連続カフェ&喫茶店百名店小説『Time Hopper』第10幕:燦々と 前編(文明堂茶館 ル・カフェ/関内)

現代を生きる時生翔(ときお・かける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れる。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。

  

—第10幕:さんさんと—

  

「えーっと、バリスタになる方法は…あそうか、ここ過去だからスマホ使えないのか」
「調べ物は本ですればいいじゃない。図書館でも行けば?」
「現代ではインターネットさえあれば何でも調べられる。わざわざ本開くのは面倒」
「でもその労力があってこそ知識が身につくものだと思うな。スマホだとすぐ情報に辿り着けるぶん、有り難みが無くてすぐ忘れちゃう」
「そう言われるとそんな気がする。いらん事ばかり調べて肝心の調べたいことを蔑ろにしちゃうんだよね」
「良くないよそれ。図書館行きましょ。川越えた先にあるから」

  

静かな図書館でコーヒーの勉強をする翔と演技論を読み込むトキ。会話を交わすことも無く読み耽け、気づけば閉館の時間になっていた。2人とも、それぞれへの夢へと向かう姿勢を確かなものにした。

  

翌日、翔はアルバイト募集の張り紙がなされた近所の喫茶店を訪ねた。
「時生翔と申します。月・火働けます。コーヒーを学びたいです」
「不採用」
「えっ?」
「あのな、俺は食器洗いとか接客とかしてくれる奴を求めてるんだ。それに月・火だけしか来れないなんて中途半端だ。勉強目的なら客として来い」
「…」

  

まるで弟子入りを志願するかのように喫茶店を回るも全く相手にしてもらえず絶望する翔。その様子を見かねたトキは気晴らしにと翔を横浜へ連れ出す。この時代の横浜には観覧車もランドマークタワーも存在せず、逆に東横線が桜木町駅まで乗り入れていて翔は大いに驚いた。それでも野毛や関内、辺りは現代と大きく変わらない街並みである。横浜国際劇場を訪れたりするなどしてしばらく横浜デートを楽しみ塞いだ気分を晴らしていたが、歩いている途中予報に無かった雨に見舞われ悔しい思いをする翔。
「もう嫌になっちゃうよね。バリスタになりたいと思ったら出鼻挫かれて」
「断られると誰でも落ち込むよね。でも切り替えないと」

  

そう言いながら傘を差し出すトキ。だが翔は不貞腐れた表情を崩さない。
「苦手だなぁ。忘れようと思ってもすぐフラッシュバックしてくるんだよ」
「困ったもんだね…」
「何やっても上手くいかない。やっぱあの時死ねば良かったんだ。なんでタイムスリップなんか…」
「過去ばかり見ていてもしょうがないでしょ!」
「…」
「嫌な過去はどう頑張っても嫌な過去。ならその嫌な過去をバネに進み続けるしかないでしょ」
「そうだけどさ…」
「私思うんだけど、バリスタになるには弟子入りが必須なの?」
「わかんない」
「もしかしたら専門学校みたいなの、あるんじゃない?」
「そうか、それもあり得るね」
「そこから自分で店開く、という手もあると思う。困った時は発想の転換、これが大事」

  

伊勢佐木町の松坂屋に逃げ込み雨が止むのを待つ。
「ここまで来たら文明堂行かない?」
「文明堂って、カステラ1番電話は2番、の?」
「知ってるんだその曲?現代でも有名?」
「めっちゃ有名。Z世代でも知ってる」
「Z世代が何かはわからないけど定番なのはわかった」

  

文明堂のカフェは日曜夕方にも関わらず待ちが発生する人気店で、20分ほど待って漸く入店することができた。文明堂といえばカステラ、と思っていた翔であったが、ここでは「パステル」というお菓子がお勧めされていた。
「三笠山の皮だけ…三笠山って何?」
「どら焼きよ」
「文明堂ってどら焼きも有名なんだ?」
「そうだよ。知らないの?」
「現代はコンビニにも美味しいどら焼きあるからね。どらもっちとか」
「なんか見たことあるそれ。現代のコンビニは洒落たスイーツが多いなぁ、なんて思ったんだよね」
「そうそう。この国を代表する七人のパティシエが忖度無しのアドヴァイスをするものだから余計に進化してるんだ」
「そうなんだ…」

  

結局翔はパステルと飲み物のセットを頼んだ。枚数は1〜3枚を選べるが、夕食が控えていることもあり1枚で我慢する。

  

飲み物はアイスコーヒーを選択した。特徴的なのは氷で、よくみるとコーヒー自体を凍らせた物であるようだ。溶けても水っぽくならない配慮であろう。味は暑い夏に丁度良い爽快な苦味が主である。

  

本題のパステルを食べて翔は驚愕した。生地のふくよかさと黒糖の優しい甘みが口の中にふぁっと広がるのである。外側をカリッと、残りをもちっと仕上げた焼きは地味ながらも乙張りが効いており、シンプルなのに衝撃的な美味しさとなっている。バターやシロップ、生クリームといったオプションを1つ選ぶことができるが、生地本来の味を最も邪魔しないシロップが最善策であろう。

  

「でも過去だって悪いことばかりじゃないでしょ」トキがぼそっと呟く。
「まあそうだけど。良い大学入れて、良い友達できて」
「最終的に夢を叶えることができれば、今くよくよしてることなんて笑い話になると思うよ。卑屈になることはない。元気出して、専門学校探しましょう」
「そうだね。ありがとう、俺のことなのに色々考えてくれて」

  

♪愛 燦々と この身に降って…
再び前を向き始めた翔。しかし夕立は未だ止んでおらず、雷まで鳴る始末であった。
「夜はあそこ行きたいな、原由子さんの実家の天ぷら屋さん」
「天吉ね。行こう行こう」
「しっかし雨強いな。今も昔も夕立は過酷だな!」
天吉に向かう2人の目の前すれすれに稲妻が落ちた。驚いた2人は後ろへ倒れる。

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です