連続百名店小説『白を知る』❼あの白さを、あなたにも見せたい(沼の家/大沼公園)

人気女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダーを務めるタテルは生粋の江戸っ子で、雪景色に憧れを抱いていた。そこでメンバー唯一の道産子・カホリンを連れ函館を旅することにした。肉襦袢を纏うタテルは寒さに強い一方、カホリンは寒さを大の苦手としており、無茶をするタテルに連れ回されたカホリンは初日の夜に熱を出してしまった。カホリンを心配し(?)遅くまで起きていたタテルは深酒をしていた。

  

カホリンはタテルの部屋を訪ねる。何度かインターホンを押すと、漸くLINEに既読がつく。
「もうちょっと寝かせてくれ」
「大丈夫ですか?」
「あまり大丈夫じゃないかも。あれだったら1人で朝市行ってなさい」
「でも…」

  

タテルは二度寝してしまった。仕方なくカホリンは1人で、昨晩の佐平次の店主が薦めた茶夢という店に向かい海鮮丼を食べる。7時半過ぎに部屋に戻るとタテルからメッセージが来ていた。
「起きた。けど気力が沸かない」
「どうしたんですか?昨日までのタテルさんとは違いすぎて…」
「何だかなあ」
「部屋に行きますね!」

  

再びタテルの部屋のインターホンを鳴らすカホリン。タテルはさすがに起きない訳にはいかなかった。
「おはようカホリン」
「おはようございます!…もしかしてお酒飲んでました?」
「バレた?」
「臭いがしたので。だから起きれなかったんですね」
「カホリンのことが心配で心配で起きていたら、酒を飲みたくなっちゃって」
「全然心配してくれてないじゃないですか!早く支度して、電車乗りましょ!」
「わかったわかった」

  

重たい体を引き摺り、カホリンと合流するタテル。ホテルのフロントで特典のリポビタンDを貰い駅へ向かう。
「カホリン、もう回復したのか」
「はい。やっぱりちょっと疲れてただけでした」
「きつかったら言ってね。俺マジで無意識のうちに過酷旅しちゃうから」

  

すると早速、函館駅の各番線を偵察するタテル。道南いさりび鉄道の車両、駅名標、0キロポストなどあらゆる物を撮影する。
「タテルさん撮り鉄なんですね」
「まあその部類かな。寒かったら先特急乗ってていいぞ。あそこに停まっている札幌行きの列車ね」
「わかりました!」

  

「タテルさん窓際に座ってください。私どうせ寝ちゃうので」
「いいのか?ありがとう!」

  

函館駅を出発すると、車窓には青空が現れた。今回の旅は2日とも大雪だと聞いていたため予想外の晴れである。すぐさまカホリンを起こして見せてあげようとするタテルだったが、すやすや眠る姿を見て思い止まる。

  

出発してから約30分後、青天の駒ヶ岳と気持ち良さそうなカホリンの寝顔に挟まれ、1時間前の無気力が嘘のように幸せなタテル。このままあと3時間以上、カホリンのふるさと札幌まで乗り通しても良い気分になっていた。

  

勿論それは冗談で、申し訳なさそうにカホリンを起こし大沼公園駅で下車する。念の為戻りの列車の時刻を確認してから駅を出る。

  

「はぁ〜気持ち良い!大沼なんて初めてです」
「札幌民のカホリンには馴染みないか。宿泊学習とかどこ行った?」
「同じ札幌市内なんですよ」
「ま⁈」
「一口に札幌市と言ってもやっぱり広くて、南部の方は緑豊かなんです」
「やっぱ北海道はでっかいどう…」

  

大沼公園の一番の名物は、駅のすぐ近くに店舗がある「沼の家」のだんご。佐平次でもモヒートでも、大沼に行くことを伝えたら店主の口から真っ先に出てくるほどの有名店である。店の前に着くとすっかり快晴になっていて、雲が出ない内に大沼公園に先行した方が良いか一瞬悩む。
「タテルさん、お腹空きました」
「朝市行ったのに?」
「はい腹ペコちゃんです。昨晩炭水化物食べずに寝たから」
「さすが食いしん坊カホリン。俺も腹減ったし、さっさと食うか」

  

店内ではだんご以外にも羊羹や薄皮饅頭、そして他所で生産された北海道土産も売っている。気になるものは沢山あるが、ここで土産を買うつもりは毛頭無かったためだんごだけ買うことにする。

  

