連続百名店小説『忍び猫』2nd STAGE ③(そばきり/高崎問屋町)

世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借り、同じく有力女性選手・小島あやめと切磋琢磨しながら女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指し特訓を積む。

  

呆然とするSASIKO戦士たち。しかしそれ以上にステージ上のメイが憔悴しており、声をかけに行くことも憚られた。
「こんなことになるなんて!大丈夫かなタテルくん…」
「メイちゃんのメンタルも心配だ。本当に諦めてしまうかもしれない」
「それは食い止めないと」
「とりあえず俺らは一旦持ち場に帰ろう。俺らが動きを止めてしまってはタテルくんやメイちゃんに示しがつかない。2人は絶対に帰ってきます。信じましょう」
本庄の力強い言葉で、SASIKO戦士たちは気持ちを維持することができた。

  

2日後、メイから各SASIKO戦士へメッセージが届いた。
タテルは一命を取り留めました。ですが意識不明の状態が続いており、記憶を失っている可能性も否定できません。
皆さんはどうか本業およびSASIKOの練習に専念なさってください。恐らくタテルもそれを望んでおります。私もダンスの先生に言われまして、いつも通り練習し、タテルが帰ってきた時に安心してもらえるようにと励んでおります。いつ潤さんに教えていただいた登竜梯子、安定して上げ下げできるようになりました。SASIKO仲間の皆さんの優しさに大変感謝しております。
そしてもし宜しければ、タテルさんへのメッセージ送っていただけますでしょうか。千羽鶴を作るにあたって、折り紙の裏に忍ばせておこうと考えています。お手隙の際で構いません。どうぞ宜しくお願い致します。

  

メイの心が折れていないことを知り、SASIKO戦士たちは安堵した。早速メッセージをメイに送り、他の仲間にもメッセージを募る。

  

そして事故から1週間ほどして、タテルは意識を取り戻した。記憶障害や後遺症などもなく無事に仕事に復帰する。
「SASIKOの皆さんまで…」
「私が皆さんにメッセージ送ってもらうよう言ったんです」
「自分からそういうことするようになるなんて、今までのメイじゃ考えられないよな」
「メイちゃんはみんなが泣いている時も、自分は涙堪えて慰めてあげたんだよ」
「そうなの⁈あんな泣き虫だったメイも、SASIKOのお陰ですっかり逞しくなったね」
「登竜梯子もできるようになりました。見てください動画」
「素晴らしい…感激するよ。俺ももう大丈夫だ、一緒に魔城陥落目指そうな」
「はい!」

  

その後機材落下事故がFの協力者による陰謀により引き起こされたことが判明。世間は漸くFの悪質さに気付き、TO-NAの名誉は回復された。綱の手引き坂全盛期に近い人気を取り戻し、それに合わせてタテルもタレントとして引っ張りだこになった。

  

人気者になってもSASIKOへの情熱は捨てないメイとタテル。8月上旬のある日も2人は松井田パークを訪れる。タテルは映画撮影で滞在していた水戸から遠路はるばるやってきていた。
「タテルくん、生きてて良かった〜!」
「ご心配おかけしてすみませんでした。無茶なことしてしまったと反省しています…」
「護りたかったんだよねメンバーのこと。TO-NAファンとして、有難うだよ本当に…」

  

この日はメイ・あやめの他にも、神奈川県寒川町の中学校で体育教師をしている佐藤が松井田の元を訪れていた。通称「3代目SASIKO先生」。夏休みという時期を有効活用し肉体を追い込む。
「すごいなSASIKO先生」
「生徒のみんなの想い背負ってるからね」
「教え子達がスタート台に集結する、SASIKO先生伝統の風景ですね」
「あれは力出るよね。逆にそれで第一砦越えられなかった時の歯痒さと言ったら」
「ああ…」
「お陰で40越えてからクリア率が高くなって。限界突破できてる気がしますね」
「俺とそんな年齢変わらないのに、すごいな先生は…」
松井田が考え込むように発言する。その手に持つスマホには、何故かSASIKO予選会の応募ページが映っていた。

  

「あそうだメイちゃん、明日俺が主催する逆流泳の練習会あるんだけど来る?」
「泳ぎの練習ですか?」
「そうだよメイちゃん。SASIKO先生はね、体育の中でも水泳が一番得意なんだ。ドーバー海峡横断も経験してるんだぞ」
「えめっちゃ習いたい。行きます行きます!」
「積極的で良いね!」

  

