人気女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダーを務めるタテルは生粋の江戸っ子で、雪景色に憧れを抱いていた。そこでメンバー唯一の道産子・カホリンを連れ函館を旅することにした。肉襦袢を纏うタテルは寒さに強い一方、カホリンは寒さを大の苦手としており、無茶をするタテルに連れ回されたカホリンはとうとう熱を出してしまった。
再びカホリンが起きてしまう心配があると踏み、もう少し起きていることにしたタテル。そうしているうちに、目星を付けていたラム酒のバーが気になり始めた。ホテル(函館駅前停留所至近)から200mくらいの距離にあり、深夜2時まで営業しているとのことでふらっと訪れる。

店内にはマスターと少々チャラめの4人組客のみがいた。タテルは奥のカウンターに座り、早速ラム酒のメニューを吟味する。

中米で生産されるイメージが強いラム酒であるが、日本にも南方を中心に多くの生産者がいて、北海道の地で沖縄の酒を飲んでみたら面白そうだから南大東島のコルコルを選択する。

「ラム酒はよく飲まれるんですか?」店主が問う。
「あまり飲まないですね。でも吉祥寺に有名なラム酒バーがあって、色々教えてもらったんです。これとこれとこれなんですけど」
「Rhum JM、pusser’s、ロンミロナリオ。なるほど、どれが一番好みとかありました?」
「真ん中のもの、ですね。ウイスキーを手本にして作られたもの、ラム酒らしい甘みがありつつもフランスの食後酒らしいキレ、とメモしてあります」
「ウイスキーの要素を感じたい、ということであればこちらなんかもお勧めですよ」


次に試してみるラム酒は南米ガイアナのデメララ。高温多湿の気候で熟成した後、冷涼なスコットランドの空いたウイスキー樽で更に熟成させており、ウイスキーを好むタテルの口によく合うものであった。
「地元の方ですか?」
「いえ、東京から来ました」
「お一人で?」
「実は連れがいるんですけど、体調崩してホテルで休んでいるんです。何かあるといけないから成る可く起きていようと思っていまして」
「それでバーに来て、大丈夫なんですか?」
「安静にさせた方が良いので。何かあったら連絡するようには伝えてあります」
「さすが、スマートですね」
「でもちょっと無茶な旅程に付き合わせてしまって、それで発熱したんですよ。明日も朝から電車乗る予定でして」
「それはどちらまで?」
「大沼公園です」
「良いところ目つけますね。絶対特急で行った方がいいですよ」
「朝はそうします。調べたんですけど、函館から札幌まで4時間もかかるんですね」
「そうみたいですね。いやあ、新幹線早く開通してほしい。1時間で行けるようになりますから」
「新幹線は偉大ですよね」


続いてお勧めされたラム酒は、バルバドスのケーンアイランド8年。バニラのような香りを覚えた。
カホリンからは連絡が無い。無事に眠り込んでいるようである。
「別に日ハムファンとかではないんですけど、きつねダンスの女の子可愛いですよね〜」
「ファイターズガールですね。流行りましたよね」
「連れもまさしくファイターズガールにいそうな女の子なんですよ。色白で丸みがあって、正に雪ん子って感じで可愛らしいんです」
酔いが回り気持ち悪い口調になるタテル。カホリンを連れ回し体調を崩させたことへの反省は何処へやら。
「テキトーな国名言ったら、その国のラム酒用意してもらえますか?」
「あれば用意します」
「じゃあアンティグア・バーブーダ」
「無いです」
「セントクリストファー・ネービス」
「それも無いです」
「セントヴィンセントおよびグレナディーン諸島」
挙げる国名がマニアックすぎるタテル。調子に乗りすぎである。
「じゃあ…ドミニカ共和国」
「それでしたらございます。モンテクリストですね」


現地でも強い人気を誇るブランド。こちらも甘みがあり、フルーティな印象を受ける。
気づけば時刻は深夜1時を回っていた。カホリンは大丈夫そうだし、明朝はいちおう朝市を訪れる心算があるためこの辺でお暇する。
「いやあ、ラム酒は面白いですね。ウイスキーはみんな極めているから、俺はラム酒究めようかな〜。ラム酒専門の資格とかってありますかね?」
「ラムコンシェルジュという資格があります」
「取ってみようかな。実は地元の近くにもラム酒バーの有名店があるので、そこにも通いつつ勉強しようと思います」
「こうしてラムの魅力を知っていただけると本当ありがたいです。引き続き函館旅楽しんでくださいね」
「ありがとうございました。おやすみなさい」


外に出てみると人っ子一人おらず、地面には足跡を埋めるように新雪が積もっていた。部屋に戻るとどっと疲れが出て、そそくさとシャワーを済ませ眠りにつくタテル。

翌朝、カホリンは6時に目が覚めた。熱は下がり、起きてみるとコンディションも上々であった。
「タテルさん、おはようございます。一晩寝たお陰ですっかり元気になりました!朝市行きましょ!」
LINEを送るが既読がつかない。すっかり酔っ払ったタテルは眠りこけていて、朝市どころか大沼に行く気力さえ失くしていた。
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