超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第6章:働いて休んで働いて休んで休もう 10話

フランス帰りのカケルは、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
第6章あらすじ
有名企業「サンクスインターナショナル株式会社」(通称:TI社)で若手女性社員・黒澤ユウカの過労自殺事件が発生した。社長の真黒は謝罪するどころか黒澤を甘ったれと批判し大炎上。さらに、あけぼの大学法学部教授の石竹が真黒の考えを全面的に支持し黒澤を中傷する投稿をしてこれまた大炎上していた。
カケルはTI社に対し「働いて5班」を、あけぼの大学に対し「休んで4班」を結成、真黒と石竹にじわじわと迫り罪を与える作戦を開始した。

*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

逮捕された白石は容疑を認め、警察の取り調べにこう自供していた。
部長からは常日頃、パワハラや言葉の暴力を受けていました。積もりに積もって限界を迎え、一度自宅に逃げたんです。そしたら部長が自宅に押しかけて私を力づくで社に連行しました。可愛い後輩をこき使った卑怯な手で。
会社に帰ると、もう逃げられないようにと狭い一角に閉じ込められて10日も監視されました。そして私は営業の業務から外され雑用係に。そこでも部長はネチネチと余計な小言を垂れてきて、今度こそ限界と思い手が出てしまいました。

  

しかし大手新聞各社や地上波のニュース番組は、部長のパワハラという事実を隠し、「部長に説教をされた腹いせで暴行」というかなり粗い報道姿勢であった。同じTI社黒澤氏の過労自殺事件は長時間報じられていたのだが、圧力があったのかTI社に忖度して白石への当たりを強める。こうなるとネット民の多くは不信感を抱くものである。これに乗じてアパーランドが声明を出す。

  

!!!ATTENTION!!!
白石氏の保釈と不起訴を求めます。白石氏が部長を殴打した理由は他ならぬパワハラです。証拠映像ならここにありますよ。これを見てもなお、白石さんが悪いと言い張ります?しごでき学校に洗脳されていない常人であれば正解は自ずと浮かび上がることでしょう。

  

公開には慎重になっていたが、世間の関心の高まりを受け動画を拡散したカケル。部長やTI社に対する批判は加熱し、メディアもそれを無視できないムードが形成された。部長にも過熱報道の魔の手が迫る。
「部長!どうして白石さんを監禁したんですか!」
「監禁してないつってんだろ!」
「証拠ありますよね?」
「あの動画を証拠というなら頭悪いね。どこの馬の骨だか知れん奴がAIで捏造した、それが真実だ」
「そういう態度だから暴力受けるんですよ」
「暴力を肯定する気か。しかも盗撮までされて、何故加害者扱いされなきゃならない⁈」
「パワハラしたからです」
「だからしてない!」
「被害者面するのもいい加減にしろ!お互い様だろ!」
「喧嘩売ってんのかテメェ⁈」

  

「すげぇ騒ぎになってる。そして案の定部長は全面抗戦か」
「AIで捏造とか、聞き苦しい言い訳するなっつうの」
「その割には『盗撮された』と言ってるし」
「これで部長も警察沙汰だろうな。本当は俺らでしばきたかったが、公的な責任問われるだけでも良しとするか」
「不起訴になるかもしれないですし」
「あり得る。そうなったらアパーランドが容赦しないぜ」

  

赤井には白石宅への押しかけの件も警察に念押しするよう言ってあった。しかし正直に話せば犯行を手伝わされた赤井の身も危ない。

  

私も捕まってしまうのでしょうか。それが怖くて言及できずじまいでして……

  

言及しなさい。貴女は部長の指示でやった、逆らえなかったと素直に言いなさい。それから事の顛末を正確に話しましょう。部長に強要されて口を押さえたことをしっかり伝える。そうすれば責任を逃れられるかもしれない。最悪俺らが助け舟出します。だからちゃんと説明して。

  

赤井の勇気ある告発により1週間後、部長は監禁罪等で逮捕された。これによりTI社の営業部は大混乱。社長の責任も愈々問われる流れとなる。

  

部長が警察のお世話となったため、カケルも休むことにシフトする。この国で5本の指に入るとされるカレー屋を訪れるべく、Écluneメンバーiguと共に火曜日の15時に列に並ぶ。朝は早い時間から争奪戦となるが、夜なら殿様出勤でも余裕で枠を確保できるため気楽である。30分程度の並びで18:10入店枠に記名した。

  

2時間半強の待ち時間は、少し歩いた先の高層ビル群にて過ごす。イタリア仕込みの美味しいエスプレッソが楽しめるカフェの奥まった席を確保してすっかり休息モードである。

  

この間、休んで4班の方が忙しくしていた。今日は遂に最大の悪戯を決行する日。石竹の行動パターンを把握した班員は人気のない法学2号棟裏にて石竹を待ち構える。そして4限終わりの夕方4時半、法学部の専門講義を終えて出てきた石竹を捕まえ車の中に押し込んだ。
「おい何だね君たち!」
「それはこっちの台詞だね。早く撤回してくんねえかな、黒澤さんへの誹謗中傷」
「何が誹謗だ。正しいこと言ったまでだ」
「そういう考えならどうぞこのままで」
「おろせ!何をする気だ!」
「命が惜しきゃ大人しくしな。水でも飲んでおやすみなさい」

