超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第6章:働いて休んで働いて休んで休もう 9話

フランス帰りのカケルは、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
第6章あらすじ
有名企業「サンクスインターナショナル株式会社」(通称:TI社)で若手女性社員・黒澤ユウカの過労自殺事件が発生した。社長の真黒は謝罪するどころか黒澤を甘ったれと批判し大炎上。さらに、あけぼの大学法学部教授の石竹が真黒の考えを全面的に支持し黒澤を中傷する投稿をしてこれまた大炎上していた。
カケルはTI社に対し「働いて5班」を、あけぼの大学に対し「休んで4班」を結成、真黒と石竹にじわじわと迫り罪を与える作戦を開始した。

*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

TI社の白石が懲罰労働から解放されたのは、自宅に押し込まれてから10日のことであった。彼女の顔からは生気というものがすっかり奪われてしまい、半ばロボットのように淡々と仕事をこなすようになっていた。

  

ロボットのよう、ということで営業の外回りは任されなくなった。部下の赤井はあろうことか営業成績が優秀であり、上司の信頼を白石以上に集めていた。
「赤井ちゃんは1週間で君の1ヶ月分、いや2ヶ月分の案件とってきてんだよ。ありがとうくらい言え!」
「あ、赤井ちゃんありがとう…」
「何だ『赤井ちゃん』って呼び方?さん付けしろよ、君より立場上なんだから」
「は、はい……」
「赤井ちゃん、一通り作業済んだら帰りな。雑用ならコイツにやらせときゃいいから」
「はい、わかりました……」
「俺はコイツがミスしないよう見張っとくから。お疲れぃ〜」

  

「白石さん、すっかり奴隷扱いじゃん。許せん」
「赤井も部長に転がされて強く出れない。白石さんを救うには外圧が不可欠だな」
「でもどうやって?」
「忘年会の準備という話を耳にしたけど」

  

飲み会への強制参加に対する疑義が呈される昨今、TI社ではその流れに逆らい強制参加の飲み会を頻繁に開催している。楽しく飲むのならまだ良いものを、酔いの回った部長に説教される部下にとっては苦痛で仕方ない時間となっている。
「飲み会で中座したところを攫う」
「大胆な作戦ですね」
「これを実現させるには様々な条件をクリアした店で開催してもらう必要がある。店選びは下っ端の役目なんだよな」
「そうみたいですね」
「よし。俺が店指定して赤井に共有する」

  

カケルはラジオ番組収録終わりのÉcluneメンバーdnzbと合流して蕎麦屋に向かった。開店の少し前に到着したが1巡目に入ることは叶わない。
「確かにここ、いつも待ってる人いますね」
「平日のみ営業、それもランチは月水金のみ、テーブル5卓のみで相席も無し。そりゃ込み合う訳だ」

  

Écluneの忘年会をセッティングする序でに部長襲撃計画のための店探しを行う。カケルの描く理想は、オフィスビルの地下に1軒だけある居酒屋や中華料理店である。用の無い人が足を踏み入れないフロアで、店内には化粧室が無く、利用する際は店を出てビル管理の化粧室に向かう。部長が店外で1人になったところを、目出し帽を被った実行役らが襲撃する計画である。
「ここの中華なんてどうかな?意外と口コミ評価も高い。それに北京ダックが食える!」
「北京ダックって美味しいんですか?たしか皮だけ食べるような」
「皮が美味いんだよ。脂があるし、意外とかっちりしてるからあれだけでも味わいが持続する」

  

ただし部長が単独行動する保証は無いし、店員やビルの警備員に見つかるかもしれない。犯行時間が長引けば長引くほど御用の確率は高まる。
「短時間でスパッと仕留める…」
「なんか言いました?」
「あいや何でも。鴨ってさ、どうやって捕まえると思う?」
「猟銃とかですか?」
「楽なやり方はな。でも武器を使わず生け捕りにした方が、血の臭みとか無くて美味しく食べられるらしい」
「なぜ急にその話を?」
「鴨南蛮食べるから」

  

30分強の待ちで席に着くことができた。中にも1席だけ待ち椅子があり、前の客が座ってメニューを眺めていた。

  

鴨南蛮を食うとは決めていたが、メニューを見ると昼用の小さなビールやsake、少しの摘みが用意されている。

  

