連続百名店小説『MOSO de BOSO! 2』⑧たとえ どんなに…(今久/干潟)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテルは、車好きで話題のメンバー・スズカと2泊3日の千葉旅行をする。約1年ぶりの房総ドライブを楽しもうとする2人を、謎の男・ワタル率いる「脱帽しなかった男」が追っていた。

  

〽︎ギンギラギンにさりげなく…
スズカとも関わりのあるマッチの曲を口ずさむタテル。ホテルから焼肉屋まで20分弱のドライブである。
「車あるっていいよね」
「いいですよ〜」
「焼肉屋に14時に行って席確保してジェラート食べ、海を見て焼肉屋に戻る。車じゃなきゃできないよね」
「どこへでも行けちゃいますもんね。タテルさんも普段から車使いましょうよ」
「俺鉄ヲタなんだけど」
「運転してるタテルさん、カッコいいですよ」
「褒めすぎだって!」

  

「ああもう!イチャイチャしてて気持ち悪い!」ワタルは相変わらずの憤慨ぶりである。
「たしかに嫌かも」子分まで毒され始めていた。
「こんな生配信観るやついるのか⁈」
「5万人観てます」
「物好きすぎるだろ!こちとら焼肉屋行くのに焼肉食えねぇんだぞ!」
「気づいてよその馬鹿馬鹿しさに」

  

14時にした予約のお陰で17時の開店と共に無事に入店したタテルとスズカ。入って左側、3つ並んでいるテーブルのうち真ん中に通された。気を抜いてもたれ掛かろうとすると人にぶつかるので注意しよう。

  

「思い出しました。前回お腹いっぱいであまり食べられませんでしたよね」
「そんなことあったな。今回はたくさん頼むぞ!」
タッチパネルを華麗に操作するタテル。カルビ・ロース・サーロインなどオーソドックスなものが7割くらいで、聞いたことないような部位はクラシタ・ハバキ・コウネくらいである。前回は様子見で並物ばかり頼んだが、今回は贅沢に上物もいく。

  

「タテルさんってドラマ観ます?」
「ほとんど観ない。年に1本くらいしか」
「苦手なんですか?」
「苦手だね。すぐ感情移入して、現を抜かすのが恥ずかしい。あでも救命病棟とコードブルーは観てたよ」
「救命ものお好きなんですね」
「そうだね。俺と重なる所もあって…」
「どういうことですか?」
「本職では新米なのに、周りの助けもない状態で相手方の作業を指揮をとらなければならなくてさ。緊張して頭真っ白になって、相手怒らせたらまずいとか考えたらパニックになって」
「頭良いタテルさんでもそうなっちゃうんですね。めっちゃ大変そう」
「その時思い浮かべるのが救命医の人達。人命を預かる人と比べるのも烏滸がましいけど、緊張感のある現場を乗り越えて成長する過程に勇気を貰うんだ」
「ドラマの力ってすごいですよね。タテルさんにももっとドラマ観てほしいです」
「じゃあ今度おすすめのドラマ教えてよ」
「もちろんですとも」

  

いよいよ焼肉の登場。まずはタン。身が意外と厚く火が中まで通りにくい。勿論内部がレアな方が硬くなり過ぎず甘みも感じられて美味しいのだが、あたってしまう不安が付き纏う。よく火を通すと硬いし臭みが出る。何とも言えないジレンマではあるが結局美味しくいただいたので問題は無いだろう。

  

上カルビは流石和牛といえる脂のり。胃がおじいちゃんのタテルには少し重かったようで、主にスズカが駆逐する。

  

上ロースは一枚肉をカットして提供。カルビ程ではないが脂がのっている。

  

「もう1皿食べません?」
「食べよう食べよう。ちょっと時間かかるらしいけど」

  

「あぁ、焼肉食いてえ!ってかどこだよここ」
「旭市。大気エスカレーター佐藤ねずみの出身地」
「知らん知らん。千葉の果てまで来てコンビニ飯とかおかしいだろ」
「馬鹿らしく思わないの?」
「思わないね。同じ轍は踏まない。スズカと隣の男をとっちめてやる」

  

ハンバーグは年寄りでも噛めてしまうほど柔らかい。ハーブのような香りが若干ある一方、デミグラスソースと脂の旨味がマッチしてご飯をつつかせる。

  

