世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借り、同じく有力女性選手・小島あやめと切磋琢磨しながら女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指し特訓を積む。
メイはあやめに勧められた錦糸町のボルダリングジムの門を叩いた。
「え⁈メイちゃんだ!」
「小島あやめさんの紹介で来ました〜」
「私綱の手引き坂のファンなんです。嬉しい〜来てくださって」
「おっ、メイちゃんじゃん。ボルダリング始めるんだ、いい心掛けだね」
メイに声をかけてきた男は、こちらもまたSASIKO有力選手の本庄。かつては不良少年であったが、仲間と共にSASIKOの体験施設を訪れたことがきっかけとなり本気で魔城陥落を目指すことに。徐々に結果を出すようになり、最終砦進出も経験した。練習の一環としてボルダリングに没頭していた時、理想のクライミングアイテムやジムを実現したくなり起業。彼の経営するボルダリングジムの1つがここである。
「辰巳さんとあやめから話は聞いている。早速やってみようか、俺が指導するから」
ボルダリングは究極のスポーツである。ただ筋力を鍛えるだけでなく、少ない労力で大きな動きをするための感覚を学べる。腕力のみならず全身の筋肉、そして平衡感覚や柔軟性も養える。
「めっちゃ面白かった〜」
「定期的に通ってみる?」
「通います!」
「よっしゃ。じゃあボルダリング専用のシューズも作ろうか。さっき受付してくれた子が採寸やってくれるから」
つま先から踵だけでなく、横幅や厚さまで徹底的に足を計測されるメイ。
「人差し指の方が長いタイプですね。少し厚みのある立派な足です」
「恥ずかしい…」
「足は大事ですからね。一人ひとりの足にあったシューズで、足を痛めつけることなくボルダリングしてほしいんです。あ観ましたよメイさんのSASIKO。余弦波のバーを掴んだのは圧巻でした」
「ありがとうございます〜」
「楽しそうにやっているのが、ファンとしてはすごく嬉しいんです。私が言うことではないかもしれませんが、楽しむことだけは忘れないでください」
その後メイは週1〜2回のペースでボルダリングジムに通い力を磨いていった。一方で水上の松井田パークにおける練習も、雪の合間を縫いつつではあるがコンスタントにこなす。
「ニャァァ!やっぱり重力が!」
「メイちゃん、仮にバーをジュンサカで握ったら?」
ジュンサカとは、バーを片手は順手、もう片方は逆手にして握るやり方である。元々はミスターSASIKOが第三砦の最終管滑走を攻略するために編み出した方法であるが、余弦波滑降においては、のしかかる重力に耐えるためのやり方として定着している。日本の有力選手に教え込まれた外国人選手もよく唱えるようになり、「JUN-SAKA」は「MOTTAINAI」などと並ぶ万国共通語になっている。
「あ、これだと落ちないかも」
「いいねぇ。そうなると次はどうジュンサカで掴むかだね」
「ただでさえ跳躍が足りなくてバーを掴み損ねる可能性があるのに、片手を後ろから掴まなければいけない。この感覚を如何に体に覚え込ませるか」
実際問題メイはこの掴み取り方に難儀した。いくらやっても後ろからバーを取ることができないのである。課題を残したままこの日は練習を終える。松井田の前では堪えていたが、上毛高原の改札口を抜けると涙が溢れ出すメイ。
「どうしたメイ。余弦波ができなかったからか」
メイは小さく頷く。
「泣くなって。そんなすぐできるようになっちゃつまらないだろ」
「…」
「SASIKOの選手は私財投げ打ってまでセットを造り、中には仕事を辞めた人もいる。人生かけてやって、それでも魔城陥落できない人の方が多い。だから容易くできるようになると思うな」
「はい…」
「わかってくれたら大丈夫だ。次やってみたら意外とできるようになっているかもしれない。俺はメイを信じてる。メイも自分を信じるんだ」
タテルは真っ直ぐな目でメイを見つめ、健闘を讃える。
次の松井田パークにおける練習は3月中旬、綱の手引き坂の春ライヴ(含エースメンバー京子の卒コン)リハ期間突入前のタイミングとなった。余弦波滑降は仕上がっていないが、この日は第一砦最後の山場・反立壁の練習をする。その前の一卡比獣押(Tackle)を押して本番と同様に脚力を消耗しておく。
「ニャァ、足がもつれる〜」
「今度は脚力強化か…そうだメイちゃん、階段ダッシュやってみない?」
「やってみたいです」
「この辺で階段といったら、もしかしてあの駅?」

タテルの予想通り、松井田はメイらを水上駅へ連れていき、上越方面の電車に案内した。
「土合駅ですよね、松井田さん」
「そうそう。よく知ってるねタテルくん」
「俺鉄オタでもあるので、前から行ってみたかったんです」
「タテルさんタテルさん、そんなに階段すごいんですか?」
「まあ見てのお楽しみだ」

日本一のモグラ駅として知られる土合。雪國へと続く長いトンネルの途中にあり、地上までは階段を462段上らないといけない。

「え、すごいやん」
長い階段を前に嬉しそうなメイ。早速上へと駆け上る。
「待ってよメイ、速すぎるって」

「ハァ、ハァ…気持ちいい!わぁすごい、下見たら底無し沼だ〜」
軽く息を切らしていたが、メイは強靭なスタミナであっという間に462段を上りきった。
松井田も7割方上っていたが、タテルはすっかり息切れして踊り場のベンチに腰掛けていた。
「膝が笑って足上がらない!」
「タテルさんしっかりしてください〜」
「本当メイは体力おばけだよな。俺もう一生上りきれない。ここで死にそうだよ」
「タテルさんおらへんと、メイ困りますわ〜」
「ハハハ、仲良いね2人とも」
タテルが上りきるまでの暇つぶしにと、メイは態々下まで降りてまた上り直した。
「この状態で反立壁登れたら怖いものなしですね」
「そうだね!まず一度上ったのに下りるなよ」
「これくらい余裕やないと、第一砦はクリアできまへんで〜」


