連続百名店小説『MOSO de BOSO! 2』⑦幸福論(ホーム オブ マザーズ/干潟)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテルは、車好きで話題のメンバー・スズカと2泊3日の千葉旅行をする。約1年ぶりの房総ドライブを楽しもうとする2人を、謎の男・ワタル率いる「脱帽しなかった男」が追っていた。

  

国道269号を東へ進む2人だが、急ブレーキ事件の後も信号のタイミングが合わなかったり、青信号なのに前にいる右折車に阻まれて動けなかったりと些細な不幸に襲われる。そしてついに渋滞に巻き込まれ、14時前に今久に到着する予定が崩れそうになっていた。落ち込むスズカ、苛つくタテル。重苦しい空気を変えようとタテルが意を決して歌う。

  

〽︎数え切れないほどの想いを…
「あっ、なんか元気出てきました」
「やっぱ俺ら、歌わないとやってられねぇよな!」酔っ払いのように叫ぶタテル。「スズカの無邪気な笑顔を見ていたいんだ俺は」
「タテルさん…」
「スズカがスズカらしくいられることを願っている。その邪魔をする奴は許さない」

  

高らかに歌ったおかげで後半はスムーズに移動でき、13:55に国道126号沿いの今久に到着。ギリギリのタイミングで当日予約に成功した。
「イェーイ、今夜は焼肉確定〜!」無邪気に喜ぶスズカ。
「よし、じゃあジェラート食べてホテルにチェックインだ!」

  

タテルらの次に到着したワタル一行は1巡目の入店を逃す。
「クソッ!調子いいなアイツら」悔しがるワタル。
「ああ焼肉食べたかった…」
「べ、別にこんなところの焼肉、美味しいとは限らないじゃないか」
「負け惜しみ言うなんてかっこ悪いよ」

  

ジェラート屋へ向かうタテルとスズカ。今久からジェラート屋へは干潟駅を挟んで反対側、車で僅か6分の道のりである。国道を外れ田園地帯に入ると、人は窓を開けたくなるものである。
「はぁ〜…オエッ!」えずくタテル。
「ちょっと待って、臭い!」
「何でこんな臭いんだ!」
2人が通った道には養豚場があった。恐らくここが臭いの源である。この道を通る際は窓を開けないよう注意しよう。

  

〽︎くっせぇくっせぇくっせぇわ
品川の食肉センター付近の臭いですら苦手なタテル。降りかかった不幸を早く笑いに昇華したくて替え歌を口ずさんでいる内にジェラート屋に到着した。
「ここは臭くないね。良かった…」
店内には20種類ほどのジェラートがあり、案の定多様な味でどれにしようか迷う。
「いちご、チョコ、抹茶…ああでも夏みかんも捨てがたい。迷いますね、どうしましょう」
「俺に訊かれても正解は出ないよ」
「えー、迷って迷って仕方ないんですけど」
「迷うのが醍醐味だからね。どうしても迷うのならトリプル2つ買えば?」
「それは流石に多すぎますって」

  

タテルは海のジェラート・カッサータ・クリームチーズ&オレンジピールという玄人好みのトリプルにした。ジェラートは全体的に驚くほど口溶けが滑らかで、都心で味わうものとはひと味違っている。フレーバーを前面に押し出すジェラテリアが多い中、ここのジェラートではフレーバー以上にベースの実力を実感できると思う。
いちおう個別のフレーバーについて述べると、海のジェラートは優しくまろやかな塩味で心落ち着く。カッサータはアーモンド、くるみ、チョコの食感を楽しむもので、チョコの味が小粒ながら強い。追加料金を払って組み入れたクリームチーズ&オレンジピールは、主張しすぎないチーズの味がしみじみとしていて乙ではあるが、素材の個性を感じ取りにくい。

  

「ああ、失敗したかも。タテルさんが食べてた海のジェラートの方が美味しそう」
「もう1個食べればいいじゃん」
「そんな食べれないです。寒いですし…」
「俺もう1巡しようかな…あっ!服にこぼしちゃった!」
「大丈夫ですか?紙あるので取ってきますね」
「ありがとう…」

  

一方のワタルらもジェラート屋の駐車場に車を停めていた。
「どうする?スズカさん達と一緒にジェラート食べる?」
「いらねぇよジェラートなんて。こんな寒いのに腹冷えてしまう」
「ああそう。ってかここ、アタックのチャンスじゃね?」
「ダメに決まってるだろ。ちょこちょこ客来てるし、通報されてお終いだよ」
「そうか…」
「まあそろそろ本気出してもいいかな」

  

海沿いへ向かう2人の車を追うワタル。九十九里ビーチラインに出るところで2人の前に出ようと試みた。しかし対向車に阻まれ作戦は失敗した。
「クソッ!あの邪魔車さえいなければ!」
「何しようとしたんだ」
「煽りだよ煽り」
「犯罪じゃん」
「この国では合法みたいなものさ。でも失敗した!」
「失敗でいいじゃん」
「悔しい!焼肉は食えないし煽れないし!俺が不幸の呪いかかってどうすんだよ…」
「不幸の呪いじゃないし。神のお告げでしょ」

  

亀の井ホテルに到着したタテルとスズカ。
「豪華なお宿!いいんですかこんなところ泊まって」
「勿論だ。経費で落ちるから」
「温泉もあります?」
「あるよ」
「めっちゃ楽しみ!」
「また犬神家スタイルで入浴?」
「しませんよ。さすがに恥ずかしいです」

  

「もしかしてアイツら、ホテルの夕食断ってまで焼肉行こうとしてる⁈」
「たしかに。このホテル、2食つきのプラン以外ない」
「何贅沢なことしやがって!こっちなんて予約も金もねぇんだぞ!あぁもう轢き殺してやる」
「どうどうどう」子分らは宥めるだけで精一杯だった。

  

*亀の井ホテルからの景色ではありません(同じ九十九里浜ではありますが…)。

夕暮れ時、茜色に染まる海岸に出たタテルとスズカ。
「今日はちょっとツイてない日だったような…」
「そうですか?鰻も今川焼きもジェラートも美味しかったし、こんな良いホテル泊まれるし」
「俺些細なことでも気にしちゃうんだよな…ごめんね車中でちょっと苛立って」
「タテルさん!」

  

〽︎時の流れと空の色に…
「幸福論か」
「私いつも負けてばかりですけど、負けてばかりの人生も楽しいもんですよ。『負け顔が美しい』とか言っていっぱいイジってもらえて、すごく幸せです」
「スズカらしいな」
「私はタテルさんと一緒にいられるだけで幸せです。タテルさんはどうですか?」
「スズカと一緒に旅できること…めっちゃ幸せだ!」
「ですよね!こっからは純粋に楽しみましょう!」
「ありがとう。スズカは本当立派な人だよ…」

  

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