなければならない。そのためにメイは腕力や指の力を鍛えてきて、夏頃には満足に横移動ができるようになっていた。
しかしSASIKO戦士の進化と共に垂直極限も難化を重ねており、奥へ30cm、60cm離れた板への移動(片手が離れる時間が長いため落ちる可能性大、消耗も激しい)、そして最新版「絶凶・垂直極限」では掴むと激しい回転がかかる板を掴まなければならない。辰巳曰くこの回転には物理学の叡智が込められており、セットを再現するのは困難、練習通りにはやらせないとのことである。サシコくんも松岡も、前回大会ではこの回転に呑まれてしまった。

  

「ニャ!これは難しい…」
「本番はもっと回転が激しいと思う。如何に片手で回転を抑え込み、なるべく並行の状態でもう片手を移すか」
「一筋縄ではいかない、でもこれがええな」
「メイちゃんすっかりSASIKO選手の顔だよね」
「普通の人からしたらつらい練習を、楽しんでやっている。これは大物になりそうだ」
「絶凶の攻略はすぐにできなくとも、近い将来魔城陥落やってくれると思う。気負いしない程度に頑張ろう」
「はい!」

  

本番1週間前。松井田パークにおける最後の練習を終えたメイとタテルは、SMSで予約していた高崎駅近くのスペイン料理店で壮行会を行っていた。

  

席につき飲み物のメニューを確認すると、最初のページに載っていたのはビール、ウイスキー、シェリー酒であった。
「シェリー酒を網羅してるの、スパニッシュらしいな」
「シェリー酒って何ですか?」
「大雑把に言えば、少しアルコール分を強くした白ワイン。トニックウォーターで割ると最高なんだよな」
「しばらくお酒我慢してたけど、今日はちょっと飲んでみようかな」

  

マンサニージャをトニック割りで頼んだ2人。メニュー説明書きにある通り林檎のテイストがあり、でも葡萄らしいコクもある。
「美味しい〜、スカッとする味ですね」
「だろ。辛口のシェリーは糖質も少ないから節制中でもお勧めだ」

  

6600円コースの1品目。ホタテのトルティーヤ、ということだが実際はオムレツというよりフラン(洋風茶碗蒸し)である。先ずトリュフの香りが堪らない。ホタテも単体で食べれば甘みを覚えるが、気持ちとしてはトリュフの香りを集中的に味わいたくなってしまう。

  

「タテルさん、淫山行ってきたんですよね」
「そうだその話しないとじゃん」

  

辰巳からの招待を受け淫山を視察したタテル。この日はカメラリハが行われており、シミュレータが実際にセット(本番では数箇所マイナーチェンジが施されていたが、この時点では前回の仕様のまま)を触っていた。シミュレータは障害毎に交代するが、本選に出ても活躍が期待できる人が担当していて、いとも簡単にクリアしていく、垂直極限を除いては。
「うわあああはっははほーーーい!シミュレータさんですら落ちてるじゃないですか」
「ハハハ。どうだ、目の前で見ると余計に怯むだろ。そう簡単に最終砦は行かせません、なんてね」
「それはどうでしょう?うちのメイは想像以上に良い仕上がりっすよ」
「タテルくん、いくらなんでも大口が過ぎるぜ。確かにメイちゃんには第三砦進出を目標にしてもらってるけど、第三砦クリアとなると話が早すぎる」
「わかってますよ、そんな甘い世界じゃないこと。練習でできたことが本番でできる訳ではないことも。でも練習でできていれば可能性はゼロじゃない。メイは練習で確かに崖衣紋の飛び移りを成功させているし、垂直極限の回転を抑え込めるのも時間の問題です」
「第三の話ばっかしてるけど、第一第二はどうなんだい?そこを完璧にしてもらわないと始まらんだろうに」
「第一の通し練での成功率は8割強といったところでしょう。第二は通せてませんが、不安要素は皆無です」
「説得力が無いね」
「ここで不安を口になんかしたら、あっちゅう間に淫山の魔物に呑まれます。俺はメイを信じてます。弱音なんて吐くもんですか」
「…君たちは捌原くんタイプだな。圧倒的自信で最初は無双するタイプ。でも途中挫折を味わうよ。その覚悟だけしておきなさい」
そう言って辰巳はグーサインを出した。自信の漲った笑顔で応えたタテル。

  

「というわけで、メイには最低でも第三砦に進出してもらいます」
「タテルさん勝手が過ぎますよ」
「途中で落ちることは考えない」
「プレッシャーです…」
「俺らそうやって独立騒動を乗り越えて来たじゃないか。気持ちや、気持ち!」

  

どこぞの植木職人の声が聴こえてきたところで金目鯛。アホ(ajo)、と聞こえたのでマッシュポテトにニンニクが使われていると思われるが舌では感じ取れない。金目鯛は弾力を少し残す程度に火入れしてあり、旨味を十二分に噛み締められる絶品である。
「でもメイすごいよ、外宮パークで練習してるんだもんね」
「はい。ついに入る許可をいただけて」

  