死力を尽くしたタテルも何とか駅舎まで辿り着き、駅の外に出る。

水上駅へ戻る電車まで少し時間があったため、駅向かいにあるカフェで一休みすることにした。
「寒い〜、あったかい飲み物がいいな」
「あれだけ体動かしたのに寒いんだ。俺なんて暑いくらいだよ」
「体大きいからですよ。タテルさんも鍛えましょう」
「そもそも俺も、ダイエット目的でSASIKO始めてみたんだ。そしたらこんなのめりこんじゃって」
松井田の意外なきっかけを知り驚くメイとタテル。
「メイちゃんも言ってることだし、タテルくんもセット練してみる?」
「せっかくだからやってみますかね。でも俺は本戦には出ませんよ。100人しか出れない貴重な1枠は他の誰かに充ててほしい」
暑い、と言っていたタテルであったが、お腹を冷やしてはいけないという理由でホットカフェラテを注文。出来上がりまでは少し時間がかかり、戻りの電車に間に合わないのではないかと少しヒヤヒヤする一同。

発車20分前に漸くコーヒーにありつけた。特別感は恐らく無いが、心も体も落ち着けてくれる真心たっぷりの飲み物である。小菓子としてビスコフを置いてくれるのも良い。
地の物を取り入れたかったタテルは谷川岳コーヒーゼリーを注文。恐らくだが谷川岳の水を使ってコーヒーを抽出したものと思われる。コーヒー自体は酸味が強く出ていた。新幹線のスジャータアイスのように硬いミルクジェラートを削りながら甘さを足していく。

「あと5分ですけど、階段下りるの間に合います?」不安がるメイ。
「ああ、水上駅方面のホームは普通に地上だから」
「なーんだ、駆け下りる気満々だったんですけど」
「ハハハ。面白いよね上りと下りの高低差」
松井田パークに戻ったメイはひたすら余弦波滑降と反立壁を練習する。何度も跳ね返されはするが、タテルの言葉を思い出し挫けずに挑み続けた。
「お、余弦波成功した!」
「やった〜!」
「さっすが〜!これでだいぶ自信ついたね」
さらに反立壁も天辺を掴めるようになり、これにてメイは第一砦の障害全てを1回はクリアしたことになり、第二砦が現実味を帯び始める。
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SASIKO2024本番当日。メイは凛々しい顔つきでスタート台に立っていた。グループのメンバーが応援メッセージを寄せ書いた薄桃色のシャツを身に纏い気合い十分。そしてスタート音がこだました。
さあ飛び出して行きましたTO-NAのメイ、まずは四枚跳(Quintuple Steps)をトントントンと軽々飛んでいく、そして滝上下(Rolling Hill)に飛びついた。ニックネームは「猫」、まさしく猫のように軽やかな登り!続いて下りはローラーを回さないように。今年は本気で第一砦をクリアする、そのために一つひとつのエリアを速く攻略することを心がける、と本番前言っておりました。さあ対岸に飛びついた。
次は新障害の橙汁露酒(Screwdriver)。ボタンを押して、自慢の俊足でポールに飛びついた!そして迷わず対岸へ。ボルダリングで鍛えた身体感覚で、難関新障害も何のその。
続いて魚骨(Fish Bones)、今回からポールが増えたがさあどうか。タイミングを見て、今飛び出していった。ブレない体幹、ポールにたじろぐことなく進む!これぞ猫まっしぐらだ!
そして次は二連金剛君(Twin Diamonds)。去年はここで落ちてしまいました。戦友の小島あやめからは迷わず進むようにとアドバイスを貰った。それを受けて飛び乗る!そして鈍角ではなく鋭角から飛び出す!乗った!去年の雪辱を果たした!最後の着地も完璧だ!そして時間もたっぷり残っている!
余弦波滑降(Dragon Glider)にやってきたメイ。突破へ向け何度も水上の松井田パークで練習を重ねました。ジュンサカで飛びつくのが難しいと語っていましたが、しっかり掴んだ!重力に負けず2本目を順手順手!着地ちょっとバランス崩したが立て直した!日本人女性史上3人目の第一砦クリアが見えてきた!
女性用に通常の重さの半分となった一卡比獣押(Tackle)、ニャーと叫んで力を捻出する。脚力は階段ダッシュで鍛えました。小さな体で重い卡比獣を押し込んだ!
運命の反立壁と相対する!疲れの色が見えてきたようだ、しばし壁の端に腰掛け息を整えます。時間はあと20秒だ。1回に賭けるかすぐ飛び出すか。メイは飛び出した!頂上に手をかけ軽々と登った!そしてボタンを押した!なんということでしょう!日本人女性3人目の第一砦クリア!無邪気な笑顔で喜ぶTO-NAのメイ!4回目の挑戦にして第一砦の頂に立ちました!
地上に降りてきたメイは落ち着いた顔つきでインタビューを受ける。
「第一砦クリア、おめでとうございます!」
「嬉しいです。あやめさんと一緒にクリアする、と約束していたので、はい」
「結構控えめな喜び方なんですね」
「第三砦を目指しているので、ここで満足はしてません」
「心強いお言葉、ありがとうございます。この後も頑張ってください」
「はい、頑張りま〜す!」
メイはたまにしか出さない大声で、日本人女性初の第二砦攻略を誓った。
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