水上温泉に宿泊し翌日。午前中は10時くらいまで皆でセット練を行い、そこから関越道に乗って高崎まで移動する。
「練習前に腹拵えだ。プールの近くにある、群馬で1番の蕎麦の名店に行ってみよう」
「お蕎麦いいですね。夏って気がします」
「蕎麦はタンパク質が豊富だし、他の栄養素もバランス良く含まれている。メイ、今後は主食を蕎麦に置き換えてもいいかもね」
「蕎麦ならご飯よりも準備簡単やしええかも」

  

高崎パスタブームを牽引するシャンゴの本店から目と鼻の先。蕎麦の名店そばきりに入店するタテル・メイ・あやめ・SASIKO先生。運良く広めの座敷が空いていたため滑り込む。平日にも関わらず12時前には満席となる人気店である。

  

「せいろそばでいいですかね?」
「はい」
「はい」
「俺は天せいろで…」
「タテルくんは蕎麦だけじゃ足りなさそうだもんね」
「はい。自分の分は自分で払うので、すみません!」
「メイも天ぷら食べたい」
「少しくらいならいいんじゃない?あ、ほたての大葉揚げなんてのあるよ」
「それ食べま〜す」

  

「メイちゃん、泳ぎは得意なの?」あやめが問う。
「得意ですよ。私猫なんですけどね」
「ハハ。でもそれ結構有利だよね」
「SASIKOに泳ぐ障害が導入された時は衝撃だったからね」
「水に落ちちゃいけない競技で水に触れるという矛盾」
「だから水泳ができない人は大変だった。さばさんもそれで苦労したからね」
「SASIKO先生の特訓のお陰で克服してましたもんね。やっぱ仲間がいるのって心強いですよ…」

  

ほたて貝柱を大葉で巻いて揚げた天ぷら。大葉のお淑やかな香りに貝柱の旨味がじんわり溶け出す。中々の美味である。

  

「メイちゃんスポーツなら何でもできる?」
「できます!苦手なスポーツはないです」
「メイの通知表、体育だけはずっと5だもんね」
「体育だけ、って何ですか!」
「でも運動神経が良くなくてもSASIKOはできるんですよね。現役最強プレーヤーのSASIKOくんだって、球技はからきしできないって言ってました」
「それ興味深いよね。ボルダリングで鍛え上げて」
「ボルダリングは体力系に見えて頭脳戦ですからね。理系大学院生とか研究の合間に熱中してます。メイもすっかりどハマりして」
「楽しいなボルダリング。指の力も強くなった気がする」

  

タテルの天せいろ、先に仕上がったのは天ぷらである。厚ぼったい衣ではあるが重たくは無く、具材の味もはっきりしている。美味しい天ぷらである。

  

そして蕎麦。何もつけずに食べると、蕎麦の実の野生味を少し感じる。細いが歯応えがあり、蕎麦殻の食感も感じ取った。

  

塩の用意が無いため次はつゆにつけて。関東の田舎町らしく甘みがドーンとくる。そのおかげか、天ぷらを合わせて食べると油とそばつゆで口の中に旨味の膜が張られる。これが面白い。
「タテルくんの蕎麦の食べ方、ツウすぎる」
「それみんなに言われます。竜神大吊橋の蕎麦も食べに行くけど、また言われるんだろうな…」
「いいことじゃないですか。最近俺たちも食リポ仕事求められるようになって、タテルくんのコメントとかすごく勉強になる」
「ああ、SASIKO体験会ついでのグルメレポですね」
「難しかったです。タレントさんってすごいな、と思いました」
「でも名もなき男がSASIKOを通して名を広めるの、すごいことだと思います。普段教師だったり漁師だったり営業マンだったりエンジニアだったりする人の名前を僕は知っていて正しく漢字で書ける。これって奇跡ですよね」
「それだけSASIKOが大きくなっていった。俺は参加してないけど世界大会までやって、本当にすごいと思います」

  

最後にきな粉の風味豊かなわらび餅で糖分補給して店を後にする。この時間帯ともなると客は疎らであり、平日であれば少し遅めに訪れても良いのかもしれない(完売による早仕舞いが心配ではあるが)。

  

高崎市内のとあるプール。ここには本番さながらの逆流発生装置を搭載した特別プールがある。受付を済ませ他のSASIKO仲間と合流する。そこには何故か松井田がいた。
「松井田さん?練習やるんですか?」
「ああ。実はな、俺やっぱりもう一回SASIKOに挑もうと思って。応募しちゃったんだよな予選会に」
「めちゃ嬉しい!」真っ先に喜ぶメイ。
「皆が練習する姿を見て、やっぱりSASIKOっていいよな、って思った。俺にはSASIKOしかないって」
「それ山田GATSBYさんの言葉」
「ハハハ。それに娘のカンナが辰巳さんにこっそり手紙送ってたんだって」

  

