東京ラーメンストーリー外伝『HAPPY BIRTHDAY to KYOKO 2024』(ラール・エ・ラ・マニエール/銀座)

今年もタテルの胸高鳴る9月5日がやってくる。人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46(現:TO-NA)」の元メンバー・佐藤京子の誕生日である。去年も誕生日祝いはしたのだが、恋人同士として迎える誕生日はこれが初めてである。
「夜はTO-NAメンバーも合流しての誕生会だから、俺からはランチをプレゼントするよ。銀座のど真ん中でフレンチだ」
「私フランス料理なんて食べたことない」
「ないの?金持ちなんだから1回くらいはあるでしょ」
「マ〜ジでないし金持ちじゃない。マナーとかわかんない」
「そんな気負って行くところじゃない。そもそも京子はそんな下品な人じゃないから。当日になったら少しだけ心構え伝えるから、楽しむこと第一にな」
「ありがとう。タテルくんといると安心するね」

そして誕生日がやってきた。タテルが伝えた心構えは「味よりも香りを意識すること」「料理を楽しむことを第一に」の2点だけである。
「それだけでいいの?」
「ああ。細かいマナー気にして味わからない、となると俺らも料理人も誰も得しない。今日の店もグランメゾンではあるけどドレスコードとか無いし、間違いを犯しても大丈夫だ」

  

銀座の小綺麗なビルの地下1階にあるフレンチの名店「ラール・エ・ラ・マニエール」。こじんまりとした店であり、一度に入れるのは3〜4組程度である。以前は某有名グルメブロガーを筆頭に客層とサーヴィスへの課題を指摘するレビューも多かったが、それは恐らく昔の話であり、落ち着いた雰囲気で誕生日祝いにぴったりの空間といえよう。

  

「えめっちゃ素敵じゃん。バラ置いてあるし」
「ホストみたいな出迎え方」
「何言ってるのよタテルくん。全然面白くない」
「俺みたいなチー牛は面食らう」
「しっかりしてよ」
「まあ座ろうよ。京子が奥ね」
「タテルくんが奥行きなよ」
「今日の主役は京子だ、上座である奥に座って」
「はーい」

飲み物はワインペアリング14000円に加え、「ワイン3杯セット」7700円を発見する。ペアリングだとどうしても酒量が増えてしまうため、タテルは3杯セットを選択。一方の京子には、ノンアルコールのペアリングをご馳走することにした。

  

「京子、誕生日おめでとう。色々あった1年だけど、こうしてまた誕生日を祝えて幸せだ」
「ありがとうタテルくん。2人でフレンチだなんて夢みたいだよ」
「夢じゃないんだよねこれが。諦めず生きてきて良かった。何と感慨深いことだろうか」

  

早速アミューズが2品。右はガスパチョをバジルのチップスに乗せて。思ったよりしなっていて肩透かしを喰らうが、ガスパチョは普通に美味しいしバジルの香りは素直にする。
左はほうじ茶マカロンの中にフォアグラ。ほうじ茶の香り、カシスのアクセントは完璧で、小菓子として出てきても違和感ない。タテルにとってはフォアグラの味が弱く感じる。一方のマカロン大好き佐藤京子も、下の食べられない生米がくっついてくるのに苦慮していた。

「店員さんって意外とドライなんだね」
「慣れてないとそういう感想になるよね。適度な距離を置くのが都心のグランメゾンでは主流なんだ」
「その方がいいかもね。2人でゆっくり話せるし」
「シェフがサーヴィスを担ったり、地方の店だったりすると店員さんとお話しすることも多いけどね。映画撮影で行った水戸のフレンチでもマダムさんと情報交換したし」
「水戸にフレンチなんてあるんだ」
「変な言い方するなよ。鮑とか常陸牛とか桃とか美味いんだぞ」
「へぇ〜、それは行ってみたいね」
「茨城は美味いもん盛り沢山だった。次の小旅行は茨城に決定だね」

  

前菜1品目は名古屋コーチンとじゅんさい、コンソメジュレ、生プルーン。名古屋コーチンはかなり身が引き締まっていて、ノリは完全に焼鳥である。旬のじゅんさいと旨味のあるコンソメジュレで潤いを補うと良い。生プルーンは大きめサイズに切ってくれると存在感が出て味がわかりやすい。
京子は迷っていた。要素が多く、何をどう組み合わせればいいのか分からずにいた。
「フレンチは食材どうしの組み合わせを楽しむものだからな。色々試すといいよ」
「なるほど」
「西洋料理は足し算のチームスポーツ。ドラマや映画を撮るようなものかな。和食は引き算で素材本来の味を引き出す。歌やラジオみたいなものかな。どちらのやり方でも輝ける、それが京子なんだよな」
「いきなりどうした?」
「この1年、京子は更に売れると思ってる。それがすごく楽しみでさ」
「いやいや、まだわからないって」
「クールな声と大人っぽい美しさ、なのに喋ってみるとめっちゃアホなところとか…」
「それ言うのやめて。恥ずかしいんだけど」
「このギャップが堪らないんだよなぁ。強烈な個性は武器になる。大丈夫だと思うよ」

  

2杯目のワインは、トースト香の奥に酸味を感じる独特な白ワイン。

  

次に登場した料理は鱧のフリット。葱油の香りが食欲をそそる。油は蓄えつつも軽いフリットで間違いのない美味しさ。アーティチョークのソースをつけるとコクもプラスされる。セミドライ(?)トマトソースはあまり変化を生み出さない。
「鱧なんて初めて食べた。少し弾力がある以外は普通の白身魚とあまり変わらないね」
「まあそうなるよな。この料理だと、鱧の代わりに穴子使っても8割くらいは同じ味わいになると思う」

