世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借り、同じく有力女性選手・小島あやめと切磋琢磨しながら女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指し特訓を積む。
第三砦における1つ目の山場・崖衣紋掛(Cliffhanger)。僅か3cmの突起にぶら下がってまずは横移動するのだが、これだけでも常人にはできない業である。
鞄のヤルタ屋上にて、捌原の目の前で横移動を披露するメイ。
「いいぞいいぞ、限界まで往復して!」
「ニャー!もう腕パンパン!」
「26往復か」
「歳の数だけやれました〜」
「すごいね、ぶら下がるだけでも大変なのに。しっかりTO-NAハウスでトレーニングしてるんだなって思った」
「ちなみにさばさんがやるとどれくらいいけますか?」
「やってみようか?」
「何往復した?」
「46往復です!」
「歳の数だけやれた!」
「すごすぎるだろ…どんだけ肉体追い込んでるんですか」
「今年からは行き帰りのダッシュも始めたんだ。これくらいしないと年齢には抗えなくてさ」
「カッコ良すぎるやろ…」
「やっぱりさばさんは俺のヒーローだ」
そして松井田パークでは飛び移りの練習を行っていた。本番、1本目から2本目への移行では後ろへの飛び移り(1.8m)を要求され、あろうことかその突起は電動で上下移動をしている。それを掴んだら横移動を挟み、上下動から今度は前後に動く突起に飛び掴む。このタイミングを合わせるのがまた至難の業で、ここで有力選手の多くが沼地に引きずり込まれる。
流石に電動までは松井田パークでも再現できておらず、メイは多くの選手が理想とする距離・高さで飛び移りに挑む。
「2本目が最上部からちょっと下がった辺りで1本目から2本目へ飛び移る。2本目と3本目の距離は、2本目が最上部に来た時が180cmと最も近い。ただ最初の飛び移りと違い90cmの落差があるから衝撃に耐えられるかがポイントだ」
実際にやってみると、一筋縄でいく訳が無くて、まず飛んでも突起に届かないのである。体を大きく振らないといけないのだが、指だけで体重を支えながらそれをするのは困難である。
そしてその場にいたあやめも松井田も、本番における崖衣紋掛は未経験である。的確な助言はできないでいた。
「そしたらさ、いよいよサシコくんにレクチャーしてもらえばいいんじゃない?」あやめが提案する。
「おぉ、遂にその域に入ったのか」
「W杯共に戦った仲間だからね、話つけておくよ」
サシコくんは言わずと知れた、現行のSASIKO最強のプレーヤー。理系大学院生時代とシステムエンジニア時代、計2度の魔城陥落を果たし、崖衣紋掛は10回近く挑んで1回も失敗したことがない。
「サシコくんは大阪住みだけど、メイちゃん帰省とかする予定ある?」
「はい。3日くらいお休みいただきます」
「よし、じゃあそれに合わせてサシコくんの練習場いってらっしゃい!」
「めちゃ楽しみ〜」
「そして今日は私松井田より発表があります!」
「おっ?もしかして」
「今回のSASIKO、予選突破しました!出場します!」
「やったー!」手を取り合い喜ぶタテルとメイ。
「松井田さんと一緒にSASIKOできる時を待ってました…はぁ、嬉しい…」
「今度こそ最後のチャンスと思って頑張るから。メイちゃんと一緒に先の景色を見に行くぞ!」
「楽しみだ」

その日の練習終わり、タテルはメイを連れて高崎の気になる蕎麦屋を訪れた。高崎駅から北西へ徒歩10分弱の場所にある蕎麦ほしの。予約はしていなかったがテーブル席が空いていて飛び込むことができた。
蕎麦以外にも摘みや天ぷらが充実したラインナップ。居酒屋感覚で利用したいところであったが、本番に向け体を引き締めたいメイは潔く蕎麦だけを注文する。

勝駒や飛露喜など日本酒のラインナップも充実していたが、節制するメイに合わせイチローズモルトのハイボール1杯で通すタテル。
「この前代官山のARMONICOというイタリアン行ったらシェフにここ紹介されたんだ。修行仲間だったみたいで」
「代官山なんてお洒落そうですね」
「大分の海産物を使った料理が多かったね。最近高崎によく通ってて、そばきりの蕎麦が美味しかったって話したらこの店を勧められたんだ」
「それで来たんですね。タテルさん律儀ですね」
「紹介されたらね、試してみるしかないじゃん。ネットで名店調べて行くのもいいけど、シェフが勧める店を次々辿るのも面白そうだな、と思って」
「友達の輪、ってものですね」

