連続百名店小説『独立戦争・上』第六話(天冨良よこ田/麻布十番)

かつてほどの人気を失いつつある女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」。その特別アンバサダーを務める渡辺タテルは、メンバーの自主性を認めるようプロデューサーの冬元に要請しようとしたが、弟でライバルグループ「檜坂46」を支配するカケルの手により「冬元の手から完全に離れる」と捻じ曲げられて伝えられ、独立騒動に発展した。
*この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。実在の人物・団体とは一切関係ありません。大事なことなので2回言いました。

「これはグミと2人であらいかわに行った時の写真…盗撮だろこれ」

  

リークしたのは勿論カケルである。恋愛スキャンダルは事実無根であるが、混乱に乗じて晒すことによりグミおよびタテルの求心力を奪い綱の手引き坂を内部崩壊させようとした。

  

日曜深夜1時。ついに生謝罪が始まる。
「いいか、カンペを一言一句変えずに読め!書いてあること以外は喋るなよ!」
謝罪文は冬元が作成したものであり、メンバーは自分の言葉を紡ぐことさえ許されなかった。当然メンバーは皆虚ろな表情で読み上げる。

  

「この度は、私どもの件で皆様をお騒がせしてしまい大変申し訳ございませんでした」
「私どもは、今の運営スタッフさん、そしてプロデューサーの冬元先生の手から離れたい、独立したいと宣言しました。しかし今となっては、この宣言をしたことを後悔しております」
「スタッフさんと冬元先生がいなければ、私達は輝けないということを痛感しました。実力不足にも関わらず生意気な態度をとってしまい、冬元先生の名誉も傷つけました。大変申し訳ございませんでした」
「そして、冬元先生の携わる他グループの皆様とそのファンの皆様へ。私どもの騒ぎにより冬元先生に余計な心労をかけてしまい、グループの活動を阻害してしまいました。いくら謝っても謝りきれないと思っております」
「今後私どもは心を入れ替え、冬元先生の教えに従い、運営スタッフさんへの感謝を忘れずに活動して参りたいと思います」
「独立宣言をしてから今日まで、沢山のファンの方から色々なお言葉をいただきました。応援して下さるファンの方々の期待を裏切ること、もうしません。この度は大変申し訳ございませんでした」

  

言いたくないことを言わされるメンバーの様子を見ていたたまれなくなったタテル。ここを逃すと弁明のチャンスは二度と無いだろうと考え、遂に感情が爆発する。
「ちょっと待ってください、おかしいですよこれ」
スタッフは力づくで制止しようとする。
「手出すんですか?暴行ですよ?」
引き下がるスタッフ。

  

まず、独立宣言は捏造されてます。確かに冬元先生以外が作詞した曲を歌いたいとは要請しました。ですがそれはカップリング曲など一部に限った話です。期別曲を排除するとも言ってません。地方都市でライヴしないとも言ってません。全ての期に各々冠番組を、なんて図々しいです。外番組7割拒否も偉そうすぎます。そして最後の文「最終的には冬元先生の手を完全に離れる」など言語道断ですよ。少しだけ自主性持たせてほしい、という内容の会議だったのに、書記を務めたスタッフが勝手に改竄したんです。彼女達に非はありません。自分の手でメールを送信しなかった私の責任です。ファンの皆様を心配にさせてしまい、大変申し訳ございませんでした!
そして流出した私とグミの写真についてですが、これはただの食事会です。綱の手引き坂メンバーに一流を知ってもらい、トップアーティストへの道を邁進したいという思いでやっており、次の回ではシホ、その次はヒヨリを連れて食事をしました。そこに恋愛感情はありません。ご承知おきください。

  

翌朝、生謝罪の様子が他局ワイドショーでも取り上げられた。ただ、運営側の圧力により、タテルが割って入った弁明の箇所は報じられず、無いことにされた。メディアを盲信し綱の手引き坂を叩く者、タテルの弁明をカットしたメディアに不信感を抱く者、メディアも綱の手引き坂もよくわからないけど取り敢えず叩けそうだから叩く者と、世間を分断するような騒ぎに発展した。

  

生謝罪から2日後。本職終わりのタテルはスズカ・ニュウ・コノと六本木ヒルズで合流した。いずれもタテルと共に高級天ぷらを食べに行ったことがある、通称「天ぷら選抜」である。けやき坂通りの上の歩道橋から、暫く東京タワーを眺める。