千葉県内房のどこかにあると云われる外宮パーク。現役の有力選手である外宮氏が築いたセットの数々は、特に第二砦以降のものに関して、松井田パークのものより精巧にできている。詳しい場所は秘密であり(そもそもSASIKOの練習は見せ物では無いので観に行くことはしないように)、魔城陥落を射程圏内にしている人だけが招待される地である。

  

絶凶・垂直極限の再現度も、恐らく完璧ではないが目を見張るものがあった。メイは忙しいスケジュールの合間を縫って週2,3のペースで通い詰め、仲間と共に攻略法を見出した。メイが最後の回転を掴んだ動画を見て驚嘆するタテル。
「こりゃすげーぜ。凄すぎて言葉失ったわ」
「私もできるとは思ってませんでした」
「あとは消耗した状態で回転に耐えられるか、だな。これはシラフの状態でやってるでしょ?」
「はい、垂直極限だけやってました」
「通し練してどうなるか、だな」
「第三砦の通しは何回かやりましたけど、最高で崖衣紋2本目までですね。3本目は掴めてないです」
「なるほど」

  

続いてスペイン料理の定番アヒージョ。車海老と有機野菜が入っている。今度こそにんにくの効いたオイルが車海老のコアに入り込み旨味を担ぎ上げる。ねっとりとした里芋も印象に残っている。
「油まみれの出世劇!なんちゃって」
「進五さんですねそれ。唯一の皆勤賞」
「俺の生まれるちょっと前から活躍してる進五さんが今でも第一砦を越えられそうなムードにいる。息長く続けられるスポーツSASIKO、素晴らしいな」

  

続いてはピンチョスとしてありそうな一品、マッシュルームにイベリコベジョータの生ハムを載せて。まずは生ハムを単体で味わい、その後マッシュルームを齧る。笠の内にも肉が詰まっていて旨味が濃ゆい。
「こういうご飯最近食べてなかったから幸せ〜」
「メイ、あまり節制することはないぜ。SASIKOは減量しすぎると第一砦を越えるパワーが出なくなる」
「本庄さん言ってました。第三砦見据えて減量したら壁が登れなくなったって」
「だろ。確かに体を軽くした方が第三砦においては有利だが、スタミナとの兼ね合いも考えないといけない。我慢のし過ぎは一利無しだ、ご飯も粒単位じゃなくて塊で食うこと」

  

イタリアのナチュラルロゼワイン。酸味がバチっと決まったフルーティな味わいで、生ハムの味を具現化してくれる。

  

バスクの生ハムで苺とクリームチーズを巻き込んだもの。生ハムがたっぷりで、三者のバランスがとれている。三角食べをしたいメイにとっては少しストレスであったようである。

  

「メイ、最終管滑走はどうだ?」
「何回かやって着地も決まってはいるんですけど、ちょっと不安ですね」

  

最終管滑走(Pipe Slider)は第三砦のラスボス。バーにぶら下がり、自分の体重を前にかけてバーを前進させる。
「まずバーにぶら下がるのが難しいんですよね」
「言われてみればそうなんだよな。普通の鉄棒と違ってバーが回転するから、ぶら下がるだけでも神経使う」
「そのためのジュンサカなんですよね。バーの回転を抑えられる」
「山田GATSBYさんの発案だもんな。偉大すぎる」

  

テンプラニーリョの赤ワインはお洒落な果実味である。

  

熊本あか牛。一瞬ソーセージと勘違いしてしまうくらい味が凝縮されている赤身肉。土地土地の味を楽しみたいタテルは上州牛を期待していたが、これはこれでネームヴァリューのある肉であり、筋肉を育てるメイにはぴったりのものであった。

  

最終管滑走の最大の難関ポイントは、バーを最後まで前進させた後、ゴールのマットまでの距離である。体を振って勢いをつければ届くだろ、と指摘する人は何もわかってなくて、ふらふらするバーではただでさえ手元が覚束なくて飛距離出づらいのに、普通に体を振ったらバーは後ろに戻ってしまう。そのため体の振り方を工夫しなければならなくて、難関障害を捩じ伏せた猛者であってもクリアできる保証がない。山田GATSBYの「俺にはSASIKOしかない」発言もここでの脱落後に生まれた名言であり、最終管滑走は悲喜交々のドラマが生まれる名障害である。

  

こちらも外宮パークで、主の外宮と共に練習する。
「ニャッ!後ろに下がっちゃう」
「腰より上をブレさせるとバーもブレる。前に行く時は足を目線と同じ高さに持ち上げて、戻る時は少し勢いを殺す、これでいってみよう」
「腕力が必要ですね。サシコくんさんは容易くやってるようだけど、やっぱり難しいんやな…」
「レールも結構滑りやすいからね。そうやって悪戦苦闘しても、最終的に着地を決めた選手はいる。大事なことは焦らないこと、そして諦めないことだよ」

  

長めのインターバルを最終管滑走の考察でやり過ごして、クライマックスとなる蟹のパエリアが登場。身がふんだんに盛り込まれていて、米に蟹の旨味が染み渡っている。(アレルギーや蟹嫌いの人を除けば)誰もが満足できるメシである。
「あ、松井田さんから連絡だ」