  

水には睡眠薬が入っており、石竹はやがて深い眠りについた。車は山間部へと向かう。

  

「そういえば新しく運営に加わるスタッフさん、いつ頃来るんですか?」
「ああ、その話か。実は一身上の都合で辞退となった」
「あら、それは残念ですね」
「ブラック企業から逃げるのは簡単なことではない。残る者へ負担を押し付け自分が去ることに後ろめたさを感じてしまう。優しい人ほど苦しめられるジレンマだ」
「その結果上司を殴っちゃったり」
「TI社の件か。あれは極端だぜ。まさか両成敗とはな」

  

カレー屋に戻った2人。2人以外の客は常連が殆どであり、若き女性店主は名前で呼んで親近感を打ち出す。アウェイの空気を感じる2人だが、少なくともカケルはそういう芸風なので気にしない。

  

店名を冠したプレートを注文し、カレーはチキンカレーを、さらに追加のぷちカレーとして週替わりの限定カレー「ラムと舞茸のカレー」を選択した。

  

思ったより気温が高い中を歩いてきたため台湾ビールで乾杯するカケル。ビールというよりはシードルのような甘みがあった。
「私にわかるかな、こんな手の込んだカレーの味」
「家のカレーとは違うもんな」
「こっち来てOLさんみたいにお洒落なご飯食べれたらいいな、なんて思っていた時期もありました」
「そもそもOLがお洒落な飯食える、なんて妄想にすぎなかった。片手間にコンビニのサンドイッチ、野菜ジュースで栄養バランスとったつもりになる」
「ロケ弁食べられることがどれだけ幸せなのか、噛み締めないとですね」
「だな。両の手をパソコンから離して食事に向き合う。この権利は誰にでも保障されるべきだ」

  

ルーロー飯の具材、副菜がついてくる。チキンカレーはスパイシーではあるが野菜の旨味のおかげか明るい味に仕上がっている。ルーロー飯は特有のスパイスがこっくり肉に染みてゆっくりと旨味が溢れる。ルーロー飯単体でおみやとして持ち帰るのも良さそうである。

  

ただしこのプレートの正しい食べ方は全部混ぜて食べることである。そんなことしたら味が判らなくなる、と思うところであるがいざしっかり混ぜてみると、穏やかだが実直で、様々な引き出しが確と存在する美味しさ。再現性の無いその日限りの複雑み。インド代表・玉ねぎアチャール、韓国代表・もやしナムル、そしてこの国代表・高菜漬けが三様の酸味を発揮するのも面白い。

  

そしてラムと舞茸のカレー。具材を楽しみたいところだが、これが唐辛子ど直球、かなりの激辛である。ラッシーが無いと無理なくらい辛い。これでも若き女性店主には物足りない辛さらしい。
「俺は勘弁だ。そんな辛くしたら美味しさが死ぬ」
「自分が楽しむ分にはいいじゃないですか」
「まあな。客に出すカレーは良い辛さ加減だからいいか」
「カレーにも色々あって面白いですね。食べ歩きしてみようかな」

  

2人が美味しいカレーを食べ終わった頃、石竹を拐った休んで4班の車は不死山の麓までやってきた。真っ暗闇に包まれた林道の途中で石竹を下ろす。この期に及んでも眠ったままであり、抵抗する様子は一切見せない。
「ミッションクリア。サボりながらもやることはきちんとやる休んで4班、流石だ」

  

深夜、カケルと休んで4班は基地で酒盛りをしながらモニターを眺めていた。そこに映っていたのは、こんな時間帯に真っ暗闇の林道を走るおかしな人達であった。未だ眠る石竹の胸元に仕込まれた小型カメラが映し出す、しごでき学校の実態。
「後は朝になって睡眠薬の効果が切れてからだな。しごでき学校のプログラムに参加してくれるかどうか」
「石竹には案内の紙を渡しておきました。多分入口までは行くはずです」

  

石竹の入校手続きは事前にアパーランドが実施。小さな企業の社長を騙り、偽名で参加登録させた。流石に深夜のフルマラソンを高齢者にやらせるのは酷なため、フルマラソンのついていないお手軽コース(それでも1週間拘束)を選択した。

  

案内の紙には偽名の記載もあり、「この名前を受付に伝えれば解放が保障される」としている。ただ石竹はそれをすんなり受け入れるか。
「受け入れない方が面白いかもな。しごでき学校を潰す作戦も同時に片付きそうだ」
「どういうことですか?」
「まあそれはその時のお楽しみ」

  

