連続百名店小説『みちのく旅2026』第四魂(The bar 佐藤/盛岡)

人気女性アイドルグループ「TO-NA」のプロデューサー・タテルとキャプテン代行・カコが、新幹線含めたJR東日本全線乗り放題のキュンパスを利用して、浮いたお金で旅をする企画「キュン旅」。今回は震災から15年が経つ三陸をリレー形式で旅する大型番組『JOURNEY!JOURNEY!JOURNEY!』の一企画として実施される。出越徹夫の『充電したい旅』から襷を受け取るのは2日目。初日はひたすら北東北内陸部を旅して軍資金を稼ぐ。
☆旅のルール
キュンパスのフリーエリア内における移動をする度に、もしキュンパスを使用しなかった場合かかる運賃が軍資金に追加される。1泊2日の旅中、移動代や食費、宿泊費など全ての費用をその軍資金で賄うこと。旅の最後に残った軍資金がそのまま、次の旅企画である『梨子・あさ乃の5万円旅』の資金に加算される。

  

八戸から盛岡へ、東京行き最終のはやぶさで向かう。お腹もいっぱいになり眠たくなるが寝過ごしたら東京に着いて旅が終わるから気をつけて、という忠告は真面目なカコと居眠りが苦手なタテルには不要であった。
「盛岡での宿情報です。agomiでお安く予約できました。タテルさんは3,947円、カコさん遥香さんお2人は同部屋で4,676円」
「めっちゃ安い」
「ケチケチ旅の救世主」
「こちらの宿はかつて、梨子さんあさ乃さんの御一行も宿泊しております」
「たぶん観ましたそれ。ゲームに負けて夕食がコンビニ飯になった上、ホテルからの無料のおにぎりサービスも逃したとかいう」
「よく覚えてますね。流石旅番組好き」
「安心して泊まれそうです」

  

盛岡駅から開運橋を渡り繁華街へ。夜の店も多くて少し不安になるが、客引きを堂々と無視してホテルへ向かう。古そうな面構えであり、値段のことも考えると不安を覚えるが、いざ部屋に入ってみると悪くない清潔感である。やや薄暗かったり空調が細かく調節できない、廊下の声が入ってくるという弱点もあったが、必要な備品が不足無く揃っているのが有難い。

  

未成年である遥香は部屋に留まり、タテルとカコはバーに向かう。ゲームに成功したため軍資金を気にせず酒を楽しむことができるのだが、タテルは未だメランコリが晴れない。
Googleマップに建物の裏へ導かれるプチトラブルがあったものの、何とかバーに到着した。食べログにおいては盛岡でNo.1のバーとされているが、秋田のル・ヴェールや八戸のローズガーデン程の知名度は無いらしい。
念のため予約をしていたつもりでいたが、入っていないとのことであった。それでも先客は1組であったため余裕で入店する。

  

メニューの左半分には、シャンパーニュを使用したカクテルが多数記載されている。1杯2,200円とか2,300円とかお高めであるため、番組側に奢ってもらえる現状では攻めていきたいところである。一方の右半分にはオリジナルカクテルが列挙してあり、岩手県産食材を使ったものも目立つ。

  

逡巡した結果、土地土地の物を味わった方が良いと判断して「ベリーベリーグッド」というオリジナルカクテルを注文した。ベースはウォッカである。艶があり綺麗なとちあいか、盛岡産アロニア(小さい球形でグニっとした種がある果実)、ブルーベリーという3種類の果実を使用し、カシスリキュール、ブラッドオレンジジュースも入って要素てんこ盛り。果実の味が濃厚で、アロニアの種の食感や各々の材料の味も判るのだが、いかんせん甘さが強い。この濃さでグラスいっぱいの量は重すぎる。ソーテルヌを飲む時の華奢なワイングラスの容量で十分である。

  

一方でシャンパーニュカクテルに注力する酒豪カコはするすると2杯を飲み干した。
「おい、明日朝早いんだぞ。実質飲み放題だからって調子乗るな」
「いつも酔い潰れて寝坊する人に言われたくないですね」
「安心しろ。俺のやつそんな急いで飲めない」
「私も5杯にとどめますから」
「信用していいのやら」

  