  

〽︎東京タワーで昔…
「MAPSさんの曲ですね。私も歌えますよ」スズカが歌いそうな顔をして言った。
〽︎はりついてた言葉は「努力」と「根性」
「ダメだ泣けてくる…」すぐ泣くコノ。
「厳しい状況だからこそ頑張るんだ。見てくれている人はたくさんいる」真面目に俯瞰するスズカ。
「何とかなるさ!」とにかく明るいニュウ。
「頼もしいよみんな。よし、もうすぐ8時半だ。『天活』のはじまりだな」

  

けやき坂の裏道(人はそれを「さくら坂」と呼ぶ」)を麻布十番方面に抜けた先にある洋風なビル。その3階に「天冨良よこ田」がある。ディナーのピークタイムは早い段階で満席になりがちな一方、開店直後か20:30以降は取れやすい。因みに1名での訪問の場合、ネット予約は困難で電話するしかない。

  

客は殆ど外国人であった。店主は少しだけ英語ができる模様。先代店主は某有名グルメブロガー曰く「押し付けがましい男ベッキー」らしいが、今回の店主はやたらと外国人客に「オッケー」と連呼していたので「押し付けがましいかどうかはわからないけど男ローラ」である。

  

「天つゆは穴子が出るまでは用意しません。欲しければ勿論お出ししますのでお申し付けください」
「皆、問題ないよね?」
「はい!」
天つゆ不要論者のタテルに調教された天ぷら選抜メンバーは疑うことなく受け入れた。

  

タテルはよろしく千萬あるべしの炭酸割り、ニュウはあらごし梅酒、スズカとコノは丸七製茶の煎茶を注文した。
「あ、これお茶か。メニュー見たときクラフトビールだと思ってた」
「タテルさんお酒のことしか考えていないんですね」
「色々あるからさ、飲みたくなっちゃうんだよね。まあ抑えてはいるけど」

  

まずは鰻のスープ。しまった鰻のたしかな旨味がある。つゆは江戸前の濃さで、鰻と合わせてしっくりくるものである。
「でも私は京都出身だから、控えめな味付けの方が好きかも」
「そっか、コノは京女だもんな。二郎系とか絶対食べなさそう」
「二郎系はわからないですけど、天下一品のこってりなら食べますよ」
「そっか、あれも京都か」
「お好み焼きも食べるもんね。みんなでお好み焼きパーティーやったり」
「微笑ましいな」
「タテルさんも落ち着いたら来てください」
「行かない。お好み焼きはよくわからないんだよな…」
「水臭いこと言わないでください!」ニュウに窘められるタテル。

  

車海老1尾と頭2つが一斉に登場。7割くらいの火入れで、生の海老らしい官能的なテイストも残っている。頭は一転、揚げががっしりしていて海老せんべいのような味わいである。
「皆、俺と食べた海老天の味は覚えているか?」
「ドラマ撮影の一環だったのであまり覚えてないですけど、タテルさん目を瞑って味わってましたね」
「私はドライブデートの締めで行って、素材に向き合うよう言われた記憶ならあります」
「おいおい、肝心の味は?」
「海老以上に印象に残る品があって…」
「そりゃそうか、海老は最初の方で出されるから不利だよね。その点今回は火入れを抑えて海老の甘味を引き出せていた。歯姫ロマンみたいに勝てるポテンシャルあるね」

  

次は天ぷらではなく八寸のような位置付けのもの。サザエ・そら豆豆腐・菜の花酢味噌和え。そら豆豆腐はそら豆の嫌な部分がちょっと目立った。それ以外は標準的な仕上がり。

  

間髪を容れずアスパラガスの天ぷらがやってきた。アスパラが持つ甘さを残せていると思う。これは塩でさえ下手につけるべきではない。

  

一方その頃、カケルは冬元に呼び出されていた。
「カケル、やはり生謝罪はよろしく無かったのでは」
「そうですね。タテルに隙を与えてしまったのは失策でした…」
「次の策は勿論考えているよな」
「ええ。圧力をかけて綱の手引き坂をメディアから排除します」
「圧力か。テレビ局に辞めジャネを出さないよう圧力を加えたジャネーノが公取委に注意されたこと、知らないのか?」
「だが、出たくないようにすることはできます。自然なやり方で綱の手引き坂を排除します。まずはあそこ、狙ってみましょう」