朝8時、漸く目の覚めた石竹は当然ながらパニックになり騒ぐ。案内の紙なども見ずひたすら建物を探して歩き回る。それでもちゃんと学校入口に辿りつけてしまうくらいここは山奥である。
「おはようございます。遅刻ですね田中さん」
「田中じゃない助けてくれ!俺は拉致されたんだここに」
「逃げる言い訳は無用。ここに来る者は皆覚悟を決めて山を登ってきている」
「何の話ですか?早く警察を…」
「みんな待たせてんだよ、時間を守れ!」

  

「しごでき学校すげぇな、押し切ったぞ石竹を」
「でもこの後警察呼ぶんじゃないですか?」
「見ろ。スマホを没収された。この学校では訓練参加中の連絡は禁止だ。偶に社へ状況報告の電話が入るくらい」
「じゃあ石竹さんは地獄の研修に参加決定……」
「面白いね。学校のペースに呑まれて、流石の過重労働主義者も豆鉄砲喰らってら」

  

世間的には石竹は失踪した扱いではあるが、未だ事件性があることは確定しておらず、警察への通報すら行われていないかもしれない。報道が始まるまではこの件から一旦手を離し、カケルはÉcluneのpoliを呼び出して再びカレーを食べに行く。
「あれ、昨日もカレー食べたんじゃないんですか?」
「続けざまに食えるものだからなカレーは。3食連続くらいなら」
「まあ色々ありますもんねカレーって」

  

前夜の今風なスパイスカレーから一転、クラシックな重厚感のあるインドカレーを食べられそうな店をランチの場所に選んだ。平日(火〜金)のみ開いていて、昼はカレー屋、夜は〆にカレーを食べられる居酒屋として営業している。古めの雑居ビルの5階、正午前に訪れると先客は1人であったが、その後満席にならない程度に客がぞろぞろやってくる。店員が怖いとの噂を聞いていたが、実際は少しつっけんどんなだけであり緊張は無用である。
「この時間の電車は幾分空いていて快適だ。何なんだ朝の満員電車は」
「みんな乗りたくはないんですけどね」
「じゃあ止めれば良いのに。俺は出社するなら午後からだな。ディナー楽しんで夕ラッシュも避ける」

  

カレーは野菜系が中心で、4,5種類用意されている中から最大3種類選べる。1種類は1,200円、3種類選んでも1,400円で、後述の通り重厚なカレーなので価格に対する満足度は高い。2人はしっかり3種類選択した。

  

「でもやっぱ至上はリモートワーク」
「在宅は気楽ですよね。メイクとかもしなくていいし」
「会社員やるとしたら在宅がいい?」
「ですね」
「ただこの国の民は使いこなせない」

  

リモートの難しいところはコミュニケーション。顔出しせず見張りも無い環境は確かに気楽だが、無機質なパソコンフォントの文面では感情を表現しにくく、ドライに思われたり、指摘や指導するにも強さ加減が調整できず怖い言い方になってしまいがちである。だからといって発声の場を設けても、会話はぎこちないし積極的に利用しない人が多い。結局のところ対面でのコミュニケーションの方が効率的で効果的となり、出社回帰が進んでしまう。

  

「相手の表情や雰囲気を見ながら会話したい、というのは共感ですね」
「この国の民は人と人の繋がりを大切にする傾向にある。繊細で良いことなんだけどね」
「海外だと上手くリモートできてるんですか?」
「まあな。成果主義だから作業場所はご自由に、って感じ。職場に長い時間いることを評価する文化ではないな」

  

カレーが到着。カケルはチキンカレー、ナスとトマトのカレー、じゃがいものカレーを選択した。

  

じゃがいもから。インドカレーの独特な雰囲気はありつつもクセは少ない。じゃがいもは若々しく仕上がっている。ライスと合わせて食べると一気に美味くなる。野菜の美味さがこのカレーの心柱であり、肉食獣にとってはピースが1つ欠けているように感じる。

  

チキンカレーは独特な香りのスパイスが効いていてエスニック、一方でどことなくクリーミー。チキンは脂身がなくしっとり、若干だがもさつきがあった。ライスと合わせるとルーのクリーミーな部分が前面に出て相性が良い。

  

ナスとトマトのカレーは、言ってしまえば辛いトマトソースである。ナスが食べ応えあって調理も良い一方、黒い粒々のスパイスから独特な香りが弾けるためライスとは合わない。

  

「ふぅ、どれもずっしりきますね」
「なかなか重厚なカレーだ。2種類1,300円で留めても良かったかもな」
「でも絶品ですね。野菜主体でこんなに満足できるとは」
「野菜の底力、ナメちゃいかんよ」

  

ランチを楽しんだカケルはÉcluneの事務所に向かい、機密事項を扱うプロデュース業務を2時間淡々とこなす。その後気分転換にカフェへ場所を移した。歌詞を書こうとするのだが、隣にパソコンの操作音がうるさい中年男がやってきて集中できない。どうだ俺の仕事ぶり、と誇示してくるかのようなやかましさ。こういう輩はどうせ機密保持など気にしていない、と決めつけたカケルは興味本位でパソコンを覗いてみた。
「えっ?」

  

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