すっかりsakeに夢中のカケル。真っ昼間から上喜元の純米酒を飲む。滑らかで円やかなところにアルコールの尖りがくる。

  

摘みには蕎麦味噌を。程良い味噌の味と蕎麦の実の食感が乙なものである。

  

「怒鳴られるのって苦手?」
「私は意外と平気なタイプです」
「俺の周りでも耐性ある人が多くてさ、不思議なんだよね。俺なんて軟弱だからすぐ堪える」
「それも普通ですよ」
「鴨の獲り方と似てるのかな」
矢をピシャリと撃てば即効性はあるが対象へのダメージは大きい。勿論悪いこととは限らない。一瞬の動きを捉えて正さないといけない場面ではこちらが最善。それでも負担を必要最低限に抑え、アフターケアも肝要だ。
優しく生け捕りにすれば、のびのびと綺麗なまま育つ。下手にやると部下が怠けるが、部下が自発的に立ち回る環境を生み出せば上司は評価されて然るべき。
「世界的には後者がスタンダード。干渉はしないが使えない社員は結果で下ろす。厳しいのは上司ではなく制度であるべきだ」

  

さあ鴨南蛮のお出まし。

 

蕎麦は香りを感じる一方で小麦粉由来と思しき円やかさを感じる。ただこれは汁につけると弱まるものである。

  

だが鴨汁の完成度が高い。鴨の持つ世界観が汁に溶け出ていて、身自体はお洒落な味わい。フランス料理のような華やかさのある調理である。それが蕎麦にもよく絡み、酒にも合う。

  

「レッスンは3時からだよな」
「そうですね」
「それまでナップだな」
「ナップ?ああ、昼寝?」
「そう。この国ではなんか悪者扱いされてるけど、休憩方法としてはこの上ないものだ」
「たしかにスッキリしますね」
「だろ。少し寝て、冴えた頭でレッスンに臨むんだ」

  

カケルもÉclune事務所へ向かい、昼寝した後ダンスレッスンを見学する。嘘の無い真っ直ぐな指導は見ていて心地良いものである。それでいて恐怖政治に頼らずメンバーの自主性を引き出しているから最高の指導員である。

  

その後カケルはアパーランドの基地に戻り、働いて5班の古田班長と休んで4班の新井班長と会議を行う。
「新井さんのとこはどうです、石竹を下ろす目処立ちました?」
「いやあ難しいですね。細々と悪戯仕掛けても動じなくて」
「ならもうガツンとやっちゃえば?あんまちまちまやっても結果は出ないと思うんだけど」
「ちまちまとは何だ。古田さんの方こそ、部長と社長早く潰してよ」
「ガードが堅いから慎重にやるんだ」
「方針立ってんのかよ」
「教えない。機密事項だからな」
「何だとテメェ」

  

「あのさ、喧嘩は止めようぜ。方針決めるの全て皇帝である俺の役目だから。互いに口出しされると俺が困る」
「すみません……」
「いがみ合っても良いことはない。一緒にご飯食べに行こう」

  

TI社からそう遠くない場所にある居酒屋を予約していたカケル。平日のみの営業で、昼は焼魚や煮魚の定食で人気の店である。

  

入店するとまず荷物を預ける。店内は活気に満ちているが狭く、カウンター席だと手元に荷物を置くスペースは無い。ガタイの良い人にとっては窮屈である。寒さの厳しい時期ということで電気毛布のサーヴィスがあったが、暑がりのカケルはそれを拒む。

  

刺身および焼魚・煮魚の種類が豊富である。あれも良いこれも良いとメニューを眺めるだけで楽しい。
「俺はやっぱ鮪かな。脳天なんて結構珍しくない?」
「珍しいっすね。頼んでみます?」
「そうしよう」

  

乾杯酒には山崎のハイボールを。山崎の香り高さを確と感じられるものであり流石一流。この後の料理への期待が高まる。

  

左隣にいた上司と部下のコンビは鯵の唐揚げを注文しようとしていた。しかし売り切れであり、代わりにアジフライならできる、とのことであった。

  

5分くらいして右隣に、夫婦と思しき客がやってくる。
「鯵の唐揚げと…」
「お兄さん、今日はアジフライがおすすめなんですよね〜」
「え〜そうなんですか」
「どうする?」
「今の時期は身がふっくらだから。是非!」
「じゃあアジフライにします」

  

