連続百名店小説『雪の中で笑う君は』冬パート 最終話(すや亀→平五郎→すき亭/長野)

女性アイドルグループ・TO-NA(旧称:DIVerse)のメンバー・マナと特別アンバサダー・タテル。DIVerse時代、逸材とされながら突如卒業、行方をくらませたマシロを捜していたところ、マシロは重病を患っていて、かつての仲間、そして親友であるマナにさえ姿を見せたくないとしていることを知った。それでもある日、マナに会いたいという内容を含んだ本人直筆の手紙が舞い込む。そして遂に、雪の戸隠にて再会が実現していた。

  

そこは善光寺であった。古の時代から多くの人々が参詣を憧れる場所である。マシロは小学生時代を市内で過ごしていたため何度も訪れていたが、その後松本に引っ越し、マナと1回だけ訪れて7年はご無沙汰であった。

  

車椅子のマシロでもスロープを使って本堂に上がることができる。16時を回っていたため内部を拝観することはできなかったが、DIVerse初期メンバーとタテルが横一列に並んでマシロの病気平癒を祈願する。

  

振り返って景色を眺めると、暮れかけの空の奥に山が雄々しく佇んでいた。気分の上がったマシロが口遊む。
「聳ゆる山はいや高く……」
「『信濃の国』だ」
「マナちゃんご名答!」
「マシロが楽屋で歌ってるの、何度聞いたことか。懐かしいよ」
「地元想いでもあるんだな。尚更推せる」

  

御守りを購入して参道へ降りていく。この時間ともなると閉まっている店が多いのだが、皆に食べてもらいたいスイーツがあるとマシロが言う。
「やってる!ほら、味噌ソフト」
「味噌ソフト⁈」
「ああ、万原シニアさんのタクシー旅で見て気になってたんだ」

  

明治から続く信州味噌の名店・すや亀。仲見世の店舗では手軽に食べられる焼きおにぎりと味噌ソフトを提供している。味噌とソフトとは交わりにくい組み合わせであるが、みたらしのようなキャラメルのような濃厚さがあり、後味に味噌の個性が少し出てくる。

  

「はぁ、ちょっとつかれた」
「久しぶりの外出だもんね。そりゃ疲れちゃうよ」
「でも楽しかった、雪のたくさんあるところ行けて。写真もいっぱい撮れたし」
「そうだ、写真家なんだってねマシロ」
「え、そうなの?全然知らなかった」
「教えてよマナ」
「そんな、私なんて全然駆け出しだよ。でも好きではある。良いカメラ買って、病院からの景色を毎日のように撮ってる。定点観測ってやつかな」
「素敵なことだよ。元気になったら真剣に目指してみたら?」
「俺もマシロの写真が好きだ。白糸の滝の苔を写した写真には舌を巻いたよ」
「あれ見てくれたんだ。自信作だから嬉しい!」
「TO-NAにもミクという写真家がいる。コラボとかできるのかな?してほしいな」
「勿論ですよ!ちょっと声聴きたいな」

  

長野駅方面へ引き続き歩いていた一行はパティスリーに立ち寄った。食べログの評価によると県内No.1パティスリーとのことである。カフェは16時でラストオーダーとなっており、ケーキと紅茶で一服、は叶わなかったがマシロの勧める土産を購入する。
「できれば信濃らしいものが良いな」
「それだったら林檎かな」
「あった!林檎タルトだって!」
「これなら皆で分けて食えるな」

  

常温保存が可能なこちらの林檎タルト。林檎を支える柔らかい生地の中にヘーゼルナッツがふんだんに使用されており、どちらかというとそちらの主張の方が強い。

  

「キューブ型のパウンドケーキ?」
「結構ずっしりしてますね」

  

こちらのシリーズからも、林檎を使用したケークオポムを選択。バターの香りが確と感じられ、林檎の食感もよく解る。ダイスカットにするとより林檎の味わいを感じられる気がするが、日持ちさせることを考えると難しいのかもしれない。

  

