連続百名店小説『友に綱を』千秋楽(ホルモン青木/亀戸)

綱友部屋所属の大相撲力士・足立丸。初切を一緒にやっていた力士・亀侍は髄膜炎でこの世を去った。亀侍にはかつて「溜席の妖精」と呼ばれた恋人・高田いちのえ(通称「ノエ」)がいて、足立丸は亀侍が行きつけだった喫茶店で偶然ノエに遭遇し、そのまま交際に発展した。

  

「『行列のできる相談所』へようこそ!」
「今夜の相談内容は『久しぶりに誕生した新横綱に色々聞きたい』です!
「ということで、3年ぶりの新横綱、そして10年ぶりの日本出身横綱となりました足立丸関にお越しいただきました!」
「どうも、よろしくお願いします」
「さあ足立丸関、改めて横綱昇進おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
「横綱になられてみて心境は?」
「いや、まだわからないっすね…」
「まだ場所始まってませんからね」
「でも責任持って務め上げたいというのが一番です」
「ということでまずは、足立丸関のあゆみをまとめたVTRをご覧ください」

  

横綱・足立丸。大きな体を活かした押し相撲を武器にしつつも、最近では多彩な技を駆使し観客を楽しませる。特に話題となったのは、先場所5日目の前頭筆頭・霰島との一番。パワフルすぎるつかみ投げは、平成以降の幕内で初めて記録された決まり手。
そんな彼の力士人生は波乱に満ちていた。これは彼の番付の推移をグラフ化したもの。大きな急降下を2度も経験している。栃ノ心関や照ノ富士関など大関や横綱までV字回復した力士も珍しくはないが、このようなW字回復は前例がほぼない。2度のどん底から這い上がり得た、押しと技巧の二刀流。角界の大谷翔平・足立丸の活躍に期待が高まる。

  

「へぇ、角界の大谷翔平とはなかなかな異名ですね」
「畏れ多いです。オオタニサンなんて化け物じゃないですか」
「あのつかみ投げ。相当な腕力ないとできないですよ」
「あれは自分でもびっくりしましたね」
「狙ってやったんですか?」
「いや、流れで出ちゃいました。自分こんな腕っぷし強いと思わなかったです」
「いやもうほっんと強い、丸ちゃんは!」
「貴理子さん、どうしましたか?」
「丸ちゃんの相撲見てて楽しいの。強いのもそうなんだけどエンタメとして最高」
「丸ちゃん丸ちゃんって、ちびまる子ちゃんか!」
「あ、でもファンの皆さんからは『丸ちゃん』って呼んでもらってます」
「ほら!やっぱ『丸ちゃん』なのよ」
「奥さんも『丸ちゃん』って呼んでくれます」
「丸ちゃん写真撮ろ〜!」
「フワちゃん本番中ですよ」
「撮りましょう撮りましょう」
「すごい、サービス精神も旺盛なんだ」
「さあここで、横綱を支える美味しい飯を紹介していただきます。この方にロケしていただきました!」

  

「どうも、相撲芸人のあかつです。今日は足立丸関の所属する綱友部屋があります亀戸にやってきました!」
江東区亀戸。亀戸天神のお膝元にあるこの街には、食通も通う名店が多数ある。まず訪れたのは亀戸の象徴ともいえる店「亀戸餃子」。
「足立丸関は一度にどれくらい召し上がられますか?」
「20〜30皿食べてますね。お酒もちゃんぽんしてたらふく飲んでいかれますよ」
「すごいですね…」
あかつも餃子大食いに挑戦するが、記録は10皿。
「ああもう腹一杯」
「このあともう1軒あるんですけど」
「もうムリ。入りません」

  

次に紹介するのは亀戸餃子の目と鼻の先にある「ホルモン青木」。開店前から行列が発生し、2時間待ちは覚悟という人気店。亀戸ホルモン・初代吉田と共に「亀戸ホルモン三銃士」を成している。本当はあかつに食リポしてもらう予定だったが、本人がどうしても満腹だと言うので、スタジオの皆さんに食べていただきましょう。

  

「何やっとんねんあかつ」
「俺に追いつこうなんて早い。まだまだですね」
「ということで、ホルモン青木さん自慢のホルモンと煮込みを用意しました!」

  

「んー、美味しい!」
「いつも食べてる味。青木さんは三銃士の中でも特に脂が乗ってて旨いんですよね。みんな美味しいんですけど僕はここがNo.1」
「たまらんですわ。足立丸関でも並ばれる?」
「いえ、僕は4人で予約しますね。4人だと食べログから予約できてTポイントも貯まるので」
「横綱でもTポイント貯めるんですね」
「堅実家なんで。内臓系もいいんですけど、タンシタも美味しいですよ。ちょっと硬めだけど黒胡椒の味付けがもう抜群。あと煮込みね。これ絶対食べてください。もはやハイソな洋食屋で食べるビーフシチューです。ご飯欲しくなりますね」
「よう喋るな。渡部が戻って来たのかと思った」
「ごめんなさい、食には拘るタイプなので」

  

「さあ横綱へと上り詰めた足立丸関ですが、奇跡のW字回復の裏には様々な人物の存在がありました。VTRご覧ください」
〜あの人がいなかったら…横綱足立丸〜

  

「そうですね…もちろん両親の応援や親方のサポートがなければここまで来られなかったんですけど、僕の中で特に大きな存在となると、まずは妻のノエです」
見覚えある方も多いだろう。実はノエさん、一時期大相撲中継でよく映っていた白い服の女性。「溜席の妖精」として話題になった人物である。
「ある時突如姿を消したんですけど、亀戸の喫茶店で偶然お見かけして、そこから交際に発展し結婚に至りました」
当時は幕内で一、二を争う巨漢力士だった足立丸だが、結婚後は管理栄養士の資格を持つノエが作る健康的な食事が中心に。その結果体重は150kg台まで絞られ、多彩な技を繰り出せるようになったという。
「だからここまでの出世にノエの存在は欠かせない。であともう1人大事な人物がいます。僕と同期入門の亀侍という力士です」
「亀侍関?」
「知らない人も多いでしょう。実はもうこの世にいません」