  

続いて牛レバー。ミディアムレアがデフォであるが不安を覚えた2人はミディアムにしてもらった。結果どうしてもパサつきが出てしまうが、にんにく・パセリのソースは控えめながらもそれを補うだけの力を秘めていた。付け合わせの野菜は特にレバーと合わせてどうこうなるものでは無く、タテルは単体で味わった。

「京子、俺に助言してくれてありがとう。おかげで俺も垢抜けたよ」
「前に出る人として、見た目は大事だからね。最初逢った時、こんなフレンチが似合う人だとは思わなかったもん」
「今思い返せば、ライヴ会場に泊まり込むキモヲタにしか見えなかったもんな俺」
「そうそう。YouTubeのコメ欄でも文句言われてたもんね」
「京子に紹介してもらった美容師の川井さん、汗かきの俺でも清潔にみえる髪型にしてくれて、繋がりがちな眉毛も整えてくれる。すっごくありがたい」
「あの人すごく良い人でしょ。最近私前髪を分けてるけどさ、それ提案してくれた人も川井さん」
「そうなんだ。大人っぽくて良いな、って思ってた」
「いいでしょ〜」
「ありがとね、いい美容師さん紹介してもらって」

  

メインの魚料理は金目鯛。皮目を香ばしく、1割ほど生を残した火入れで金目鯛の個性を引き出している。黒にんにくのソースは、焼け野原の中にあるちょっとしたにんにくの風味が趣深い。茸とムール貝の炒めは家庭料理の趣があるが、ムール貝の臭みがあまりない(臭かったとしても黒にんにくを放り込めば解決である)ところは流石である。

「肌つやも良くなったよね、タテルくん」
「京子おすすめの化粧水が効いてるんだな。どうしても肌が脂ぎっちゃってたけど、今はサラサラだね」
「タテルくん手洗いとかしっかりするし洗濯にもこだわりあるから、不潔に見られるのが歯痒かったんだよね。あとは食生活かな」
「油断するとすぐガッツリ食べちゃうのね、どうしてもやめられない」
「私だって二郎系とか我慢して肌のコンディション良くなったからさ、そこは意識しようよ」
「京子の言うことなら、従うしかないな」
「じゃあヒゲ脱毛も追加ね。青ひげとかダサいから」
「脱毛って痛くね?」
「痛いのは耐えて。お洒落には我慢がつきものだから」
「京子ってすごいよな。プロ意識の塊だよ」
「当たり前のことだと思うけどね」
「俺そういうのどうしてもサボっちゃう」
「それは良くない。ちゃんと直していこう」

  

少し重めの赤ワインで気を引き締めるタテル。

  

肉料理は仔牛。嫋やかなロゼ色をしているが、筋肉の引き締まり方はさすが広い平原育ちと思しき牛。脂身も含めあっさりとしており、少食の京子も食べ疲れることなく完食した。付け合わせにあるとうもろこしとチーズのペーストも地味に美味しい。ただ一つ、茸が魚料理の付け合わせと被るので、人参や芋などの根菜を配置すると良かったのではないかとタテルは考えた。

「…なんか俺、京子にしてもらってばっかだな。京子から受け取った恩、京子に返せているのかな」
「帰る家にタテルくんがいてくれるだけで、私は安心なんだけどな」
「京子…」
「私が収録で上手く喋れなくてへこんで帰ってきたとき、タテルくんはきちんと私にダメ出しをしてくれた。もっとにこやかでいなきゃ、とか言われて、たしかにそうだな、と思った。でも決して上からじゃなく、寄り添うように優しく諭してくれた。だからタテルくんのこと、すっごく信頼してる」
「だって京子はすごく面白いんだもん。俺、世界で5番目くらいには京子のこと分かってると思ってる」
「何その地味な謙遜。でも嬉しい。お互い本音を言い合えて高め合う仲って素晴らしいよね」
「ああ。いつもありがとな」

  

デザートは夏らしくピーチメルバ。紅茶の香りを纏わせてコンポートにすることにより、桃の瑞々しさに加え、奥底にある官能的な甘さが引き出されている。フランボワーズのソースもそのお手伝いをする。ベルガモットのグラニテやほうじ茶のゼリーも味がはっきりしており、山椒の仄かに香るクリームが淡緑色の彩りを加える。

  

食後の飲み物は両者歯を汚さないハーブティーを選択する。そして小菓子は、宝箱に入った8種類の中から好きなだけ選ぶことができる。欲張りな2人は全部戴くことにした。

  

綺麗に盛られた菓子達。京子のプレートにはバースデーメッセージが書かれていた。ある程度距離を置いていた店員も自然体で京子の誕生日を祝う。

  

「誕生日おめでとう、京子」

  

瑞々しい果物、ピスタチオやバターの確とした香り、口溶けの良いチョコレート。1つ食べる毎に、不安、喧嘩、離別、大病、惜別、葛藤、低迷、怪我と、この1年間乗り越えてきた試練を思い出し、今幸せな瞬間を再び迎えられたことに感涙するタテル。
「京子がいなかったら俺、少なくとも社会的には死んでいたと思う。京子がいるから、俺は前向きに生きていられる」
「タテルくん、ちょっと重いってそれ」
「本心だよ」
「私も、タテルくんが笑顔でいてくれることがすごく嬉しいし糧になってる。タテルくんと出逢えてなかったら、たぶん私は夢を夢のままにして芸能界を去っていたと思う。だからすごく感謝してる。これからも素敵な夢、叶えていこうね」
「勿論さ。いつもいつもありがとうね」

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