不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』晩春「ギムレットハイボール」 三春「パリジャン」(アンダンテ/広瀬通(仙台))

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

2日にわたるTO-NAの仙台ライヴが盛況のうちに終幕した。4月上旬の東北とはいえ温暖な気候であり、会場の熱気も相まって汗が止まらないタテル。それでも彼はカクテルを欲していた。ジンベースのカクテルが美味しい春の訪れを楽しみにしていたのである。

  

仙台を代表するバーといえばアンダンテ。駅近のアーケード商店街から傍に入った場所で人気を博しており、キュンパスの時期になるとそれを利用した旅人がよく訪れる場所でもある。電話をして2名分の空きがあるか確認したところ、席を押さえてもらえたためクラゲと急行する。

  

店舗は3階にあるのだがエレベーターが通っていない。階段を登るタテルの額から汗がとめどなく吹き出す。中には3人のバーテンダー。マスターは腰の低い方でありすぐ気を許すことができた。暑いのでジンベースで炭酸の利いたカクテルを訊ねてみると、ギムレットハイボールなるものを提案してくれた。
「ギムレットなら馴染みありますけどね」
「ジンとライムだけだから辛口すぎるし酸っぱいし。でも炭酸があれば飲みやすくなるだろうね」

  

その期待通り、炭酸の後押しによってライムの爽やかさがするすると受け入れられるものとなる。食事を楽しんだ直後、バーで過ごす時間の幕開けに適したカクテルである。

  

チャームは3種類用意があり、食事を鱈腹楽しんだ2人はデザート代わりに金柑のコンポートを選択した。ジャムのように甘さを凝縮したとか、シロップ漬けにしたとかではないさっぱりとしたものである。

  

「春に炭酸を飲んでスカッとする。本家の季語でいえば『春暑し』に似た性質を持つのかな」
春の心地良い暑さを表現した晩春の季語、春暑し。タテルは以前これを用いて「生足の眺め初めなり春暑し」という欲望丸出しの俳句をテレビ番組で披露したことがある。意外と評価は高かったらしい。
「少しずつサンダルを履く女性が増えてくる時季である、と言いたいのが伝わってきます」
「気持ち悪いかどうかはさておき、詩としては悪くないと自負してる」
「気持ち悪いですけどね」
「はっきり言うなぁ」
「生足、というのが下心丸出しで」
「仕方ないだろ、季重なり避けたかったんだ」
「そっか、裸足や素足は夏の季語ですもんね。でもやっぱり気持ち悪い」

  

クリーンな俳句を詠んで面目を保ちたいタテル。
千穐楽果つギムレットハイボールひとつ
自解:芝居や演芸などの一座が長期間ある土地に滞在して公演を行った。舞台の上って、照明が強くて暑いんだよね。滞在期間最後の夜に、酷使した喉を労るかのようにギムレットハイボールを流し込む。
「興行終わりのご褒美にバーを訪れて乾杯。『ひとつ』という言葉が、主人公が注文する画を想像させる。お洒落ですね」
「だろ」
「でもこれだと、演者目線なのか客目線なのかが曖昧です」
「そうなんだよな。本当はもっと情報を入れたいが、ギムレットハイボールだけで10音費やすから難しい。これはかなり厳しい戦いになるぞ」

  

ここでウイスキーを入れる。宮城県を代表するウイスキーといえば宮城峡だが、県内にしか出回っていない伊達というものも取り扱っている。

  

ジャパニーズウイスキーらしい繊細で美しい香り。味わいは宮城峡と違い林檎の香りはあまり無く、蜜のようなリッチな味わいである。

  

殺陣は上出来ギムレットハイボールひとつ
「ダメだな、これじゃ呑んだくれた観客が劇場スタッフに注文してるみたいだ」
「イメージは大衆演劇ですか?」
「そうそう。梅沢さんなら豊富な経験からビシッと上五を決めてくれるんだけどな」

  

殺陣できたギムレットハイボールひとつ

  

「シンプルにして字余りを無くした。ちょっと幼稚かな」
「幼稚ではありますけど、無垢で素直な心の声に聞こえますね」
「二十歳は超えているけど新人の役者で、剣の撃ち合いが怖いよ〜、とか言っていた奴が殺陣をこなせるようになった。そしてギムレットハイボールという玄人らしいカクテルのチョイスが、役者道の次のステップを暗示させる」
「春暑しのニュアンスだと、汗をかきながら一生懸命練習する映像も見えますね」
「旅芝居の要素は消えたけど、まあ十七音の器に入らなかったということで」
「続きはまたどこかで」

