連続百名店小説『雪の中で笑う君は』秋パート 第1話(山の実/竜王マウンテンリゾート)

女性アイドルグループ・TO-NA(旧称:DIVerse)のメンバー・マナと特別アンバサダー・タテル。DIVerse時代、逸材とされながら突如卒業、行方をくらませたマシロを捜していた。すると白糸の滝にて、マシロが突如倒れた現場に遭遇。マシロは重病を患っていて、かつての仲間、そして親友であるマナにさえ姿を見せたくないと言われてしまった。

  

マシロのことを何とか考えないようにして過ごすこと2ヶ月。TO-NAの新メンバーが初陣を飾ったあきたフェスは大成功に終わり、タテルはプロデューサーへの昇進を控えていた。

  

TO-NAハウスでは毎週、ダイニングに集まって寄せられたファンレターを読む時間が確保されている。
 遥香ちゃんの儚い顔にすっかり釘付けです。個性にだんだん色がついてきて、面白くなってきましたね。
 フワリちゃんの不思議な感性に癒されています。ゆるふわだけど芯が一本通っている感じ、大事にしてください。

「嬉しい……こんなに褒めていただけるなんて」
「新メンバーちゃん達もパフォーマンスが板についてきたもんね。ファンも増えるよ」

  

懸賞に当籤する裏技の如く派手に封筒を彩る人も多いが、それでも中には茶や白の封筒でさりげなく応援の意を示す人もいる。勿論メンバーとスタッフは全てのレターに確と目を通す。
「えーっと、飯田マシロさんから……マシロさん?」
「え、マシロちゃんから⁈」

  

DIVerse時代から共に活動していた者も存在を知っているだけの者も、TO-NAの歴史教本でしか知らない新メンバーらも皆が驚いたマシロからの報せ。
「内密にしててごめんな。マナから依頼を受けて、2人でちょっとマシロを捜してた。情報は得ていたが、事情が事情なだけに共有はしてなかった。覚悟して読んでほしい」

  

 はじめまして。いや、一部メンバーさんにとっては、ご無沙汰しております、かな。元DIVerseのマシロです。私は今、大きな病魔と闘っています。体のあちこちで腫瘍が暴れていて、何度も意識を失っています。8月の終わりにも、少し体調が落ち着いたから白糸の滝で写真撮っていたら倒れてしまって。もう命、長くないのかなと思うと涙が止まりません。
 病気への不安があって、卒業と同時に連絡先を消してしまいました。今ではすっかり痩せ細って髪の毛も抜け、アイドル時代とは変わり果ててしまいました。なので皆さんに会うことはできません。輝いていた頃の私で、記憶を留めて欲しいからです。心配かけて本当にごめんなさい。
 勿論TO-NAのみんなのことは応援しています。病院の先生や看護師さん達に協力してもらって、TO-NAの曲や映像を見聞きしています。独立騒動やグミちゃんの大怪我の時はすごく心配しました。それでもみんな前を向いて、国技館ライヴやあきたフェスを成功させた、その姿を見て、私も頑張ろうと思えるようになりました。ミレイちゃんとマナちゃん、もうすぐ卒業なんですね。寂しくなるけど、私は命が続く限りTO-NAを応援します。これからも楽しみにしています。
 そしてここからはマナちゃん、タテルさんに向けて。私が白糸の滝で倒れた時、丁度居合わせていたと聞いて驚いたよ。こんな体になった私を見てほしくなかった、というのが正直な思いで、叔父さんに渡してもらった2人からの手紙もなかなか読めなかった。でも大切な親友からの手紙を読まないのも心苦しくて、葛藤した結果少しずつ読んだ。マナちゃん、今も私のこと大事に思ってくれたんだね。おばあちゃんになるまで親友でいる約束、守れなくてごめんね。
 そしてタテルさんも、みんなのことをサポートしてくださりありがとうございます。強いて言えばもっと早く出逢って、握手会に来てほしかったな。私のこと一推しにさせる自信、あったのに。
 今は軽井沢じゃなくて、出生地の小布施に居るの。調子の良い日は大好きな栗を半個くらい食べたりしてね。小さな病院だから大人数は入れないけど、マナちゃんには来てもらいたいな。その時はいっぱいお喋りしようね。
マナの永遠の親友、マシロより。

  

「読んでくれたんだ……嬉しい」
「振る舞いはまだまだアイドルじゃねえか。胸に来るぜ……」

  

終わったはずのマシロ捜しが再び動き出す。タテルとマナは即座に日程調整をし、長野行きの新幹線指定席と、見舞いついでに訪れる竜王の蕎麦屋の予約を取った。

  

旅行当日。今度は寝坊せず時間に余裕を持って集合することができたタテル。プロデューサーになる者としての自覚が確と芽生えていたようである。この日は竜王のソラテラスを観光した後蕎麦ランチ、そして小布施で下車してマシロの見舞いである。

  

長野駅到着後は地下に入り長野電鉄線に乗り換える。一日乗車券の方が、長野と湯田中の単純往復運賃より安い上特急にも乗れるため得であることをタテルはリサーチしていた。

  