  

続いてイカ。これも控えめの火入れでとろっとした感覚がある。ただイカとは味気ない素材で、どうしても凡庸に感じてしまうものである。

  

春らしく山菜から、タラの芽。茎の方の苦味が堪らないのだが、1個ではどうも物足りない。他の店でも言えることだが、どうせ出すなら2個あった方がタラの芽を堪能できると思う。

  

小玉ねぎ。水分たっぷりで甘さが光るというのが玉ねぎの面白みであるが、今回は小ぶりであるため引き締まった甘味である。

  

「あ、カレーの匂いが…」
「フフッ。ここでこの店の伝家の宝刀・カレー塩の登場だ!」テンション高く宣うタテル。
「天ぷらにカレーって不思議な感覚…」
「意外と合うこともある。玉ねぎとカレーは繋がるし」
「ホントだ。これは面白い」
「この店は思い切ってると思う。外国人受けが良いのも納得だね」

  

鱚はこれまでの魚介とは一転、120%の火入れを決めてきた。素材の味も残しつつの香ばしさはクセになるしカレー塩とも相性が良い。

  

原木椎茸。椎茸嫌いが嫌がるクセが控えめでその分旨味に転化しているようだった。

  

タテルは日本酒を攻める。メロンのようにフルーティな一方、少し尖った感覚がある黒龍純米吟醸。しかしタテルは上手く口に運べず少し溢してしまった。
「タテルさん大丈夫ですか?疲れてません?」
「ああ疲れてるよ。生謝罪以来綱の手引き坂のことしか考えられない」
「ですよね…」
「本職では今までしないようなミスが続いた。昨日なんて気が回らなさすぎて5回も怒られたよ。もうパニックでさ!」
「5回もですか⁈それはそれは…」

  

「タテルさん、らしくないですよ!」
「スズカちゃん、どうした?」心配になるコノ。
「中途半端が一番良くないって、タテルさん教えてくれましたよね?」
お調子者のように見えて誰よりも真面目で努力家のスズカ。真っ直ぐな目でタテルを見てくる。タテルは何も言い返せない。
「そんな姿勢じゃ私たち不安です!はっきりしてくださいよ!」
「スズカちゃん、タテルさんだって考えがあるんだから。落ち着こうよ」
「…ごめんなさい、ヒートアップしてしまって」
「いいんだいいんだ。寧ろそう言ってくれて救われた。心血を注げるものに自分の身を捧げること、今スズカから学んだ。自分なりの答え、今週中には見つけるから待っててな」

  

左右の身を寄せ合い車輪のように揚がったアイナメ。これまた火入れ強め。ガリッとした衣と、とろっと解れる身のコントラストが光る魚である。

  

ホタテは再び半生の仕上がり。少し官能的な旨味を感じる。

  

穴子は火入れ強め。弾力があり、穴子らしい味の詰まりも感じられる。火入れの強弱を自在に切り替える臨機応変さはこの店の大きな特徴と言えよう。ここで漸く天つゆが登場するが、誰も目をくれない。

  

2種類目の日本酒は「獺祭槽湯汲み純米大吟醸磨き39」。普通の獺祭と比べてフルーティさが強いと思ったタテル。
「コノ、ラジオ楽しんでいるようだな」
「楽しいですよ。毎週聴いてもらえるの、本当嬉しいです」
「自然体で話してるもんね。するすると話が入っていく。安心感がある」
「ありがとうございます!」
「スズカとニュウも個性が活きているから聴いていて楽しい。息の詰まる日常に安らぎを与えてくれる。綱の手引き坂メンバーのラジオの才能はピカイチだよ」
「めちゃくちゃ嬉しいです…」
「だがちょっと不安なのは、今週やたらと皆のラジオにゲストが来る予定なんだよな…」
「そういえばそうですね。私のラジオには檜坂のbpgさんが来ます」
「私のところには希典坂のLITTLE LUCKちゃんが」
「私のところにも檜坂のdrnちゃんが来る。同じ苗字繋がりだから楽しみなんですけど…」
「SNSでは騒ぎになってる。綱の手引き坂メンバーのラジオに他坂メンバーを出すなんて、という苦情が多い」
「そんな、苦情は言わないで欲しい…他坂さんと喋れる機会、私たちは結構楽しみですよ」
「そうだけどさ、別にスペシャルウィーク(聴取率調査週間)じゃないもんね?」
「ですね。言われてみれば不思議です」