  

今度はショートでジンベースのカクテルを提案してもらう。選ばれたのはパリジャン。クレームドカシスの確かな甘みに癒され、ドライベルモットによる薬草の香りが甘みを引き締めバランスのとれた味わいにしてくれる。飲みやすいカクテルであり、飲み過ぎに注意したいカクテルでもある。
「クラゲ、どう詠もうか」
「仙台らしい句にしたいですね。牛タン、ずんだ、笹かま……はベタすぎるか」
「俺がカズノリイケダで買ったスイーツは?」
「ああ、あれも美味しかった。ライヴ終わりの体に沁みましたね。そうだ、シーラカンスモナカもありましたね。私あんバター大好きで」

  

パリジャンや杜の都のパティスリー
自解:パリといえばスイーツ。そこに仙台の要素を混ぜたいと思った時、仙台のフランス菓子店「カズノリイケダ」を描きたいと思った。
「仙台とフランスの架け橋ですね」
「フランス、仙台、フランス。フランスで仙台を挟んでいるようだ」
「シーラカンスモナカみたいなサンドですね」
「ただ『パティスリー』が大きい概念だから詳しい映像が見えない。店の外観、ショーケースが想像でしか浮かばず、読者にあまりにも委ねすぎている」
「そしたら具体的なケーキの名前が良いですかね。フレジェとか」

  

確かに具体名を言った方が情報として強い。これが通常の俳句であれば間違いないのだが、今回はカクテル俳句である。季語たるカクテルがケーキの存在に負けてしまうのだ。
「お店の料理そっちのけで関係ない食べ物試食させられる最近のゴチみたいになってしまう」
「そういうこと言わない!でも確かにカクテルが負けてしまう……」

  

せっかく宮城県に来たのだから宮城峡のヴァリエーションを愉しみたい。マスターに訊ねてみると色々高級そうな銘柄を提案されたが、タテルは結局10年物をハーフショットで注文した。

  

ご厚意でノンヴィンテージもサーヴィスしてもらった。スペイサイドを思わせる林檎のような爽やかな果実味。そして10年物は、旨味の詰まったバクダンが時間差で弾け、バニラ等の濃厚系の甘みが拡がる。熟成された宮城峡もまた良いものである。
「タテルさんってカフェ感覚でお酒飲みに行きますよね」
「そうだね。コーヒーなんてみんな飲むから、バーも日中に営業してくれるとこが増えてほしい」
「あ、そうだ。これ入れてみよう」

  

パリジャンや杜の都のティータイム

  

「おお成程、これなら綺麗だ」
「ですよね。私も結構自信あります」
「商品名ではなく『時間』の名前にしたことにより、パリジャンと喧嘩しなくなった。佳句の条件のひとつである『付かず離れずの距離感』も実現できていると思う」
「良かった……」
「『パティスリー』だとただ場所の情報に終始していたが、『ティータイム』としたことで映像になる」
「人物がカップを手に取る様子、友達と語らう様子、などですね」
「『杜の都』は『仙台』の二つ名としてだけでなく、自然豊かなカフェのテラスでお茶をしている様子と受け取っても良い」
「森の中でアフタヌーンティー、憧れますね」
「青葉城のとこにあっても良さそう。多分ないけど」
「都心だと無いですよね、森の中のカフェテラス」
「東京から近いとこだと飯能にあるけど、まあ地味に遠いか」

  

今夜はここでお愛想とする。これだけ酒を楽しんで1人5,900円で済むのは有難い限りである。雰囲気も柔らかく、カクテルに詳しくない人でも安心して飲める。噂に違わぬ良店である。

  

「奥のお嬢さん、サンルーカルバー薦められていたよね」
「ああ、神楽坂とか言っていましたね」
「伝説のバーだからな。入るのがちょっと難しい」
「予約困難なんですか?」
「開店時刻除いて予約制ではない。でもタイミング良くないと入るのは難しいらしいね」
「入れた暁には、マティーニの俳句詠みましょう」
「春の季語の王様。本家でいえば『桜』『花』だな。お似合いだ」
「逆にサンルーカルさんに辿り着くまでは、マティーニの句は詠まんときましょう」
「おう。それまでに俳筋力、もっと鍛えないとだな」

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