だんごは2種類2サイズの用意。サイズは1人で1つを完食したい(シェアはしづらい)ため小さい方にする。そして「しょうゆ+あんこ」か「しょうゆ+ごま」を選択する。
「北海道のイメージが強いのは餡子の方かな。俺は餡子にする。カホリンは?」
「私も餡子が好きです。胡麻も美味しいんですけどね」
「両方食べたいし何ならTO-NAのみんなへの土産にもしたいけど、本日中のお召し上がりだもんね」
「だんごは硬くなっちゃいますからね。2人だけの思い出にしましょう」

  

イートインの席に座ると、セロハンの剥がし方が掲示されていた。しょうゆ側から取り、上にやらず水平に持っていくと綺麗に剥がせる。食べる際はしっかり心得ておきたい技である。

  

折り詰めの広い方が大沼、狭い方が小沼を表現している。そして無造作に浮かぶ団子は沼の中の島々を表している。

  

まずはしょうゆの方から。見た目はみたらし団子だが、醤油の味が結構効いていて面を食らう。

  

餡子は控えめの味だが、ほのかにフルーティであり、不思議な後味を覚える。夢中になってあっという間に完食した。

  

「飲み物欲しいね」
「あ、あそこに牛乳がありますよ」
「山川牧場ね。ソフトクリームが美味しいって話聞いたな。でも冷たいよね、お腹弱いからちょっと」
「私もあったかい方がいいです。今日のところは止めておきましょう」

  

外に出ると少し雲が出てきていた。大沼公園へ向け、急いで雪道を歩く。道中は意外と人がいて、その大半が中国人である。土産物店で土産を品定めしたり、傍の茂みで橇遊びなどをして燥いでいた。

  

一方のタテルとカホリンは公園内部へ入って行く。柵の向こうに広がるのは大沼であるが、冬ともなれば水面は凍り雪は積もり、手付かずの銀世界が現前する。

  

「カホリン、これが君の見せたかった白か」
「見せたかった…のかな?こんなに真っ白な雪景色、私もそんなに見たことないので」
「じゃあ俺が君と見たかった白、ということにしよう」
「そうですね。タテルさんとじゃなきゃ一生来られなかったと思います。はあ、気持ち良い寒さ〜」

  

タテルが定めた目的地は、この大沼公園内にある「千の風になって名曲誕生の地」。新井満氏がこの大沼の地にて原詩を翻訳したことからモニュメントが設置された。小学生の頃にこの曲を十八番にしていたタテルは、モニュメントから見える駒ヶ岳と沼の景色を前に思わずテノール歌手ぶる。

  

〽︎私のお墓の前で泣かないでください…
「タテルさん、やっぱ歌上手ですね〜」
「いけねいけね、開放的になっちゃった。聞かれてたら恥ずかしいな…」
「大丈夫ですよ、誰も来てません。私も一節歌おうかな〜」

  

〽︎言葉はまるで雪の結晶…
この後かれこれ20分程、歌ったり雪合戦したり写真を撮ったりして過ごす2人。白いコートに身を包む色白のカホリンは、銀世界の中に上手く溶け込んでいて美しかった。

  

列車の時間まで30分弱となったため駅方面に戻る。公園内の静けさから再び4声調を操る喧騒の中に入り込む。またしても空腹となったカホリンは土産店で何か食べようとする。

  

「カホリン、このイカスミソフト食べなさい」
「イカスミソフトですか⁈…要らないです」
「イカスミとメロンのミックスにすれば?」
「かえって嫌です!タテルさん食べてくださいよ〜」
「ハハッ。冗談だよ。好きなもの頼みな」
「じゃあフランクフルトにします」
「俺はどうしようかな…」

  

タテルは昨晩さんざん飲んだにも関わらずビールを注文した。柑橘っぽい爽やかさがありつつ苦味も効いた味わい。
「よく飲みますねタテルさん」
「飲んでもいい気がしちゃってさ。昨日から気になってた地ビールだし」
「まったく…ああ!コートにケチャップつけちゃった!」
「何やってんだカホリン。よりによって白いコートに」
「お気に入りのコートなのに!もう最悪、恥ずかしい…」
「ほら、拡げないように拭き取って。東京に戻ったらシミ抜きしてもらおう」
「ありがとうございます…」

  

函館へと戻る列車は普通列車であった。向かい合わせの席に座る2人。カホリンは残りのフランクフルトを完食すると忽ち眠ってしまった。その寝顔を恵比須顔で眺めながら、タテルは残りのビールを呷る。

  

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