「あれ?鯵の唐揚げは売り切れ…」
「カケルさん余計なこと言わないで」
「そうなの?まあ慎んでおくよ」

  

氷の上に盛られた鮪の刺身は、分厚めのものが5切れずつとかなり贅沢。少し冷凍が解けていない箇所があったり、品質自体も少し荒削りな部分があるが、これだけ大胆に盛られたら満足する他ない。

  

「部長はどうにかできても、社長が難しそうですね」
「それなんだけど、ある疑惑が浮上している」
その疑惑に関与しているとされるのがしごでき学校である。というのも、しごでき学校は経営危機に陥っていた。大声一辺倒で鬼のように扱く指導法への反発は根強いし、卒業生が叩き込まれたパワハラ教育法を社内で実践した結果、若手社員の離職率が上昇。さらに指導の様子を様々なテレビ番組で特集してもらった結果、視聴者から学校への苦情が殺到。学校側がHPに掲載していた協賛企業はイメージダウンを恐れ次々としごでき学校との関係を絶った。

  

だがしごでき学校にとっては痛くも痒くも無いらしい。TI社が太客として金を恵んでくれるからである。パワハラ文化根強いTI社は、しごでき学校が根性論を嫌うトレンドに抗って存続し、世論の反発に負けず多くの企業が取り入れることを心から願っている。

  

「でもその話、真実なんですか?」
「いや、裏は取れてない」
「だとしたら肩入れはできないな」
「都合良くストーリー作って人を陥れることしたら、冤罪を生み出す警察・検察・裁判官と同じ底に落ちぶれてしまう。即効性も大事だが論を詰めることが先決だ。焦らず確実に追い込め」

  

海鮮が売りの居酒屋だが、鶏肉からせせり焼きも気になっていたので注文していた。程良い塩気が効いていて、くどくない肉汁もたっぷり。弾力もしっかり楽しめる逸品である。

  

sakeも追加する。昔ながらの地酒が揃う中、レア物である勝駒の取り扱いがあった。吟醸香のフルーティさを押し出す昨今のトレンドに流されない、辛口めだが綺麗な味わいに癒される。何事も今風にする必要はなく、変えなくて良いものは変えない。

  

ここまでは良かったのだが、銀鱈の煮付けがなかなか来ない。隣の夫婦が注文していたのに乗っかって注文し、その夫婦に提供があったから次は自分達の番だと身構えていたが、次に仕上がった銀鱈の煮付けは別の客の元へと消えた。それから一切銀鱈の煮付けが調理される様子は無かった。

  

「カケルさん、俺が呼び止めますよ」
「ムズいぞ。狭い通路をせかせか動くから呼び止めづらい」
「任せてください。ほら反応した」
「銀鱈頼んでるんですけど、どれくらいで出ます?」
「時間がかかるものですからお待ちください」

  

カケルは激怒した。怒鳴りはしないが内心は大炎上。順番を間違われた、忘れられたことが問題であるところ、女将は尤もらしいことだけ言って逃げたのである。そういえば鯵の唐揚げ問題も、売り切れの事実を隠して代替品を「お薦め」と宣っていた。どうやら小手先で取り繕うのが上手なようである。小気味よい接客の裏には隠蔽体質の4文字が隠れていた。

  

「帰っていいかな?」
「帰りましょう。嘘は良くないもん」
「せっかく料理は良いのに、残念だ」

  

本体価格6,800円。値段がはっきりしているのはせせり1,000円と山崎ハイボール1,100円。プレミアム日本酒を1,200円で勘定すればお通し(生桜海老)+刺身2種で3,500円。鮪は高級品だから妥当な値段設定ではあるが、注文を忘れられるという事件のせいで割高に感じてしまう。

  

気分の落ち込みはしばしば、状況悪化の暗示となるものである。自宅に戻ったカケルは見たくないものを見てしまった。

  

大変です!白石さんが部長に暴力振るいました!部長がいつものようにネチネチ説教していたら、急にパンプス脱ぎだして、それで部長を叩いて……部長は気絶して、白石さんは警察の取り調べを受けています。

  

勝手なことをした白石。これではパワハラ事案が暴行事件にすり替えられ、敵視されるべき部長が同情を集めてしまう。部長や真黒社長をやっつけ、白石をÉclune運営に引き抜く計画は遂に崩れてしまったようである。

  

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