連続百名店小説『ぶっ翔んでアダ地区』Last Fight(スタミナ苑/鹿浜三丁目)

東京22区と埼玉県に挟まれた場所にある「アダ地区」。東京都に属したい「アダ地区軍」「過激派組織オマーダ」と埼玉県に属したい「アダ解放戦線」の間で内紛が起こっており、「イカアダ」と呼ばれる怪獣も多くいて余所者を攻撃してくる。外務省からはほぼ全域に退避勧告が出されている危険地帯である。
中央区民と偽っているアダ地区民の建は、アダ地区の平和維持活動「都連アダ地区ミッション」の隊員。その活動のさなか、人気アイドルグループ「美麗一家」のメンバーが続々とアダ地区を訪れる。一方で、メンバーの1人・陽菜が行方不明になる事件が発生した。

  

車に駆け込んだ建と智らは、イカアダ連中(オマーダ)が店を出てくるのを待っていた。

  

テメェ!

  

「うわっ!」驚き涙目になる雛乃。
「どうした雛乃ちゃん?」
「今外から恫喝された気がして」
「あるあるだね。イカアダ同士じゃれあっているだけだ」

  

ふざけんなよ、アッハッハ!

  

「アダ弁丸出しだから怖いよな。何言っても脅迫に聞こえる」

  

イカアダ連中が迎えの車に乗り込むのを確認し追跡を開始した。車は国道4号を北進し環七を左に曲がる。そこへ雨が降ってきた。
「あれ?雨降るって言ってたっけ?」
「智さん、これはアダ地区だけにできる雨雲、通称『アダ雲』です。こんだけ雨が降っても、雨雲レーダーには映らないんです」
「謎すぎるな」

  

一方、建から連絡を受けた父は防弾車で美麗一家を拾った。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。突撃の準備ができたら建から連絡来るから、それまで家で待機しよう。焼鳥は美味しかった?」
「私たちは楽しめました。建さんは不満げでしたが」
「アイツは舌肥えてるからな。お、陽世ちゃんのストラップ可愛いね」
「これですか?ポケモンのストラップなんです」
「ポケモンね。アダ地区では見ないな」
「ポケモンGOとかやらないんですか?」
「アダ地区外ではやるんだけどね。アダ地区にはそもそもポケモンが出ない。ボケモンしかいねぇ、って危ない!」
「酔っ払いがふらふらしてた…」
「あれがボケモン…大変ですね」

  

尾久橋通りを通り過ぎた頃、アダ地区ミッション品川区代表の茉莉と帆夏が連れ去られたことを知らされた。
「とうとう隊員がやられてしまったか…」
「茉莉ちゃんがですか⁈嘘ですよね…嘘と言ってください!」
「断定はできないが、美穂さんと陽菜ちゃんの元にやろうとしてる可能性はある」
「どういうことだそれ」
「この国では男女多くのアイドルが活躍している。アダ地区ミッションの隊員にも、智さんや雛乃さんのように人気アイドルが多い。でもアダ地区にはその文化が浸透していないし、アダ地区民はオーディションに応募すると問答無用で書類選考で落とされる。だからオマーダの連中は地区内で可愛い女の子を見つけるとすぐ攫うんだ。自分だけのアイドルにしたくてな」
「なんという身勝手さ」
「アダ地区には文化が足りていない。埼玉に併合されれば、さまざまな面白いものが入ってくる。娯楽が充実すれば争いも減ると思う。そして大半の良識ある地区民もそう考えている。だから我々は埼玉併合に向け努力しているんだ」
「建くん、貴方は人一倍アダ地区のことを考えていたんだな」
「冷たい扱いしちゃってごめん。やっぱり俺たちには建くんが必要だ」
「ありがとうございます。できること、全力でやらせていただきます」

  

オマーダの一味が最終的に降り立った場所は、アダ地区の僻地かつ超危険地帯にありながら、テラカド寺門や総理大臣が一般人に紛れ行列に並ぶ焼肉屋「スタミナ苑」。最寄駅という概念は無く、公共交通機関を使う場合は赤羽〜西新井、王子〜足立区役所といったバス路線の通る鹿浜三丁目バス停が至近である。待ち合わせ禁止、大物でさえ並ばせるというのに、オマーダ一味はそそくさと店内に入っていった。
「客か?そこのベンチに座って待ってろ!」
威圧感のある店主に指示され、建らは大人しく並ぶことにした。