  

亀侍。最高位は幕下八八枚目。
「亀侍は最高の相方でした。巡業で『初切』という催しがあるんですよ。簡単に言えば相撲でやってはいけないことを紹介するコント?堅苦しいイメージの力士が剽軽なことする貴重な場なんですけど」
その映像がこちら。

  


「今観ても笑っちゃいますね。これ全部亀が考えてくれたんです。アイツめちゃくちゃ面白いヤツで、一緒にいるといつも笑顔になるんですよね」
しかし互いに十両昇進が見えてきていた頃、別れは突然訪れた。ある日風邪を引いてしまった亀侍。大丈夫、大丈夫と気丈に振る舞っていたが、拗らせてしまい髄膜炎を発症。そのまま帰らぬ人となった。
「何でもっと早く病院に連れて行かせなかったのか。最高の相棒を失って、何もかもが虚しくなりました。これが1回目の谷底に重なるんですけど、ここでノエと出逢いまして」
実はノエ、最初は亀侍と付き合っていた。そして彼女もまた、亀侍の死に打ちひしがれていた。
「もう相撲見れないってなってしまって。それで彼女は溜席から姿を消したんです。喫茶店で会ったのは、ちょうど彼女が久しぶりに亀侍との思い出に向き合おうとしていた時で、ここで出逢ってなければ僕は一生立ち直れなかったと思うのです」
その後足立丸は心を入れ替え快進撃を見せ、ノエは毎日のように部屋を訪れて足立丸を支えた。そして大関取りが見えてきた足立丸を、2度目の試練が襲う。
「大怪我で番付が急降下。自暴自棄になって問題行動も起こしました」
力士廃業の危機。それを救ったのが、親方でありノエであり亀侍であった。
「親方から怒られ、ノエは愛想尽かしてもおかしくなかった。そしてその後亀侍にも活を入れられました」
腐りそうなところを救われた足立丸、奇跡の回復を見せ今に至る。
「自分1人じゃ何もできなかった。今まで出逢ってきた全ての人に感謝ですね」

  

「いやぁ、波瀾万丈の力士人生。そして素敵な出逢いの数々。どうですかカレンちゃん」
「なんかもう漫画みたいで…すみません」
「感動するよね」
「そしてここでサプライズゲストの登場です!」

  

「え⁈ノエ…」
「はい、足立丸関の奥様ノエさんです」
「泣いてるじゃん…」
「すみません、自分ごとながら感動してしまいました…」
「ノエ…」
「あ、これ皆さまへプレゼントです。私地元が山口なんですけど、長州産業が作っている『天美』という日本酒です」
「長州産業って、あの石川佳純さんがCMに出てる?」
「そうですそうです!」
「すごく美味しいのこれ。白の方は軽やかで、黒はしなやかかつ酸味のキレがあるんですよ」
「もう来週から毎週来てもらいましょうか、『世界の足立丸』として」
「いえいえ、烏滸がましいです」
「ノエさん、今日はお手紙を書いてきてくださったということで、ぜひこの場で読んで頂ければと思います」
「はい」

  

丸ちゃんへ
丸ちゃん、横綱昇進おめでとう。思えばあなたのことを知ったのは、亀侍との初切でした。陽気な亀ちゃんの隣でちょっと素っ気なかった丸ちゃん。でも本当は誰よりも優しくて情熱家で面白い人だってわかっていました。
丸ちゃんは強い。でも2回の番付急降下、大関での足踏みなど、非情な運命の中で何度も弱さを見せてきました。その弱いところを、私が補ってあげなければと思い籍を入れさせていただきました。
私達が出逢えたのは間違いなく亀ちゃんのおかげ。亀ちゃんが繋げてくれた運命。丸ちゃん、生前の亀ちゃんと誓っていた「横綱になる」という夢、叶えられて良かったね。これからは自分らしく楽しく相撲を取って欲しいな。丸ちゃんの妻になれて私は幸せです。ありがとう。

  

「こちらこそ、支えてくれてありがとう。…」
「言葉にできないですよね…」
「心がない東野さんまで泣いてる…」
「なんかもうね、足立丸関の苦労も知ってるから本当に…」

  

「…そして最後にもう1人、スペシャルゲストがいらしてます!足立丸関が大好きなあの歌を歌ってくださります!」

  

イントロが流れ幕が上がる。松任谷由実氏の登場である。

  


〽︎Hello, my friend 君に恋した夏があったね
亀侍との思い出の写真・映像が流れる。スタジオを再び包む感動の渦。

  

「まさかユーミンさんに来ていただけるとは。もう感無量です」
「足立丸関、横綱昇進おめでとうございます。貴方の相撲、一番一番楽しませてもらっています」
「ありがとうございます」
「これからの活躍、楽しみにしていますよ」
「期待に応えられるよう頑張ります!」
「では最後にお聞きします。次の場所の目標は?」
「一番一番横綱らしい相撲を取って、最終的には優勝ですね」
「頑張ってください。足立丸関、ありがとうございました!」

  

大御所歌手の応援も受け、その後の足立丸は向かう所ほぼ敵無し。引退まで12度の優勝を記録し、絶対王者が現れず低迷していた相撲人気を再び押し上げた。引退後は綱友部屋を引き継ぎ、ノエは女将となった。足立丸、そして亀侍の意志を継ぐ力士を育てるため、2人は一丸となって奮闘する。

  

—完—

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