この時間はバーテンダーが1人しかおらず、常に忙しそうに作業をしていた。バーテンダーとの会話を楽しむムードでないことを察知すると、タテルはしんみりと黙り込んでしまう。
「大丈夫ですか?カメラ回ってますよ」
「大丈夫。シンプルに明日朝起きれるか不安なのと、山間部のローカル線に2時間半も乗ることへの恐れと」
「体調悪いとかじゃなくて良かったです。まあ不安ですよね」
「突発的にウェーイってなって降りたくなる衝動に駆られたら」
「何ですかそれ」
「もしそうなったら止めてね」
「言われなくても止めます」
「区界駅が一番危険ポイントだから」
「駅名わからないです」
「駅間長いとこあってさ、80分くらい停まんないんじゃないかな」
「各駅停車で80分ですよね?すごいですね」
「ドアが閉まったらもう最後。都心じゃあ楽しめないアドヴェンチュア〜が始まる」
「発音のクセ!」

  

漸く1杯目を飲み干して、タテルの2杯目は金ケ崎薬草酒造のリキュール「苺が紅茶に恋をした」を更に紅茶で割ったもの。通常はホットだが、暑がりのタテルはアイスで拵えてもらった。甘い甘いカクテルの後に飲むとさっぱりして良い。紅茶の濃さと苺の甘みが良い塩梅であり、これを1杯目にしたいところである。

  

「えーっと、じゃあ2日目は盛岡6時半に出て宮古に9時」
「そうそう。宮古島とは違うよ」
「わかってます。で出越さんから襷受け取って三陸鉄道に乗り盛まで行く」
「そうそう。盛岡じゃないよ」
「わかってますって。とは言うけど間違えそうですね」
「あまりメジャーな地名じゃないからね」
「その後はバスなんですね。ここでまた出費が…」
「いや、これはバスだけど対象区間内」
「あ、そうなんですか⁈」
「知らないと驚くよね。詳しくは乗ったら解説するよ」

  

カコはオリジナルカクテルも挟みつつ既に5杯目に突入。約束では最後の1杯であるが、タテルと違い酔い潰れることを知らないためまだ飲みたい様子である。
「じゃあこれ本当に最後にしましょう。明日起きれなくなっちゃうので」
「明日朝が早くなかったら飲んでた?」
「もう5杯くらいは」
「すごいよな。そんだけ飲んでもちょっと陽気になるくらいで、潰れるどころか浮腫んだりもしないんですよ」
「残念ですけどタテルさんには限度があります。自覚してください」
「は〜い」

  

最後の1杯として、ラガヴーリンの樽があったため所望してみるが売り切れであった。珍しいボトラーズものが何点かあったが、流石に高いウイスキーを奢ってもらうのは気が引けるため違うものにする。ボトラーズ以外はベーシックなものしか揃っていないが、比較的珍しいボウモアシェリー12年を。ボウモアらしいピートとシェリーの濃いコクでどっしりとしている。

  

チャージが1,100円かかるようで、タテルが飲んだ分の会計は5,170円であった。バーテンダーも忙しく動いていて雰囲気が落ち着いておらず、その金額分楽しむことがタテルにはできなかった。
「今日は旅自体は上手くいったけど、コミュ力はまだまだだな」
「成長したいですね。せっかく憧れの旅番組やらせてもらえているんですから」
「明日はもっと楽しい旅にしてみせる。そのためには先ず早起き!」
「6時にロビー集合で!」

  

翌朝、酒を適量に抑えたお陰で寝坊することなく降りてきたタテル。カコと遥香も確と5時55分にロビーで集まっていた。
「いいね遥香。遅刻常習犯だから心配してた」
「やだぁ。言わないでくださいそれ」
「カコにマジなトーンで注意されてるもんね」
「時間厳守は常識です」
「今日は5分前集合できてた。偉いぞ遥香、偉いぞ俺」

  

盛岡駅まで1km強の道を歩いていく一行。開運橋からは岩手山と思しき山の姿が見える。鋭く寒い早朝の青空に映える山は何とも凛々しいものである。
「山に囲まれた場所で迎える朝は気持ち良いですね」
「偶には早起きしてみるもんだな」
「酔い潰れて眠るのは勿体無いです」

  

盛岡駅に到着。6:32発の山田線に乗り込む。長いホームに2両の気動車は何とも不釣り合いである。これを逃すと次の列車は11:09発の快速リアスまで無く、宮古における襷リレーを実現させるためにキュンパスが使えない7:40発の代行バスに乗る羽目になるところだった。
「代行バスなんてあるんですね。列車走ってるのに」
「山田線はJRと県北バスの共同経営みたいですね。JRのきっぷでバスにも乗れるよ、でもフリーパスは対象外だよ、ということらしいです」
「寝坊してたらキュンパスが使えなくて軍資金が減るところだったんだ」
「でも106特急も惹かれる。長距離移動できる路線バスとしてバス旅で重宝されてるから」