摘みの蕎麦スナックからは蕎麦の香りが感じられ、料理への期待も高まる。
「SASIKOやってても思います、友達の輪っていいなって」
「それ俺も思うな。今のSASIKOはソロスポーツでありながら、仲間で一丸となって取り組んでいる感じが強くあるよね」
「そうですね。温かい雰囲気があるというか」
「昔のSASIKOが好きな人からしたら馴れ合いに見えるのだろうけど、難敵に立ち向かうにあたって仲間の存在は励みになるよな」
「山田GATSBYさんがチーム作って、後輩に魔城陥落の夢託すのも胸熱ですよね」
「仲間あってこそドラマが生まれる。夢も見られる。それってすごい素敵なことだよな」
「憧れていたSASIKO戦士の方々といっぱい会えて幸せですね」

タテルが頼んだ野菜天ぷら盛り合わせ。蕎麦屋の天ぷらは衣がぼってりしていることが多い中、こちらは控えめな衣付けであり、素材の味がはっきりとわかる。特にブロッコリーの旨味が印象に残った。高級天ぷらに近いクオリティである。

もちろん蕎麦も、仄かに蕎麦の香りがする良質な仕上がりである。つゆにつけたり天ぷらを挟んだりしながら、あっという間に完食してしまった。
「メイ足りるかそれだけで?」
「メイお腹いっぱいになったことないねん!」
「そうだったそうだった」
「本当は食べたいんですけどこれくらいにしておかんと、まだ動きたいので」
「あんなに衣紋と垂直練習したのに?」
「本番も近いので、なるべくたくさん追い込みたいです」
近くの公園にやってきたメイとタテル。メイは颯爽とコートを脱ぎタテルに預けると、鉄棒にぶら下がって懸垂を始めた。とても食後とは思えない身のこなしを見て、元々運動神経の良い女の子が好きなタテルはうっとりしていた。その顔はニヤニヤしつつ、少し泣き出しそうにもみえた。

「素質はあると思ってたけど、まさかサシコくんにまで繋いでもらえるとは思わなかったよ。メイは俺の誇りだ」
「タテルさんも、いつも練習付き合ってくださって感謝してます」
「俺の好きな人が俺の好きなことに挑む。全力でサポートするに決まってるだろ」
「エヘヘ。ありがとうございます」
サシコくんとのトレーニング当日。仕事の都合で大阪に行けないタテルも、リモートで練習の様子を見守る。
「あれ、今メイの隣にいるのはもしかして…」
「ども、イヨ銀行の松岡です!」
本選に出場できていない間も自宅にSASIKOセットを組んで尋常でない練習量を積み、前回大会初出場するといきなり崖衣紋をクリアした松岡。2回目の出場にして最終砦進出が早くも期待されているニュースターである。
「現行環境でこういう新顔の現れ方は無いと思ってました。ねじ伏せてほしいですね魔城を」
「ありがとうございます。今日は第三砦の通し練習を何回かやろうと思うので、その合間にコーチングしますね」
「貴重な時間を割いていただきありがとうございます。それにしてもスーツ姿ですけど、まさかこのままやるんですか?」
「はい。銀行員なので」
「動けるんですか⁈」
「タテルさん、松岡さんナメたらあきまへんよ」
「メイ…」
「おっすごい、ちゃんと腕伸ばせて振れてるじゃん」
「ちょっと振り向くのが早いかな。なるべく振るのに集中して。そうそうそう」
「あ、飛ぶのが前に行き過ぎ。斜め上に飛び出して、目線は突起に」
「掴む時は腕曲げてね。衝撃を吸収できるから」
「やった!掴めた!」
「おめでとう!すごいよメイちゃん」
「短期間でここまで仕上げてくるのびっくりだね」
「SASIKO戦士の皆さん、そしてタテルさんの分析のおかげです」
「でもポテンシャルないとこの短期間ではできるようにならないよ。可能性あるぞ、崖衣紋突破」
「後は何回も飛び移りの練習することだね。基本はできているから、怪我しない程度にたくさん飛んで」
「2本目から3本目のタイミングはどうしたらいいですか」
「俺ら結構感覚でやってるんだよね」
「そうそう。2本目と3本目の距離が最短の時飛ぶ人も多いんだけど、2本目が最上部にあるから落差が激しくて落ちちゃうんだよね」
「少し距離あっても重力の負担がかからない位置を見つけるといいよ」
「はい!」
NEXT