胡桃が載ったケークオキャラメル。キャラメルの苦味がはっきりしており、生地は胡桃由来のウッディさに支配されていて面白い。

  

近くに停車しているハイエースへ戻る一行。気になる店を見つけたタテルは正月の摘み用に野沢菜を買ってから戻ってきた。

  

「この野沢菜、試食したけど全然塩辛くなかった。水分量は少ないけどぼりぼり食えるぞ」
「いつの間に買ったんですか?」
「なんか引かれて。直感で」
「なら信じますかね」
「どういうことマナちゃん?」
「タテルさんの直感は冴えているから信じよう、なんてね」
「振り回されてしんどいだけだよ」
「でもそのおかげでマシロに逢えたから」

  

春の松本では、バスに乗る訳でもないのにバスターミナルに向かった。そこでマシロの写真を見つけなければ、白糸の滝に行こうという話にはならなかったと思われる。夏の軽井沢では、タテルが寝坊しなかったらステーキ屋に入店していて、白糸の滝への到着時刻も変わっていただろう。もし早く着いて早く後にしていれば、マシロの行方は掴めないままであった。

  

「確かに気儘で嫌だったけど、結果論タテルさんには感謝しています」
「迷惑かけたな。ありがとう、ついてきてくれて」
「タテルさんについていって良かった。でも二度は勘弁です」
「おい!」
「ハハハ。仲良いね」
お約束のやり取りを見て、楽しそうに笑うマシロであった。

  

ハイエースがこの旅最後に向かった先は、市街地と緑地を隔てる裾花川方面。ひっそりとした住宅街であり、長野駅から1kmと少ししか離れていないのに自然の豊かさを感じる。目当ての店は長野で最も有名なすき焼き・しゃぶしゃぶの老舗。駅からのアクセスは悪く、最寄りのバス停(県庁)から1kmは離れている。正面玄関から入ると、2階の個室を押さえてあるということで別の入口を案内された。

  

日本酒やワインの取り扱いがあるが、殆どがボトル単位での提供であった。この日は酒を飲みたがる人があまりおらず、タテルはビール(ハイボールすらも無い)で我慢する。

  

すき焼きの前にも様々な料理がやってくる。まずは胡麻豆腐の茸あんかけから。
「すき焼きなんて久しぶりだ。外で食べること自体が無かったから」
「確かに食事制限厳しそう」
「生ものは絶対ダメ。濃い味のものもあまり食べれない」
「禁止されてるの?」
「ううん。病院だからね、どうしても薄味にされてしまう。だからおやつのみすゞ飴が一番の楽しみ」
「みすゞ飴か。信濃の子らしいな」
「1日2個だけ。あまり食べられないからね」

  

信州サーモン、蒟蒻と豆の白和え、子持ち鮎のうま煮。あくまでも前座の味であるが、濃い味つけのものがあると安心する。

  

カンパチの刺身。生魚NGのマシロに便乗してタテルも他のメンバーに譲る。
さらに牡蠣のオイル漬け。火を通してあるとは思われるが、ここも万全を期して回避するマシロとタテル。
「タテルさんが食べないのはおかしいでしょ!」
「俺は予定がパンパンなんだ。体調崩したら迷惑かかっちゃう」
「ちょっと気にしすぎですよね」
「体調に気を遣ってる割にはお酒飲み過ぎですし」
「無駄に拘りが強い」
「言いたい放題だな、おい!」
「アハハ。そうだ、さっきみすゞ飴の話してたじゃん。あそこジャムも作っててさ、みんなの分買ってきたよ!」

  

ジャムの入ったプレゼント箱が15個。外からはどのジャムかわからないようになっている。これを音楽に合わせて隣の人に渡し隣の人から貰い、音楽が止まった時持っていたジャムを持って帰れる、クリスマス会の恒例行事をマシロは仕掛けた。

  

「りんごだ!」
「私とちおとめ」
「俺は……かりん?随分とニッチな」
「良かったですね。タテルさんの大好きな地のものです」
「喉に良さそうだ」
「残ったのはTO-NAのみんなにあげてください」
「絶対喜ぶ。ありがとう」