「へぇ〜、じゃあタテルさんもお忙しいんですね」
「そうだね。書類作ったりエクセル入力したりミーティングしたり忙しい。でも通勤がないから余裕はあるかもね」
「バリバリ仕事やってるタテルさん、かっこいいです」
「いやいや全然だよ。追い込まれないと強さ発揮できない」
「それめっちゃカッコいいやつですって。綱の手引き坂を支えてくれる人としてめっちゃ頼もしいです」
「照れるな…」

  

追加注文から20分ほどしてやってきたハバキは適度に脂が入りつつも歯応えがある。しかしおじいちゃん胃のタテルには重すぎるとどめであった。

  

「胃もたれして夜眠れないかもしれない」
「グミさんみたいですね。グミさんもサーロインの脂は受け付けないって言ってました」
「でも和牛はち切れるほど食べて1万円いかないのはリーズナブルだよね」
「最高でした。美味しかったぁ!」

  

意気揚々と車に乗り込み亀の井ホテルに戻る。
〽︎たとえどんなにどんなに強く…
「どうした、急に西野カナのど失恋ソング歌って」
「何か急に怒らせた古参ファンのこと思い出して…歌いたくなっちゃいました」
「まだ気にしてるのか。もう忘れろって」
「そうですけど…」
「本気で好きな人なら戻ってくるはずだ。戻ってこないということは、その程度の愛だったっていうことだ」
「信じたくないです。楽しかったから…」
「ファンはそいつだけじゃないだろ。たった1人のことだけ特別扱いしちゃダメだ」
「はっ…」真面目な我に返るスズカ。

  

〽︎終わった恋の心の傷跡は僕にあずけて…
「はい、反省はお仕舞い。温泉入ったりカラオケしたり、楽しい夜を過ごすんだ」

  

ジェラート店からホテルに行った時と同じ道を通っている。ということは、ワタルにとっても勝手知ったる道である。ビーチラインに出たところで愈々、ワタルの車が2人の前に抜け駆けてきた。
「えっ何この車⁈」
「何?嫌がらせ?」
「危ない!」
「急に止まりやがって…もしかして俺ら、煽られてる⁈」
亀の井ホテルに入ろうとするスズカであったが、ワタルの車が右折を許さない。

  

「やったやった!煽ってやったぜ!」
「ついに犯罪行為を…」
「うるせぇうるせぇ!」笑いながら怒るガンギマリワタル。
「でもこの後どうするつもり?永遠に煽るわけにはいかないし」
「人のいないところで止めさせて直接対決だ」
「本当良くないって」

  

「どうしよう!」焦り泣くスズカ。
「銚子までこの調子でいくのか」
「ダジャレとかいらないって!」
「とりあえず警察と…そうだ!こういう時こそ生配信!」

  

「スズカさんの隣の男、多分警察に電話してる」
「まあそうなるよな」
「生配信もやってる!」
「ふざけるなよ!俺らを晒す気か⁈」
「晒されるってこんなことしてたら」
「よぉし、警察が来る前にアイツらぶっ殺して海に捨てて逃げるぞ」
「くぅ、俺も犯罪者になるのか…」子分は従うほか無かった。

  

田畑と叢の狭間でワタルは車を停めスズカに襲い掛かる。スズカとタテルは定石に則り車から出ないようにしていたが、ワタルはバールのような物を振り翳し車に傷をつけようとした。タテルは咄嗟に車から飛び出しワタルに飛びかかる。

  

〽︎はあなさないって決めたから
「わっ!」驚いたワタルはその場に武器を落とした。タテルは即座に傍へそれを投げ捨てた。
「スズカの愛車を傷つけんな!」
「テメェ誰だよ?さっきからスズカといちゃいちゃしてよ!」
「さっきから、ってどういうことだ!」
「昨日の昼から後つけてんだよ!」
「ストーカーかテメェ!」
「ああそうだよ、上等だよ!」
「タテルさん⁈」
「スズカ、出てくんなって!」
「スズカこの野郎、俺に全然興味示してくんなかったじゃねぇかよ!」

  

丸腰のワタルはスズカに殴りかかろうとする。それを許さないタテルはスズカの前面に滑り込み、顎にパンチを喰らいその場に倒れた。

  

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