ホームに向かうと、やけに見覚えのある車両が並んでいる。普通列車は東急の、特急列車は成田エクスプレスのお下がりのようである。特急とはいえお手洗いは使えないため事前に済ませておこう。

  

湯田中に到着。志賀高原観光の拠点となる場所であり、最もメジャーな行き先は地獄谷野猿公苑であるのだろうが、今回は無料シャトルバスで北志賀高原の竜王へ向かう。

  

「久しぶりですね竜王」
「えっ?行ったことあるんだ」
「初期メンバー全員で行きました」
「楽しそうじゃねえかそれ。俺は大学のクラス旅行で。初めてスキーやったんだよな」

  

オフシーズンの竜王はSORA terraceとして営業していて人気を博している。ロープウェイに乗る人の大半が外国人であった。

  

山の上に行けば、そこは紅葉に彩られた山々、そして雲海の一望できる場所である。雲海は朝に発生する傾向にあるが、正午近いこの時間でも薄くではあるが張られていた。

  

「綺麗ですねタテルさん!写真撮りま……」
マナの声など聞かずに向かった先は、今年できたばかりの螺旋階段。張り出すように設置されたこの階段は、登っているうちから揺れが生じてスリル満点なアトラクションとなっている。高所アクティビティが苦手なマナは呆れながら、頂上に佇むタテルの写真を撮る。

  

「わっくわくするぜ」
「目も当てられない。これがマシロだったら見てられるけど」
雲海というよりはただの靄なのかもしれないが、上界と下界の境目に居る不思議な感覚は確かにある。

  

間も無く辺り一面が靄に包まれ、その後は一転して視界が開け始め微妙に色付いた山々の景色が現れた。

  

高い所が大好きなタテルはその後もカフェに入って蕎麦クッキー片手に志賀高原ビールを飲んだり、突如噴き出したシャボン玉に燥いだりと気儘な振る舞いを見せマナを困らせる。帰りのロープウェイも1本遅らせ、蕎麦屋の予約時間ギリギリになってしまった。

  

「ゲレンデを突っ切って行けないかな?」
「止めましょう。怒られますよ」
「シンプルに足グネりそうだしな。遠回りだけど舗装道歩くか」

  

結果予約の13時を2分程過ぎて店に到着したが、先客の多くが未だ食事中であったため記帳して待つことになった。ちなみにこの日は予約無しの場合は入店できなかったので、必ず予約をして訪れよう。
「ふぅ〜、暑い。うわ、ストーブ焚かれてるじゃん。俺外で待ってていい?」
「いいですよ。陽射しがあると違いますね」

  

15分弱で着席しメニューを眺める。そばがき・もりそば・そばピッツァのコースが基本で、ピッツァは種類を選べる。日本酒は県産に拘らず一白水成(秋田)や黒龍(福井)もラインナップしているが、ここは唯一あった地の物を選択する。

  

それが縁喜純米吟醸美山錦。吟醸香が強く、離れた位置からでも感じられる。昔ながらの鼈甲味と現代の洗練された透明感の良いとこ取りをしている。

  

「タテルさんよく上着無しで平気ですね」
「今日は歩くから。すぐ暑くなっちゃう」
「マシロも似たようなこと言ってました。まあタテルさんは度が過ぎてますが」
「なんだよ『度が過ぎてる』って!」
酒に対するお通しとして、信濃路旅ではお馴染みとなった鞍掛豆が供された。出汁の旨味が豆の仄かな甘みと合体し持続する。

  

蕎麦コースにもお通しがあって、米の代わりに蕎麦の実を使った粥が出てきた。蕎麦の香りを感じるが、すぐ慣れて物足りなくなる儚いものである。少しねっとりした感覚はこういう食べ方でしか味わえないだろう。

  

「竜王来た時どこで宿泊した?」
「覚えてないですよ。大部屋で雑魚寝したことしか」
「やっぱそうだよな。早朝に格安高速バス乗って、古びた客室、夕食は冷食バイキング、林間学校みたいな大浴場。安っぽい宿だったなぁ」
「タテルさんは外資系ホテルのスイートじゃないと不満足ですもんね」
「それは盛ってるな。竜王は大学生の財布に優しいスノーリゾートだ、仕方ないだろ。これはこれで楽しかった」
「でも今は?」
「湯田中の高級温泉旅館でおなしゃす〜」

  

淡い緑色した蕎麦がき。実のシャリシャリ感が残る粗挽きで、こちらは最後まで蕎麦の香を愉しめる。そのまま食べても粘り気、シャリシャリ食感、旨味を堪能できるが、塩をつければ甘みや熟した旨味が引き出される。甘露醤油をつけると宛ら正月の磯辺餅である。

  