  

「僕この店苦手なんですよ」
「そうなのか?」
「今食らった店主の威圧感に、味が伴っていないと思うんです。ホルモンは新鮮かつ良質、ちょっと焼き過ぎたかなと思ってもらしさが残っていて美味しい。けど1つ1つが小ぶりで食べた気がしないと感じるリスクもあります」
「それ絶対俺満足できないやつじゃん」負けた気のした智。

  

「正肉に関しては不味くもないが特段美味しいとも思えない。それでいて1皿2000円近くはするので訳わからんのです」
「牛飛車とかやきにくきんぐ君でも十分、ということですね」冷静に辛く講評を纏める雛乃。
「店員は貴さんっぽい男性1名を除いて、つっけんどんだったりヒステリックだったりしておったまげーのあーあって感じです」
「どこぞの賞(症)状みたいな言い方だ」
「ここはアダ地区だから、港区のノリで来てはいけない。まあその割には地元民に冷たいけど」
「地元民ほど地元の名所には行かない、のパターンですか?」
「その通り。大半の客は外から来た勇気ある人たちだ。『大物でも並ばせる』という謳い文句は一見平等に聞こえるけど、実際は常連にだけ良い肉や酒とか出す。紹介制の店のように常連さんと行くべきだな」
「メディアに踊らされちゃいけない典型例ですね」

  

罵倒でもしていないと間が持てない1時間を耐え漸く入店。立ち回り方を誤った者達が撃ち込んだ口コミサイルの弾痕が目立つ外面。一方で中は建が以前訪れた時から変わっており少し綺麗になっていた。

  

そこそこ美味しいコムタンスープを味わっていると、例のオマーダが店内にいないことに気づいた。
「帰ってないですよね」
「退店する様子は見てないです。もしかしてどこかに隠れてる?」
「聞いてみよう。すみません、ここに4人組で金髪や虎の上着、サンダルの人たちいませんでしたか?」
店員の表情が途端に険しくなり、店主が詰め寄ってきた。
「お前ら勘鋭すぎるんだよ」
「えっ…」
「知ってはいけないことを知ってしまったね。お前らを発酵させて密造マッコリにしてやる!」
「み、密造マッコリ⁈」
「早く逃げよう!」
「逃がすもんか。秩序乱しやがって、悪口も全部聞こえてたからな!」
「あ!座敷の下に地下への入り口見っけ!」
「突撃しよう!」

  

襲いかかる店主を張り倒し地下に潜り込む建・智・雛乃。すると奥から聞き馴染みのある声がした。
「この声は…やっぱり美穂さんと陽菜ちゃん!」
「茉莉ちゃんと帆夏ちゃんもいます!」
「地上の瑛士さん!美麗一家メンバー呼び寄せたんですけど、来てますか?」
「来て…ます!」
そこへさらに援軍として、アダ地区ミッション江戸川区代表のカズヤ・大介・涼太・翔太・怜奈が合流した。行手を阻むオマーダを捌ききるには十分の頭数であったが、その先にいた美穂と陽菜はオマーダに洗脳されており建らに敵対した。到着して間もない茉莉と帆夏も2人に唆されオマーダ側に寝返ろうとしていた。

  

「それは飲んじゃダメ!」
茉莉と帆夏を引き戻し抱き締める雛乃。
「何をするのだ」
タバコを蒸しながら反抗する陽菜。在りし日の姿はそこには無かった。
「陽菜ちゃん…」涙声の美玲。
「誰だお前。陽菜『様』と呼べ」
「美玲よ!忘れないで、私たちのこと!」
「しゃらくせぇ」
「埼玉は悪の組織です。映画の大ヒットで全国から注目を集めている。仲間だと思っていたのに、埼玉はアダを見捨て独り売れた。許せない!」
「美穂ちゃん!貴方は埼玉の女神じゃなかったのか!」
「ざけんな!ぶっ潰すぞテメェ」
「アダ弁丸出しだ…これはもう手に負えない」
「ここまで来たのに…」
「さあお前らもアダ地区民にしてやろうか!」チ○コマシーンを喰らい悶えていたオマーダも復活してしまった。
「アダ地区民、特にイカアダやオマーダに足りないもの…」建がぼそっと呟く。

