連続百名店小説『ビリヤニ道』१:ビリヤニの何たるかを知る(エリックサウス/八重洲地下街)

ある日、人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」の事務所に一通の手紙が届いた。

  

突然の連絡失礼します。在日ビリヤニ協会会長のジャンプールです。『唱和の虎』で自慢の歌を某ディズニー声優に絶賛されたあのジャンプールです。
この度は綱の手引き坂46のナノ様に、「ビリヤニ大使」へ就任してもらいたいと思ってます。
昨今日本でもビリヤニの存在が少しずつ知られ始めていますが、まだまだ人気とまでは言えません。そこで協力してくれる有名人はいないかな、と考えてみたところ、テレビなどで披露する野菜ギャグがとても面白く、アーティストとしても「ゴーフルの歌」でゴーフルを流行らせたり、「パクチー」「ピーマン」「グリーンピース」の歌を歌って多くの子供の苦手を克服させるなど、日本を代表するグルメインフルエンサーとして力を発揮されているナノさんが適任と判断しました。是非「ビリヤニ大使」になっていただきたいと思います。

  

綱の手引き坂スタッフは当然怪しむ。
「ビリヤニ協会、何と胡散臭いこと」
「唱和の虎なんて聞いたことない。ひやかしか?」
「もしかして炭疽菌仕込まれてる⁈」
「怖いこと言うなよ!」
「待てよ、ジャンプールさんって、マツケンサンバのバックダンサーやってませんでしたっけ?」
「そんなバカな…ホントだやってる。しかもビリヤニ協会会長って情報も出てきた」
「悪い人ではなさそうだね。やらせてみようじゃないか。早速ナノに報せろ」

  

「私がビリヤニ大使、ですか?」
「そうだ。ナノちゃんのギャグや楽曲が本場インド出身者にウケたらしい」
「でもビリヤニなんて初めて聞きました。どんな料理なんですか?」

  

「それはだな」
ターバンを頭に巻き額に赤い丸をつけた、綱の手引き坂46アンバサダー・タテルのお出ましである。
「俺もよくわからん」

  

ずっこけるナノとスタッフ達。
「あ、でも画像見ればわかるかもしれない。…そうそうこれこれ、炊き込みご飯みたいなやつだった」
「炊き込みご飯ですか!それは美味しそうですね」急ににっこりするナノ。
「面白そう、やってみようじゃないか」
「やりましょう!」

  

翌日、ビリヤニ協会の事務局に呼び出された2人。
「綱の手引き坂46のナノと申します。この度は私をビリヤニ大使に任命いただき誠に有難う御座います」
最敬礼するナノ。
「ナノ様、お引き受けいただけて大変嬉しい。我々と一緒にビリヤニを、カレーと同じくらいの定番フードにしましょう。ところで横にいる男性は?」
「ナノのマネジャーを務めております渡辺タテルです」
「渡辺はグルメに大変詳しく、南アジアの料理にも大層興味を持っています」
「それは心強い」
「ありがとうございます」

  

「早速具体的な活動内容をお話ししましょう。ゴールはお2人に美味しいビリヤニを作っていただき、美食家を満足させることです」
「えっ…」
「ま、まあ安心してください。ビリヤニ作りが難しいことは我々もわかってますから、私達も最大限サポートします」
「タテルさん、料理経験無いんですよね…」
「そうだな。ナノもあまり得意そうじゃない」
「どうしました?」
「いや、2人とも料理ができなくて…」
「いいんですいいんです。一歩ずつやっていきましょう」
「はぁ…」
「最初のミーティングは1週間後です。それまでに2軒の店でビリヤニを食べてきて、感想をお聞かせいただければと思います。オススメの店ピックアップしてありますので良かったら参考になさってください」
「はい!」

  

「銀座、有楽町、新橋。意外と都心でいただけるんですね」
「葛西とか都外とか想像してたけど」
「私の直感だと、最初はエリックサウスさんが良さそうです」
「大使が言うならそうしよう」
「私が大使で大丈夫なのかな…」

  

翌日、仕事終わりのタテルはナノと八重洲地下街で落ち合った。東方面(日本橋方面)へ地下街を進みローソンを越えると間も無くエリックサウスに到着した。既に3組が店の外に並んでいた。中を覗いてみると席の間隔が狭く、恰幅の良いタテルは不安を覚える。
「金曜の夜なんてもっと落ち着いた店行きそうなものだけど。行列するなんてすごいな」
「良い店っぽいです。私の直感、冴えているかもしれません」
キリッとした顔をするナノ。10分程待って注文を取ってもらい、席に通された。

  

「会社帰りの人が沢山います。あれ、手で食べている女性が…」
「本場スタイルだね。手に臭いがついちゃうし、俺には真似できないや」
「私もちょっと抵抗あります」
「俺らは普通にスプーンで食べよう」

  

そして2人の元にビリヤニが運ばれた。ナノにとっては人生初のビリヤニである。
「お米の色が3色ある…面白いですね」
「バスマティライスっていうみたい。普通のお米より面長だね」
「いただきます…あ、美味しいです!」
「スパイスが強いのかと思ったら、案外穏やかな味付けだね。食べやすい」
「骨付きチキンも美味しいです」
「臭みも無いし米と自然に融合している。これは皆好きなやつだね」

  

「そしてこの白い物がライタですね。いただきます…少し違和感が」
「ヨーグルトにはフルーツ、という印象があるから、甘みの無い野菜が入るとバグるよね。俺だったらメロンとか入れたい」
「苺とかスイカとか」
「ナノは赤い果実が好きだもんね」

  

ビリヤニではあるがカレーも1種類ついてくる。エリックチキンカレーは炭火焼きのような雰囲気を帯びた、やはり日本人好みの味である。
「ビリヤニ美味しいですね。これはハマっちゃいます」
「お、ビリヤニ大使の目になってきたね」
「自信出てきました。ビリヤニ大使、精一杯頑張ります!」

  

退店する頃には20人程の行列になっていた。新たな流行りの兆しを見つけたタテルの目はギラギラしていた。
「実に面白い。熱いぞ、ビリヤニ!」

  

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