  

仕掛けていたのは冬元であった。
「俺のアイデアは、他の坂グループのメンバーを出して、そっちに注目させるようし向けることだ」
「ラジオは綱の手引き坂の生命線。ここを少しずつ崩していけば、綱の手引き坂に大痛手を与えることができる、そういうことですよね」
「そうだ。今は丁度檜坂シングルの販促期間。檜坂メンバーをゲストに呼び、綱の手引き坂メンバーから主導権を奪う。そして…」
「なるほど。良いアイデアですね」

  

続いて天ぷらの定番、茄子。
「熱っ!ああ、火傷しちゃった…」負け顔を見せるスズカ。
「茄子は熱いから気をつけろ。ゆっくり食べるんだ」
水分量が多い傾向にある茄子だが、こちらはトロッとした舌触りが印象的で、じっくり味わうことができる。

  

車海老が1尾来ると、コースは食事とデザートを残すのみとなった。食事はタテルの意向に合わせ全員が天茶を選択した。
「私達、これからどうなるんでしょうか?」
「それな。今のところ、何とか味方を一定数獲得することに成功したと思う。ただ綱の手引き坂が干される可能性は否定できない」
「MAPSさんもそうでしたもんね…」
「もし干された場合でも、歌やダンスの力を磨くチャンスだと思おう。圧力を撥ね除けるくらいの実力を持てば勝てると信じてる」
先ほどはヒートアップしていたスズカも大きく頷いた。
「そうですよね。腐ったら負けです」
「剣道で磨いた根性は人一倍あります!」
「泣いてる暇はない!」
「頼もしい。やっぱ綱の手引き坂は最強だよ。皆の燃えたぎる意欲、絶やすもんか」

  

芝海老のかき揚げが載った天茶。海老の身がぐっと引き締まり味わいも豊か。海老以外の具材が無いのでシンプルに海老に向き合えるのも良い。天茶をかけても衣はそこまでしならず、今まで食べた高級天ぷらの〆の中では頭ひとつ抜けていると思った。

  

ラフランスのシャーベットと抹茶。ラフランスの味は濃くて良いのだが、抹茶は粉っぽさが強くて、回転寿司店のあがりレベルでしかない。

  

「ニュウと行った足利の店、スズカと行った千葉の店、コノと行った富山の店。これらは皆素材を楽しむタイプなんだと思う。ここは素材というよりは揚げの技術が良いのかもしれない。分かり易い美味しさ。天ぷら初心者のメンバーも連れて来てあげたいね」
「そうですね。4期生の子たちに天ぷらのイロハを教えてあげたいです」
「スズカちゃん、調子乗っちゃって」
「やっぱスズカは面白いな。コノも賢くてセンスが良いし、ニュウはいつでも明るくてポジティヴ。皆すごく魅力的。何があっても俺は皆を守ってやると誓う」

  

そしてゲスト塗れの冠ラジオ番組ウィークが始まった。スズカもニュウも台本通りの進行を余儀なくされ、完全に檜坂・希典坂メンバーのペースに呑まれる。SNSでは綱の手引き坂ファンの怒り、およびそれに異を唱えるアンチの諍いが繰り広げられた。

  

そして月曜深夜のコノのラジオ。相変わらずdrnが主導権を握る。
「今日はクイズ大好きなコノちゃんのために、私が問題を考えてきました!」
「お、楽しみ!」
「問題。日本にあるラムサール条約登録地を答えられるだけ答えてください」
「えっと、尾瀬、琵琶湖、釧路湿原…」
「タイムアップ!ああ、3個だけでしたか。もうちょっと出そうでしたが」
「後なんだろう?」
「例えば沖縄とか」
「沖縄?…漫湖?」
「もう一回」
「漫湖!」
「正解です、これは出てほしかったですね」
「いやいや、ちょっとこれは…」

  

このやり取りの直後、SNSは大いに荒れた。

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です