引退してからも、父の作った松井田パークには多くの選手が練習に来ています。メイさんなんて忙しいのにもう10回以上は来て楽しく練習しています。その姿を見た父の背中は、どこか寂しそうでした。
一度引退を決めた人がまたSASIKOに出場だなんておこがましい話だとは承知しております。ですがもう一度だけでも、父をあのスタート台に立たせてください。どうぞ宜しくお願い致します。

  

「だから予選会に来てくれ、ってことになって。まだ出場確定した訳じゃないけど、やるからにはもう今から、魔城陥落目指してやるしかないと思った」

  

涙するメイ達。そしてタテルは松井田の肩を抱き寄せた。
「松井田さん…そう来なくっちゃ!」
「ありがとうタテルくん。皆に出逢えて本当に感謝してます」

  

そしてSASIKO先生主催の練習が始まった。まるで部活生を指導するかのような熱血ぶりを見せる。
「松井田さん立たないよ!そこで諦めたら示しがつかない!」
「あやめ、そのフォームじゃ消耗早いぞ!ある程度身を委ねることも覚えて!」
「メイ、焦るな!君は泳げる子だ、フォーム崩さないでしっかり捉えて!そうだそうだ!やったいけたじゃん!」

  

熱気漲った特訓は3時間にわたった。
「これで自信ついたな」
「皆さんよく頑張りました。やっぱ楽しいっすね、みんなでやるSASIKOは」
「ホントそうですよね…」再び涙する松井田。
「良い夏の思い出になりましたね。あ、水戸の梅っていうお菓子渡しますね。糖分に加え塩分補給にも丁度良いのでどうぞ」
「ありがとうタテルくん。気遣いの天才!」
「いえいえ。メイ、俺また暫く会えないけどトレーニング頑張るんだぞ」
「はい!」

  

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SASIKO2024本番 第二砦
日本人女性史上3人目の第一砦クリア。小柄な彼女の体からは、SASIKOの歴史を動かす予感を覚えます。次に目指すは日本人女性初の第三砦進出。さあ猫まっしぐらで進むんだ、アイドルグループTO-NAのメンバー・メイ!

  

ログにしがみつきまずは回転抱円柱(Rolling Log)。少しニャーと叫んだが大丈夫か。片足を外して遠心力を逃がします。着地もしっかり決めた。三半規管は問題ないと言っておりました。這いつくばりながら登竜梯子(Salmon Ladder)の麓に辿り着きます。バーに飛びついた。おっ、スムーズにバーを上げていく。パルクールのいつ潤に登竜梯子の練習の仕方を教わったというメイ、上りを終えバーを乗り移る。今度は下り慎重に。でもスピーディーに。軽やかに越えていった!続いて蜘蛛走(Spider Run)と蜘蛛降(Spider Drop)が待ち構える。2年前小島あやめが砕け散ったこの場所に今度はメイが挑む。男性と同じ幅、小柄なメイには少し厳しいか?いや、スイスイと進んで行く!男性顔負けのスピードだ!幼い頃から家の壁で蜘蛛走してきた甲斐があった!そしてああなんとドロップしな〜い!去年のいつ潤が繰り出した技を、いつ潤の弟子も見事に決めた!魅せるメイ!日本人女性が史上初めて逆流泳(Back Stream)に入ります!猫だから水が苦手か?いえいえ、メイに苦手なスポーツはありません!SASIKO先生の指導を受け難なくこなした!滑り台ではコースアウトしないように。逆走工場(Reverse Conveyor)は獲物を見つけた虎のように進む!滴る水の滑りもなんのその!さあ残り時間15秒だ!これはいけるぞ!壁持上(Wall Lifting)1枚目、2枚目は…ちょっと重そうか!警告音がなる中だが大丈夫だ!3枚目、後悔しないよう根性を発揮して上げた!そしてボタンを押した!今歴史が変わった!日本人女性初の第二砦クリア、第三砦進出は、TO-NAのメイが果たしました!沸き立つ淫山(MIDARAYAMA)!女性には無理だ、と言っていい時代ではもうない。メイはジェンダーギャップを越え、令和という時代の寵児になりました!

  

「おめでとうございます!日本人女性初の第二砦クリアです」
「嬉しいです〜。第一砦の時よりもはるかに達成感があります」
「次は第三砦です。どこまでを目標にしましょうか」
「それはもちろん、ゴールのマットに着地することです」
「頼もしい!その勢いで攻略してください!」
「ありがとうございま〜す!」

  

しかし嬉しいことばかりではなかった。共に第二砦に進出した松井田は蜘蛛走で足が滑り落水。
「泳ぎの特訓の成果出せなかった…本当に悔しい」

  

あやめは逆流泳を越えたものの壁持上2枚目で時間切れに終わった。
「まだまだですね…」

  

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