  

上米内までは市街地であるが、ここから次の区界駅までが過疎地帯であり駅間が長い。その距離22.7km、走行時間にして36分である。雪深い山中を走り行くためインターネットも繋がらない。只管車窓を眺めたり会話したりして時間を潰す。

  

「あ、野生の鹿だ!」
「え?どこですか?」
「行っちゃった」
「一瞬でしたね」
「まさしく東京じゃ観られない光景。楽しいね乗り鉄」

  

「あれ、もうすぐ駅ですって。80分とか言ってませんでした?」
「タテルさん、たぶん快速リアスと勘違いしてます」
「そっか、あれは通過駅もあるから」
「嘘教えないでください」

  

区界駅はかつて、有人駅の中で最も利用客の少ない駅として名を馳せていた。現在は無人駅になったため利用客数が集計されず、称号は外れている。付近には道の駅や林間学校があり、いわゆる秘境駅とは少し違うようである。

  

「あっ!また鹿が!」
「どこどこ?」
「行っちゃったよもう」
「またかあ!」
「すばしっこいですね」
「そりゃそうだよな。トロトロしてたらあんな険しいとこで生きていけない」
「写真撮りたかった……」

  

空腹になった一行はここで朝食とする。コンビニでパンを買うつもりでいたところ、昨晩の日本料理店にて余った土鍋ご飯をおにぎりにしてもらっていた。軍資金の消費を抑えつつ立派な朝食を摂ることに成功。恐ろしいほど上手く事が運んでいる。

  

「腹帯(はらたい)駅」
「はらたいらに3,000点」
「何ですかそれ」
「クイズダービーですよ、カコさん」
「知らない」
「昭和後期を代表するクイズ番組です」
「とんねるずさんが初手で全点数賭けようとして巨泉さんに怒られたやつ」
「そうですそうです!話通じる人なかなかいないから嬉しい」
「私置いてけぼりなんだけど」
「あと若山富三郎さん」
「あれはたけしさんへ賭けたやつですね。やる気なくて早く帰ろうとしてた」
「若山さんがまずわからない」
「大俳優だよ」
「代表作沢山ありますけど、私は『極道』とか『子連れ狼』とかが好きですね」
「ピンとこない」
「俺もわかんないけど、柳沢慎吾さんのエピソードトークに登場するのは知ってる。愉快だから検索してみな」
「今ネット繋がらないです」

  

宮古に近づくにつれ雪は少なくなり、枯れ木の山とだだっ広い舗装路の中を突き抜ける。やがて川が並行してきて、古の作品をあまり知らないカコは『川の流れのように』を口遊んで2人の話に追随しようとする姿勢を見せる。

  

盛岡駅出発から2時間半弱。列車は遂に終点宮古に到着した。改札を出ると出越の一行が未だ現れない。

  

50分近い乗り継ぎ時間があるため観光案内所を訪ねる。
「海見に行くのは厳しいですよね」
「そうですね。浄土ヶ浜とか良いんですけど、遠くて時間かかります」
「仕方ない、お手洗いだけ行って待合室で待つとするか」

  

9:20、遂に出越のバイクが到着した。2日前に八戸を出発。大雪の中思うように進めず遅れをとったり、何もない地点で充電が切れて長距離押し歩く場面も多々あったが、人々の優しさに触れながら北三陸を南下してきた。渡された襷は冷気に包まれていて、触る者の背筋を伸ばす。3人は各々襷にサインを書き、一応リーダーであるタテルが背負うことになった。

  

「出越さん、お疲れ様でした!」
「しっかり襷繋いでね!」
「今度充電したい旅にもお邪魔させてください」
「あいよ!」

  

こうして襷はキュン旅の一行へ引き継がれ、気仙沼へと続く2区の旅が本格始動した。

  

これまでの軍資金残高 5,567円
☆獲得軍資金(*運賃改定前)
八戸〜盛岡 12,270
盛岡〜宮古 5,940
★出費
ホテル 8,623
バー 0(番組側の奢り)

現時点での軍資金 15,154円

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