  

「美玲、日和、陽世。陽菜に『愛してる』と言え。目をしっかり見つめ、何度でも言え」
「わかりました」
3人は代わる代わる陽菜に「愛してる」と話しかける。最初こそむすっとしていた陽菜だが、段々と表情が綻んできた。やがて崩れ落ち、涙を流して3人の元に抱きついた。
「陽菜ちゃん良かった!洗脳が解けたのね」
「ごめんなさいみんな…」
「心配したんだから!帰ってきてくれて嬉しいよ…」

  

その様子を見た美穂も正気を取り戻し、アダ地区ミッション隊員に保護された。そして建の演説が始まる。

  

オマーダに足りていないのは『愛』です。アダ地区には心に余裕の無い人が多く暮らしている。余裕の無い人に育てられた子供は愛を知らないまま歳を重ねイカアダとなり、一部はオマーダのように非行に走る。それが子供を授かればまたイカアダが増える。これの繰り返しでアダ地区の治安は乱れた。
ただ勘違いして欲しく無いこともある。全員が全員愛を知らない訳では無い。愛情をたっぷり注がれ真面に生きている人もいる。何なら私もその部類であると信じている。
成る可く全ての者が愛を手に入れるためには何が必要か。そう、文明開化だ。アダ地区の外には面白いもの、楽しいものが沢山ある。埼玉だって魅力盛りだくさんだ。それらをアダ地区にも取り入れれば、人々は何かしらの拠り所を得て人生を充実させることだろう。だから先ずは埼玉に併合されて埼玉から文化を享受する。そうして治安が安定したらまた東京に戻れるかもしれない。アダ地区は一先ず東京ではない。東京であるというプライドは一旦捨てて、東京になれるよう努力することが大事だと私は考えるわけであります。

  

「…さっきっから何をウダウダと!」
低脳オマーダには建の理屈が伝わらなかった。
「アダ地区は東京だ。俺達は都民だ。ふざけたこと言うんじゃねぇ!」
「これ以上言っても聞く耳持たないな。ここにいると危険だ、逃げるぞ!」

  

茉莉と帆夏は江戸川区代表のワゴン車、陽菜ら美麗一家は建の父の車、美穂と建は三武区の車に乗り込み走り出す。オマーダも後を追うが、爆音を楽しむための改造車では3組のスピードについていくことはできなかった。

  

無事川口市に脱出した3組はなるべくアダ地区から離れるため力の限り走り続ける。川口市役所まで来たところで車を降り集まった。
「良かった〜、みんな無事で」
「助けていただいてありがとうございました…」
「皆さんよく頑張りました。ただですね、今連絡が入ってきまして、怒ったオマーダがアダ地区を制圧したとのことです」
「殺戮のリスクもある。アダ地区ミッションも中止だ。悔しいが身の安全を優先としよう。建さんもアダ地区には戻らない方が良いかもしれません」
「でもアダ臭がするから強制的に連れ戻される…」
すると美穂からプレゼントが渡された。
「アダ臭を抜く薬です。今すぐ飲んでください」

  

薬を飲んだ建親子。1錠飲むだけで効果は覿面であった。そして美穂とはここでお別れとなる。
「アダ地区には近づかないようにしてください」
「はい。お騒がせしてすみませんでした」

  

残った一行は板橋区から東京に入る。
「建さん、お金あります?」美玲が問う。
「ない。ホテル暮らしするのも厳しいな」
「先ほどマネージャーから連絡が来まして、陽菜ちゃんを助けてくれたお礼に家を用意してあるとのことです」
「ウソ⁈いいんですか?」
「とりあえず1年は面倒見るので安心してください」
「めちゃくちゃ有難い…」

  

こうして建は事前に避難していた母とも合流し、都心で充実した暮らしを始めた。間も無く寿司屋も再開し、美麗一家はそこの常連となった。
アダ地区の情勢が回復の兆しを見せないのは気がかりであるが、大好きな人を救えた喜びを糧に今日も寿司を握り続ける。

  

—完—

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