  

愈愈メインディッシュ、上すき焼きの調理が始まる。先ずは店員が肉を1枚ずつ焼いてくれる。赤みが無くなるくらい念入りに火を通してもらった。

  

りんごを口にして育った信州牛、和牛にありがちな脂のくどさが無く、かっちりとした肉質。白飯が欲しくなってしまうがコースには含まれていない(言えばくれるのかもしれないが)。

  

野菜も盛ってもらって、後は好きなタイミングで好きに肉を調理する。割下が煮詰まらないようガスコンロの火力を調整したり水を入れたり。こういったすき焼きの醍醐味を、マシロはこの店で学んだ。愛しの仲間達に音頭を取ってもらいながら、久しぶりのご馳走を堪能した。しかしこうやって鍋を囲んで集まる経験も最後になるかもしれない。脳の手術が終わったら皆のことを忘れてしまうのではないか。急に寂しさに襲われるマシロ。

  

「そうだ、実はもう一つ趣味があってさ。これちょっと見てほしい」

  

タブレットを取り出したマシロ。そこに映し出されていたのは、パラパラ漫画であった。内容はとある1人の女性の話。幼い頃からアイドルに憧れ、オーディションを受けるも上手くいかず、やっと合格したグループでもなかなか芽が出ない。それでもめげずに活動をこなし人気者になった頃、舞台から転落して身体に麻痺が生じた。アイドルの世界から離れリハビリの日々。志半ばで夢破れ涙が止まらなくなった。それでも励ましてくれる1人の男性。やがてその男性と結婚し子供を授かる。その子供は母と同じアイドルの世界に進出し、母の抱いていた夢の続きを描いている。
「めっちゃ感動した……」
「すごいよマシロちゃん!こんな良い作品描けるなんて」
「入院してると本当にすることなくて、写真の勉強に加えて絵も描いてたんだ。そしたら溢れる想いを作品にしたくなってね。鉄拳さんの二番煎じ、って言われるかもしれないけど」
「そんなことないよ。マシロらしい可憐さが出ている」
「いずれはTO-NAのMV描いてもらいたいな。マシロのパラパラ漫画と組み合わせれば絶対エモい作品になる」

  

タテルは塩尻の五一ワインを追加。フランスなどのワインと比べると軽いものではあるが、これはこれで葡萄の芳醇な味が素直に感じられて良いものである。

  

〆のうどんは再び店員に調理してもらった。汁はめっきり減ってしまったが、麺に味が程良く染みていて美味しいものである。総じて、家でやるすき焼きのような安心感があった。

  

あのパラパラ漫画にはマシロの想いが反映されている。ともすれば、マシロにはもう一度アイドルをやりたいという願望があるのかもしれない。ここは意を決して、マシロにアイドル復帰の希望があるか訊ねることにしたタテル。

  

「やりたいですよ、そりゃ」
「だよな」
「病気のせいでアイドル活動できなくなったのは本意じゃない。せっかくDIVerseがメジャーデビューして、これからという時に抜けることになってしまったのは後悔しかないです。でも病魔はすごく手強くて、治る未来が見えない……」
「おい、落ち込むなって!」
「遂に脳にまで来ちゃった。アイドルだった自分も、積み上げてきた芸術の経験値も、全てが消えてしまうかもしれない。いずれはこの星からも……寂しいよ」

  

楽しい時間の果てが近づいていたせいもあってか塞ぎ込んでしまうマシロ。余計なことを訊いてしまったと後悔したタテルは、気を紛らわすため化粧室に向かった。

  

「ねぇみんな、もうちょっと歩かない?」
「そうだね。さっき降りたとき空が綺麗だった」
「気持ち良さそうだね。マシロも大丈夫?」
「うん」

  