  

SASIKOの放送日、良かったらTO-NAの皆さんで水上に来ませんか?スキー場のホテルを押さえてあるので、昼はスキーを楽しみつつ、夜はみんなで大広間に集まってSASIKO観ましょう。

  

「めっちゃええな」
「俺も賛成。まあみんなの意見聞いてからだけど、ぜひ行こう」
「メンバーはみんなスノボ大好きですからね」
「だな。冬の女の子は可愛い、って言うし」
「タテルさん、鼻の下伸びてますよ」
「ごめんごめん。想像するだけで楽しみになっちゃって」

  

デザートは3品の中から1つ選択するシステムで、2人はバスクチーズケーキを選択した。液状に近く軽やかな口当たり。チーズケーキらしさは十二分にあるが、重いスイーツを食べたい人にとっては不完全燃焼となるだろう。

  

食後の飲み物はつかないため、デザートを完食した時点でお愛想とする。某グルメブロガーによればモダンスパニッシュとは空虚な料理が多いとのことだが、この店は基本的な料理にも向き合っていて、中身のしっかりあるスパニッシュを提供しているといえる。

  

「ここからの1週間は体調管理をしっかりしよう。トレーニングもいいけどやり過ぎは禁物。よく食べてよく寝て免疫力をつけるんだ」
「努力が水の泡にならないように気をつけます」
「あと当日の淫山は結構寒かった。ストーブとか用意してくれると思うが、ベンチコートも持っていこう」
「体を冷やさないようにですね」
「そうだ。後は己を信じる、それだけだ!」
「はい!」

  

SASIKO2024オンエア当日、松井田の誘いを受け入れ水上スキー場を訪れたTO-NAのメンバー達。メイはスノボを楽しんでいて、雪の世界で五歳児のように燥いでいた。

  

そんなあどけない女の子が、SASIKOにおいては快進撃を見せていた。第一砦、第二砦と突破していくメイの姿を見て、大広間のTO-NAメンバーは歓喜と感動で胸いっぱいになっていた。
第三砦では難化した順逆逆(Swing Edges)も攻略し、メンバーは指を咥えながらメイの活躍を見守る。

  

崖衣紋の突起を触って感触を確かめる。1本目から2本目の飛び移りに成功すれば女性初の快挙です。おっとここで靴を脱いだ。そして靴下も脱ぐ。少しでも体重を軽くして挑む心意気でしょうか。

  

タイミングを確かめて、今突起に指をかけた!横移動はなんのその。早速1回目の飛び移りへ体を振り始めました!最初の勝負、女性最高記録へ向けて!掴んだ!しっかり掴みました!ただそれで満足するような選手ではない、2回目の飛び移りへ向けペースを落とさない!振り返ることはありません、全ては己の感覚で、2回目の飛び移り!しっかり掴んだ!

  

〜2回目飛び移り成功のBGM〜

  

勢いそのままに崖衣紋掛別次元をクリア!緑のブレイクゾーンを掴み足を置きました!ニャーと吠える忍び猫!未だ誰もクリアしていない絶凶・垂直極限に挑みます。サシコくんでさえ2度も呑まれた激しい回転。新顔の猫は耐えることができるのか。3年連続で出場したものの第一砦で脱落、もどかしさに苦しんできたメイが、SASIKOの戦士達、そしてSASIKOフリークのタテルさんの指導を受け急成長を見せています。その快進撃はきっと未だ終わっていない。絶凶・垂直極限を初めて越えて見せるのはTO-NAのメイなのか⁈
今動き出した、最初の回転を耐える!奥行きもあるぞ、指の力は残っているのか?残っているようだ!腕を鉤型にして進んでゆく進んでゆく、2回目の回転ゾーンに突入した!ここの回転を越えたものは未だいない、メイが第一人者になるか!片手を先に置く、顔を歪めながらもう片方の手を離して掴んだ!

  

〜絶凶・垂直極限成功のBGM〜

  

何ということだ!絶凶・垂直極限を初めて越えたのはTO-NAのメイだった!足を上げて、緑のパイプに腰を掛けました。いよいよ第三砦最後の審判、最終管滑走(Pipe Slider)に挑みます。長いSASIKOの歴史において、女性がこのオレンジ色の管を触るのは初めてのこと。普段は無口でシャイでフワフワしているメイが、真剣な眼差しでゴール地点を見据えています。幼い頃からSASIKO出演を夢見てきた少女が今なんと、最終砦へ歩みを進めようとしています。数多の兵を飲み込んだ最終管滑走、メイは赤いゴールマットに体を乗せることができるのか?さあ管を掴んだ!華奢な体を前に前に進める!少し苦しそうな顔をしているがどうか?何とか終点まで到達した!後は管が後退しないように体を振る!ちょっと下がった!もう一度前へ。ゆっくり落ち着いて体を振る、振る、振る!淫山に桜旋風を巻き起こせメイ!

  

あーっと落ちてしまったぁ!悔しさの波紋が広がっていく沼地!

  

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