マナは初期メンバーとの竜王スキー旅行を回顧する。昼間は楽しくスキーやスノボ、雪遊びを楽しんでいた面々だが、夕食を終え部屋でゆっくりしていると、自然と本音トークが始まった。なかなかメジャーデビューを掴めない現状に、メンバーが無遠慮で原因を指摘する。その中でも一番厳しい物言いをしたのは、後にキャプテンとしてDIVerseやTO-NAを引っ張るグミでも熱い女シホでもなく、マシロであった。
「みんな個性があって楽しいけど、纏まりが無さすぎるんじゃないの?ダンス揃えたり歌割り全員分完璧に頭に入れたり、ちゃんとやれてる人どれくらいいる?」
「……できてないかも」
「私も」
「でしょ?自分を出す前にやるべきことやろうよ。バラバラすぎて誰も観てくれない。この前の横アリだって私達が出てくるとお客さんみんな席立った。こんなんじゃメジャーデビューなんてできないよ……」

  

年少メンバーの涙ながらの正論に、一同は悔しがり顔をびちゃびちゃにした。マナは泣かないでいたが、目頭が熱くなる感覚は今でも忘れていない。

  

その熱さを思い出したところにもり蕎麦の登場である。少し水分量が多めであるが、水が良いので問題無し。蕎麦の香りは繊細であり、ノイズが入るとわからなくなる。なるべくつゆにつけずそのままで味わいたい。

  

「そっか、マシロも思ったことちゃんと口にする子なんだね」
「表だとぶりっ子が強調されてますけど、本当は情熱家なんですよね」
「音楽やる人はそういうもんだよ。天才音楽人って、制作中だいたい上手くいかなくて吠えてる」
「ドキュメンタリー映画とか密着番組とかでありますよね。でもマシロの場合は……」

  

鶴の一声を発したマシロは、議論が果てると雪の降る屋外へ、上着も纏わずに繰り出していた。
「マシロ!寒いでしょいくらなんでも」
「ううん。ちょっと雪を浴びたくて」
「さすが雪ん子マシロ。寒くなったら戻るんだよ」
「……さっきは言い過ぎたかな。つい熱くなっちゃった」
「全然」
「怒ってない、みんな?」
「怒ってないよ」
「私、みんなのことが大好きなんだ。だから……言っちゃった。嫌われたらどうしよう」
「泣かないで。みんなもマシロのこと大好きだよ。言ってくれて感謝してる」
「良かった……」
「でも私はもっと大好き。可愛くて、でも芯があって。マシロがいると、私も精一杯頑張ろうと思えるんだ」
「ありがとうマナちゃん……」

  

マナは全員の前で見せなかった涙を流した。マシロが初めて見た、マナの涙である。
「泣いてるじゃんマナ」
「辱い。私泣くつもりなんてなかったのに」
「私の前では、いっぱい泣いて良いんだよ?」
「……わかった。マシロの前だけだよ」
「いいね。……少し寒くなってきた」
「やっぱり。私が抱きついてあげようか?」
「あったかいねマナちゃん。ずっとこうしてたいな。デビューしてからも、卒業しても、おばあちゃんになっても」
「私も。ずっとずっとずっとずっとずぅっーと、親友だね」

  

「この夜があったからこそ、絆は強くなり実力も磨くようになりました」
「マシロの一言が無ければ、DIVerse、ひいてはTO-NAは存続してなかったかもしれない、という訳か」
「偉大な存在ですよマシロは。もうすぐ会えますね、楽しみだな」

  

蕎麦をゆっくり食べていたらピッツァが来てしまった。そば粉100%の生地であり、通常のピッツァよりも香ばしさが段違い。季節の林檎ピッツァも気になっていたところだが、今回はメニュー表の最上に記載のあった須賀川ピッツァにした。信州味噌や葱などを載せチーズで覆った、まさに和風ピザの醍醐味。山椒オイルのアクセントも良い。

  

とはいえ林檎ピッツァに後ろ髪を引かれるタテル。持ち帰りで焼いてもらうこともできたようだが、あの特急列車内で大きなピッツァを食べるのは難しいし、この後訪れる小布施でモンブランを食べるつもりでもあったため我慢する。せめて少しでもそのエッセンスを得たくて、林檎ピッツァに使用されている北志賀高原の蜂蜜を土産として購入した。フローラルでフルーティ、結晶化しないのでヨーグルトに混ぜて美味しい蜂蜜である。

  

湯田中駅へ戻る無料バスの時間が迫っていたため急いで戻る。山道をくねくね登る舗装道を引き返すが、途中でロープウェイ山麓駅裏へ続く裏道を見出しショートカット、余裕を持って到着した。

  

「8年ぶりの竜王、楽しかったです。またみんなで来たいな」
「まさか蕎麦を求めに行くとは思わなかったな。俺も初期メン旅、お供します」
「ホテルは別にしてくださいね」
「安心して。俺は湯田中の高級旅館に」
「そうでしたね」

  

湯田中駅に到着。特急の発車時刻まで駅前の足湯で温泉気分を味わう。
「もうすぐマシロに会える。少しは元気になってるといいな」
「マナと喋ったら元気になるんじゃない?」
「ですね。まず何から話そうかな。色々ありすぎたから迷っちゃう」
「あんま考えないでさ、直感で成り行き任せでいいんじゃない?」
「ですね。はぁ、楽しみ〜」

  

西陽を浴びながら走る小田急ロマンスカーのお下がり特急車両。マシロの居る小布施はもう間も無くである。

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