繁華街からそう遠くない場所でありながら、星がはっきり見えるくらい澄んだ夜空。フラッシュを焚いて撮るとさらに多くの星が写る。
「タテルさ〜ん、早く歩いてください。いつも馬鹿みたいに速いですよね」
「星が綺麗でさ、眺めちゃう」
「気持ちは解りますけど」
「マシロ、脳の手術はいつなんだ」
「年明けの5日です」
「そっか。脳は人体で最もミステリアスな部位。弄ることで何が起こるか、誰も確かな予見はできない……でもひとつだけいいか。そんなもんで消え去るような記憶じゃないだろ、DIVerse初期メンバーの想い出はよ!」
「タテルさん……」
「俺はいちファンとして知っている、初期メン達の絆の強さを。腹を割って本音を語り、プロのアイドルとして闘う覚悟を確かめ合った竜王の夜」
「知ってるんだその話……」
「あの夜があったからこそメンバーは一体となれた。それに貢献したのは紛れもなくマシロの言葉だ。マシロが皆の心を繋いだ。その張本人が、皆のことを忘れる訳が無い。どんな病魔も奪えねえよ。奪わせない!」

  

タテルの熱弁に涙腺を刺激されるマシロ。マナもまた、背後から号泣しながらマシロを抱きしめる。
「マシロが居ての私だから。私のことも忘れないで。何かできることあればしてあげたい」
「できること……いいのかな、頼んで。僅かな可能性だけど縋りたい」
「何でもするよ」
「マシロに再びアイドルをやらせる。できることは何でもするさ。予定は開けておく。皆も余裕があれば協力してほしい」

  

年明け、マシロの脳から悪いものが取り除かれた。幸い記憶も神経も損傷することなく生還し、目が覚めるとTO-NAのグッズとスキー旅行の記念写真が飾られた病室で暫く微笑んでいたと云う。

  

それから3日後、マナとタテルは入院準備を始めていた。2人の体から骨髄が採取され、移植に適うものか調べてもらうことになった。血縁関係の無い者同士の適合率は数万分の一と言われているが、マシロの役に立てる可能性が少しでもあれば、ということでドナー候補に申し出た。

  

採取は無事完了し、2人とも腰に痛みはあったが間も無く日常生活に復帰した。TO-NAを卒業したマナは関西の実家でのんびり過ごしていた。
「マナさんですか?実はですね、マシロさんと型が一致しました!」
「ほ、ホントですか⁈」

  

マナは急遽タテルを引き連れ、マシロの入院先へ赴いた。
「マナちゃん!」
「マシロ!嬉しいよ私」
「いやあ、まさかドナー適合するとはね。やっぱ友達以上の何かがあるんだよこの2人は」

  

とはいえ移植が上手くいくとは限らない。移植前処置では大量の抗癌剤が投与され、造血機能も停止。命懸けの行いである。そして移植後の副作用にも注意が必要。数年は薬を飲み続け、生活の質低下も覚悟しなければならない。

  

「上手くいけばどれくらいで退院できます?」
「そんなすぐではないと思ってください。退院しても闘いは終わりません。少し動いただけで疲れてしまう、ということもザラです」
「焦るなマナ。移植とはそういうものだ。他人の血が入る以上、馴染むまでに時間はかかる」
「ごめんなさい」
「だからマシロ、ゆっくり治して。そして回復した暁にはTO-NAでしなのフェスをやる。そこで1回だけでも、ステージに復帰してみないか?」
「TO-NAのみんなと?」
「そうだ。目標があった方が闘いやすいだろう」
「……やってみたい」
「よっしゃ!」
「やっと希望が見えてきたよ……声を上げて良かった。タテルさんマナちゃん、私を捜してくれてありがとう」
「こちらこそ、また出逢ってくれてありがとう」
「今度こそおばあちゃんになるまで親友だよ、マナちゃん」
「約束だよ。もう離れない、絶対に」

  

軈てマナは長野県に移住。4月から地元テレビ局でアナウンサーとして働くこととなった。人生で一番の親友の平癒を願って、今日もマナはマシロを想い暮らす。

  

—完—

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