連続百名店小説『トラベルドクター』第2話(香雲堂/足利)

トラベルドクター・建。末期がんなどで余命宣告を受けた人々へ、人生最後の旅行を企画しサポートするのが彼の使命である。ある日プライベートで足利を旅していた建は偶然、おばあちゃんに最後の旅をプレゼントしたいと言う江森一家と出会った。
*この物語はフィクションです。実在する「トラベルドクター」様とは関係ありません。

  

「織姫神社って車で登れるんですね」
「そうですよ」
「てっきりあの長い階段だけかと思ってました」
「大変ですよねあの階段は。でも傍の方からも登れますよ」
「何かありましたね」
「あそこから登ると、色とりどりの鳥居が並んでいるんですよ」
「マジっすか?知らなかったです。見たかった…」
「また来ればいいじゃないですか」
「えっ…」
「明里、無茶言わないの。建さんもお忙しいんだから。あ、せっかく足利に来たのなら最中買っていってください」

  

駐車場に車を止め香雲堂に向かう。駅から遠いくせにコミュニティバスもろくに来ない土曜の昼間、客足は疎らであったが、地元民であれば知らない人はいない足利の象徴である。
「最中以外も良かったらどうぞ。せんべいとどら焼きも美味しいですよ」
「ありがとうございます」
「スタッフさんって何人くらいおられるんですか?」
「僕の班は10人くらいですね」
「じゃあ皆さんにも最中買っていってください。全部私たちがお支払いするので」
「悪いですって」
「皆さんにも食べてほしいんです!」屈託のない表情でアピールする明里。
「そうですか…何から何までありがとうございます」

  

江森家に到着。建は家に上がらせてもらうことになった。
「粗茶ですが」
「いえいえ。最中とよく合いそうです」

  

早速その最中を戴く。建の拠点である都心では小ぶりで硬めのあんこが流行りだが、こちらは大ぶりの中に軽やかでにぱっとしたあんこが入っている。
「あれ、書いてある文字違いますね」
「そうです、何種類かあります」
「なんて書いてあるかわからないんですけどね」軽くとぼける明里。
「明里さんってものすごく可愛らしい。チャーミングな話ぶりですね」
「明里は普段からこうなんです。誰に対しても明るくて無邪気で」
「優しい雰囲気に満ちていますよね」
「そうですね。いつもニコニコしていて優しくて、きっとおばあちゃん譲りなんでしょうね」
「お婆さまもお優しい方なんですね」
「そうなんですよ!」明里が目を見開いて主張する。「毎日学校から帰るとおばあちゃん家に行ってました」
「私も父も忙しかったもので、明里のことはおばあちゃんに任せていたんです」
「おばあちゃんといると安心感ありますよね。私も毎晩のように電話していました」
「癒されるんですよね。いっぱい甘えたくなる」
「それだけお婆さまのことがお好きなんですね」

  

続けて建はどら焼きとせんべいを戴く。どら焼きは皮が厚めで、東京三大どら焼きのような個性はないものの王道のどら焼き像に当てはまる。せんべいは所謂「瓦煎餅」であり、仄かな甘さが懐かしい心地良さを生む。
「いい旅行、させてあげたいですね」
「でもお高いんでしょう?」金銭ネックが強い母。
「結論から申し上げますと、1泊2日の旅行で100万円弱いただいております。決して安くはないでしょう」
「はあ…」
「ただ補助金を申請すれば、70万くらいには収まります。その上で詳しい説明をさせていただければと思います」

  

私が普通の医師として病院で働いていた時、多くの患者さんから、「死ぬ前にもう一度旅をしたい」という声を聞きました。病気で諦めていた旅行をさせてあげたい。病室に籠りきりの最期ではなく、行きたい場所に行って見たい景色を見せてあげたい。そんな願いを叶えるため、一念発起して「トラベルドクター」の活動を始めました。
私たちは決して、患者さまの病状を理由にノーを突きつけることはしません。患者さま自身の要望を尊重します。そしてその要望をサポートするため、旅行時は我々医師とスタッフが合わせて4〜5人ほど帯同し、不測の事態に備えます。行く先々で我々に発生する経費は原則、先ほどお知らせした料金に含まれています。

  

「ちなみに行きたい場所は?」
「日光です」
「それなら、我が社特注の介護タクシーで移動できますね。こんな感じです。ここにベッドがそのまま入ります」
「大きい!」
「揺れも少ないですし、腕の良い二種免許ドライバーも呼びます。窓に流れる景色を眺めながら、快適な移動を楽しんでください」
「ありがとうございます。そしたらおばあちゃんに会いに行きましょう。建さんも来てください」

  

ホスピスにやってきた一行。
「おばあちゃん!」そう言って寄りつく明里。そして途端に顔が綻ぶおばあちゃん。
「明里ちゃんは今日も元気だねぇ。あれ、そちらの方は?」
「どうしてもおばあちゃんに会ってほしい人!」
「はじめまして。トラベルドクターの渡辺建と申します」
「トラベルドクター?」
「おばあちゃん、旅行行きたいでしょ」
「行きたいわねぇ。でももう無理だよ」
「そんなこと言わないで。そのためのトラベルドクターさんだよ」
「私たちが最大限サポートしますので、行きたい場所、何なりとお申し付けください」
「いいんですか⁈そうねぇ…日光であそことあそこ、ああそこも行きたいわねぇ」
「おばあちゃんよく食べるんです」
「食べることが生き甲斐だからね。最期くらい、美味しいものたくさん食べたい」
「お母様、どうでしょう?」
「そうね、おばあちゃんが言うなら行きたいわ」
「ありがとうございます!全力でサポートさせていただきます!」

  

しかし建には1つ気がかりがあった。主治医の同意を得られるか、である。世間への認知度は高くなく、今までの常識からは明らかに外れたことをするトラベルドクター。理解を得られる保証は無かった。

  

「あ、主治医の方ですか?」
「そうですが」
「見慣れない方ですね。どちら様ですか?」
「トラベルドクターの渡辺建と申します」
「トラベルドクター?何ですかそれ?」
おばあちゃんにした説明を再びする建。
「何をおっしゃっているのやら」
「すみません、もう一度説明しますね」
「結構です。馬鹿げたこと言わないでください」
「馬鹿げたこと、って…私たちは本気ですよ!」
「病人を連れ出して旅をさせようなんて、偽善にも程がある」
「ぎ、偽善ですって?」
「帰って帰って。部外者、いや疫病神が来るな来るな…」
「この人は疫病神なんかじゃないです!」必死に反抗する明里。「この人は本当に優しい人なんです!おばあちゃんに1つでもたくさん思い出を作ってあげたいと…」
「小娘に何がわかるのか」
「小娘とは失礼な!」建も声を荒らげた。
「明里さんはすごくおばあちゃん思いなんです。小さい頃からおばあちゃんの愛をたくさん受けてきた。だから恩返しをしたいって一生懸命考えてくれている。そのために私たちのことを頼りにしてくださっているんです」
「あのな、こっちは医師なんだ。俺だって命預かっているんだ。もし旅行中に死ぬようなことあったら、俺の責任になるんだぞ」
「…」
「帰ってくれ。明里さんも、できることとできないことの分別くらいつけてください」
建は何も言い返すことができなかった。

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