連続百名店小説『トラベルドクター』第7話(補陀洛本舗/東武日光)

トラベルドクター・建。末期がんなどで余命宣告を受けた人々へ、人生最後の旅行を企画しサポートするのが彼の使命である。ある日プライベートで足利を旅していた建は偶然、おばあちゃんに最後の旅をプレゼントしたいと言う江森一家と出会った。
*この物語はフィクションです。実在する「トラベルドクター」様とは関係ありません。実際のバリアフリー対応については店舗にお問い合わせください。

  

日光彫り体験センターに到着した一行。普段は小中学校の団体しか受け入れていないが、建がダメ元で相談した結果、特別に体験をさせてもらえることになった。おばあちゃんがアイデアを出し、明里と母がそれを刻む。

  

「あら明里、かわいい猫!上手に彫れたね」
「喜んでくれて良かった!」
「そういえば僕も猫彫ってました」
「建さんも猫好きなんですね。気が合いますね!」
扱い慣れない彫刻刀で削りはガタガタであったが、温もりを感じる猫の絵。その温もりはおばあちゃんだけでなく建にも感じ取れるものであった。

  

「それでですね、一つお尋ねしたいことがありまして」明里が指導員に切り出す。「ここに甚六さんという方はいらっしゃいましたか?」
「甚六さん?うちにはいないですね」
「昔でもいいんですけど」
「ちょっと待ってくださいね…やはり甚六さんという方はいませんでした」
意気消沈する一同。
「お役に立てず申し訳ございません」
「ごめんなさい、記憶違いで」過ちを謝る建。
「いえいえ、むしろ日光彫りを体験できて楽しかったですよ」
「また1つ思い出が増えたわね。日光彫りのお皿、大事に使ってね」
「喜んでいただけて何よりです。ステーキの予約までまだ時間ありますが、どこ行きましょうか?」
「日光来たら、やっぱ湯葉が食べたいわね」
「私も湯葉大好き!」
「明里ったら、しゃぶしゃぶ食べ放題で湯葉とレタスばっか食べるんですよ」
「健康的でいいじゃないですか」どこまでも寛容な建。「それなら、小腹を満たすのに丁度良いお店があります」

  

駅の方面へ一旦戻る道すがらにその店はある。和菓子店にカテゴライズされているが、求める湯葉製品はどちらかというと食事系である。
「『ゆばむすび』って何ですか?」
「かつお出汁で炊いたおこわを湯葉で巻いております」
「1人1個食べれるかな?14時にお昼ごはんだけど」
「1個なら丁度良い量だと思いますよ」
「じゃあ1人1個ずついただきましょう」

  

「ちなみにご昼食はどちらへ?」
「えーっと、なんだっけあのステーキ屋さん」
「グルマンズ和牛さんです」建がサポートする。
「ああ、すごくいい店ですね!日光にはご旅行で?」
「そうです。おばあちゃんが会いたい人を探していて」
「会いたい人?」
「川田甚六さんっていう日光彫り職人の方です」
「甚六さん…知ってますよ!」
「えっ⁈本当に⁈」
「ええ。ただもうお亡くなりになられました…」
「そうよねぇ。これだけ長い年月経っちゃ仕方ないのう…」
「グルマンズさん行かれるんですよね」
「そうですけど」
「ご子息の方がいますよ」
「えっ⁈本当に⁈」短時間で2度目を丸くする明里。
「日曜なので多分勤務入っていらっしゃると思います。ぜひお話聞いてみてください」
「ありがとうございます!おばあちゃんも元気取り戻しました」
「こんなことあるんだ…」驚きと感動が脳内を駆け巡る建。

  

兆しが見えた後のゆばむすびは一段と美味い。おこわは出汁が綺麗に効いている一方、湯葉の存在感も強い。あれだけの薄さでここまでふくよかな風味と食感を出せるのが、湯葉が日光の名産となる所以である。両者が喧嘩せず互いに魅力を発揮し合う最強の名物。

  

「日光に朝早く着いて、朝ご飯まだだな、って時にうってつけだな。また一つ勉強になった」学びを欠かさない建。
「病気になってから全然美味しいもの食べられなくて。こんな美味しいものたくさん食べさせてもらって本当に幸せだ」
空のない密室を抜け出し訪れた懐かしい街。訪れる場所毎に出逢う優しさに包まれ、いよいよ50年来の恋の集大成を目の当たりにする。

  

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